第二話 後編
物凄く時間をかけたので物凄い量に…。
また一週間ほどしたら前半に詰めておきます。
また人称がぐちゃぐちゃになりましたし、最後の方になるとどんどん雑になりました…。
また、書き直す必要もあるかもしれませんね…。
「じゃあ、先ずは館内の掃除からね」
「はい! 宜しくお願いします!」
「と言っても、掃除の基礎なんて殆ど教えても仕方ないでしょうから。 先ずは、あなたがどれだけ短時間でこの部屋を綺麗に掃除できるかをテストするわ。 その後、チェックしてダメな部分を直していく形で指導していくから」
「え…ああ、はい。 分かりました」
ここは、紅魔館のとある部屋。
今からメイド長直々に執事としての仕事の指導を賜る。
「掃除道具はここに一式置いてあるから、箇所に応じてしっかり使い分けること。 じゃあ、私はキッチンにいるから、終わったら呼びにきなさい」
そう言って咲夜は部屋を出て行った。
賜るはずだったが、とりあえずやってみろとのことだった…
「さて…やりますか…」
それにしても、この部屋は広い。
見渡すことが出来るくらいの広さで、24畳間くらいはあるだろうか。
一般的な家庭のリビングと比べてもかなり広いくらいである。
「掃除しろって…。 見た目かなり片付いてるし…。 とりあえず、床と…窓と…照明と…」
先ずは部屋の状況の確認から入る。
当たり前なことではあるが、無駄な作業を増やさず効率よく掃除するためには、先ず一通り見通しを持ってから取り組むことが重要だ。
部屋に入った瞬間から俺はそのチェックを怠らない。
しかし、この部屋にはやたらと高価そうな備品が多く、慎重に作業を行う必要がある。
もし破損なんかしたら…シャレにならない…。
かと言って一つの作業に集中し過ぎれば、他が疎かになり作業時間がかかり過ぎてしまう。
つまり清掃とは、どれだけ上手く効率の良い時間の使い方ができ、尚且つ作業一つ一つに気を配って慎重になれるかがカギとなる。
「よし、下見も済んだことだし。 見せつけますか、バイト清掃員歴5年の実力を」
勿論これの中にはハウスクリーニングも含まれている。
壁の時計から棚のグラスまで一つ一つを丁寧に磨くとなると、無駄な時間を使ってはいられない。
今日は、初日だ。
迅速且つ、質の高い仕事が求められる。
「ふっふっふ…悪いが本気で行かせてもらうぜ」
無駄な独り言を呟きながら、新米執事は掃除を開始した。
数秒後
「……道具がモップと雑巾とバケツだけしかないだと…。 しかも、洗剤が石鹸しかないとは…。 これ新聞か…? 窓に使えと…?」
カルチャーショックとジェネレーションギャップを同時に味わった気分だった…
数分後
「ふぅ〜…これでよしっと」
咲夜は洗い終えた食器についた水を一滴残らず全て拭き取り、棚へ戻した。
「さて、次は洗濯をしませんと」
「失礼します。 メイド長、終わりました」
後ろから声をかけられ、咲夜はまた少し驚いた顔で振り返る。
「思ったより早かったわね」
「まぁ…できることが限られていたので…」
意気込んだ割りには、これまで培ってきた掃除テクの殆んどが役に立たなかった…
余程自分が道具に頼っていたということをよく理解した。
「そう言えば、洗剤ってこれしかないんですか? いくらなんでも家庭用洗剤くらいありますよね…?」
ガラス用やお風呂用とまでは言わない。
せめて、それくらいはあってもらいたいものだ。
「いくらなんでもって…。 ここを何だと思ってるのよ…。 ほら」
咲夜は戸棚の上に置いてあったボトルを手に取ると渡して見せてくれた。
「何だ、あるじゃないですか」
ボトルには大きく『カッパ印』という文字が記されている。
そう言えば、昨日も大浴場でこの文字を目にした気がする。
だが、そこはあえてスルーすることにした。
「では、お手並みを拝見させてもらいましょうか?」
「はい、宜しくお願いします」
ボトルを戸棚に戻し、二人は部屋のチェックへと向かう。
☯
「じゃあパチェ、宜しく頼むわね」
「全く…よくもまぁ、いつもいつもそんな面倒なことばかり思いつくものね…。 少しは手伝わされる方の身にもなって欲しいわ…」
パチュリーは本に目を落としながら溜息混じりに返答する。
「別に良いでしょ。 どうせ本しか読んでないんだし。 パチェだって退屈してるんじゃない?」
「だからと言って、巻き込まないでくれるかしら? 話を聞いていると、昨日の騒動も、その新人が原因なんでしょ? 私の推測が確かなら、その人間…私達にとっては危惧にすらなりかねないわよ」
本を閉じて眼鏡を外しながらパチュリーはレミリアに横目を向ける。
「そうね、でもこればかりはどうしても譲れないの。 運命が見えないということ。 これは即ち、一種の可能性だもの。 決められた運命を改変するならそれくらいの覚悟は必要でしょ」
「自分のメイド一人失う運命にすら怯えているあなたが…。 よくもそんな賭けのような真似ができるわね……。 賭けに負けた時の代償は、対象物が大きくなればなる程に大きいものよ」
「…………」
静寂に満ちた図書館で沈黙が続く。
「……あまり舐めないで。 引き時が分からない程、お子様でもないわ。 大丈夫よ。 迷惑は掛けても、親友や家族を賭けるつもりはないから」
レミリアはパチュリーと目を合わせることなく、ドアの方へと向かいながらそう告げた。
