第四話 「初めての御使い! ブチ切れ紅白と無邪気な紅鬼」前編
お待たせいたしました
病み上がり後久々の投稿です
展開が急だったり、口調がおかしかったり、色んなオリ設定が組み込まれていたりと、今回もとりあえず書いてみました感が満載ですが…どうぞ、宜しくお願いします
目が覚めると体がカチガチになっていた。
敢えて言おう、筋肉痛であると……
日頃から鍛えられていたはずの体も、悪魔の強制重労働には適応しきれなかったようだ。
「痛っ……!」
フカフカのベットからガチガチの体を起こす。
当然、全身には軋むような痛みが走る。
着替えを済ませ、朝食を取るためキッチンへと向かった。
現在朝7時を回った頃。
昨夜眠りにつく前、最後に覚えている範囲で時計が指していた時間は深夜2時だった。
しかし、俺は過労のためか、しっかりぐっすり9時間以上は眠り続けた。
どうやら咲夜が計らいで時間を止めてくれていたらしい。
まぁ、そうでもしてくれていなければ確実に寝過ぎて寝坊していただろうし、感謝の二文字に尽きる。
そうこうしているうちにキッチンに到着。
「メイド長、おはようございます」
元気よく挨拶をしながらキッチンへと足を踏み入れる。
「あれ?」
しかし、そこには誰の姿もなくテーブルの上に置き手紙と共にトーストとサラダが置かれているだけだった。
手紙には大きく『遅い』という文字が書かれ、その右下の方に小さく『先に仕事を済ませてくるから早く食べてしまいなさい』と指示が書き記されていた。
昨日は結局館の整理に追われて、溜まっていた洗濯や掃除などの家事が全く手につかなかったらしい。
「ああ……今日も大変そうだ」
そう、呟きながらパンを一囓り。
「こうパンばっかり続くと、そろそろ米と味噌汁が恋しくなってくるな」
普段から米など殆ど食べていなかったくせに何を今更とは感じたが、ここまで優遇された生活を続けていると人間は少し贅沢を覚えるらしい。
元の世界に戻ったら前のような生活ができなくなってしまうのではないかと心配になりながらも、俺は用意された朝食を残さずたいらげた。
テーブルから立ち上がり、自分の食べた分の皿を全て洗って棚へと返す。
「これでよしっと」
呟きながら手についた水滴をタオルで拭い、胸から手袋を取り出して再び着用する。
今ふと思ったが、我ながらここまで凄く平凡なことしかしていない……
起きて、着替えて、食って、皿洗っただけ。
執事とはこんなものでいいのだろうか……?
もっとこう、優雅で一般人の生活とは掛け離れた感じのものを想像していたのだが……
俺がやっているからこんなんなのか?
それとも、元から執事は裏でこんな感じの大したことのない平凡な生活を強いられていたのか、甚だ疑問ではある。
まぁ、十中八九前者だろう。
というより、そうでなければ全国の執事の方々に申し訳ない……あと、執事に憧れを抱いている方々にも謝る必要がありそうだ。
今後は執事というものを少し勉強していかなければいけないと俺は強く思った。
昨日も結局死にそうな思いまでしてきたが、別に何かを得られた気が全くしない。
執事とは何なのかを知ること。
これが、遠分の自分の課題となっていくだろう。
「ん?」
いやいやいや……その前に早く帰る方法を見つけなければいけない。
自分が本当にしなければいけないことを見失いかけていた。
早く帰らないと既に旅行のためにとった休暇期間が終わりを告げようとしている。
幻想の世界で就職が決まったところで何の意味もない。
俺は現実に生きる人間なのだから、そろそろ夢から覚める必要がある。
こんな悪夢にはさっさとエンディングを迎えてもらって、現実に戻らなければ。
そう決意を新たにし、取り敢えず俺は現場で自分に課せられた仕事に取り掛かるため、食後の日課を終えようと洗面所へ向かい、歯を磨くことにした。
まぁ、洗面所というか大浴場の脱衣所だがな。
別にその場で済ましてしまえば良いとは思うが、キッチンには鏡がないし、流石にトイレで歯を磨く気にもならない。
