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東方労働記 〜 Beautiful Labor Days  作者: すのう
労働記 【妖】
19/28

第五話 「ブン屋再来!新人執事の労働基準」 前編

ものすごく久々の更新です!


今回の話は元々予定にはなく、急遽考えて書いた話ですので若干短めです

はたして完成度は如何なものか…

「よし、次行くか」


里での買い出しを無事に終えた3日後。


毎日変わらない仕事をして、何も変化がないまま時は過ぎ去った。


朝食を終え、既に三つの部屋を掃除して回った。


体の方は、まだ万全とまではいかないが、以前よりはマシだ。


まぁ、筋肉痛は相変わらず治る(きざ)しすら見せないけれど…


「ああ…しんど……。 紅魔館(ここ)で週休0日とか…流石に無理があるな……」


いつか休暇をいただきたいものだ。


でなければ、身体的にも精神的にも病んでしまいそうである…


それに、未だ帰る方法の検討すらついていない。


あの時、それについて里の住民に訊いてみなかったことを悔やみつつ、俺は掃除を終えた部屋を退室する。


「ふぁ〜〜…」


欠伸と共に身体(からだ)を伸ばしながら廊下を移動し始めた。


しばらく、歩き続けていると廊下の曲がり角から誰かがこちらへ近づいてきているのが分かった。


恐らく妖精メイドだとは思うが、相手が誰であろうが、とっとと挨拶を済ませて掃除に取り掛かろうと俺は思い、角を曲がる。


「ん、あれ? あなたは」


「あっ、おはようございます! 毎朝ご苦労様ですね」


そこには確かに知った顔があったが、そこにいたのは妖精どころか、メイドですらなかった。


「おはようございます。 それと、先日はありがとうございました」


「いえいえ、こちらこあの時は御迷惑おかけしたようで。 すみませんでしたね」


「いえ、そんなことはありませんよ。 あの時貴女に助けてもらわなかったら、今ここにいなかったかも知れませんしね」


そこにいた少女は、二日ほど前に、俺に飛んできたナイフを片手で受け止めて去って行った、命の恩人だった。


紅葉柄の入ったシャツに、ネクタイをきちっと締め、何故か頭に兜巾(ときん)をかぶった不思議な少女。


「メイド長に追いかけられてましたが、大丈夫でしたか?」


「ええ、御心配いりません。 いくら時を止められようが、私を捕えることなどできませんよ。 幻想郷一の速さは伊達じゃありませんって感じで」


真面(まとも)な部類だが、そう言えばこの人も人間じゃないんだったな…


本当に残念だ…


「そう言えば、自己紹介がまだでしたね。 私は清く正しい射命丸!『射命丸 文』です‼︎『文々。新聞』の記者をしておりまして、毎日ネタを探し回って文字通り幻想郷中を飛び回っています! 何か面白そうなことがあれば、いつでも私に言っちゃってください! 御提供お願いしますね」


そう言って、文はシャツのポケットの中から一枚の名刺を取り出して俺に差し出した。


「これはご丁寧にどうも。 へぇ〜! 記者の方でしたか、通りで」


砕けているように見えて丁寧な言葉遣い、親しみやすく話しやすい雰囲気、何よりこの元気の良さ。


とても記者としての素質のありそうな人だと感じた。


「本日は、先日潜入取材に失敗してしまいましたので、そのリベンジも兼ねて参りました。 それと、丁度いいところで出くわした奏さんに一つお願いがあるのですが…」


「ええ、できることならば力になりますよ。 遠慮なく申しつけ下さい」


受けた恩は返すのが道理、例え勤務の間だとしても俺はこちらを最優先に考えた。


「本当ですか! いや〜それはありがたい。 実は、最近めっきりネタが底を尽きてしまいましてね…大した異変も起こらず、記事を書くことすらできなくて困っていたところなんですよ」


