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東方労働記 〜 Beautiful Labor Days  作者: すのう
労働記 【紅】
13/28

第二話 「妖怪って何なんだ…⁉ 完璧従者と不快な仲間達」 前編

風邪とか、色々あって投稿が遅れましたが。

何とか二話は出来上がりました。

まぁ、作品のクオリティは別の話ですが…。

また、自分でも無意識の内に書き方が随分変わった可能性があるので、人称がめちゃくちゃだったりするかも知れませんが、毎度のことだと汲み取って下さい…宜しくお願いします。



マヨヒガ、八雲邸にて


「紫様〜。起きて下さい! 紫様〜! 」


「あ〜ダメダメダメ…今、大きい声出さないで…。あ〜…頭痛い…気持ち悪い〜…うぇ〜」


「全く、妖怪の賢者ともあろうお方が…何やってんすか…」


境界を操る妖怪とそれに仕える九尾の式神。


奇妙な主従関係がここにもまた一つ。


「はぁ…薬と水お持ちしましょうか?」


「いえ…いいわ…。今お腹に何か入れたら全部ぶちまけちゃう気がする…」


「これ以上の汚物と醜態を晒さないで下さいよ…。こんな姿…橙には絶対見せられませんね…」


主従関係を結んでいても、そのあり方は人、或いは家庭それぞれである。


「ところで、宜しいのですか?」


「ああ〜……昼? いらない…そっとしておいて…」


「違いますよ! 結界の方ですよ! 穴空いたこと既にご存知ですよね!?」


「ああ…そっちね…。でも、昨日調子悪かったし…記憶も曖昧で…あんまり覚えてないのよね〜…。大して弄った覚えはないんだけど…。また勝手に迷い込んじゃったんじゃないかしら…? まぁ無理矢理にこじ開けられたわけでもないようだし、どちらにしても厄介な輩じゃないんじゃない? もし仮にそうだったとしても、きっとあの子が何とかしてくれるわよ…」


「大結界を守護してるのは巫女でも、実質管理してるのは紫様なんですから…しっかりしてください!」


九尾の式神、八雲 藍は今も布団で青ざめている主人をキツく咎める。


「ああ、はいはい…! 分かったから…大きい声は勘弁して〜…」


「どちらにしても、このままほっとく訳にはいかないでしょ! ちゃんと確かめに行きますよ。 ほら、シャキッとしてください! 少しは賢者らしいところも見せたらいかがですか? 」


「もお〜分かったわよ…」


境界を操る隙間妖怪、八雲 紫は藍の言葉に応えるべく、二日酔い特有の吐き気や頭痛などの不快感に耐えながらその身を布団から起こす。


「え〜と…賢者…賢者…賢者モードね〜… 。 よし…」


忘れてしまった何かを思い出そうとするかの様に紫はガンガンと痛む頭を手で押さえながら何とか思考を巡らせた。


「ふふふ…現夢の境界を越えてしまった哀れな者がその目で見るのは、悪夢かはたまた白昼夢か…。全てを受け入れるこの幻想郷で貴方は何を想うのかしらね…? さぁ行くわよ、藍…!」


それらしいセリフを口にした紫は力尽きた様に再度布団へダイブする


「はぁ……そんな顔で言っても全然締まりませんね…」


「ああ…気持ち悪い…」



「へぇ〜これが執事服ですか」


目の前には鏡に写る見慣れぬ自分の姿。


普段から色んな支給された制服を着ているが、執事服を着るのは始めてだった。


まるでコスプレでもさせられている気分で、少し恥ずかしいという想いがこみ上げて来る。


「暫く使われていなかったから仕立て直しておいたけど、サイズはどう? 」


「はい丁度いいです」


朝早くに起きたら既に軽い朝食と服が用意されていた。


バターが乗ってこんがりと焼き色のついたパンと温かい紅茶のモーニングセットは言葉で表すことのできない至福を俺に与えてくれた。


まともな食事をとったのなどもうどれくらい前のことだっただろう?


食べている最中にまた涙を流して軽く引かれた後、支給された執事服に着替えていた。


「そういえば、レミリア様は? 御挨拶しておいた方が良いんですかね?」


「いえ、まだ御休みになられているわ。 毎朝の起床時間は区々(まちまち)だけど、午前9時頃には起こすようにと命じられているから、暫くしたら私が行くわ。 挨拶ならそれ以降にしておきなさい」


『私が』の辺りが心なしか強調されていたのは気のせいだろうか…?


服のかけられていたハンガーを回収すると、咲夜は部屋の戸を開けて振り返る。


「毎朝朝食は、お嬢様が御目覚めにる前までには済ませておくこと。 何か分からないことがあったら迷わず、まず私に訊きにくること。 それから、館にいる間は手袋を肌身離さず着けること。 今のところあなたへの注意はこれくらいね」