「……はぁ……分かったわ。 他ならぬ親友の頼みだもの。 私も喜んであなたの夢のために協力してあげる」
パチュリーがそう言うとレミリアは微笑を浮かべながら図書館のドアを開け、一言友へと礼の言葉を述べる。
「ありがとうパチェ」
「御礼は全部終わってからにして頂戴。 まだ、事が上手く運ぶとは限らないのだから」
「……そうね。 じゃあ、後は宜しく頼むわ。 パチェ」
「分かったわ。 レミィ」
お互いの名を呼び合うと、レミリアは静かに図書館を後にした。
「………はぁ…。 『こあ』ちょっと来なさい」
パチュリーが静まりかえった図書館にそう呼びかけると、多くの陳列する本棚の間から一人の少女が現れ、ゆっくりとパチュリーの座る椅子へと歩み寄った。
「はい、どうかなさいましたか?」
四、五冊の本を抱えながら『こあ』と呼ばれたその少女はパチュリーに要件を訊ねる。
「紅茶を淹れて頂戴。 あと、さっきの話、どうせ聞いていたんでしょ?」
「まぁ、ここはとても静かですから。 聞こうとしてなくても、耳に入ってしまうのは仕方のないことですよね」
少女はニコニコとしながら抱えていた本を降ろして、ティーポットを手にカップへとお茶を注ぐ。
「いつも、ことあるごとに聞き耳を立てているくせによく言うわね」
「嫌ですね…そんなことしてませんよ」
少女はカップを机に置きながらまたニコニコ笑顔でそう答える
「さて、どうかしらね。 まぁ、それは良いとして。 明日あたり、さっきレミィが言っていた新人をここに連れて来てくれない?」
「明日ですか、今ではなくて?」
「レミィが言うにはデータの分析をしろとのことだから用意しなければいけないものもあるし、色々と忙しいのよ」
「そうなんですか。 分かりました、では明日の朝に図書館に連れてきますね」
「ええ、そうして頂戴。 じゃあ、私はしばらく部屋に篭るから。 ちゃんと本の整理を終わらせておくのよ」
「はい、 承知致しました」
日陰の少女は部屋へと戻り、明るい悪魔は仕事へと戻る。
そして、回想は執事へと戻る。
☯
「………」
「あの…如何ですか?」
現在部屋のチェック中。
棚の上やカーテンの裏側、実に細かいところまで見られている。
だが、抜かりはない。
そこも、あそこも、その箇所もあの箇所も全て清掃済み。
拭き掃除しかできなかったのは痛いが、全力は尽くした。
残す問題は、これが目の前の審査員の目にどう映るかということ。
館内を見渡してみても分かるように、この紅魔館の使用人の方々の清掃スキルはかなりのものだ。
自分ではそこそこ満足しているものの、掛けられている秤りのレベルはかなり高いに違いない。
どちらにしても、今はただ黙って判決を待つのみ。
そうして緊張の中、待つこと数秒。
咲夜は部屋の隅々までチェックを終えた。
「それじゃあ、一通り見た結果を言いましょうか?」
「はい、お願いします」
唾を飲み、覚悟を決めると、咲夜は俺に向かい、判決を下した。
「不合格」
「え…?」
どんな風に言われても仕方ないと覚悟を決めたにも拘らず、その言葉は俺にとってあまりに衝撃的だった。
不合格?
そんな馬鹿な…
一体どこをしくじったというのか…?
部屋全体、隅々まで小さな汚れや埃をも逃さず、全て拭き取った筈だ。
壁も、床も、照明も窓のサッシに至るまで隈なく確認した。
時間にしたって、大してかかってはいない筈だ。
それなのに不合格?
決して予想していなかった言葉ではなかったが、掃除に関しては少なからず自信があったのは確かだった。
そのため、心のどこかで無意識に決めつけていたのかもしれない。
自分が認められない筈がないと。
けれど、現実は違った。
やはり、バイトだけで得た能力では何かが足りなかったのだろうか?
俺は、もう一度この評価に向かい合う覚悟を固め、何がいけなかったのかを訊いて素直に受け止めようと決意した。
「あの…不合格…なんですね?」
「ええ」
「……一体どこがいけなかったのでしょうか? お恥かしながら、自分にはそれが全く理解出来ません…。 掃除に関しては少しだけ自信があったもので…」
「そうね、確かにこの短時間でここまでできるとは流石に思っていなかったわ。 部屋自体初めから片付いてはいたものの、床や棚にあった少しばかりの埃まで綺麗に拭き取ってあるし。 照明の内側や、棚のグラス一つ一つまで丁寧に磨いてある。 これなら、これからの館内の掃除を任しても問題はなさそうね」
咲夜は俺に不合格と言っておきながら掃除に対してはとても好評価な言葉を口にした。
「あの、不合格なんですよね? 良いんですか? そんなこと仰って」
「良いも何も、何か問題がある? 」
「問題があるから不合格なのでは?」
「何を言っているの? 掃除に関しては何も申し分ないわよ。 時間も質も全く問題なし」
咲夜の言葉の意味が全く理解できなかった。
何の問題もないのならば、不合格にされた意味が分からない。
「意味が分からないって顔ね?」
咲夜は俺顔を覗き込んでそう言った。
まるで、心でも読まれたかのようだ。
「私は何も、貴方の掃除が不合格と言っているわけではないのよ?」
某然としながら、俺は咲夜の話を黙って聞き続ける。
「私が言ったのは、貴方は『執事として不合格』だということ」
「執事として…?」
話を聞いても、やはり理解出来なかった。
掃除が出来ているということは、執事として能力があるというわけではないと言うのだろうか?