「そうなんですか?」


こんな奇想天外な幻想郷(せかい)で記者をしているならば、ネタに事欠かないだろうに…


「はい、なので奏さんには是非とも取材に御協力いただけないかと思いまして」


「取材⁉︎」


「ええ! 何せ紅魔館で働く人間、しかも男性! なんて、これ程珍しいことはそうはありませんからね。 こんなとくダネ、見す見す見過ごすわけにはいきません!」


「はぁ…しかし、取材とは……できることならとは言いましたが…ちょっと照れますね」


これまでに取材を受けた経験など一度もない。


普通、取材を受けたことがある人の方が少ないとは思うが、まさか自分が取材を引き受ける立場になる時が来るなど夢にも思わなかった。


「まぁ、そんな気を張らずにリラックスして下さい。 簡単な質問に答えてもらうくらいですから。 あっ、それと写真も撮らせてもらっていいですか?」


「はい、別に構いませんよ」


取材を受けるということに少し恥ずかしさを感じながらも、受けてみたいと思う自分もいる。


何事も経験ということで俺は快く取材を引き受けることにした。


「では、早速質問させていただきますね」


文は胸のポケットから手帳とペンを取り出すと、取材を開始した。


「では、まず貴方の御名前をもう一度教えていたたけますか?」


「はい、御社 奏といいます。 御社(おんしゃ)という字に『曲を奏でる』の奏です」


「『奏』とは、男性にしては珍しい御名前ですね?」


「そうですね、よく言われます」


「御名前には何か深い由来などはおありで?」


「 いえ、別に大した由来はありませんよ。 母親が音楽家で、父も母の奏でる曲が好きだったのでそう名付けらたそうです。 あとは、父の名前の『(かえで)』という文字から取ったとか…まぁ、そんな感じです」


「なるほど、なるほど」


文は次から次に手帳へと何かを書き足して行く。


「それで、以前は何方(どちら)でどのような生活を? それと、ここで働くことになった経緯などもお聞かせ願えませんか?」


「はい。 元々自分は幻想郷(ここ)ではなく、外の世界の学生だったんですよ。 何の因果か、こちらの世界に来てしまって…。 危ない状況だったところをレミリア様に救われて、そのまま拾ってもらったってところですかね」


「ほうほう、外の世界からですか。 それは大変でしたね」


文は相槌(あいづち)をうちながら更に手帳へと書き足していく。


「つかぬ事を御訊きしますが、奏さんは何か特技や特別な力を持っていたりしますか?」


「いえ、自分は(自称)普通の人間ですから…。 メイド長みたいに、とんでもビックリな力なんて持ち合わせてませんよ。 まぁ、特技として挙げるとすれば、掃除が得意なことや物覚えがいいということくらいですかね」


「そうなんですか⁉︎ ほ〜う…これは少々予想外ですね」


「何か?」


「ああ、いえ。 何でもありません」


少しだけ不審な顔をして驚いた文は、俺が訊ねるとすぐにニコッと笑顔を向けた。


「それはそうと紅魔館で働き続けているということは、やはり幻想郷(こちら)に定住なさるおつもりで?」


「いえ、ここに居続けるつもりはありません。 こんな自分にも帰りを待ってくれているであろう幼馴染がいるので、できる限り早く帰ろうとは考えています」


「そうですか…御友人が。 それは、さぞ御心配のことでしょうね」


「はい…何とかしようとは思っているのですが…」


「では、お帰りはいつ頃に?」


「できることならば一刻も早く帰りたいとは思っているのですが…実は、帰り方が分からず、現在その方法を模索中なんですよ…。 まぁ、それ以前にまず帰ることが可能なのかどうか…」


「ははは、何を仰いますか。 帰れますよ、普通に」


「…………」


俺は文の言葉に驚き、しばらく言葉を返すことができなかった。


「あの…普通に帰れるというのは……マジすか?」


「あやや? 本当にご存知なかったんですか? ええ、マジですよ。 入って来られたんですから、出られないわけないじゃないですか。 外の世界に帰りたいのであれば、ある場所へ行けば直ぐにでも帰ることは可能なはずです」


