第八話 中編
今回のみ、こちらの勝手な都合で三話構成とさせていただきます
あとがきが、いつも同様ですが、今回かなりカオスです
ご注意ください……
奏が消息を絶って二週間あまり経った頃、外の世界に残された者たちは僅かな手がかりを頼りに奏の捜索を行っていた。
「やはり、この辺りの気が乱れておる」
「では、ここで奏君は……」
「うむ。 気の乱れと共に空間の歪も生じておる。 これは結界の類いと見てまず間違いはなかろう」
深い山奥で樹希と玄司は幻想郷と外の世界を隔てる境界の前にいた。
「奏君は無事なのでしょうか?」
「生きている……と、断定することはできませぬが、この気の乱れ方は、以前あやつの力が暴走した時とよく似ておる。 もし、あやつが自らの力に目覚めたのであれば、まだ希望はあるかもしれん」
「それは本当か⁉︎ 玄爺!」
背後から声がした。二人が振り向くと、今まで息を潜めていた氷梶也が興奮を抑えられないようすでそこにいる。
「ここで何をしておる? 宿で待つようにと言うたであろうが」
「奏の足取りがわかるかもしれないって言うのに何もしないでいられるかよ!」
「まったく、お主と言う奴は……何のために儂らがここまで来たと思っとるんじゃ」
「まあ、彼に動くなと言うのは酷な話ですよ。 それより、氷梶也君。 華恋ちゃんは一緒じゃないのかい?」
「華恋には黙って来たよ。 どうせ今のあいつには何を言ってもダメだろうし、ここに連れてくるのは多分危険だから」
奏が見つからないまま宿での生活を数日続けていると、華恋は徐々に心を病み始め、抜け殻のようになっていった。
食事もまともに摂らず、何を話しかけてもブツブツと呟いて常に情緒不安定。
そんな状態の華恋を山になんて連れて来られるわけがない。
氷梶也は崖からダイブする華恋の姿を想像して、一人でここまで来ることにした。
「鋭利な物とか紐状の物とかも全部片付けておいたから、多分大丈夫だ」
「君に気を遣われるとは……華恋ちゃんも相当まいってるね」
「それで、玄爺。 奏が生きてるかもしれないって本当なのか? 奏の力ってのは? 結界って何の話だ?」
氷梶也は玄司に詰め寄り、盗み聞きた内容について真剣に問いただした。
「少し落ち着かんか戯けが! ……うむ、確かにお主には知る権利があるか……よかろう」
玄司は氷梶也を嗜めると、今起きている現状全てを打ち明けた。
「あやつの力は計り知れん。 じゃが、本人にもまだ使いこなせぬようでな。 恐らく無意識の内に空間に張られた結界に裂け目を入れ、自ら神隠しにでもあったのじゃろう」
「うっそ⁉︎ マジっ? 奏ってそんなすげえ力秘めてんの⁈ てか、なに神隠しって! みんなを心配させておいて一人で奇跡体験とかズルくない⁈」
氷梶也は、酷く悔しがりながらも奏の持つ未知の能力という魅力に目を輝かせた。
「よし! じゃあ、助けに行こう! 今すぐ行こう!な、玄爺」
「楽しそうじゃな、お主……」
「だって、奏をいつまでもそんなところに放っておくわけには行かないだろ? 元はと言えば俺の責任なんだ、だから行かせてくれよ玄爺!」
「責任なんぞ語る前に、先ずその期待に満ちた目をやめんか! お主の考えとることなんぞ手に取るようにっ⁈」
氷梶也が玄司の襟を両手で掴んで引き寄せた。
「なあ、頼むぜ玄爺! 奏は今、一人で戦ってんだろ? あいつがそんな目にあってるのは俺の所為なんだ! だから、俺が助けるんだ! 何より、あんな華恋の顔をこれ以上見てなんかいられない! これ以上、あいつらを苦しませたくないんだよ‼︎」