「やっぱり、自覚してなかったのね…。 そらなら、そこをよく見てみなさい」
咲夜がそう言って指差したのは俺の脚だった。
言われるがままに頭を下げてよく見てみると、膝の辺りが白っぽく汚れていることに気がついた。
ズボンが黒い分、余計に目立っているのにも拘らず、俺は今までその汚れに全く気づいてすらいなかった。
きっと、雑巾を使用した時に四つん這いになってしまったのが原因だろう。
「そんな格好で主の前に立つつもり? 掃除ばかりに気を取られていないで、少しは身嗜みにも気を配りなさい」
「はっ、はい…すみません…」
「確かに、掃除からとは言ったけど、私はあなたに執事としての仕事を教えているのよ。 執事として、いつも自身の身に気を配るのは当たり前。 私たち従者の行動や見た目そのものが、そのまま主を映す鏡ともなるの。 だから、どれだけ仕事ができても、そこにマナーや立ち振る舞いの面での質が欠けていてはいけない。 そんなことが続けば、いずれは主の顔に泥を塗ることにも繋がりかねないから、これからはそう言った面にも気をつけて仕事を行うこと」
抜かった…
いつもは作業着で、身体に付着する埃などは全く気にしてはいなかった。
それ故に、自分の服装まで気を回すことができていなかったのだ。
さっきまで自分の技能を見せつけようと意気込んでいた俺には『執事の仕事と言うものは単に能力があるかどうかではない』というニュアンスの言葉が、心に酷く突き刺さる。
「それと、貴方雑巾を絞る時に手袋を外さなかったわね…。 どいして、外さなかったの? 手袋自体を汚したらその後触れた物は例外なく汚れてしまって元も子もないわよ?」
改めて手袋を見てみると、肉眼でもはっきりと確認出来るほどに黒ずんでいた。
「ええっと…それは…自室以外で外すなと昨夜言われましたし…。 ああ…ご心配なく。 しっかりと全て磨き終えてから絞ったので、他の物には触れていませんから」
「…………はぁ」
咲夜は呆れ顔で俺を見つめると、一度大きく溜息をついた。
「融通が効かないにも程があるわ…。 子供じゃないのだから言われたことをただただ忠実に守れば良いと言うわけではないの。 今回は確かに私から外さないようにとは言ったけど、他のことに支障がでるのだったら、躊躇うことなく外しなさい。 そんなの常識でしょ?」
「………」
この世界では『常識、非常識が逆転してる』みたいなこと言ったのどこのどいつだ…
自分なりに馴染もうとして行った行動は、結局この世界でも非常識としてとられた。
もう、どこからどこまでが常識で、非常識なのかの境が分からない。
軽く混乱中だ…
「まぁ、一つの指示を忠実に守ったと言うことだけは認めてあげるけれど。 あまりそれに拘り過ぎて変な行動を押し通さないように。 良いわね?」
「……はい」
「でも、掃除に関しては本当に驚いているわ。 他のメイド達にも見習わせたいほどに」
咲夜は少し微笑みながら、褒めてくれた。
散々言われたが、この言葉だけが唯一の救いだ。
自分の掃除のスキルはここでも何とか通用している。
それが分かっただけでも心に少しだけ余裕が出来た。
というより、この人に褒められて俺は単に嬉しかったのだろう。
「じゃあ、掃除に関しての指導はこれで終わり。 後で代えの手袋を用意するわ。 ああ、さっき外しても良いと言ったのは掃除や炊事の時だけよ。 普段はしっかりと着用する様に」
「はい。 了解です」
「じゃあ、次は料理ね。 もう直ぐお昼だから丁度良いでしょ。 ほら、さっきの場所に戻るから着いて来なさい」
「はい。 宜しくお願いします」
そうして俺たちは移動を開始し、キッチンへと戻った。
「ここが、キッチンよ。 まぁ、調理場ね。 食事は朝、昼、晩の計三回。 私達使用人の食事は空いている時間に済ませなさい。 まぁ、夕食だけは例外だけれどね。 お嬢様にお出しする時間は少しずつズレているから気をつけること。 まぁ、まだあなたには必要ないことかしら」
咲夜は食事について、ざっと説明を済ませた。
「じゃあ、まずはさっきと同じようにお手並み拝見ね。 ここにある食材を使って、あなたが一番美味しいと思うものを作りなさい。 制限時間は20分よ」
「はい」
テーブルの上には大量の食材が置かれている。
肉に野菜に卵に魚。
あれっ?…魚が川魚しかない…?
まぁ、いいか…魚料理など大して作ったことはない。
「米は既に炊いてあるのがあるからそれを使いなさい。 まぁ、私は何も口をはさまないから、どうぞご自由に」
自由に作って良いと言われた。
これは俺にとってはかなり有利な条件と言える。
見渡してみるとフライパンや包丁などの調理器具も充実している。
一番心配していた火に関しても、どうやら心配の必要はなさそうだ。
見たところ旧式ではあるが、これはオーブン備え付けのガスレンジ。
一体どこからガスを得ているのだろうという疑問はこの際どうでもいい。
原料が薪でなかっただけマシと言うものだ。
これなら、俺の持つレパートリーの中でも作れない料理ない。
しかし、困った。
一番美味しいものと言われても、俺は大抵何を食べても美味いとしか感じない。
味覚は壊れてはいない筈だが、全く肥えてはいないのだ。
言うなれば味覚の飢餓状態。
さて、何を作ったものか…
「あの…すみません咲夜さん。 何か食べられるものありませんか? 朝から何も食べてなかったのでお腹空いちゃいまして…」
何を作るかで悩んでいると、廊下からお腹を空かせた美鈴が現れた。
「今、テスト中よ。 物乞いなら後にして頂戴」
「ええー…酷いですよ…。 昨日の晩御飯だって結局私、本当に御菜一品だけだったじゃないですかー…」
「昨日そう言って了承してたじゃない?」
「それでも御慈悲と言うものがあるでしょうに…」
「何か言った?」
「いえ…何も…。 でも、流石に食べないとお仕事どころではありませんって…。 ちゃんと、お庭のお手入れもして来ましたし。お願いしますよ…」
美鈴は両手を頭の上で合わせながら、咲夜に頼み込んでいる。
半分涙目で。
「………はぁ…。分かったわよ…。 奏、もう一人追加だけど良いわね?」
「ええ、構いませんよ」
「すみません…奏さん……。 御迷惑おかけしまして…。」
「いえいえ、いつかさっきの御礼をと思っていましたし、気にしないで下さい」
一人分だろうが二人分だろうが今更変わらない。
今まで何人のお客相手に料理して来たことか。
今重要なのはどれだけ作るかではなく、何を作るかだ。
全然決まりそうにないので、何かヒントになるようなものはないだろうかと、俺はキッチン全体を見渡してみた。
「いや〜楽しみですね、咲夜さん」
「あのね…これは、一応テストなんだから、静かにしていなさい中国」
「その呼ばれ方久しぶりですね…。 最近、ずっと名前で読んでくれてたじゃないですか…」
「気まぐれよ、別にいいじゃない」
「何か私、段々扱い悪くなりますよね…」
見渡して見たが、そんな会話が気になってなかなか集中できなかった…
全く、仲が良いんだか悪いんだか。
この二人の関係がまだよく分からない…
しかも、中国って……ん?