思わぬところで、とても有力な情報源を持つ人に会うことができた。


「ありがとうございます!」


俺は深く頭を下げながら無意識の内に文の手を握った。


「えぇ⁉︎ いや別に大したことは何もしてないですけど⁉︎ そんな深々と頭を下げられましても…」


文は突然手を握られたことに驚き、照れくさそうな態度と共に、申し訳なさ気にそう言った。


「ああ、すみません。 少し取り乱してしまいました…。 ずっと帰る方法が分からなくて不安だったもので…」


正気にもどり、急いで握っていた手を解いた。


「いえ、別に構いませんよ。 まぁ、こんなところに一人で来れば無理もありませんものね…」


文はそんな俺に優しく声をかけてくれた。


「お気遣い、ありがとうございます」


「いえいえ、困った時はお互い様ですから。 では、取材が済んだらお礼として、帰る方法について御教えしましょうか」


「本当ですか⁈ ありがとうございます!」


「じゃあ、次の質問を最後にしまして、それから写真を一、二枚程撮らせていただいて終わりにしたいと思います」


「もう終わりでいいんですか?」


「ええ、このまま長々と取材を続けても、集中してもらえないでしょうから」


確かに、今は帰る方法について聞きたくて仕方がない。


俺の内心を気にかけて取材時間を調節するとは、流石記者を名乗るだけはある。


「では、最後に御訊きします。 貴方にとって働くこと(・・・・)はどういうことですか?」


最後に訊かれたのはよくある質問だった、『○○にとって○○とは』など、教科書にも載っていそうなくらいに王道だろう。


しかし、それ(ゆえ)に、この質問の答えが読者に与える印象はかなり大きいだろう。


「自分にとって、働くことですか…」


「この質問は、少し難しかったでしょうか?」


確かに直ぐに答えの出せるようなものではなかった。


だが、このままノーコメントというわけにもいかないだろう。


「……いえ。 自分にとって働くということは……生き甲斐(・・・・)です。 自分の費やした労働が誰かの為になり、そしてその誰かが笑顔になってくれるのを思うだけで働いていて良かったと誇りに思えるんです」


俺はこの質問の答え方としては間違っていないような、ありきたりな返答をした。


「ん〜……奏さん…」


「はい?」


しかし、文はとても納得していないような顔で俺に訊ねた。


「誠に失礼だとは存じますが……私が本当に聞きたかったのはそういうことじゃないんですよ……」


「えっと……それは…どういう?」


「ん〜…まぁ、率直に言わせてもらいますとですね…」


文は少し躊躇いつつも手帳を閉じて、困ったように笑いながら俺に向かってこう言った。


「そういう()は、やめて下さい」


「えっ……?」


俺は、その文の一言に驚愕した。


「いや…自分はそんな……嘘だなんて…」


「……では、お訊きしますが、今現在、貴方はこの紅魔館の執事として働いていますよね? それについて、貴方はどう思っていますか?」


「それは…とても感謝していますし…すごくやり甲斐のある仕事であると感じています」


「ほほう、そうですか…しかし、先ほど貴方は一刻も早く外の世界に帰りたいと仰いましたよね?」


「それは…友人が…」


「御友人の為に、貴方は感謝している御主人から与えられた仕事を、やり甲斐があると仰った仕事を辞めるおつもりですか?」


「………」


「仕事に生き甲斐を感じるような人が、自らの意思で誇りに感じた仕事を途中で辞めるようなことができると思いますか?」


俺は文の言葉をただ黙って聞き続けた。


「御自分の費やした労働で誰かを笑顔にすることが貴方の生き甲斐なのだとしたら、今の貴方は、ここに留まって主人を笑顔にしてあげるべきではありませんか?」


確かにその通りだと思った。


何も悪気があったわけではないが、『自分にとって働くこととは何なのか』を碌に考えもせず、ありきたりな偽善らしきものを装って発言したことに対し、慙愧(ざんき)に堪えない思いになった。


「仕事に大きいも小さいもないんです。 確かに御友人を思う気持ちは大切かもしれません…。 しかし、働くことを誇りに感じるなら…生き甲斐に思うのなら、一度やると決めた職務を直ぐに投げ出すようなことはできないと私は思います。 だから私は、貴方が嘘をついているように思えてならないんですよ……違いますか?」


文は真っ直ぐに俺のことを見つめた。


「はい…その通りです……」


その眼差しに、俺はついに耐えきれなくなった。


「……流石、ですね。 プロの記者の方には人を見抜く目も備わっているということでしょうか…。 どちらにしても、貴女のような方に、働くことについて、あの様に知ったような口をきいてしまったことを深く後悔しました…」