いつになく真剣な眼差しで氷梶也は玄司へと純然たる想いをぶつける。
「氷梶也君……そこまでして、君は」
幼馴染のことを強く想う氷梶也の熱意に樹希は思わず声をもらした。
「ああ! 例え、これから行くところが、驚きと興奮に満ちた妖怪アイランドだったとしても、俺の信念は決して曲がらなねえ‼︎」
「氷梶也、君……そこまでして、君は……」
純然たる欲望の中にある強い好奇心と探究心に樹希は再び声をもらす。
「確かに、驚くほど私欲に満ちた強い信念じゃな」
玄司は襟に伸ばされた手を払い、崩れた服を戻しながら呆れた目を氷梶也へと向けた。
「やっぱり、一緒に行かせてはくれねえ、よな……」
その目の意図することを自ら察したように氷梶也は小さく呟いてその場で項垂れる。
「うん、ごめんね氷梶也君。 二人を心配する気持ちもわかるけど、この先にはきっと危険なことが待ち受けてると思う。 だから、ここは玄司さんと僕に任せてーー
「誰が行かせんと言った?」
氷梶也の肩を抱いて言い聞かせる樹希の背後から玄司は素っ気なく横槍を入れた。
予想外の言葉を耳にして硬直する二人を前に、玄司は顔色一つ変えることなく続ける。
「お主らはもう子供ではない。 その身に背負う責任の重圧に耐え、己の犯した罪を償うべく努めねばならん」
「しかし、玄司さん! 彼らは……」
「樹希殿、こ奴らは儂らに守られることを望んだことはただの一度もありませんぞ? 己の意思で運命を拒絶し、決して揺らがず信念を貫き、他者を守るため力を求めた。 皆、どうしようもない大馬鹿者じゃが、 同時に誇るべき大人じゃ。 まあ、精神年齢に多少の問題があるのは、また別の話じゃが……」
玄司はため息交じりに話し、ゆっくりと二人に歩み寄る。
「以前、儂は着いてこようとするお主らを置いて山へ奏を探しに行った。 それは、主らがまだ未熟な子供だったからじゃ。 じゃが、今は大人しく待てとは言わん」
玄司は二人の元で立ち止まると氷梶也の肩に軽く手を置いて言葉をかけた。
「大人ならば、自分の責任くらい自分で果たさんか」
「……玄爺」
自分達のことをずっと見て来てくれて、理解してくれた目の前の老人に氷梶也は感謝の念を込めて応える。
「ああ、わかってるって! 奏は絶対助ける‼︎ そんなの、当たり前だ!」
「ふん、威勢が良いのは結構じゃが、先走るでないぞ。 お主は特に抑えが効かんからの」
「華恋と比べれば、俺なんかまだマシな方だぜ。 あっ、そう言えばあいつにも早くこのこと伝えないと」
「玄司さん。 華恋ちゃんも一緒に連れて行くおつもりで……?」
「まあ、連れて行かんわけにはいかんじゃろう。 黙って一人にしておけば、いつ自害するかわかった物ではありませんからな……。 それに、奏が生きているかもしれんと知れば、どんなことをしてでも着いてこようとするに決まっておる。 それとも、樹希殿は華恋を止められるとお思いですかな?」
玄司の問いに樹希は沈黙し、自分の力量と華恋の義強な性格に伴う腕力のパラメータを天秤に掛けてみた。
圧倒的格差で暴力の勝利。
選択肢を誤って、鉄拳を顔面で受け止める自分の姿が脳裏に浮かび、もう何を言っても無駄なことに気がついた。
「はぁ……わかりました。 しかし、こうなってしまっては、また一から策を練る必要がありますね」
「一からって……直ぐに助けに行くんじゃないのか? 奏は今も危険なところで彷徨ってんだろ?」
「なあに、そう心配することはなかろう。 奏は紛いなりにも我が御社家次期当主として見込まれた身じゃぞ。 並外れた妖でもなければそう簡単に屈することはあるまい」