となると、自分の知る場所で一番適切なのはこの場所となるわけだ。
というか本音を言えば、どこで歯を磨けば良いのか咲夜に聞きそびれただけだ。
まぁ、部屋に自分の歯ブラシを取りに戻ると一番近い水場がここだというのも確かではあるし、不自由もしていないから何の問題もない。
この時間は誰も浴場を利用していないようだし、迷惑にもならないだろう。
脱衣所のドアを開けて入り、鏡張りの洗面台の前に立つ。
歯ブラシを水で濯ぎ、自前の携帯用歯磨き粉をチューブから出して磨き始める。
昨日も一昨日も今日と同じことをしていたため、もう歯磨き粉が底を尽きそうだ。
何とか歯磨き粉くらい調達できないものか……
まぁ、洗剤があるくらいだ、きっとどこかに歯磨き粉もあるだろう。
後で咲夜に聞いてみようと思いながら、俺は正面の鏡に向かい歯を磨き続けた。
その時、真後ろからガチャっと扉の開く音がした。
「ん?」
鏡を覗き込んで扉が開かれるのを確認した。
しかし、そこには誰の姿もなく扉が一人でに開いたままになっているだけだった。
鏡を見つめながら不審に思い始めたその瞬間。
俺は、後頭部に強烈な痛みを感じた。
「この覗き魔がーーー!」
静かな脱衣所で、ドガッという鈍い音が響き、バリンッという音が木霊する。
「がはっ!」
突然やって来た衝撃に耐えきれず前方の鏡に俺は強く頭を打ち付けた。
声の主は、俺の頭から足をどけると、ドヤ顔で『参ったか!』とでも言わんばかりの態度を見せながら俺を見下していた。
「レディの入浴を覗こうだなんて、とんだ変態さんね……。 そういう人にはもっとちゃんとしたお仕置きが必要だわ。 後で、咲夜に言っておかないと」
少女が何かを話しているのをよこ目に、うつ伏せに倒れながら瞼を開けて見てみると、目の前には真っ赤な水溜りが出来上がっていた。
その源水はどうやら俺の頭から流れ出しているらしい。
「…………」
あまりのことに俺は混乱し、声を出すことすらできなかった。
そして、俺はそのまま意識を失った。
☯
「妹様、これは何の騒ぎですか⁉︎」
バリンッという鏡の破損音を聞きつけた咲夜が駆けつけてきた。
「あっ、おはよう咲夜。 丁度いいところに来たわね。 実は、覗き魔を捕まえたんだけど、どうしたらいいと思う?」
フランは嬉しそうに無邪気な笑みを浮かべながら、倒れている奏を指して咲夜に聞いた。
「覗き魔って……」
咲夜は床に落ちていた磨きかけの歯ブラシと、バラバラに砕け散って散乱した鏡の破片、そして頭から血を流して倒れ伏す執事の姿を目の当たりにし、何が起きたのかということを大方察した。
「妹様……またですか?」
「またって、何が?」
咲夜は呆れたようにため息をつきながら、奏の元へと近づいて一言声をかける。
「生きてる?」
「…………」
返事がない、ただの屍のようだ。
「参ったわね……。 お嬢様にどう報告したものか……」
「ねぇ、これからどうするの?」
「取り敢えずは美鈴に言って運ばせます。 それと、妹様。 これは、覗き魔でも不審者でもなく、先日お嬢様が御雇いになった新人ですので、あまり手荒い行動は……」
「全くうるさいわね〜……何の騒ぎ?」
咲夜がフランに言い聞かせようとしたその時、レミリアが目をこすって寝間着のまま脱衣所にやって来た。
「あっ、おはよう。 お姉様」
「あら、フラン。 珍しいわね、あなたがもう起きてるだなんて、こんな朝早くから何やって……」
レミリアは、重い瞼を開いたり閉じたりしながら脱衣所を見渡した。
「お……ぉ……ぉ……ぉま……」
ただならぬ状況にレミリアの口元が小刻みに震えだす。
「お嬢様、お気を確かに……!」
咲夜がレミリアの動転した気を鎮めようと立ち上がるが、既に遅かった。
「お前、何やってんのぉぉぉ‼︎⁉︎ 」
館中に響くような大声で、レミリアはフランに向かってそう言い放った。
「ちょっとお姉様、朝からそんな声で怒鳴らないで……頭に響くじゃない」
「頭に響くじゃないわよ……! あなたこそ、なに人の従者の頭に罅入れるような真似してくれてんのっ⁉︎」