「中国……中華……か…。 まぁ、それでいいか」
「何か言った?」
「あ、いえ。 なんでも……。 それよりメニューが決まったので、開始の合図をお願い出来ますか?」
「そう、なら始めまるわよ」
咲夜は懐から懐中時計を取り出し、俺は変えたばかりの手袋を外して胸に閉まった。
中華鍋を取り出し、野菜や肉などの材料の準備を即座に終え、包丁を握る。
「それじゃあ」
調理場は緊張感に包まれた。
さっきは失敗したが、今回はそうはいかない。
執事らしさなど、やはり俺には到底理解出来ない。
しかし、料理ならそんなの御構い無しだ。
身嗜みが崩れたり執事どうこうなど言われようがないだろう。
思いっきりやってやる。
「さて、掃除の名誉挽回と行きますか」
小声で呟きながら自然に笑みが零れる。
「始め!」
咲夜が合図をし、俺は腕を振るい始める。
(店長、俺に力を下さい!)
鍋に火をかけ油を敷く。
その間に野菜、肉を刻み、温まった鍋から油を戻して溶き卵、米の順に鍋に投入、調味料で味を整え強火で一気に炒め皿に盛る。
何を作っているかなど、この工程で既にお察しのことだろうとは思うが、あえて言おう。
これは実にオーソドックスな炒飯の作り方である。
そして、数分後。
「はい、お待ち!」
いつものバイト風に俺は皿に盛った炒飯を二人の前に並べた
「おお、鮮やかなお手並み…。 お見事ですね」
「ありがとう御座います。 では、冷めない内にどうぞ」
「はい、ではいただきます!」
「ちょっと待ちなさい………まだ、5分も経ってないわよ……」
咲夜は俺の調理に対して、驚きを隠せないようだ。
そりゃ、早いのは当然。
中華はスピードが命。
これまで店長の動きを隣で何年も見続けて来たのだ、あの洗練された技を俺はこれまでに何度も行ってきた。
今では、数ミリ違わず同じようにネギや肉を切り分けたり、全体に同じように火を通すことなど造作もない。
米はパラパラ、味もいつもの店の味と全く変わらない筈だ。
「あの、咲夜さん…もう良いですか…?」
餌の前で待てと言われたまま放置された飼い犬のような目で美鈴は咲夜を見つめている。
「……ああ…もぅ…分かったわよ…。 確かに食べないと何も言えないわよね…」
咲夜は溜息混じりに美鈴の要望に応じた。
「では、改めて。 いただきまーす!」
「いただきます…」
さっき部屋で感じたのとは桁外れに緊張感のない挨拶と共に、料理の審査が始まる。
二人は、スプーンで炒飯を一掬いして口に運ぶ。
「………」
俺は賄いで何度もこれを食べている。
『大丈夫だ、味は悪くない筈だ』と自分に何度も言い聞かせながら、ただ黙って俺は二人の評価を待った。
「うん、普通に美味しいですよ奏さん。 ね、咲夜さん」
「ええ、そうね。 とっても普通ね」
「………な!」
(店長ー…! 『普通』で片付けられました…‼)
「でも、お嬢様にお出しするにはまだまだね。 これなら美鈴が作った方が美味しいわ」
「そっ…そんなことありませんよ。 十分美味しいですよ奏さん」
あれ…何か俺…同情されてる…?
予想以上の『普通』という評価に、正直納得がいかなかった。
ここ数年食べてきた中でも、この炒飯は上位に食い込む程の美味さだった筈だ。
俺が一度作った料理を失敗することなどあり得ない。
つまり、確実に味に変化はない筈だ。
だとしたら、元からこの炒飯はそこまで美味いわけではなかったということになる…
ここ数年間…俺は……いったいどれほどのレベルの物を口にしていたのだろうか…?
何か…少しだけ泣けてきた…
「奏、もう一度他のものを作りなさい」
「え…?」
咲夜はまだ皿に半分以上の炒飯を残しながら、スプーンを置いて俺にそう言った。
「時間も殆ど使わなかったし。 もう一度テストすると言っているのよ」
「良いんですか?」
「ええ」
なんだか分からないが、もう一度チャンスをもらうことができた。
もう、失敗は出来ない。
次こそは必ず成功させなければと俺は気を取り直した。
「はい。 宜しくお願いします」
さて、次は何を作ろうか。
店長の炒飯がダメなら、次はファミレスの何かだな。
「よし」
俺は再び意気込んで、材料の前にもう一度向かいメニューを考え始めるが…
「じゃあ、次は私が指定した料理を作ってもらうから」
「え……?」
俺は、その言葉に嫌な予感を感じていた。
「そうね…次は……。 夏だし、20分で、そこのトマトを使って冷製パスタを作りなさい。 はい、始め」
悪い予感は的中した。
(マジ……かー……)
『※炒飯は、通りすがりの妖精メイドさん達が美味しく頂きました』
20分後
「ええーと…失礼だとは思うんですけど、一応言わせてもらいますね…。 何ですか…これ…?」
「れ、冷製パスタです……多分…」
「どうしてさっきあれだけの動きができていたのに、2回目はこんな残念な感じになっているのよ…? そして、これは何…?」
「その…冷製パスタです…多分…」
皿に盛られているそれは、確かに誰が見てもパスタと言える代物ではなかった。
麺は伸びきり、トマトは潰れ、決めてとなるパスタソースは見たこともない黒色に緑色を足したような感じに仕上がった。
「まぁ、一応テストだから食べてはみるけど、これは食べるまでもないわね…」
「んー……何とも言えませんねこれは…」
なぜ、こんなことになってしまったのか。
そんなの、言うまでもない。
俺は作り方を知らない料理を勘で作ろうとすると、なぜかいつもこうなるのだ。
というより、俺は元から料理が上手いわけではない。
それどころか、これまで一度たりとも料理の練習などしたことがないのだ。
では、なぜ俺がこれまで飲食店でバイトができていたのかって?