「はい、分かりました」


必要以上のことは何も話すことなく、咲夜はそれだけを伝えた。


「じゃあ仕事について教えるからついてきなさい」


「あ…そのこと何ですけど…」


「何かしら? 質問なら受け付けるわよ一応指導する立場だから」


咲夜は腕を組み俺の問いへと耳を傾ける。


「あの〜誠に言いにくいんですけど…自分の荷物が…ですね…」


俺は昨日森に置き去りにしてきた荷物のことを話した。


そして、出来れば今から回収に向かいたいということも伝えた。


勿論勝手な頼みだということは分かっていたが、それでも日用品やそれ以外の物が大量に詰め込まれているあのバッグを失くすわけにはいかない。


着替えも入っているし、これから暫くここで過ごすとなると、俺にとっては必要不可欠。


昨夜は風呂場でさっぱりした後、服がなくて結局一日中着続けた服を再度身につけて一夜を明かす羽目になった…。


「……はぁ〜…。 服が昨日のままだったのも、さっきベッドで寝ていなかったのもそれが理由なのね…」


昨夜部屋に戻った俺は、綺麗にメイキングされたふかふかのベッドの前で立ち尽くし、数分考え抜いた末にベッドを使用しないことを決断していた。


「まぁ…綺麗なベッドをいきなり汗の染み付いた服で汚すのはどうかと思いまして…。 それに、何か勿体なくて…」


「だからって床で寝る必要はないでしょ…? まぁ、服を着ずに寝ろとは言わないけれど…」


「すみません…」


「はぁ…分かったわ。 先に取ってらっしゃい」


「はい、ありがとうございます!」


「でも、一人では行かせないわよ。 多分逃げるつもりはないと思うけど変な気を起こされてはこちらが困るもの。 だから、もう一人同行させるわ 」


「はぁ…了解です」


まだ完全に信用したわけではないということをほぼ直接教えられた。


まぁ良い、気を利かせてくれたわけではなくともこれはとてもありがたい。


あの森の中で一人はどうにも心細い。


もし迷ったりなんかしたら帰って来るどころか生死に関わるらしいし、土地勘を持った人が着いてきて来てくれるのはすごく心強い。


「じゃあ、私が出て行ったら直ぐに館の門に向かいなさい。 ああ、ついでに挨拶も済ませくると良いわ。 帰ってきたら直ぐに仕事を始めてもらうから」


そう言い残すと、咲夜は部屋のドアを開けたまま廊下へ出て行った。


「門ね…」


窓の外に目をやり位置を確認する。


俺のいる部屋は館を正面から見て二階の西側。


館の中で迷っていては話にならないから、念には念を入れて確認する。


「よし、行くか」


つぶやきながらドアに近づくと、俺はある違和感に気づいた。


「ん…」


気がつくとさっきまで色鮮やかだった部屋の家具や壁、照明の光まで全ての物が灰色に変わっていた。


「何だ…? 疲れ目か…? 」


そう言って目をこすってみようと手を目元まで近づけてみたが、そんなことをするまでもなく俺の目は手袋の色を白だと認識していた。


よく見たら手袋だけではない。


執事服も靴もしっかりと黒だと確認できる。


しかし、どれだけ辺りを見渡してみても周りは俺だけを取り残して灰色一色だ。


「何だ…どうなってんだ…? 」


身体に何か異様な違和感を感じる。


俺の目がおかしくなってしまったのか?


それとも異世界特有の不思議現象なのか?


ここを異世界だと仮定した時から何が起きても不思議ではないと心の準備は完了していたつもりだったが、早速全くもって状況が掴めない。


「まぁ、取り敢えず…分からないことは迷わず訊きにいくベキだな」


取り乱すことなく俺はこの状況に対して冷静に対応することができていた。


昨日、次から次へと理解不能なことに巻き込まれてしまったので、俺の中の危機感という感覚が麻痺してしまったのかもしれない。


まぁ、どちらにしてもここはメイド長の言いつけを忠実に守ることにしよう。


出て行ったら直ぐに門へとも言われていたし、新米執事として言いつけはしっかりと守らなくては。


そう決断すると、俺は急いで咲夜の後を追う。


急いで部屋を出てみたが、廊下も全ての物が灰色一色になっていた。


走って廊下の二つ目のドアを開けるとそこには灰色の世界にポツンと浮かぶ銀色を確認することができた。


「メイド長!」


「!?」


咲夜はその声にビクッと反応したかと思うと、即座に身体を反転させ左足から抜き取ったナイフを声の主の喉笛へと突きつける。


刃先と喉との距離は、ほんの数cmの間を残してはいたが、その動作からは的確に獲物を獲りにきているとしか思えない程の殺気を感じた。


その一瞬の動きに対し、俺は微動だにすることができなかった。


何より、ナイフを振るう時に見せた彼女の赤く染まった目が本気だということを物語っている。


背筋が凍る様にゾッとするというのは正にこのことを言うのだろう。


「あの……メイド長…? 」


「………! 」


俺がもう一度声を掛けても咲夜はナイフを降ろそうとはしなかった。


それどころか彼女自身までもが、まるで予想外のことが起きたとも言わんばかりに酷く驚いた顔で俺の顔を一心に見つめている。


「あの……何か…? 」


暫く沈黙が続き、再度声を掛けてみると咲夜は『はっ』として、左手に握るナイフをホルスターへと仕舞い、体制を立て直した。


「いえ、何も…驚かせて悪かったわね。 それで、何か用?」


咲夜は何事もなかったかのように振舞った。


さっきまで赤く染まっていた彼女の目はいつの間にかもとの青い瞳へと戻っていた。


「ああ…えっと…部屋を出て言ったら来るようにと言われたので急いで来たのですが…。 あっ、それとこの状況についてもお尋ねしようと思いまして…」


俺は言葉を慎重に選びつつそう返答した。


「ああ、そうだったわね…」


咲夜は小声でそう呟くと、片手を少し挙げて指を一度だけ『パチン』と鳴らした。


すると、それと同時に世界は一瞬にして色を取り戻し、さっきまで身体に感じていた異様な違和感も一気に消え失せた。


「これで良いかしら? 」


「えっ…? ああ…はい」


この人は今何か特別なことをしたのだろうか?


ただ指を鳴らしただけのようにしか見えなかった…。


なら、指を鳴らすだけで世界を変えることが彼女にはできるというのか?


まるで手品でも見させられている気分だ。


いや、これは既に手品と言う人間の技術の枠を超越してしまっている…言うなれば魔法としか表し用のない芸当ではなかろうか?