普段は口にすることもない孫の賞賛を玄司は少し照れ臭そうに言った。
「それに、今のままのお主らでは、人間意外の相手はちと力不足じゃろう。 少なくとも自分の身は自分で守れる程度の力をつけねばならん」
「じゃあ、どうすんだよ?」
暫し続いた沈黙の後に玄司が、その重い口を開く。
「一月じゃ……一月、儂がお主らに再度修行をつける。 これまでにない過酷な修行じゃ。 着いて来られるだけの覚悟を以って励まねば、それまでの全てが水の泡じゃぞ。 よいな?」
「ああ、今更無理だなんて言ったら二人に申し訳が立たないからな。 やってやんよ‼︎ それに、修行ってすっげえ憧れてたんだよな〜」
玄司の言葉に氷梶也は嬉々として応えた。
「では、僕はその間に奏君を救出するプランを練りなおしましょう。 できるかぎり、皆が危険を犯さないようにね」
「ああ、頼りにしてるぜ、樹希兄!」
氷梶也は樹希に肩を組んで二人は笑顔を交わす。
「うむ、では日も暮れ始めておる故、そろそろ麓へ戻るとしようかの」
「おう!」
威勢のいい氷梶也の返事とともに、一行は下山を始める。
これから始まる辛く厳しい修行の日々と、今も必死の思いで生き抜こうとしているであろう奏を想いつつ、暮れ行く日に三人は祈った。
どうか、奏が無事でありますように。
☯
夏過ぎて九月上旬の心地よい涼風が立つ幻想郷。
辺りはとっぷり日が暮れて、提灯の灯りが夜の闇を明るく照らし、博麗神社の宴会は更なる熱狂に包まれていた。
「ねえ、魔理沙〜」
「何だ? 霊夢」
「さっきからアリスの姿が見えないんだけど? 今日は来られなかったの?」
「あっ……そう言えば声かけるの忘れてたな」
「あんた……そのうち刺されるわよ」
「ははは、包丁くらい華麗に避けてやるぜ」
「いや、ランスで」
「ははは……貫かれるのは御免だな」
「ははは、はははははっ!」
「はっはっはっはっは!」
二人のバカ笑いが境内に響き、宴の喧騒の中に溶けて行く。
「まあ、それはそれとして。 あれ、どうすんの?」
霊夢は親指を立てて、クイっと境内の端を指し示した。
「そっ、それ以上近づいたら……きっ、斬りますよ! 斬りますからね‼︎」
「ははは、まったく初心な娘だ。 そんなに恥ずかしがる必要なんてないさ。 僕はただ、今宵の宴に華を咲かせようと君に声を掛けてみたまでだよ、妖夢。 さあ、壮麗に煌めく星天のダンスホールで僕と共に踊ろう!」
艶かしい笑みを浮かべながら奏は妖夢に手を差し伸べる。
「あいつ、何言ってんだろうな?」
「さあ? 聞いてるだけで身の毛がよだつというか、虫酸が走るというか……なんかの呪文かしら?」
今にも奮起して斬りかかりそうな妖夢と、刀など気にせず、ぐいぐいと言い寄り続ける奏を酒の肴にして二人は呑気に酒と言葉を交わす。
「まあ、冗談はさておいて。 さっさとあれ止めて来なさいよ」
「はぁ? なんでだよ、やっと面白くなって来たところじゃねえか」
「このままにしておくと、あれに感化されて乱闘起こす奴らが続出するでしょ。 若い芽は早めに摘んでおくに限るのよ」
「だからって、何で私が止めなきゃダメなんだ? お前がやれよ」
「はあっ? 奏が、変態なったのはあんたの責任でしょ! いつもいつも、面倒なことばかり起こして、押し付けて……責任くらい自分で取りなさい! 私に迷惑かけんな!」
奏が変態……もとい、変態紳士に変貌した原因は魔理沙が無理やり飲ませた薬にあると霊夢は理解していた。