「いや〜中途半端な時間に起きちゃって……朝風呂入ろうかなと思ったら、何か見覚えのない人がいたから、寝起きのノリで……つい」
「だとしても限度があるでしょうが! 少しは手加減することを覚えなさい!」
「えー……十分加減したつもりだよ。 後ろからちょっと足で小突いただけだし……イージーレベル、イージーレベル」
「お前のイージーはルナティックか!」
「それより見て見てお姉様、新鮮な鮮血がドバトバ溢れてるよ! 勿体無いし、寝起きの一杯をどうぞ! さぁ、くいっといこう、くいっと!」
「飲めるかー!」
「痛っ」
レミリアはフランの頭を軽く叩いた。
「咲夜!」
「はっ…はい!」
「今すぐに美鈴を呼んで奏を部屋まで運ばせなさい! それと迅速に手当を行うこと。 包帯でも何でも巻いて数時間寝かせておきなさい! あなたには奏の時間は止められないんだから、事は一刻を争うわ! ほら、大至急!」
「はい、かしこましました」
「それから、今日は奏の部屋以外の時間を止めて仕事に当たること。 何かあるといけないから、美鈴を付き合わせて看護させておきなさい」
「じゃあ、私も!」
フランが満面の笑みを浮かべて両手を挙げながら提案する。
「フランはじっとしてなさい!」
「えー……」
「では、美鈴を呼んで来ます」
「ええ、よろしく頼むわ」
咲夜は脱衣所から駆け出して美鈴の元へと急いだ。
部屋には、姉妹二人と執事一人が残される。
「フラン。 奏には手を出さないようにって言ったわよね?」
「うん、それは覚えてるよ。 でも、こうなってしまったことは仕方ないじゃない? だって私は、この人がお姉様の言っていた執事だったなんて知らなかったのだから」
「執事って言ったら男に決まってるんだから特定できたはずよ。 いくら貴方でも、それくらいは理解できるわよね。 それに、寝起きのノリとか言ってたけど本当は、わざとだったんじゃないのかしら?」
「そんなことないよ」
「今、目が泳いだわよ」
「……」
「フラン!」
「……うん……まぁ、少しだけ……わざとだったかな……?」
「どうしてこんなことしたの?」
レミリアの問いにフランは俯きながら答える。
「だって……昨日は皆んな忙しいって言って誰も遊んでくれなかったし。 夕食の時だって誰も来てくれなかったから……私だけ仲間外れにされてるんじゃないか……って、思って……」
「……」
レミリアは俯くフランの寂しそうな顔に胸を痛めた。
笑顔の消えたフランの顔が地下にいたあの頃のフランのことをレミリアに思い出させていた。
彼女は元々495年間もの間、ずっと地下で一人ぼっちだった。
彼女はその身に強大な力を宿しているにも拘らず、気が触れており、それを危険だと判断されたその日から薄暗く冷たい地下の一室に幽閉され、誰からも相手にされず孤独の日々を過ごしてきた。
だが、フランを孤独にした責任は全てが本人の所為だとは言い切れない。
なぜなら、何度も外に出ようとするフランを押し留め、地下に縛り付けたのはレミリア自身だったからだ。
しかし、レミリアは何もフランの持つ強大な力に怯えて彼女を外に出さなかったわけではない。
全ては妹、フランドールのことを想ってやったことだ。
全てのものを破壊してしまう彼女は、物を壊す度に愉悦を感じ、徐々に自身の気持ちを抑えられなくなっていく。
もし彼女をあの地下に引き止めておかなければ、彼女はいつかきっと自身で作り上げた大切な存在すら壊してしまうだろう。
そうなればフランは自身の心までも自身の手で破壊してしまうかもしれない。
心を閉ざした妖怪など、それこそ幾らでもいる。
しかし、心が破壊され理性すら失った妖怪が待つ結末は、ただの化け物としての醜悪で愚劣な死のみ。
レミリアはフランに決してそんな風になって欲しくなかった。
全ては不器用な姉なりの優しさだった。
しかし、レミリアはやはり後悔していた。
彼女を地下に縛り付けることで、彼女を不幸から遠ざけようとした筈なのに、逆に彼女の幸せすら奪ってしまったのではないかと。