「ははは…いえ、そんなんじゃありませんよ。 私はただ、私の思うことを言ってみたまでです。 私の発言は決して全てが正しいというわけではありません。 勿論、奏さんが働くこと自体を否定するつもりはありませんし、御友人のことを思う気持ちはとても素敵だと思いますよ」


「しかし…自分の発言に少なからず気分を害してしまったのでは…?」


「そんなことはありません。 私は怒っているわけではなく、ただ貴方の本当のお気持ちをお聞かせ願いたいだけです」


文は再びペンを片手に手帳を開いてニコッと笑った。


「私の仕事は、皆さんに真実を告げることですから」


「……感服しました」


俺も文と同じように笑顔を返した。


その差中、もう一度自分の想いを見つめ直し、今度は嘘偽りのない本心を文に伝えようと、考えをまとめた。


「貴女の様な方に、嘘はつけませんね……本当のことを言います。 今の自分にとって、働くことは……生き甲斐などとは程遠い…生きるための手段に過ぎません…」


実に愚かしく恥ずべきような発言に思えたが、これが今の自分の本心だった。


「手段、ですか?」


「はい、外の世界でも、幻想郷(ここ)に来ても…自分にとって労働は、命をつなぎとめる為に行っているに過ぎないんです…。 外の世界では、毎日食費と学費を稼いで社会から切り離されないように、生きるのに必死で働いていました。 そして今も、自分は働くことでレミリア様に生かしてもらっている状態にあります…」


これまで胸の内に秘めた労働への想いを、俺は打ち明ける。


「誰かのために働いているなど、よくそんなことが言えたものです…。 自分が働く理由は、働くことが好きだからとか、誰かを笑顔にしたいからとか…そんな恰好の良いものじゃありません……」


働きたくて働いてきたわけじゃない。


誰かのためでも、誰かのせいでもなく、全ては自分のために、自分の意思で働いてきた。


他の同級生と同じように部活もしたかった。


友人とカラオケやボーリングに行ったり、ゲームセンターで遊びたかった。


欲しいものも沢山あった、やりたいことも沢山あった。


しかし、両親を亡くし、社会のことも真面(まとも)に知らないくせに、身勝手に独り立ちした自分には、その願望を叶えることは苦しかった。


苦しいのなら、いっそ吹っ切れてしまった方が楽だと思いながら働いて、それがズルズルと続くうちに大学へ通い、将来の目標も何もないまま、ただ生きている。


大学へ入れば取り敢えず就活(しゅうかつ)はできる。


就職氷河期という時代を乗り越える、自分にとって良い防寒具になってくれるだろうと思い大学を受験し、通っている。


因みに、私大だ。


国立には…ちょっとした粗相をして推薦が取り消された。


つまり、金が更にかかってしまった。


どこに行っても、生きている間は金が付きまとう。


当然だ、この世とまでは言わないが、少なくとも社会というものは金で動いているのだから。


極端な話だが、金がなければ衣食住は保証されない。


衣食住がなければ人は生きていけない。


もちろん死にたくはない。


ならば、金を稼がなければいけない。


だから働く。


そんな単純な理由だ。


俺は働くことに対して、金を稼ぐことに対して、生きることに対して深く考えないようにしてきた。


それが今、こんな形で(あだ)となった。


「嘘をついて、本当にすみませんでした…。 それに、折角取材してもらったのに……こんなことしか言えず……」


「いえ、そんなことありません」


俺は文に深く謝罪をしたが、文はそんな俺に再度優しく微笑みかけた。


「しかし…取材でこんなこと……何の役にも立たないでしょうし、御迷惑では…?」


「いえいえ、迷惑だ何てとんでもありません。 私は貴方に本当のことを正直に言ってもらえて凄く嬉しく思いますよ」


文は(にこや)かに微笑み続けながら話した。


「しかし…自分は貴方に嘘を……」


「そんなの別にいいんですよ。 むしろ私は初めのあれが嘘で良かったとすら思ってますし」


「え?」


文の発言に俺は驚いて疑問の声を漏らした。


「だって、誰かを笑顔にするためとか、仕事は私の生き甲斐だとか、そんなことを聞きたいわけないじゃないですか」


文は呆れた表情で手帳を閉じてそれを左右に振っていた。


「人を笑顔にしたい? ならボランティアをすればいい。 仕事が生き甲斐? なら仕事以外何もしなくても生きいけるとでも? そんなことはありえません。 私はそんなつまらない返答を期待してはいませんでした。 だから私は貴方に鎌をかけたのです」