疑問は尽きることはなく、まず何でも良いから質問してみようと思い尋ねようと試みる。


しかし、彼女はそれを許しはしなかった。


「良いなら早く行くわよ。 こんなところで立ち止まっていては時間の無駄。 ほら、さっさと着いて来なさい。 貴方の時間は無限ではないのだから」


と、何かを尋ねられるのを阻止するかのように半ば強引に押し切られてしまった。


「あっ…はい!」


言い終わると同時に直ぐに移動を開始する咲夜の後を追いかける。


歩き出す奏を後ろに、咲夜は小さくこう呟いた。


「これは…早急に報告しておく必要がありそうね…」


各々、焦りと困惑の表情を浮かべながら、メイドと執事は門へと急ぐ。


階段を降り、館の大きなエントランスホールを抜けて外に出ると、そこには広大な庭があった。


日に照らされて更に白さの増した道は落ち葉どころか小石一つ見受けられぬ程に手入れが行き届いている。


遠くにある綺麗に整備された花壇(かだん)や日当たりの良さそうなテラス、大きく聳える時計塔などにも目を向けて見ると、まるで西洋童話の中の世界にでもいるような気分にさせられた。


門へと続く道を無言のまま咲夜に着いて歩いていく。


さっき背後から声をかけた時より咲夜は若干早足で歩いているように感じる。


時計塔を見る限りまだ8時を少し過ぎた頃。


レミリア様を起こしに向かうにはまだ時間があるだろうに。


メイドという仕事は朝からこうも忙しいものなのかと感心し直した。


そんな仕事の合間に、余計な仕事を初日から押し付けてしまったことに少なからず背徳間を感じながら歩き続けると、ようやく二人は門へと辿り着く。


門の形状は向こう側の見える格子状で鍵は掛かっておらず、内側から見れば不用心極まりない様に見える。


「あの、メイド長。 それで、付き添って下さる方はどちらに?」


「ああ、多分そっちの壁の方で立っている筈よ」


咲夜が門を開けて館の敷地内から一歩足を踏み出す。


それに次いで門を潜り壁際を見渡してみると、そこにはある一人の人物が壁の側で腕を組みながら立っているのが見えた。


頭が少し下に傾いているので顔まではしっかりと確認できないが、髪は長く身体は細身で長身であり、胸部を見る限り完全に男ではないことだけは確認できた。


咲夜はその人の前に立ち、話しかけようとしたが、急に何かに気づいた様子で彼女の顔を覗き込んだ。


「…………」


呆れた様な咲夜の顔を見て不審に思い、俺もそこに立つ女性の顔を失礼とは思いつつもよく覗いて見てみた。


「……え〜と…この方が…? 」


「ええ…これから貴方の付き添を頼もうと思っていた、ここ紅魔館の門番にして警備を勤めている『紅 美鈴(ほん めいりん)』よ…。 まぁ、今は勤めているとは言い難いけれど…」


ため息混じりに紹介された目の前の美鈴という名の女性は、龍と書かれた星着き帽子を深く被り、安らかな顔で寝息を立てていた。


(うわ〜…立ったまま寝る人…始めて見た…)


壁に寄り掛かって寝るならまだわかる、しかし腕を組みながら仁王立ちで寝るなど、恐らく常人には不可能だろう。


勤務中に寝るということには尊敬は全く出来なかったが、器用な人だと感心はした。


「奏、今からこれを起こして叱るつもりだけど、丁度良いから仕事をサボった奴がどういうことになるかを貴方に教えてあげるわ。 何も言わずに黙ってそこで見ていなさい」


目の前で寝ている美鈴を驚嘆の眼差しで見つめていると、咲夜が隣でそんなことを言い出した。


一番始めに教わることが上司からの叱られ方とは…複雑な心境である。


しかも、それを学ぶ為に先輩が上司に叱られるところを見なければいけないとは…益々複雑だ。


咲夜は俺にそう告げた後、なぜか少し身体を前に屈めた。


これから一体何を始めるというのだろうか?


まぁ叱ると言うくらいだから、大きな声で怒鳴るとか、ちょっと叩くとかそんな程度だろう。


しかし、ここまで予想外のことの連続だ。


言われた通り何が起きても黙って見守ろうと心に決めた。


そう決断した瞬間、唐突に咲夜は勢いよく体勢を戻し左右に腕を大きく広げた。


すると、一瞬にして世界は色を失い、館内で感じた違和感と共に再び世界は灰色一色へと変わった。


そんな奇想天外な現象が目の前で起こっているというのに、俺はそんな灰色の世界へは目もくれず、それより更に驚くべき光景から目が離せなかった。


灰色の世界で舞い踊る銀の髪、空中で放たれては色を失い静止する複数の銀のナイフ。


咲夜が美鈴から少し距離を取った後、身体の至る場所からその身に隠していたナイフを出しては投げ、また出しては投げを繰り返している。


その鮮やかにして(しな)やかな彼女の動きは、この何もかもが色を失った世界では一際美しく、しばし目を奪われてしまった。


「ふぅ〜…」


咲夜はナイフを投げ終えると一息ついたように深く深呼吸をした。


咲夜の手を離れ空中で全く動くことなく浮き続けるナイフは糸で吊られているわけでもなく、完全に単独で静止している。


これはもう手品という枠を完全に超越していた。


あまりの光景に『何で叱るって言ったのに、急にナイフ取り出してるのこの人?』とかいう想いはこの際どうでも良くなっていた。


俺が空中で静止するナイフに気を取られている間、咲夜は近くの木の枝の中から直径3cmくらいある物を選んで、それをナイフで切り落とし、余分な部分を削って真っ直ぐの棒状に加工していた。


ヤスリを使用していないのに表面までツルツルに仕上げた彼女のそれは正に職人技である。


俺は、決意したままに黙ってそれを見守り続けていた。


数秒と経たぬうちに綺麗に削り終えた木の棒を手にして戻ってきた咲夜は、その手に持った棒を今も全く動かずに寝入っている美鈴の足元へと置き、もう一度始めの立ち位置へと戻ってきた。


そういえば、今気がついたが咲夜と自分だけは色が鮮明に見えるのに、この美鈴という人だけは全身が周りの世界と同じ様に灰色になってしまっている。


一体これはどういうことなのだろうか?