それは、これが俺の一種の特技だったからだ。
同じ仕事を熟し続ける人達、同じ物を一心に作り続ける人達。
俺は常にそう言う人の姿を見て仕事をしてきた。
そして、俺はそんな人達の動きを見て全く同じように仕事をすることができた。
これが、バイトを始めた頃からのたった一つの俺の特技だった。
言うなれば、仕事の完コピ。
完全に動きを真似て同じことをすれば得られる結果も同じ。
そんな単純な原理である。
しかし、これは特殊能力でも何でもない。
あくまで特技の範囲なのだ。
応用も効かなければ、それを生かして他の仕事につなげることすらできない。
何しろ、ただ真似ているだけなのだから。
それ故、俺は料理の知識など殆ど持ってはいない。
つまり、さっき炒飯があれだけのスピードで作れていたのも、ただ店長の動きを忠実に再現しただけの話であり、俺自身の料理の腕ではないのだ。
因みに、俺の働いていたファミレスには冷製パスタのメニューは存在しない。
なので、こんな俺が全く作ったことのないような料理を作れば。
「……微妙な味ですね…」
「いや…はっきり言って不味いわよ…これは……」
こうなるわけだ…
「本当にすみませんでした…」
「分かっているとは、思うけど不合格」
「はい。 本当に申し訳ありません…」
咲夜と美鈴は皿に盛りつけられたパスタらしき物を全て食べてくれた。
その優しさが心に痛い…
無理をさせているということはよく理解している。
でなければ、こんな罪悪感に苛まれたりはしない…
「掃除を見て期待していたけど、流石に今回は酷いわよ。 食材を無駄にするくらいならやらない方がまだマシということくらいわからないの?」
「いや…咲夜さん。流石にそれは言い過ぎですよ。 奏さんも始めてで緊張してたんですよ、きっと」
「いえ、良いんですよ美鈴さん…。 メイド長の言う通りですから…」
確かに食材を無駄にするくらいならやらない方がマシだ。
俺はそれをよく理解している。
だからこそ、これまで一度たりとも俺は料理の練習をしてこなかったのだから。
一度見るだけで同じように作れるなら、何も食材や金を無駄にしてまで料理の腕を磨く必要などないと、俺はずっとそう思ってきたのだから。
しかし、それはただ才能に甘えていただけだったのかもしれない。
料理は心とはよく言うが。
俺にとって料理は結果の見えている化学の実験のようなものだ。
誰かがしたのと同じように、そこにある薬品や物を器具を使って混ぜたり加熱したりして、一つの結果を生み出す。
当然誰かが既に成功したのならば全く同じようにすれば成功するのは当然だ。
さっき俺がしていたのは、全くそれと同じだ。
そこに俺の心など全く介入はしない。
だからこそ、俺は料理の基礎や基本を殆ど知らない。
それでも、あそこで断らず調理を続けてしまったのは、ただ俺がこれまでしたきた仕事に対してのプライドが生み出したエゴだったのかもしれない。
「始めの動きには驚いたけど、正直がっかりね…」
「もぉ〜…咲夜さんったら…あまり意地悪を言うのは如何なものかと思いますよ。 誰だって始めは失敗するものじゃないですか…」
咲夜はやはり落胆してしまっているようだ…昨日あんなことを言っておきながら、いきなり宣言を破ってしまった…
俺には、やはりこの仕事は向いてないのかもしれない…
「確かに始めは誰でも失敗するものよ。 でも、できないことをできないと言わずに挑戦することは無謀よ。 基礎や基本を無視してできる程、働くということは甘くないの。 あなたが外の世界でどんな風に生きて来たかは知らないけど、労働の素人が粋がって良いほど、この世界は甘くはない。 そんなのは、執事として以前に労働者として失格よ」
「…………はっ?」
咲夜の放つ言葉に、俺は一瞬言葉を失った。
「あーあ…流石にそれは言い過ぎですって…。 あまり気にしないで下さいね奏さん。 咲夜さんは何も、悪気があって言っているわけではないんですよ…」
「俺が…素人?」
「あの、奏さん? 聞いてます?」
この時、俺は全く美鈴の声など耳に届いてはいなかった。
「俺が…労働の素人…? 労働者として失格…?」
「ちょっと、奏。 話はまだ終わってないわよ」
俺が労働者として素人だと…?
家を出る前の中学時代から学業を日々バイトに費やし、出て行ってからも毎日毎日バイトに明け暮れ、自らの力だけで生活費と共に学費を稼ぎ、多くの職場で地位を築いてきたこの俺が…?