その想いが強くなり始めたのは、この幻想郷に降り立つ数日前のこと。
しかし、徐々に想いは強くなり、紅魔館ごと幻想郷入りを果たしたあの日、レミリアは遂に我慢できなくなった。
『一日でも館の外の素晴らしい世界を妹に見せてやろう』
紅い霧で世界を覆い、地上を我が物にしたあかつきには、姉妹二人で幻想の世界を見て回るつもりだった。
立ち塞がる巫女や魔法使いも、満月の夜のレミリアには敵ではない。
勝利を収める運命も鮮明に見えていた。
しかし、二人に直面してレミリアの意思は変わった。
彼女達がフランの運命を変えてくれる。
そういう運命が見え始めたのだ。
だから、レミリアは自らが勝利する筈だった運命を受け入れず、彼女達に敗北する運命を選んだ。
そして、後に霊夢から聞いた話では、霊夢の『何をして遊びたい?』という問いに対して、フランは命を掛けた争いではなく、相手にわざと避けられるだけの隙間を作り、平和的に勝敗を決める決闘方法である『弾幕ごっこ』を選んだという。
あれから、フランの運命の歯車は高速な逆回転を見せた。
たまに魔理沙が入り混んできた時には楽しそうに弾幕を交わし合う。
時には文屋に連れられて幻想郷中を取材して回ったり。
地底や命蓮寺のところの妖怪と友達になったり。
日常的にとても楽しそうに笑うようになった。
もう彼女は孤独ではなくなった。
孤独から救われた彼女に、もう決して寂しい想いはさせない。
今のフランの楽しそうな笑顔を決して失わせはしない。
レミリアは心の奥底でそう誓った。
なのに、レミリアはまたフランに寂しい想いをさせてしまった。
吹っ切れたように見えても、やはりあの孤独感は頭から離れないのだろう。
レミリアにはフランの表情が、何かに怯えているようにすら見えた。
「だからかな……昨夜は早く寝ちゃったし、怖い夢は見るし、体は汗でびっしょりだし……。 ああ、朝風呂浴びようとしたって言うのは本当だよ」
「……どんな夢を見たの?」
「……」
フランは再び顔に苦笑を浮かべて言いにくそうに話す。
「……また地下に閉じ込められちゃう夢」
「……」
「美鈴も、咲夜も、パチュリーも、お姉様も……皆んな凄く冷たい目で私を見つめてた…。 誰も私と口を利いてくれないし……私を避けて皆んな何処かに行っちゃうの。 それで、気づいたら一人であの部屋にいた……呼んでも誰も来てくれないし、叫んでも誰も気にも留めてくれない……」
フランの声は徐々に小さくなり、孤独に対する恐怖からか無意識に肩が震える。
どれだけ恐るべき力を持っていても、耐え切れぬ恐怖というものは誰にでも存在する。
「だから……誰でもいいから……あれは夢なんだって証明して欲しかった」
フランは倒れ伏す奏を横目に少しだけ俯いて話す。
「だって……もぅ、あんなのは……嫌だもん」
「……フラン」
「ふぇ……⁉︎」
フランはレミリアの唐突な行動に呆気にとられたような声を出した。
レミリアはフランの体を強く抱きしめて、同時に頭を優しく撫で始めた。
「心配しなくても、私たちは決して、あなたを一人になんてさせないわ」
「……でも」
「確かに昨夜は皆んな忙しくてあなたの相手をしている場合ではなかったのかもしれない……。 でも、決してあなたのことを避けていたわけではないの。 皆、私の指示に従って館を元に戻すために働いてくれていたのよ」
「……うん」
「寂しい思いをさせてしまってごめんなさい。 でも、安心なさい。 この館にはあなたのことを嫌っている人なんて一人もいないから」
「お姉様……」
フランはレミリアの言葉を聞くと、小声で訊ねた。
「なあに?」
「じゃあ、お姉様は……私のこと……好き?」
潤んだ瞳が上目遣いで何かを訴えかけるように、レミリアを見つめる。
「……」
脱衣所に沈黙が続く。
レミリアの困ったような顔に、フランは暗い面持ちで俯いた。
しかし、その時フランを抱きしめていた腕に再び力が込められる。