まぁ、あまり驚かなくなったことだけが全てもの救いだ。


こんなこと一つ一つに仰天していては切りが無い。


そうして、美鈴から目を離して横の咲夜へと目線を戻すと何故か彼女はそこにはいなかった。


「あれ…?」


どこへ行ったかと辺りを見渡したが咲夜の姿は見当たらない。


すると、頭上で『シュッ』というナイフを抜く音が聞こえる。


まさかと思いつつも、頭を上に傾けると。


『シュッ、シュッ、シュッ』


「…………」


そこには空中に浮かびながらナイフを投げ続ける咲夜がいた。


「うっそぉ……?」


もう手品というか…とっくに人間の枠を超えていた…。


どおやら、この世界では俺の仰天は留まるところを知らないらしい…。


暫くしてまたナイフを投げ終えると、咲夜はふわりと空中で身を翻し地面に降りて来た。


もう何もツッコまないでいよう…。


「じゃあ、しっかりとその目に焼き付けなさい」


咲夜はそう言うと、さっき廊下でしたのと同じ様に片手を顔の横まで挙げ、指を一度だけ『パチン』と弾いた。


その音が無音の世界に響くと共に、世界は再び色を取り戻し静止していたナイフもそれと同時に一本ずつ時間差で動き出す。


ナイフの軌道は真っ直ぐ眠っている美鈴目掛けて飛んでいく。


しかし、ナイフが美鈴の鼻先に達しかけたその瞬間『スッ』と、美鈴はギリギリでそれを避けた。


その後も次々と襲いくるナイフを美鈴は見事な神業で(かわ)していく。


まるでアクション映画でも見ている気分になった。


終始驚きっぱなしだったが、何より驚いたのは彼女がその全てを目を瞑りながら避けているという事実だった。


こんなことは普通の人間にはまず出来る筈が無い。


というより、目を瞑っているということは、彼女は今も眠っているということなのだろうか?


この館には真面な人間はいないのだろうかと、ここで働いていくことが更に不安に思えてくる。


そうこうしている内に、咲夜によって始めに仕掛けられたナイフ群の最後の一本が美鈴を襲う。


すると、美鈴は少し膝を折って飛び跳ねたかと思うとバク宙蹴りの要領で最後の一本を蹴散らすことに成功した。


「おお!」


その動きの見事さに思わず声が出てしまった。


美鈴はその綺麗なホームを保ったまま空中で回転して片足で着地する。


しかし。


『ゴン!』


美鈴の着地点の先には、さっき咲夜が足元に置いた木の棒が置いてあり、美鈴はそれに足をとられて後ろに倒れ背後の壁へと強く後頭部を打ち付けた。


「あ痛った!」


すると、咲夜は透かさずもう一度指をパチリと鳴らし、その音と共に止まっていた第二群のナイフ達が倒れ伏す美鈴目掛けて一気に襲いかかった。


「ぎゃあーーー‼」


美鈴が高らかに叫び声を上げる。


声がおさまると咲夜は美鈴に近づき、笑顔でこう言った。


「美鈴、仕事中に居眠りしてちゃダメでしょ?」


「あ…あ゛い…」


女性の笑顔に心の底から恐怖を感じたのはこの時で二度目だった。


そして、その惨劇の一部始終を隣で目の当たりにした俺は、決して言葉に出来ぬ想いを心の内でこう叫んだ。


(これもう、叱るとかそういうレベルじゃねー!!!)


そして数分後


「いや〜毎度のことながら容赦ありませんね〜…」


美鈴は苦笑しつつ、身体中に刺さったナイフを一本ずつ抜いている。


因みに何故か血は吹き出していません。


「こんなことを毎度のことにしないでちょうだい…。 私も暇じゃないんだから…」


「すみません…」


「なんならずっと休んでいても良いのよ。 新入りも入ったことだし最近はこの辺りもずっと平和で、忍び込むのはこそ泥魔法使いくらいだろうし、ただ立っているだけなら誰がやっても変わらないわよね。 どうする?」


「えっ⁉ ちょっ解雇だけは勘弁してくださいよ! これでも一応頑張って仕事してるんですよ!? お花のお手入れとか、お庭のお掃除とか」


そう言うと美鈴は涙目で咲夜に縋り付いた。


口を挟む気はないが、せめて門番としての頑張りをアピールしてみてはどうだろうか…?


「ああ、はいはい…分かった、分かったから早く離れなさい!」


咲夜は縋り付く美鈴を何とか身体から引き離した。


「はぁ…全く…ちょっとからかっただけよ…始めから門番を降ろすつもりなんてないから安心しなさい…」


「え…だって…」


「あなたはこれまで何時もたった一人でこの門を守ってきてくれた。 まぁ、たまに門も通らずに侵入してくる連中を見過ごしたりはするけど…。 それでもここを襲ってくる妖怪に正面突破されたことなんて一度もなかった。 その頑張りはしっかりとお嬢様も認めてくれているわよ、一応私もね 」


「咲夜…さん」


「お嬢様が安心して御茶を楽しんでいられるのも、私が給仕に専念することが出来るのも、あなたがここにいてくれるからなのよ。だから、少しは自信を持ちなさい。 この仕事は、あなただからこそ信頼して任せているんだから。 少なくとも、これにはまだ任せられないしね」


『これ』と言って指されたのは、勿論俺である。


というよりさっきからずっと蚊帳の外に追いやられてるな…。


まぁ、黙ってますけども…。


「さ…咲夜さんっ…!」


美鈴の瞳にドッと涙が溢れ、ボロボロと止まらないまま再度咲夜へと飛びついた。


「ちょっ、こら!止めなさい、美鈴!」


地面で絡み合う二人を俺は黙って見守り続けた。


何だこの展開…?