「え……?」


文は鎌をかけたという言葉をさらっと口にした。


「そしたら、上手く引っかかってくれちゃいまして。 思った以上にいいお話を聞かせていただけました。 『生きるために働く』実に人間らしく、奏さんらしい意見だと思いますよ。 あっ、鎌かけたりしてすみませんでしたね…こうでもしないと本心で話していただけないと思いましたので、少々問い詰めるような形になってしまいまして…」


「いや……まぁ、別にいいですよ、そんなの…」


鎌をかけたと謝られ…何だか凄く複雑な気分になった。


「本当にありがとうございました。 いいコメントをいただけたところで、インタビューはこれにて終了させていただきます。 お疲れ様でした。 では最後に、写真を一枚お願いできますか?」


「ああ…はい、いいですよ」


掴み所がないというか…この人と話しているとペースを全て持って行かれる。


「では、そちらの壁に立っていただけますか?」


「そこですか?」


「はい、そうです。 そのドアの隣に、そうそうそうそこです、はい」


俺は言われるがままに壁際に立ち、もう一度しっかりと身なりを整えた。


「では、数枚パシパシッとお願いしますね」


「はい、わかりました」


文は肩から下げていたカメラを取り出してフィルムを巻き終えると、レンズをこちらに向けて構えた。


「では、自然体でお願いします」


「はい」


俺は何も考えることなく真っ直ぐにレンズを見つめた。


「はーい、撮りまーす」


そう言うと、文はカメラのシャッターを切った。


「うん、奏さん写真写りいいですね」


「そうですか? ありがとうございます」


取り敢えず礼をいってはみたが、そんなことは初めて言われた気がする。


というより、旧式のフィルムカメラでそんなことが撮ったそばから分かるものなのだろうか?