「ええ、好きに決まってるじゃない。 だって、あなたはこの世でたった一人の私の妹なんだから」
レミリアの答えにフランが顔を上げる。
「……本当に?」
「本当よ。 妹のことを可愛く思わない姉なんてこの世には存在しないわ」
「本当に……本当?」
「ええ、本当よ。 あまり何度も言わせるんじゃないの……言ってるこっちも照れくさいんだから」
普段言い慣れない言葉にレミリアは少しだけ顔を赤らめて話す。
「……うん」
フランの顔はさっきと比べ、徐々に明るさを取り戻してきた。
「私もね……お姉様のこと……好きだよ」
「……そう、ありがとう」
「えへへ、何か……照れくさいね」
「そうね、だから今日しか言わないわよ。 普段からこんなことばかり言っていられないもの」
「うん、じゃあ今だけ一杯言っておくね」
フランはレミリアをギュッと強く抱きしめると満面の笑みで普段は口にしない台詞を大声で言う。
「お姉様、だーい好き‼︎」
「ふふ……全く、もぅ……」
一度は離れた姉妹の絆は今再び紡がれ、二人は笑顔を交わし合う。
「じゃあ、お姉様」
「なに?」
「一緒にお風呂入ろ」
「……は?」
レミリアはフランの唐突な提案に、間の抜けた声を出した。
「えっと……なぜ、そうなるの?」
「だって、魔理沙が言ってたもん。 本当に相手と心を通わせたいなら裸の付き合いをするのが一番だって」
「フラン、あいつの言うことは十中八九嘘だと思った方が……」
「さぁ、お姉様。 脱いで脱いで」
フランが期待に満ち溢れた笑顔でレミリアの服を掴み、強引に脱がそうとする。
「こら! やめなさいって……フラン! こんなところで……!」
それに対し、レミリアは脱がされぬように必死の抵抗を見せる。
「こんなところでって、ここは脱衣所だよ? 恥ずかしいことなんて何もないよ」
「後ろっ後ろっ! 後ろ見なさいっての! 只今執事気絶中!」
「気絶中なら、何の問題もないと思うけど?」
「男のいる部屋で衣服の着脱を行うこと自体が恥ずべき行為だと言ってるのよ! あなたはもっと恥じらいを持ちなさい!」
「私は別に恥知らずなわけじゃないよ! ええい! そんなこと言ってると本気で脱がせちゃうぞ〜!」
「いや、そういうことを大声で言ってる時点でって……ああ! ちょっ、こら! 本当に止め……」
必死の抵抗も虚しくレミリアの上着のボタンが全て開かれた。
そこにナイスタイミングでさっき門番を呼びに行ったメイドが帰ってくる。
「お嬢様、美鈴を連れて……き……ま……し……」
咲夜はもつれ合う二人の姿を目にすると、一度思考を停止させ、その場の状況を瞬時に把握する。
「あ、咲夜……これは……その」
「ぉ……ぉぉ……ぉぉぉぉ……」
「咲夜……?」
咲夜は目を見開いて小刻みに震えだした。
「ぅぉぉぉぉぉぉおおおおお! 」
興奮を抑えられず、血圧はドンドン上昇し『ブー』という擬音と共に勢いよく放出される紅い鮮血。
「……」
その血は床をそして姉妹をも紅く染め上げ、メイドはその場に倒れ伏した。
「ふぁ〜〜。 咲夜さん、そんなに急いで何があったって言うんですか……って、わぉ⁉︎」
欠伸をしながら脱衣所に入ってくる美鈴。
「あっ、美鈴。 おはよ〜!」
「おはようございます妹様、それにお嬢様も。 それにしても……この有様は一体?」
脱衣所を見渡した美鈴は床に押し倒されているレミリアに対してそう問う。
「もう、知らない……」
「はぁ……それと、何で咲夜さんはこんな満足気な表情で果ててるんですか?」
「……それも知らない」
「……?」
疑問の尽きない美鈴はレミリアの疲れ切った顔に何かただならぬものを感じ、もうこの惨事については触れないでおこうと思い、早急に人命救助を開始した。
見れば誰もが慄くカオスな世界。
紅く染まった執事が一人と姉妹が二人。
紅く染めた軽傷従者が一人。
それをせっせと運び出す紅さんが一人。
清々しい真紅の朝に。
脱衣所は紅色の狂気に包まれた。
☯
「んー……んん……ん?」
目が覚めると、そこはベッドの上だった。
ここがどこなのか?