「ありがとうございます! これからも誠心誠意頑張らせて頂きます!」


「ああ、もう! 良い加減にしなさい!」


咲夜は美鈴を思いっきり蹴り飛ばし、美鈴を強引に引き離した。


「あうっ!」


「はぁ…まったく…」


咲夜はスカートに着いた砂を払いながら、立ち上がると一瞬俺と目が合った。


「あっ…」


えっ⁉ 今、『あっ』て言った…?


すると、咲夜は少しだけ顔を赤らめて目を逸らした。


一瞬、もしかしたら完全に忘れられていたのかとも思ったが、どうやら同僚との絡みを見られていたことが少し恥ずかしかっただけらしい。


「美鈴、ちょっと来なさい」


「あっ、は〜い!」


美鈴は返事をすると仰向けに倒れた体勢から綺麗な跳ね起きで起き上がり、咲夜の元へ駆け寄って来た。


「美鈴、これが新しくここで働くことになった新入りよ」


唐突に紹介されたが、こういうのは何度も経験している。


なので、俺は直ぐに笑顔でハキハキと挨拶をした。


「御社 奏です。 執事の仕事は始めてなので、しばらくは御迷惑おかけするかもしれませんが、宜しくお願いします」


「これはこれは御丁寧にどうも。 あっ、『紅 美鈴』です。 こちらこそ宜しくお願いします」


少し照れくさそうに、美鈴は頭をかきながら軽く会釈をした。


「はい、挨拶は終わったわね。 じゃあ早速本題に移るわよ」


咲夜は美鈴に俺に付き添ってバッグをとってきて欲しいと伝えた。


「良い、しっかりと見張りなさい」


(見張り…⁉)


「はい、了解です」


(了承…⁉)


「私はお嬢様を起こしに行かないといけないから、後は宜しく頼むわね。 奏、帰ってきたら直ぐに仕事を始めるわよ」


「はい、宜しくお願いします」


「っと、その前に」


そう呟くと咲夜は、また世界を灰色に染め上げた。


そして、静かに付近に散らばるナイフを回収し始める。


「ほらっ、突っ立ってないで早く手伝って」


「えっ…⁉ あっ、はい!」


ここ、紅魔館の執事になって記念すべき初仕事は…ナイフ回収だった…。


執事って…一体何なんだろうか?


落ちているナイフを全て回収して咲夜に渡すと、咲夜は身体の至る所にそれら全てを仕舞い込んで館の方へと向かって行った。


すると、いつの間にか世界は色を取り戻し隣にいた美鈴が声をかけてくる。


「じゃあ、行きましょうか」


この時、俺はあの灰色の世界では、ただ世界の色が変化しているだけではなく、物や人の時間が止まっているのではないかということに薄々気が付き始めていた。


「はい…お願いします」


まぁ、それについては、また本人に直接訊いてみるとしよう。


一言言葉を交わし、俺たち二人は昨日気を失った湖へと移動した。


「で、具体的にどの辺りに置いてきたとか分かります?」


「はい、多分大丈夫です」


湖まで案内してもらい、そこからは湖畔沿いにずっと歩き続けた。


目指すは、昨日ルーミアに追い詰められた辺り。


俺の記憶が確かなら、地面が抉れていたので丁度いい目印になっている筈だ。


「すみません、こんなことに付き合わせてしまって…」


「ああ、別に気にしなくても良いですよ。 本当、最近はただ門で立ってるだけで全然仕事になってないな〜って思ってたところでしたし、頼りにしてもらえるのは嬉しいですから」


美鈴はやわらかい笑顔と態度で接してくれた。


咲夜とは正反対の対応に少しだけ暖かさを感じ、とても話しやすい優しい人だという印象を持った。


「でも、さっきメイド長には頼りにしているって言われてましたよね? レミリア様からも信頼されてるみたいですし、ちゃんと仕事をしているというのは認めてもらえてるんじゃないですか? 」


「まぁ〜…そこは何とも言えないところですね〜。 一応、信頼の証として今も働かせてもらってることは確かなんですけど…」


美鈴は歩きながら少しだけ肩を落とし暗い面持ちで話し続ける。


「ぶっちゃけ、お嬢様は私が足元にも及ばないようなブっ飛んだ化け物ですからね〜…正直私、要らないんじゃないかな〜とは普段から思わなくもありませんし…。 咲夜さんも咲夜さんで有能ですから…もし不審者が入り込んだりしても直ぐに撃退してしまうでしょうし…。 と言うわけで、信頼はされていても実際頼りにされているかどうかは、また別の話なんですよ」


美鈴は苦笑を浮かべ俺に微笑みかける。


やばい…ちょっと地雷を踏んだかもしれない…。


「いえいえ、そんな謙遜なさならくとも十分凄いですよ! たった一人で妖怪や不審者からあの館を護ってるんですよね? そんなこと常人には到底不可能ですし、胸を晴れることだと思いますよ。 だからきっと、あの御二人からも頼りにされてますって」


何とかフォロー出来ないものかと思い、取り敢えず褒めてみた。


「いや〜もう〜止めて下さいよ。 そんなに言われちゃうと照れちゃうじゃないですか〜」


この笑顔をみていると、ああ〜この人は裏表のない本当に優しくて生真面目(きまじめ)な良い人なんだな〜と思えた。


「まぁ、確かに普段から鍛えてますから。 そんじょそこらの妖怪には簡単にはやられませんよ。 まぁ、紅白巫女や白黒魔法使いや咲夜さんには敵いませんが…一妖怪の立場から言わせてもらうと、人間にしてあんな化け物じみた力を持ってる方がおかしいというかなんと言うか…」