先刻、永琳の薬を飲んで一瞬意識を失った奏は、突然覚醒すると、全くの別人となって欲望の赴くがままに行動を始めたのだ。
霊夢に迫り、魔理沙を口説き、一悶着の後に妖夢をナンパ、そして現在に至る。
奏の人間としての尊厳が滝壺へと真っ逆さま。地に落ちるのも時間の問題かと思われた。
「そんなの、とばっちりにも程があるぜ! もとはと言えばあいつが変な薬作るのが悪いんだろ⁈」
「あぁんっ⁉︎」
霊夢は責任転嫁を図る魔理沙に鋭いガンを付けて黙らせる。
「飲ませたの、お前。 行く! 早く‼︎」
「え……ぁ……うん……」
酔いの回った霊夢の血走った目つきに圧倒され魔理沙は言葉に詰まった。
「ああ、もうっ! へいへい、わかりましたよ……やりゃ良いんだろ? やりゃあ! 軽くやってやるさ!」
触らぬ巫女に祟りなし。乱闘の前に殺戮が始まってしまわぬよう、魔理沙は小さく舌を打ちながらも、暴走する奏を止めるために仕方なく重い腰を上げた。
「ひっ⁉︎ は、はあぁっ!」
しかし、魔理沙が動くより先に妖夢が奏の執拗な攻めに堪えきれず、鋭く伸びた刃を振り下ろした。
刀身は真っ直ぐ奏の身体へと降りかかり、辺りで見ていた者達の脳裏には真っ赤に染まった執事の末路が映し出される。
「なっ⁉︎」
しかし、それを見ていた誰もが目の前の光景に目を奪われ唖然とした。
「女の子がこんな危ないもの振り回しちゃダメだろ?」
甘く囁く奏の右手には妖夢の刀が受け止められている。奏はあの一瞬で妖夢の懐へと瞬時に迫り、刀の刀身を片手で受け止めていた。
「お仕置きだ」
呆気に囚われている妖夢の顎を、空いた左手でクイっと持ち上げる奏。そのまま顔を妖夢の額へと近づけると、おでこにそっと口づけをした。
「おい! 色欲男‼︎」
魔理沙が神社全体に響くような大声で叫んだ。
星符「ポラリスユニーク」ーー
放たれた一つの流星弾が奏を背後から襲う。
しかし、奏は全く動じるようすもなく、ゆっくりとキスを中断して一息ついた。
「まったく……とんだおてんば娘だ」
小さく呟いた奏は右手を刀から離すと、すかさず着用していた手袋を外して身を低く構える。
「なっ⁉︎ おい、避けろバカ!」
魔理沙は再び叫ぶ。一応加減して放ったとは言え、魔理沙の弾幕は力技が主体。ただの人間がまともに被弾すれば、最悪あばらの2・3本持って行かれてもおかしくない。
そんな魔理沙の叫びも虚しく、流星は真っ直ぐに奏を目掛けて飛んでいき、被弾寸前の距離に達しかけていた。
「……⁉︎」
そのとき、魔理沙の目には手袋を外した奏の右手が淡白く染まっているように見えた。その色は徐々に力を増し、それは確証へと変わる。
その瞬間、その場で根を張ったように動こうとしなかった奏の足が地から離れる。星弾の触れるギリギリのタイミングで奏は振り向きざまに魔理沙の放った流星を素手で薙ぎ払って掻き消した。
弾幕の炸裂音が境内に木霊し、星の光が奏の手中で飛散する。
目の前で自分のスペルを打ち破られた魔理沙は驚嘆の表情で立ち尽くしていた。
「…………」
青白い光を手に纏う奏。己の力に酔いしれるように含み笑い、口元を緩ませると、魔理沙に向かって腕を真っ直ぐに伸ばした。
「あぁん?」
その行動の意図を察せずにいる魔理沙の目の前で奏は掌を仰向けに二度曲げて見せる。
それは挑発のモーション。ほら、どうした? かかってこいよ? 的な、相手を見下した態度の象徴だ。
「……ふっ……ふははは……ふははははははははっ、あっはっはっはっはっ!」