労働の素人⁉
労働者失格⁉
「あの、奏さん本当に大丈夫ですか…?」
「ふ…ふふふ…はは…ふはははは…ははははは…」
「これは…大丈夫じゃないご様子で…」
美鈴は、奇妙に薄ら笑いを浮かべる俺に対して少し気味悪がりながら話しかけたが、俺は全くそんなことは気にも掛けず咲夜へと向かい会った。
「俺が…労働の素人ですか……?」
「ええ」
「では…宜しければ自分に見せて頂けませんか? メイド長の言う、本当の労働者の姿というのを」
咲夜は少し躊躇ったが、直ぐにこう応えた。
「………ええ、良いでしょう。 そこまで言うのなら、自分の目にしかと焼き付けなさい。 主の為にその身を捧げて働く労働者。 メイドの本当の実力を」
少々挑発的な態度で接したが、咲夜は俺の言葉をすんなり受け入れ、調理台の前に立つ。
「もうお嬢様の御食事の時間までそんなに時間がないし…少々本気を出させてもらうわ」
そう言うと、咲夜はまた例のごとく世界を灰色に染め上げた。
そして俺と咲夜、調理台だけを残し世界は全ての色を失った。
流石に何度も目の前で同じことを見れば、これが一体どういう状況なのかということが分かってくる。
咲夜はきっと、俺以外の全ての時間を止めているのだろう。
その証拠にさっきまでそこに立って動いていた美鈴は身動き一つしないし、壁に備え付けられている時計の秒針は世界が色を失うと共に静止した。
つまり、咲夜は単に世界の色を変えているのではなく、世界の時を止めていたのだ。
なぜこんなことが可能なのかと疑問が残るが、そこまでは俺の理解の及ぶ範囲ではなかった。
しかし、今はそんな疑問を一々詮索している場合ではなかった。
なぜなら、目の前の咲夜の姿に俺はまたも、目を奪われていたのだから。
時の止まった世界で、彼女は実に無駄のない動きで調理を熟して行く。
野菜を刻む動き、米を炒める動き、卵をふわふわに仕上げる動き、一つ一つに全く必要のない動作を感じられない。
店長がいつもしていた調理とは比べものにならない。
これが、本物のメイドの姿。
彼女は実に完璧だった。
「成る程、やっぱり口だけじゃない…。 凄い…」
俺は、その一部始終を咲夜が言ったように、しかと目に焼き付けた。
そう、その一連の動作、動き全てを。
咲夜は調理を終え、皿にそれらを盛り付けると世界の時間は元の流れを取り戻した。
「な…いつの間に…⁉」
美鈴が目の前の皿を見つめ、驚きの声を上げる。
咲夜の作った物は俺とは異なり、炒飯ではなくオムライスだった。
きっと炒飯に近い物であの主に出せるような物を考えた結果なのだろう。
確かにあの人は炒飯よりもこっちの方が好きそうだ。
「ほら、食べてみなさい」
咲夜は皿を三つ用意しており、その中の一つを俺に差し出してきた。
俺は無言でそれを受け取ると、一言『いただきます』と言い、一口食べてみた。
「………ああ…本当、すっっっごい美味しいですよ…これ」
味は最高だった。
味覚があれな俺でも、これは物凄く美味しいと言うことがよく分かる。
卵は中まで絶妙な加減で火が通り、正にふわトロ食感に相応しい称号を持っている。
下のライスも、甘過ぎずしょっぱ過ぎずケチャップの量を上手く調整し、とてもあっさりとした仕上がりだ。
「どう、これで分かったかしら?」
咲夜はそれ以外何も言わなかった。
しかし、たったそれだけの言葉でもその言葉にかかる圧力はかなりの物だ。
「はい。 よく理解しました…やはり本物は…違いますね…」
「ふふ、ようやく理解したようね。 なら、私はお嬢様にこれをお出ししてくるから。 貴方は、その食器や器具を洗いながら働くということについてもう一度しっかりと」
「でも、真似できない程ではありません」
「……?」
俺は、咲夜の話を途中で遮り笑顔でそう発言した。
そして、俺はもう一度手袋を外しながら咲夜の横を通り調理台の前に立つ。
「全く…呆れたものね、ここまで言ってもまだわからないのかしら?」
「ええ、まぁ。 このままでは終われないので」
「……そぅ…。 あなた、今真似できない程ではないって言ったわよね? もしかして、私と同じように作るつもりなのかしら?」
「はい」
「はぁ…呆れた…。 あなたがどれだけ私の作ったように材料を混ぜたところで、それは所詮偽物よ。 そんなことで調理の質が上がるとでも思っているの?」
「偽物が本物に劣ると誰が決めました? 崇高な偽物は時に多くの人の目を欺くものですよ。 極めて本物に近い偽物程、本物の脅威となる物はないと自分は思いますが」
俺は微笑しながら少し振り向いてそう言った。
「ふ…ふふふ…そこまで言うのなら、やってみなさいな。 言っておくけど、チャンスはもう二度とないわよ?」
「はい。 了解です」
ああ、言われなくてもやってやる。
(よく見とけ。 これが、俺のこれまで歩んできた労働の形だぁ!)
そして数分が経ち。
「………」
「こ…これは……。 想像以上ですね…」
昼食が完成しました。
☯
「ねぇ、咲夜。 何でこのオムライス、お皿が二つに分けられているの?」
「いえ、お気になさらず。 どうぞお召し上がり下さい」
「お気になさらずと言われてもね…。 これなら、わざわざ分けなくても私とフランの二人分作ればいいじゃない?」
テーブルには四つの小皿にそれぞれ一つづつ半分に分けられたオムライスが盛り付けられていた。
「まぁ、良いじゃない、お姉様。 早く食べましょ」
「先に訊いたのはあなたでしょ。 ……そうね、では頂くわ」
「はい、どうぞ」
「いただきまーす!」
レミリアの妹『フランドール』は咲夜の返事を聞くと、スプーンで一掬いして、片方のオムライスを口に運ぶ。
「うん、美味しいよ咲夜」
「ありがとうございます妹様」
「そうね、流石咲夜。 特に上に乗った卵のふわふわ感が丁度いいわね」
「ありがとうございます」
レミリアはさっきから気になっていたもう一皿のオムライスに手をつけた。
きっと、何か違う味付けがしてあるのだろうと思い、口にしたが。