「えっ…?」


得意気に話す美鈴の台詞を聞いていると、その中に二つ気になる点があった。


「あの…間違ってたら申し訳ないんですけど、美鈴さんって…妖怪何ですか…? 」


「え? あっ、はい。 それが何か?」


「……………」


折角ここに来て、まぁまぁ真面(まとも)な人に出会えたというのに、この事実は俺にとっては非常にショックが大きかった。


「いえ…何でもないです…。 ああ、それともう一つ良いですか? 」


「はい、構いませんよ」


「メイド長って…妖怪じゃないんですか…? 」


「…………」


美鈴は、とても困ったような笑顔でしばらく俺を見つめると。


「ん〜…あはは。 え〜と、確かに時間止めたり、空飛んだり人間離れしたナイフテク持ってますけど…多分人間ですよ」


「…………」


正直言って、もっとショックが大きかった。


妖怪って…一体なんなのだろうかと、俺はしばらく歩き続けながら自分に自問を繰り返した。


勿論、自己の中での妖怪という概念をバラバラに粉砕された今の俺には、何を問いても答えが導き出されることはなかった。


「あの〜奏さん。 顔色が優れないようですけど、大丈夫ですか? 」


「ああ、はい。 お気になさらず…。 あっ、美鈴さんここです」


美鈴にいらぬ気を使わせるわけにはいかぬと思い、気を取り直してみると、いつの間にか目的地に辿り着いて居た。


「ここですか? それらしいものは置いてないみたいですけど…と言うより、ここ何かあったんですかね…?」


「まぁ…色々と…」


もう、別に話す必要もないだろう。


あの悪夢の一日のことは綺麗さっぱり忘れるに限る。


「ん…あれ?」


「どうかしましたか?」


「ああ…いえ、多分気のせいです。 気にしないで下さい」


これまで湖に沿って歩いてきたが、俺は何か違和感を感じていた。


が、それが何なのかいまいちピンとこない。


なので、あまり気にしないことにした。


「後は、ここから森へ真っ直ぐ進んで行けば見つかる筈です。 多分樹が倒されてると思うので迷わずに行けると思いますけど…」


「何で分かるんですか?」


「まぁ、遭ったんですよ…色々と…」


「……?」


美鈴は、俺の答えに対して首を傾げながら不思議そうな顔をしている。


それ以上は何も訊かれなかったので、森の中へと二人で入って行くと、案の定樹々は幾つか倒れ目印の役割を果たしてくれている。


この分なら、簡単に見つかるかもしれないと期待しつつ森を進んで行くと、唐突に美鈴が俺に話しかけてきた。


「そういえば、私からも質問良いですか? 」


「ええ、どうぞ自分に答えられることなら何なりと」


「さっき、私や咲夜さんのことを『妖怪なんですか?』って訊いてきましたけど、奏さんこそ一体何者なんですか?」


質問の意図が良くわからなかった。


俺が何者?


そんなの決まっている。


「いえ、自分はただの普通の人間ですよ? まぁ、こっちの世界の基準は分からないので、メイド長みたいのを普通とするなら異常なのかもしれませんけど」


「いえいえ、咲夜さんの方が完全に異常ですから多分奏さんの判断は間違ってないと思います」


「ははは…そうですか、それは少し安心しました。 しかし、何でまたそんなことを? やっぱり、美鈴さんも見た目では判断できなかったりするんですか?」


「ああ、いえ…そうではなくて…。 奏さんが人間何だなということは、お尋ねする前から何となく理解はしていたんですけど…」


「では、何故態々(なぜわざわざ)? 」


「実は私、人とか自然界の気の流れを詠めたりするんですけど…ああ、まぁ妖怪の特性とでも思っておいて下されば結構です。 急にこんなこと言っても信じてもらえないでしょうし…」


いや、今の俺ならもう何を言われても信じられる気がする…。


例えばもし、今から美鈴が『実は、私は神様です』と言い出したとしても多分俺はそれをあっさり受け入れてしまいそうな気がするくらいだ…。


それくらいに、この幻想郷という異世界での一日に起きた数々の出来事は、外の世界での人間の常識がここでは通じようがないということを悟るには十分だった。


「それで、なぜこんなことをお尋ねしたかと言いますと…。 何故か奏さんの気だけがどうやっても詠めないんですよね」


「ええっと…それは、どういう…? 」


「ああ…まぁ意味分かんないですよね〜…。 ん〜…具体的に言うと、お嬢様とか咲夜さんならここからでも集中すれば、館辺りに大きな気を感じられるんですよ。 でも、奏さんの場合は、こんなに至近距離にいるのに雀の涙程も感じられないと言いますか…」


何だ…何かどっかのサ◯ヤ人みたいなこと言い出したぞこの人…。


「ええっと…つまり、自分は気が弱いと…?」


「弱いと言うより…0と言いいますか…」


「と、言われましても…自分では人間としては真面な部類だと思ってますし…何かの間違いなんじゃないですか?」


「ん〜…そうなんですかね? やっぱり疲れてるのかな…?」


「さっきまで、ぐっすりお休みになってましたけどね…。 ああ、もしかしたらまだ寝ぼけてしまってるとかじゃないですか?」


「ああ…昨日、咲夜さんにも同んなじようなこと言われました…」


「そうですか…」


そんな風に会話をしながら歩き続けていると、遠くの暗がりに見覚えのあるバッグが落ちているのが確認できた。


「あっ! 美鈴さん、ありましたよ!」


「本当ですか、思ったより早く見つかって良かったですね。 と言うより、私…あんまり居る意味ありませんでしたね…」


「いえ、そんなことはありませんよ。 一緒にいて下さるだけでとても気が楽になって落ち着けましたし、とても心強かったです。 まぁ、メイド長から頼まれていた一番の仕事が監視でしたし、その点に関しては良い仕事ができたんじゃないですか?」