相手が丸腰の人間だと手加減した自分。それに対して本気を出せと催促する無謀者の姿に魔理沙は耐え切れず含んだ笑みと抑えていた闘争心を爆発させる。
「面白れぇぇぇぇっ‼︎」
叫び声と共に魔理沙は八卦路を構えて見せた。
「こら‼︎ やめなさい魔理沙! 神社で暴れたら承知しないわよ!」
一部始終を見ていた霊夢が興奮した魔理沙にドスの効いた声をかけた。
「うるせえ! 売られた喧嘩を買わずにいられるほど魔理沙ちゃんは聖人君子じゃねえんだよ!」
霊夢の忠告にも従わず、魔理沙はスペル発動を強行する。
「ぶっ飛べ‼︎ 恋符 『マスターー
魔理沙が十八番の魔砲を放とうと、したその時。
「禁忌「レーヴァテイン」! 」
突如空から火炎に包まれた巨大な剣が魔理沙と奏の間に投下された。
「もぉ〜ずるいよ魔理沙。弾幕ごっこするなら私もする!」
ゴォォォ! と燃え上がる熱音の後に鈴を鳴らすような陽気な声が上空から飛来する。
「うえっ⁈ フラン⁉︎ お前、来てたのかっ?」
「うん! あっ、でも今日はいい子にしてるって約束したんだっけ……ん〜……まっ、いっか! ねえ、魔理沙。 奏と弾幕ごっこすのよね? 私もまぜてよ」
「悪いが、私は今取り込み中だ。 遊びたいなら他をあたってくれ」
「ああ……そう言えば、奏には手を出しちゃダメって言われてるんだっけ……? ん〜……流石にそれくらいは守った方がいいのかな〜……?」
おい、聞けよ! と、魔理沙は上空のフランに声をかけるが、当のフランは御構い無しでマイペースに話を進めていく。
「よし! じゃあ、奏は抜きにして。 魔理沙! 私と二人で弾幕ごっこ、しよ」
ニコッと可愛く微笑んでフランは魔理沙へとレバ剣を振り下ろした。
「ちょっ⁉︎ なに勝手なこと言って……って、あぶね⁉︎ うお? ちょっ、止めろって、タンマタンマ!」
魔理沙は慌てて近くにあった箒を呼び寄せ、上空へと避難する。
「きゃははは! まて〜! 魔理沙〜!」
フランは大喜びで楽しそうに魔理沙の後を追いかけて行った。
地上の宴会場では、あい変わらずの喧騒が渦巻き、二人の弾幕ごっこには誰も見向きもしていない。
一人残された奏は拍子抜けしたように手袋をポケットにしまった。
「……まったく、表の俺はどうしてこの特異な力を有効に使わないのか……ふっ……理解に苦しむ。 ……さてと、先の続きといこうか、妖夢。 ……おや?」
奏が振り返って見ると、そこには地にへたっと倒れて伸びている妖夢がいた。
おでこにキスをされたのがそんなに効いたのか。 名前を呼んでも、頬をつついてもまったく動いてくれない。
「ふっ……なるほど。 お持ち帰り希望か」
青少年育成的によろしくない発言をする奏。今の彼にはその辺のストッパーと言う物は微塵も存在しない。
「あら、ダメよ持って帰っちゃ。 妖夢は私の大事な庭師兼、料理長なんだから。 ちゃんとそこに置いて行ってね」
宴会料理を満足の行くまで摘まんで戻ってきた幽々子が奏の背後からゆっくりと二人に接近して話かけた。
「これはこれは、幽霊の姫君。 ご機嫌麗しゅう」
奏はその声に気づくと恭しく頭を下げた。
「はい、こんばんは。 なんだかとても畏まった挨拶ね。今日は無礼講だ! って騒いでる人たちもここにはたくさんいるのに」
「いえ、我が主のご友人であらせられる幽々子様に、そのような無礼な振る舞いは致しかねます」
「ふふふ、硬いわね〜。 それに、前とは随分印象が変わったみたい。 このまま黙っていたら、ずっとお世辞攻めにされちゃいそうな雰囲気ね」