「何よ、どちらも同じ味じゃないの。 これはどう言うこと、咲夜?」
オムライスは二つとも全く同じ味だった。
レミリアは、ほんの少し不満になりながら咲夜に問いただす。
「本当だ、見た目からなんとなく分かってたけど。 本当に何で分けてあるの?」
「実は、そちらのオムライスは私と奏が作ったものなのです」
咲夜は目を閉じながら無表情でそう話す。
「へぇ〜、そうなの? これを奏がね」
「ねぇ、お姉様。 奏って何?」
フランはオムライスを食べ続けながらレミリアに訊ねる。
「フラン。 御行儀が悪いわよ。 奏と言うのは昨日雇った新しい執事の名前よ」
「ひつじ?」
「’’執事’’…あなたわざと言っているでしょ…? 別に私の専属と言うわけではないから、何か頼みたいことがあるなら使ってもいいけれど、絶対壊しちゃダメよ。 まぁ、もしかしたらあれは、フランにも壊せないかもしれないけどね」
「へぇ〜そうなんだ。じゃあ、それ私の物にしても良い?」
「よくない。 奏には他にもやってもらうことがあるんだから」
「え〜…別に、良いでしょ。 お姉様には咲夜がいるじゃない」
「それとこれとは話が別よ。 奏は私達にとって……まぁ、いいわ…。 これはフランにも関わることなんだから、絶対に奏を壊してはダメ。 貴女は、たまに抑えが効かなくなるんだから。 ずっと近くにはいさせられないのよ。 我慢しなさい」
「むー……わかったよぉー…けど、私にも関わりのあることなら教えてくれればいいのに…」
フランは可愛らしく頬を膨らませながら、食事を続ける。
「まぁ、フランにもそのうち教えてあげるわ。 そう言えば奏は?」
レミリアはフランを宥めるようにそう言うと、咲夜に奏の居場所を訊いた。
「今、食器や器具を片付けています。 それが、済んだら各部屋を回って掃除をしておくようにと指示しておきました」
「そう。 一言、言っておきたかったのだけど…仕方ないわね」
「ねぇ、咲夜。 ところでこれ、全く味が同じ何だけど、咲夜はどっちのオムライスを作ったの?」
フランは何気なくそんなことを口にした。
「…………」
咲夜は目を閉じながら、何も言わなかった。
「…………」
フランはパクパクと無邪気にオムライスを食べ続ける。
「お嬢様………」
「え…⁉ な…何かしら……?」
レミリアは少し引きつった笑顔を浮かべて咲夜に応えたが、何か凄く嫌な予感を感じていた。
(まさか、食べ比べてどちらがどちらを作ったのかを当てろとか言うんじゃないでしょうね…?)
レミリアはどちらも全く同じ味だと感じていた。
もしそんなことを言われれば、どうなるかなど言うまでもない。
しかし、運命というものは非常に残酷だ。
「お嬢様は…どちらだと思いますか?」
「………」
(マジですかー…My servant!)
心の中でそう叫び、レミリアは焦りに焦った。
(何でこんなことになるのよ…。 フランが訊いたんだから、私じゃなくてフランに訊きなさいよ…! 正直のところ全然わからないじゃない! 奏…なんてことしてくれてるの…。 本当に私の運命をぐちゃぐちゃに掻き乱してくれるわね…。 と言うか運命操るって何だよ! そんなに思い通りに操ったことなんてないわ! どうやるのよ⁉ 運命操るより、心読める方がよっぽど役に立つじゃない! Help me Satoriーーー!)
声にできない叫びと共に、もう一つの姉妹の姉に助けを求めながらレミリアは思った。
(ああー…もぅ…昨夜は調子良かったに…。 何で昨日訊かないのよ…。 昨日なら当てられそうだったのに…。 こうなったら…勘でいくしかない…)
当てられなければ主としての立場とか、今後色々な主従関係に響く。
絶対に外せない一戦がここにある。
沈黙の中、レミリアは震える手で目に着いた方のオムライスを指差して
「こっ、こっちが…咲夜の作った方ね……」
「凄い、お姉様なんで分かるの?」
(フラーーーン…! 何でとか訊かないでよー…もー…!)
「そ……それは……料理は心だからよ…! いくら同じ味で作られていても、その料理に込められた想いや温かさは、食べた時に伝わるものなのよ。 咲夜はこれまでも私達の為に食事を作ってきてくれているし、これくらい分かって当然よ…!」
少し涙目になりかけながらレミリアは頑張った。
「へぇ〜そうなんだ。 私には全く同んなじにしか思えないのに、やっぱりお姉様は凄いね」
「ええ、もっとお姉様を敬ってもいいのよ」
「うん! それはよしとくね」
「……それで…どうかしら…咲夜?」
レミリアは何とか焦りを顔に出さぬようにしながら、咲夜に答えを求めた。
「………」
また暫く重い沈黙が続いた後、咲夜は口を開く。
「ええ…。 流石ですね、お嬢様の仰る通りです」
咲夜は満面の笑みを浮かべてレミリアにそう告げた。
「そ、そう…そうよね。 ええ、そうよ。 これくらい私にかかればなんでもないわ!」
レミリアは、安堵の息をつく。
(良かったー…! 当たって本当に良かったー!)
「では、妹様。 こちらのお皿、お下げしますね」
「うん、ありがとう。 凄く美味しかったよ」
「こちらこそありがとうございます」
礼を言うと、咲夜はフランのお皿を片付けてドアへ近づき、振り返って一礼する。
「では、失礼します」
そう言って咲夜は退出した。
その時、咲夜が誰にも気づかれぬ声で
「お嬢様……そちらは、奏が作った方ですよ……」
と言ったことを、お嬢様方は知る由もなかった。
「じゃあ、私はもう部屋に戻ってるね。 あれ? お姉様、もう食べないの?」
「ええ………もぅ…お腹いっぱいよ……(色んな意味で)」
「そうなの? 勿体無いなー美味しいのに」
一方その頃、執事は。
「ふん、見たか」
ドヤ顔で掃除に勤しんでいた。
☯
「ふぅ〜よし、ここも終了!」
雑巾を絞り、手袋をはめ直す。
「さて、報告するか」
昼間から今までの約5時間、俺はずっと部屋の掃除を任されていた。
多くの部屋が同じ作りだったが、一体この館には幾つ部屋があるのだろうか?