「では、もう一枚お願いします」


「あの、笑顔の方がいいんですかね?」


「そうですね、できればそうしていただけると印象がいいですね。 では、この際少しポーズも付けましょうか」


「ポーズですか?」


「はい、新人さんということもありますし、どうせならやる気の現れるような感じのがいいですね」


「ああ、なら、こういうのとかどうですか?」


俺は肘を曲げて握り拳を肩のあたりまで持ち上げた。


いわゆるガッツポーズである。


「ああ、いいですねー! それでいきましょう! これはいい絵になりますよ」


楽しそうに笑う文を見ていると、自然と笑みがこぼれた。


「それじゃ、撮りますよぉー」


「はい」


そう合図をして文がカメラのシャッターを切ったその時。


カシャっというシャッター音と共に隣のドアがガチャッと開かれる。


「ん?」


「………」


「何をしているの? 貴方の持ち場は、向かい側でしょ。 こんなとこでサボってないで早く取り掛かりなさい」


部屋の中からモップを片手に現れた咲夜は強い口調で言った。


「はっ…はい」


「それと、その腕はなに?」


緊張で()きそこねたガッツポーズの握り拳を見て咲夜は俺に訊いた。


「どういうつもり?」


「いや、これは射命丸さんがやる気のあるように見せようと…」


「…………へぇ〜…()る気なの? その手で、私を?」


「え……⁉︎ いやいやいやいや! そんな、滅相もない‼︎ これは射命丸さんの取材の一環で」


「文が、どこにいるの?」


「いや…どこって……」


文のいた方に顔を向けると、そこには文の姿も形もなかった。


「………はっ⁉︎ いつの間に‼︎」


「か•な•で〜」


振り向くと、咲夜が笑顔で拳を握りしめていた。


「いや! 本当に違うんですって‼︎」


俺の言葉も虚しく、咲夜は一瞬で俺へと詰め寄り、その拳は無慈悲にも振りかかる。


「射命丸ーーー‼︎」



「ふ〜〜危ない危ない…危うく見つかるところでした」


咲夜の登場を緊急回避した文は、館の屋根で一息ついていた。


「取材の方もまだ最後まで済んでいないというのに…まぁ、写真にはもう収めたし。 いっか」


写真のことを気にかけていると、取材相手のことを思い出した。


「今頃、どうなっていることやら…。 ……あっ…約束」


取材のお礼に外の世界への帰還方法を教える筈だったのをすっかり忘れていた…


「まぁ、次にあった時でいいでしょう」


そんなことはさておき、先に取材内容をまとめることにした。


しまっておいた文花帳を取り出して、取材の内容をもう一度確認する。


「しかし、予想外でした。 まさか何の力も持たない人間をレミリアさんが雇うとは」


本人が嘘をついている様子はなかった。


もしそうだとしたら、私が鎌を掛けた時に全て自白しているはず。


「奏さん…凄く人が良さそうですからね……」


だとしたら、きっと何か裏があるに違いない。


「これは、取材のし甲斐がありそうですね」


これからは何度か紅魔館へと足を運ぶことになるだろう。


新人執事があの悪魔の館でどれだけやっていけるのかもとても気になってきた。


「でも、奏さん…自分のために働いているなんて……あの人には、執事の仕事は向いてないかもしれませんね……」


期待の反面、少なからず不安を感じつつ文花帳を閉じて仕舞うと文は黒い翼を大きく広げ、山の方へと飛び立った。

文:「皆さんこんにちはー‼︎ 今回、次回予告コーナーを務めさせていただくことになりました。 清く! 正しく! (つつ)ましく! 伝統の幻想郷ブン屋! 射命丸文です‼︎ よろしくお願いしま〜す!」


奏:「元気いいですね〜…」


文:「私、こういうのは結構慣れてますからね」


奏:「へぇ〜以前にもこういった経験が?」


文:「まぁ、色んな作品に引っ張りだこな私からすれば、このようなコーナーなど何でもありませんよ!」


奏:「できれば、メタな発言はお控えください…」


文:「メタ度MAXなコーナーをやっているのに、今更どうのこうの言われましてもね…。 それはさておき、奏さん。 あの後は大丈夫でしたか?」


奏:「ああ…メイド長からボディに重いのを一発頂きました…」


文:「それは…ご苦労様です」


奏:「はい…そんなことより、コーナーの進行の方をお願いします」


文:「はい! お任せください!」


奏:「切り替え早いっすね…」


文:「次回、と言っても後編ですが…次話では、何やらレミリアさんとパチュリーさんに不穏な動きがあるとかないとか」


奏:「どっちなんですか…?」


文:「それはあれですよ…次回のお楽しみってことで!」


奏:「そうきましたか…」


文:「流石の私も、趣旨説明くらいしかされていないコーナーをいきなり任されましてもね…限界というものがありまして……」


奏:「まぁ、確かに…よくやれているなと関心しました…」


文:「ありがとうございます。 では、続けますね」


奏:「はい、お願いします」


文:「次回は久々の料理パートがあるということで。 奏さんが咲夜さんから料理の御指導を受けるそうですよ。 奏さんは料理などは得意なんですか?」


奏:「いえ、そんなに得意ではありませんね。 作ったことのあるものくらいしか作れませんし、レパートリーも少ないですし…」


文:「では、これを機に新たな料理に挑戦というわけですね。 咲夜さんの指導はキツイと思いますが、頑張って下さい!」


奏:「はい…頑張ります」


文:「あやや…元気ありませんね……」


奏:「いや〜…またメイド長に(しご)かれるのかと思ったら…」


文:「まぁ、無理もありませんね。 しかし、外の世界では料理男子というのがカッコよくてモテモテだとか。 もしかしたら、咲夜さんも奏さんのことを見直して下さるかもしれませんよ」


奏:「はっはっは…あのメイド長がですか……ありえませんね」


文:「奏さん…お疲れですか?」


奏:「はい…とっても……」


文:「あやや…まぁ、無理もありませんね。 では、今回はこの辺りでコーナーを終わりにしたいと思います」


奏:「お気遣いどうも…」


文:「いえいえ。 では微妙な感じで終わってしまいましたが、また後編をお楽しみに!」


奏:「………」


文:「本当に大丈夫ですか?」


奏:「幻想郷って病院とかあります…? 精神科とか」


文:「診療所ならありますよ…精神崩壊するかもしれませんが……腕は確かです」


奏:「……(つら)い」

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