幽々子はいたずらに、そして優雅に微笑むと、倒れている妖夢の元へゆっくりと歩み寄った。
「ははは、そうですね。 確かに貴女は幽霊の姫君とお呼びするに相応しい美貌をお持ちだ。 見目麗しくとてもお美しい。 しかし……残念ながら貴女の美しさを形容するには、数多の言の葉を紡ごうとも、それそのものが劣ってしまうようで……陳腐な常套句しか口にすることのできぬ私をどうか、お許しください」
「ん〜……ごめんなさい。 あなたの言っていることは難し過ぎて私にはよくわからないわ。 でも、一つだけ言葉を返すとするなら。 私は幽霊じゃなくて亡霊よ」
幽々子の言葉を聞いて奏は幽かに眉を顰めた。
「おっと……これは重ね重ね失礼いたしました。 では、私はこれで」
奏は再び礼を正して謝罪すると、そっけなく踵を返す。
「あら、急ね? 何か気に障るようなことをしたかしら?」
「いえ……その……急用を、思い出しまして。 レミリア様に妹様を探して来るようにと」
「ああ、さっき飛んで行っちゃった子のこと? それは大変ね」
「ええ、なので私はこれで失礼させていただきます」
奏は一礼すると振り返り、別れの言葉も聞かず、直ぐにその場を後にした。
「ふんっ、亡霊……か……どうりで近づき難いわけだ」
幽々子から距離を取るように境内をうろつきながら奏は小さく言葉を漏らす。
亡霊。ただ怨念を持ってこの世に留まる者たちとは違う、死を生きる生命体。
そんな者を相手にしていたと知り、奏は少なからず恐怖を感じた。
幼い頃から根強く形成された死霊への恐怖心は、そう簡単に拭い去れるものではない。体は顕著にそれを露わにする。
奏の腕は今も小刻みに震えていた。
「少し敏感になり過ぎだな……表の俺なら、こんなことは全く感じないだろうに…………鈍感だからな」
自分自身に対しての皮肉を口にしながら、奏は口元に薄っすらと笑みを浮かべる。
「まあいい。 少々予定は狂ったが……まだ夜は始まったばかりだ」
腕の震えを無理やり抑え込むと、奏は片手でネクタイを緩め、髪の毛を掻き上げた。
「さて、賢者モードは終わりにして……こっからは、本気で行こうか」
加速する欲望は誰にも止められない。会場で騒ぎ立てる参加者の方へと奏は歩みを進めた。
「さあ、狩りの時間だ!」
宴会の第二幕が始まる。
奏(仮)・永琳:「次回予告コーナー!」
奏(仮):「と言うわけで、今回は俺がこのコーナーを進めよう」
永琳:「ふふふ、随分調子が良さそうね」
奏(仮):「ああ、あんたのお陰で今のところは絶好調だ。 礼を言うよ」
永琳:「あら、私には随分砕けた態度で話すのね? さっきはあんなに言葉を選んでいたのに」
奏(仮):「あんたに媚び売ったとこでしかたないだろ? ガードの硬いのと関わりたくないのには気を遣わないことにしてんの」
永琳:「あらそう? じゃあ、私はそのどっちに含まれるのかしら?」
奏(仮):「そんなことより次回はいよいよ宴会の完結編だ。 少なくとも後二、三人の子には声をかけておきたいな」
永琳:「あまり好き勝手してると元に戻った時に大変よ。 少しは限度を弁えた方がいいわ」
奏(仮):「いや、表の俺は野望って言うか野心ってやつが足りなさ過ぎるんだよ。だから少しは限度を超えてやった方が丁度良い」
永琳:「そう、まあ好きに楽しむといいわ。 でも、医者として一応忠告はしたわよ」
奏(仮):「ああ、じゃあそろそろ占めるか。 俺もいつまでもこうしてられるわけじゃないからな」
永琳:「そうね、それがいいわ」
奏(仮):「それじゃあ」
奏(仮)•永琳:「後編もお楽しみに!」