何部屋掃除したのか既に覚えていない。
今思えば、今日の朝館を見た時よりも確実に外に比べて中の方が広くなっている気がする。
「………まぁ、そんなわけないか」
そう呟きながら、俺は掃除道具を片付けて、良い匂いのする方へと移動し、調理場へと足を踏み入れる。
「メイド長、一通り掃除が終わりま…」
その時、俺が報告を言い終える前に、何か刃物らしきものが物凄い勢いで飛んできて『ドスッ』という音を立て、俺の横の壁に突き刺さった。
「…………」
「あら、ごめんなさい。 手が滑ったわ」
咲夜はこちらに笑顔で近づきながらそういうと、壁に刺さった包丁を抜き取り、その刃先を俺に向けながら訊ねる。
「で、何?」
「い…いえ、指示された部屋の掃除が終わったので、報告をと思いまして…」
「そう、ご苦労様。 じゃあ、次はここにある料理を運ぶから手伝いなさい」
咲夜は包丁を下ろして笑顔でそう俺に指示した。
「はい…分かりました」
この状況で咲夜が怒っていることなど、一目瞭然で俺でも分かる。
やはり昼間のあれはやり過ぎだっただろうか…?
今謝っても全く許してもらえる気がしない。
ということで、俺はあえて何も言わず、料理を運んだ。
全ての料理を運び終えると、咲夜は『お嬢様を呼んでくるから』と言い残し俺にここで待つように指示した。
「何でここで待ってないといけないんだよ…?」
最近独り言が急に多くなった気がする。
まぁ、いいか。
ここというのは、勿論料理が並んでいるこの部屋のことである。
待っていろ、ということは一日ぶりの主との御対面というわけだ。
失礼のないよう、其れ相応の緊張感を持たなければ。
「ああ、奏さん。 お昼ぶりですね」
「あれ、 美鈴さん? どうしてここに? 門番の仕事は良いんですか?」
暫くして現れたのは、レミリアではなく美鈴だった。
「どうしてって言われましても…まぁ、夕食時ですからね…。 この時間だけは門を開けても良いように言われているんですよ」
「ああ、そうなんですか」
「ええ、奏さんもそう言われたからここにいるんでしょ?」
「いえ、自分はメイド長にレミリア様を呼んでくるから待つように言われまして…。 用が済んだらキッチンに戻って食事を済ませるつもりです」
「え、ここで食べていかないんですか?」
美鈴は驚いた顔でそんな風に俺に訊いてきた。
「ははは、何を言ってるんですか? そんなわけないじゃないですか? 普通使用人の方々って、主人とは別の部屋で食事をするものですよね? 同じ時間に同じ部屋で何て、そんなわけには」
「ここでは、メイドも門番も執事も。 夕食は家族みんな揃って食べるのよ」
唐突に廊下の方から声がした。
「だって、その方が楽しいじゃない? まぁ、妖精メイド達は各々好き勝手に飲み食いしてるみたいだからここには来ないけどね」
そう言いながら部屋に入ってきたのは、昨日から新しく自分の主となった人だった。
しかし、昨日ぶりだと言うのに、どことなく雰囲気が違うように感じられた。
どう言えば良いのだろう?
何と無くだが、強いて言うのならば、昨日あれだけ感じさせていた神々しさというものがあまり感じられない。
「ああ、そうそう。 今日の昼食はとても美味しかったわ。 ありがとう。 掃除も頑張ってくれているようだし、明日からも宜しく頼むわね」
「いえ、そんなことは…… 」
「そんなに堅くならなくてもいいのよ。 私は、そんなに御堅い感じは好きじゃないから。 別に、なあなあで良いのよ。 まぁ、褒めたのだから、ありがとうの一言でも言っておきなさい」
「は、はい。 ありがとうございます」
「いや…お嬢様。 流石に、なあなあは如何なものかと思いますが…」
咲夜はレミリアに背後から声をかける。
「まぁ、いいじゃない別に。 それより、早く席につきましょ。 お腹が減ったわ」
昼間、結局あまり食べられずにオムライスを残してしまったレミリアは空腹だった。
「そうですね」
美鈴はそう言うと、自分の席であろう場所へと移動し、そこに腰を下ろした。
「ほら、貴方も早く座りなさい」
レミリアが咲夜に椅子を引いてもらってそこに腰掛けながら、俺にそう言う。
「本当に、宜しいんですか?」
「お嬢様がそう言っているんだから、早くしなさい。 食事が冷めるでしょ」
咲夜は不機嫌そうに俺に対してそう言うと、自らも椅子を引いてそこに座った。
「………では」
言われるがままに、俺も目の前の椅子を引いて美鈴の隣に座った。
「そう言えば、咲夜。 パチェとフランは?」
俺が席に着くと、レミリアは咲夜に、ここにいない二人について訊ねた。
「パチュリー様は、何やらやることがあるとかで、来られないと伺ったので先に小悪魔さんに御食事を運んでいただきました。 妹様は、お疲れのようで御目覚めにならなかったので、後程私がお部屋までお持ちします」
「そう…全く…集まりが悪いわね…。 折角奏を紹介するつもりだったに…。 まぁ、仕方ないか…パチェには私が頼んだんだしね…。 ああ、小悪魔もいなかったか」
レミリアはとてもつまらなさそうな顔をしていた。
「まぁ、良いわ。 紹介する機会なんていくらでもあるし。 じゃあ、先にいただきましょうか」
「そうですね。 では、いただきます!」
レミリアが、言い終えると美鈴は待ってましたと言わんばかりに食事の挨拶を済ませた。
「はぁ……全く…。 いただきます」
それを見ながら呆れ顔で咲夜も一言食事前の挨拶を済ませる。
英国式の御屋敷にも拘らず、その挨拶の仕方には僅かながら疑問を抱く。
しかし、そんな疑問とは別に俺の頭にある一言の言葉が過った。
「家族………か」
「ん? 何か言いました?」
「ああっ いえ何も…。 いただきます!」
美鈴に声をかけられ、一瞬焦りを見せた俺は周りにつられて挨拶をし、目の前の料理を口にする。
ドタバタの内に幕を閉じた就職初日。
十六夜月が輝く夏夜。
この日のディナーは格別に美味しかった。
本当は次回予告とか一度してみたかったのですが、これ書いてるの深夜なので…まぁ、次回予告は次回でいいか…と思って諦めました。
次話も頑張ります…!