なんてことは直ぐに察することができた。
何度か見覚えのある薄紅色の天井が、先日支給されたばかりの俺の自室であることを告げている。
それと、さっきから口の中に広がるキシリトールミントの香り……というか、味というか……これがまた不快で仕方ない。
まだ、頭がぼんやりしていて上手く思考が働か……はた……ら……
「っ……⁉︎」
その時、香料の力によってゆっくりと活性化した頭脳に激痛が走る。
「ぐぉぉぉ……! 何だこれ……あっ、頭がぁぁぁ」
仰向けの状態で頭を抱えるようにして悶え苦しみながら、響き渡る激痛に俺は耐え続ける。
「何だ……何があった……?」
さっきまで脱衣所でただ歯を磨いていただけだ。
それは口の中の不快感で、なんとなくだが覚えている。
しかし、それからがどうしても思い出せない。
確か……何故か勝手に脱衣所のドアが開いて……誰か来たのかを確認しようと鏡を見たら、いきなり鏡に吸い込まれるように何かが……
「くそっ……思い出せん!」
別に記憶喪失というわけではない。
ここがどこなのかも、自分が誰なのかもよく理解している。
しかし、事故時の記憶が抜けるとはよく言ったものだ……
これっぽっちも思い出せやしない。
しばらくすると痛みにも慣れ、少しづつ冷静さを取り戻してきた。
「はぁ……はぁ……」
何事にも、先ずは落ち着いた分析が必要だ。
一つ一つ、自身の置かれた状況を把握していこう。
初めに、頭は包帯でぐるぐる巻きだ。
これは、さっき頭を抱えた時に実際に手で触れて理解した。
つまり、頭に怪我を負うようなことをしたということ。
次に、上着はシャツだけだった。
勿論下はちゃんと着用している。
ネクタイも外されているところを見ると、誰かが俺を介抱して、ここに寝かしつけてくれたということだろう。
最後に、さっきまで痛みと中途半端に残った歯磨き粉の香りで気づけなかったが、何故か布団からほのかに石鹸のいい香りがする……気がする。
あくまで気のせいなのかも知れないが、改めて布団を見てみると、何か少しだけ脇腹の辺りに妙な違和感を感じた。
恐る恐る、手でその辺りを探ってみること。
「ん?」
手が何かに触れた感触がした。
プニっとして温かい。
「何だこれ?」
再び触ってみると、今度は触れた瞬間に一瞬だけビクッとした感触が伝わってきた。
「うぉ⁉︎」
明らかに布団の中に何か異質なモノを感じた。
今は兎に角、状況を確認することを最優先とし、俺は上半身を起こすと恐れを抱きながらも布団を握りしめ、それを一気にめくった。
「…………」
もう、まともに声すら出なかった。
「スー……スー……」
そこには金髪の幼女がスヤスヤと寝息を立てながら安らかな顔で眠っていた。
「……誰?」
幻想郷にやってきて、これを言うのは何回目だろう?
いや、それよりこの子は何故ここで眠っているのだろうか?
「……」
勢いよく布団をめくったせいでスカートが少し開けてしまっている。
目を逸らしてはいるが、ここは直してあげるべきだろうか?
と言っても、直視するのはまずいだろう……それに、直そうとして手を触れている時に起きられでもしたら……気まずくなるのは安易に想像できる。
「んー……」
「……⁉︎」
おいおいおい、そこで寝返りますか⁉︎
少女は横になった大勢から、仰向けになり、さっきよりも脚が大きく開かれる。
チラッと見えたスカートの隙間からチラッと見てはいけないものが……
「これは……不可抗力だ……」
自分にそう言い聞かせながら、四の五の言ってはいられないと、俺は少女のスカートに手をかけた。
決してやましい気持ちなどこれっぽっちもありはしない。
俺はただ、紳士的に正しいであろう行動に出ただけの話。
なのだが……
「んー……?」
「……」
「あっ……おはよーお兄様」
……どうしてこうなった⁉︎
「ああ、うん……おはよう」
「ねぇ、お兄様一つ聞いてもいい?」
「えっ? え〜と……お兄様って……俺?」
「ええ、他に誰がいるっていうの?」
「いえ……まぁ、そうですね」
「それで、お兄様」
「ぅん?」
「何で、私はスカートを握られてるのかな?」
「……」
あまりの衝撃に、手がスカートから離れていなかった…て
ド直球、ドストライクの質問に心の内で『ぐはぁ』と大ダメージ。
効果は抜群だった。
「いや……これは……」
慌ててスカートから手を離す。
「んー?」
「……」
前もこんな感じのシチュエーションに陥ったような気がする。