「ん〜…まぁ、それこそ何の意味があったんだ? って話しですけどね…」


「あはは…」


確かにその通りだと思いながら、俺はバックを肩に掛けて持ち上げた。


「よっと」


「それじゃあ、目的も達したようですし。 帰りますか」


「…あっ、はい。 そうですね」


『帰る』という言葉に一瞬違和感を感じつつも俺達は歩き出す。


「帰る…か…」


「んっ? 何か言いました?」


「いえ…何でもありません」


自分の帰るべき本当の場所は、あそこではないということはよく理解している。


しかし、今だけはあの館に戻るしかない。


元の世界に戻る為にも、兎に角今はできることをしなくては。


今は『ただいま』を言うべき時ではないということを己に言い聞かせながら、俺は美鈴の後に続く。


いつか口にする本当の『ただいま』の為に、俺の大切な居場所の為に、この言葉だけはとっておこう。


「ん〜…」


俺がそう決断して、顔を上げると美鈴が目の前で唸っていた。


「どうかしましたか?」


「ん? ああ、いえさっきの話でまだちょっと気になることがあるんですよね」


「気になることですか?」


「ええ、奏さんが普通の人間だったとしたら、何でお嬢様が奏さんを雇う気になったのかなっ? って思って。 あのお嬢様のことだから、多分何か裏があるんじゃないかとは思うんですけど…まぁ、何を考えてるかなんて私にはサッパリ分かりませんけどね…」


確かにその点に関しては未だに理解が及ばない。


あの、レミリアというお嬢様にとって俺を雇うことで何か得があると言うのだろうか?


少なくとも、あの非の打ち所のない完璧なメイド長がいる限り、仕事面での問題は何もない筈だ。


つまり、ヘッドハンティングのようにスカウトされた訳ではないということ。


それだけは、理解できる。


なら、俺を雇った本当の理由とは一体何なのだろう?


美鈴が言ったように、何か裏があるのだろうか?


まぁ、何方(どちら)にしても今考えて答えの出ることではなかった。


「おっ、見えてきましたね」


森に差し込む日の光は徐々に強くなり、湖が近くなって来ているのが分かる。


しかし、樹の間から漏れてきていたのは日差しだけではなかった。


「あの…美鈴さん、何か感じませんか…?」


「何か? そう言われてみれば何かさっきから少しだけ肌寒いですね」


やっぱり、俺の感覚は間違っていなかった。


これで、さっき感じた違和感の正体が理解できた。


それはこの寒気(さむけ)である。


寒気と言っても、少しだけ涼しく感じるくらいで大した外傷はないが、湖に近づく程に空気が冷えていくのが分かる。


森に入る前は全く感じなかったこの寒気を、俺は昨日もしっかりとこの身で実感している。


そして、昨日はこの後、あの見るからに涼を感じさせるあれに遭遇したのだ。


つまり。


確実に…いる。


そう感じながら、前を行く美鈴に続いて俺は森を抜けた。


「あ……」


「あっ、美鈴だ!」


「おやチルノさんじゃないですか 」


「………」


まさかの知り合いだった…。


「こんなところで何してんの?」


「いや〜咲夜さんに言われて、この人に付き添ってお仕事をですね〜。 というかチルノさん達は何をしてるんですか?」


「私達は、今から遊ぶところなのよ。 美鈴も一緒に遊ばない?」


「ごめんなさい…私これからまだお庭の御手入れをしなければいけないので」


近所の子供とお姉さんのような、とても微笑ましい会話風景。


昨日のことがなければ自然に思えるこの光景にも、俺は多大な不信感を抱いていた。


「チルノ、私は眠いから帰る」


「何言ってんのルーミア、今来たばっかじゃん⁉」


「げっ…‼」


思わず声が出てしまった。


「どうかしましたか、奏さん? 」


「いっ、いえ…何でも」


昨日殺されかけた人物との一日ぶりの御対面は、流石にヘビー級だった…。


「美鈴、そっちにいるのは誰? 」


チルノは昨日俺に会ったことを全く覚えていなかったのか、不思議そうな顔で俺のことを指差しながら話す。


「この人は、奏さんですよ。 今日から、一緒に働くことになった新人さんです」


「そーなのかー」


「へぇ〜つまり美鈴の新しい手下ってことね!」


「ん〜…まぁそんなとこですかね」


美鈴は少しだけ説明が面倒になったのか、話をそこで終わらせた。


「私チルノ、宜しくね!」


「あっ…ああ…宜しく」


「それと、ルーミア」


チルノはルーミアを俺に紹介しようとしているようで、ルーミアを呼びながら振り返った。


「ああ…お腹すいた〜…」


ルーミアは、ぼーっと立ったまま眠そうにフラフラしながら洒落にならない一言を呟いていた。


ここまで順調に辿り着いたのに何かいきなり大ピンチ…。


もし、俺が襲われるようなことがあったら、美鈴さんは俺をしっかり守ってくれるのだろうか?