「……」
少女の透き通った純粋な目にじっと見つめられると…何も言い出せなかった…
「……その」
「……ふふふ」
「……?」
「エッチ」
「……」
少女は焦る俺を見つめながら楽しそうに笑ってそう言った。
ああ……もぅ……誰か助けてくれ。
「ふぁ〜〜……あれ? 奏さん、起きてたんですか?」
「えっ、美鈴さん?」
ドアの横で目を擦りながら美鈴は椅子に腰掛けて座っていた。
「……いたんですね」
今まで少女に気をとられらていたせいで全く気がつかなかった。
「あっ、美鈴。 おはよー! さっきも言った気がするけど」
「ああ、おはようございます。 はい、さっきからずっといましたよ。 お嬢様に奏さんと同じ部屋で看ているようにと言われまして…って、何で妹様がここに⁉︎」
「妹……?」
美鈴は隣で寝転がってる少女のことを妹様と呼んだ。
「何時からいらしたんですか?」
美鈴が少女に問いかける。
「あいつがお風呂上りで着替えてる隙に、忍び込んだのよ。 別にいいでしょ?」
「はぁ……まっ、バレなければ怒られずに済みそうですし、別に構いませんが……ここにいたということはちゃんと秘密にしておいてくださいよ」
「うん、分かってるよ。 私だって怒られたくないもん」
仲良く話す二人は確かに歳の離れた姉妹のように見えた。
「あの、美鈴さん」
「はい、何ですか? というより、傷の方はもう大丈夫なんですか? 一応、大方手当は済ませましたが、痛むようならちゃんと言ってくださいね」
「ああ、はい。 まだズキズキと痛みますが、大丈夫です。 それよりも、この娘は?」
今もベッドの上でゴロゴロとしている少女を指差しながら訊いた。
「ああ、奏さんは初対面でしたか? その方はですね」
「見てわからない? 私は妹よ」
美鈴が説明する前に少女が横から割り込むようにして会話に入ってきた。
「へぇ〜、やっぱり妹さんだったんですね。 二人ともとても仲が良いな〜とは思っていましたが、まさか美鈴さんに姉妹がいたとは思いませんでしたよ。 ああ、お姉さんには日頃からお世話になってます」
俺は少女にちょっとふざけた感じで真面目に挨拶をした。
「いえいえそんな、姉がお世話してもらってるのはこちらですから〜」
少女も笑顔で答えてくれた。
意外とノリがいい。
「ねぇ、お兄様」
「ん、何?」
お兄様と呼ばれるのは、少し気恥ずかしかったが思ったより悪い気はしなかった。
「高い高いしてくれない?」
「ああ、良いよ」
俺は少し調子に乗って優しく答えた。
「本当? やったー!」
「え? あの、奏さん?」
俺は美鈴が何かを言いかけようとしていたのを気に留めず、ベットから立ち上がると、両手を出して無邪気に笑う少女を抱えて持ち上げた。
「ほら、高い高い!」
「キャハハハ! もっと、もっと!」
「よーし!」
凄く楽しそうに笑う少女を見ていると、こちらまで楽しくなってきた。
それに、少女は思った以上に軽く、俺は張り切ってほぼ垂直になるくらいにまで持ち上げた。
「ほら、高い高ーい‼︎」
「キャハハハハッ!」
流石美鈴さんの妹だ、すごく元気がいい。
久しぶりに楽しい気持ちになってきた。
自分がお兄さんとして子供と遊ぶことなんて始めての経験かもしれない。
「あの……奏さん?」
「はい? ああ、すみません少し羽目を外し過ぎました……」
「ねぇねぇ、もう一回、もう一回!」
「ん? よし! じゃあもう一回だけだぞ」
「あの〜お楽しみのところ悪いんですけど……勘違いされてるようなんで一応言っておきますが、その娘は別に私の妹というわけではありませんよ」
「そら! って……えっ? じゃあ……誰の?」
少女持ち上げながら俺は美鈴の話に耳を傾けると、驚愕の事実を耳にする。
「え〜と〜……お嬢様です」
「…………へ?」
俺はゆっくりと美鈴から目を外し、頭上の少女へと目を向けた。
「……」
「ああ、どうも〜。 レミリアの妹の『フランドール•スカーレット』です。 フランって呼んでくれて良いよ」
俺は再び少女をじっくりと見つめながら『ああ〜……言われてみれば確かに面影あるわ〜』とか『そう言えば、「様」って言ってたっけ…?』とか思った。
そんな風に思い、フランを持ち上げたまま、今までの自分の行動を改めて振り返っていると、唐突に部屋のドアが開かれる。
「美鈴、奏の調子は……ど……う?」
そう言いながら色んな意味でのグッドタイミングで入ってきたのは、噂をすればの……お姉様だった。
「な…なな……」
見て見られて、部屋中の全員が凍りつく。
「お嬢様、どうかなさいましたか?」
レミリアの後ろから続いて咲夜が声をかけながら入ってくる。
「……お嬢様」
咲夜は俺を見るなり一度ため息をつくと、直ぐに目を閉じた。
「如何いたしましょう?」
「……いいわ咲夜。 貴女は下がってなさい」
咲夜の問いに対し、レミリアは少しだけドスの効いた声でそう言った。
俺は今も楽しそうに笑うフランを持ち上げたまま、どうしたらいいか分からず固まっていた。
レミリアは背中の翼をバサッと広げると、一歩、二歩と近づいてくる。
そして、三歩目を踏み出した刹那。
俺は背筋にゾクッと寒気を感じた。
レミリアは一瞬にして瞬間移動のごとく俺の脇腹へと跳び
「何やっとんじゃー! お前等はーー‼︎」
という怒鳴り声とともに強烈な跳び蹴りを叩き込んだ。
「ぐぼぁ!」
俺は脇腹を抉られたような痛みを感じた後、壁に激突して頭を酷く打ち付けた。
一方フランは、支えられていた腕からスルリと抜け出し、空中でヒラリと身を翻して、ゆっくりと床に着地した。
「もぉ〜……折角遊んでたのに、邪魔しないでよね、お姉様」
「あなた、部屋に戻ってるって言ってたわよね⁉︎ 何、楽しそうに遊んでくれてんの⁉︎ 全く……目を話すと直ぐこうなんだから」
「ん〜何? 嫉妬?」
「違う!」
俺は痛みに耐えながら、喧嘩中の姉妹の方へと目をやった。
「ちょっと私の部屋まで来なさい!」
「え〜〜〜……」
「良いから早く来る!」
レミリアはフランの手を引いて無理やり部屋から出そうとする。
「ああ、もぅ〜分かったよ〜。 じゃあねお兄様。 またね」
「あ……ああ……はい」
「ああ、それと。 奏、あなたも……後で覚えておきなさい」
レミリアが睨みを効かせながら俺にそう言った。
「……はい」
苦しみながら返事をすると、部屋を出ていく二人を俺は改めて目の当たりにする。
漆黒で妖艶な美しさを放つ蝙蝠の翼を持つ姉。
枯枝のような骨格に色とりどりの宝石がついた禍々しい翼を持つ妹。
二つの対となる翼。
二人の紅い吸血鬼。
俺はこの日初めて、スカーレット姉妹の恐ろしさの片鱗を味わった。
奏:「ああ…痛った〜……」
レミリア:「全く…。奏、私はあなたが重傷だと思ったから部屋で休ませていただけであって…。 誰も遊んでいていいなんて一言も言っていないのだけど?」
奏:「あ…はい……すみません」
フラン:「まぁ、まぁ、お姉様。 お兄様もこう言ってることだし、それくらいにしてあげなよ」
レミリア:「元はと言えば全部あなたのせいでしょ…? はぁ…簡単に許すんじゃなかったわ…」
フラン:「そんなこと言わないで。 ほら、お姉様の大好きな妹がこんなにも反省してるんだよ? 今日だけ大目に見て、ね?」
レミリア:「フラン…あなた……色々わざとやってるでしょ…?」
フラン:「ん〜? 何が?」
レミリア:「はぁ〜もぅ…別にどうでもいいわ……」
奏:「あの…お二人とも」
レミリア&フラン:「ん?」
奏:「それくらいにしておきませんと…次回予告の時間の方が……」
レミリア:「ああ、そうだったわね。 さっさと終わらせましょう」
フラン:「言われてみれば、すっかり忘れてたね」
奏:「ははは…では、気を取り直しまして、お二人とも宜しくお願いします」
レミリア:「はい、じゃあ次回は…」
フラン:「博麗の巫女が出るよ!」
奏:「ちょっ⁉︎ ちょ、ちょ、ちょ、ちょっとフラン様? それは幾ら何でもピンポイント過ぎますって!」
レミリア:「まぁ、題名に『ブチ切れ紅白』とか入ってる時点で、今更って気はするけれどね…」
フラン:「じゃあ、ここまでにしとく?」
奏:「終わるの早っ⁉︎」
レミリア:「今までのを見てきてもこんな感じだったし、別に良いんじゃないかしら?」
フラン:「だね」
奏:「はぁ…お二人が良いなら自分は構いませんが……」
レミリア:「まっ、どうせまたあなたが何らかの形で苦労するんでしょ?」
奏:「ちょ⁉︎ どうせとか言うのやめてもらえません…?」
フラン:「こういうの、お約束って言うんだよね〜?」
奏:「ああー! もういいです、はい終了ー! 今回の次回予告はこれにて終了でーす! では、後編もお楽しみに」
レミリア:「全く…段取り悪いわね…」
フラン:「本当にグダグダだね〜…」
奏:「誰の所為だと思ってるんですか…⁉︎」