自分の身を案じ始めたその時。


「こらー! お前達ー‼」


遠くの方から叱りつけるような声が聞こえた。


「うわぁっ! お前、何でここが⁉」


「こらっ! 教師に対して『お前』はないだろ! 大妖精達から聞いたんだ。 あの二人が行くとしたら湖くらいだとな。 ほら、皆を待たせているんだから、さっさと寺子屋に戻るぞ」


突然現れた人物は自らを教師と言い、両手でチルノとルーミアの襟を掴んで持ち上げた。


「こらー! 離せー!」


チルノは吊られたまま何とか抜け出そうとジタバタ暴れ出す。


「………」


ルーミアは全身をブランと垂れ下げて、眠そうにしていた。


「まったく…どうして逃げたりしたんだ? 」


「だって、授業なんか全然面白くないんだもん! それに、いつも国語と歴史ばっかじゃつまんないじゃん!」


「理科や英語は苦手なんだ…仕方ないじゃないか!」


胸を張りながら教師がそんなことを言っていて良いのだろうか…?


「今更昔のことばっか教わったっていみないじゃん!」


「何を言うか! しっかり学べば歴史は見違える。 学ぶということは大切なんだ。 少年老い易く学成り難しだぞ」


「何だそれ? 」


「それは、朱子様の御言葉ですね 」


さっきからずっと黙って三人を見ていた美鈴は、目の前の教師が言った一言に物凄い勢いで食いついた。


「この言葉はですね。 若いうちはまだ先があると思って勉強に必死になれないけれど、すぐに年月は過ぎて年をとって、何も学べないで終わってしまうから若いうちから勉学に励まなければならない。 という意味なんですよ 」


「ああ、全くもってその通りだ」


「そーなのかー…。 でも、私達は人間と違って年をとるのは凄く遅いから別にどうでもいい…」


「そうだそうだー!」


「……うるさい! 兎に角戻るぞ、妹紅に任せては来たが、どうにも心配だからな」


(あ…教師が生徒に負けた…)


「門番殿。 悪かったな、この二人が迷惑をかけたみたいで」


「いえいえ、そんなことありませんよ。 二人共とても良い子達ですから」


さながら、勝手に近所の家に遊びに行った子供を連れ戻しに来た母親達の図。


良い子…⁉


「ところで、そちらの青年は?」


彼女は美鈴と話していたかと思うと、少し体を傾け後ろにいた俺へと話しかけてきた。


「ああ、自分ですか? 今日から紅魔館で働かせてもらうことになった『御社 奏』です。 どうぞ、お見知り置きを」


「ほぅ、見かけない顔だが、君は外来人か?」


「ああ、はい」


「では、外の世界から仕事を探して態々こっちに来たのか?」


そんな出稼ぎみたいな理由でこんな異世界まで来るやつがいると思っているのだろうか…?


「いえ、自分はまだ学生ですから。 こっちにきてしまった理由は実は自分にもよく分からないんですよ…」


「そうか、学生か。おっとすまん名乗り遅れたな。 私は『上白沢 慧音』という。こう見えても里で教鞭(きょうべん)()っていてな。子供達に歴史の素晴らしさや、学ぶことの大切さを教えているんだ。 何か困ったことがあればいつでも力になるから何でも相談してくれ」


「はい、ありがとうございます」


何だ、凄くいい人じゃないか。


口調も教師らしくて、学生の身としては何だかとても自然に感じられた。


それに、頼りにもなりそうだしこの人のことは良く覚えておこうと心から思った。


しかし、俺には一つだけどうしても確認しておきたかったことがある。


「あの…つかぬ事を御訊きしますが…」


「ん? 何だ?」


「上白沢さんは…その……人間ですよね? 」


「ん? ああ、私は人間だぞ」


「っ!やっぱりそうですよね!」


「半分だけな」


「………え……?」


「それじゃ、私はそろそろ戻る。 ではな、門番殿」


「はい、御気をつけて」


慧音はそう言うと今もジタバタとだだを捏ねるチルノをヘッドバットで黙らし、スタスタと去って行った。


「じゃあ、奏さん。 私達も行きましょうか」


「………」


「あの…奏さん…。 大丈夫ですか…?」


この世界の常識には…どこまで行ってもついてはいけない。


悪夢のような現実に置いてけぼりを喰らった就職初日。


そして、二人は屋敷へ戻る。



「そう、時間をね…」


ダイニングで朝食をとるレミリアはティーカップを片手に咲夜の話しへと耳を傾けていた。


「はい。 やはり奏が何らかの力を秘めているという、お嬢様のお考えは確かかと…」


「もう少し時間をかけて色々と検討していくつもりだったけれど、早速見せつけてくれるわね」


カップを片手にテーブルに頬杖を立てながらレミリアは微笑んだ。


「如何致しますか?」


「そうね…まぁ、丁度いいから私はパチェの所に行くわ。 咲夜は彼に仕事を教えてあげなさい。 大丈夫だとは思うけど、くれぐれも身体には触れられないように」


「承知致しました」


咲夜にそう指示すると、レミリアは席を立ち窓へと近づいた。


「全く…いつもいつも本当に鬱陶しいわね…。 んっ? ふふ、戻ってきたみたいね」


窓から見下ろすと、門の方に奏と美鈴が手を振って別れるのが見える。


「じゃあ私は行くから後は宜しく頼むわね。 御馳走様。 ああ、そういえば、今日の御茶には何を使っていたの? 」


「イングリッシュBFですよ。 昨夜は満月を眺めて夜更かしされてましたし、お目覚めにはよろしいかと思ったのですが…ミルクティーはお口に合いませんでしたか?」


咲夜は不安気にレミリアへと尋ねる。


「吸血鬼である私が夜更かしね…。 まぁ、その気遣いはありがたく受け取っておくわ。 こういう気の使い方が美鈴にもできないものかしら…。 いえ、とても美味しかったわよ。 おかしな茶葉を使われるよりは、よっぽど良かったわ。 ありがとう」


「いえ、私はお嬢様の従者ですから。 当然のことです。 こちらこそ、お褒めにあずかり光栄です。 ありがとうございます」


咲夜は幸せそうな笑みを浮かべ、レミリアが図書館へ向かうのを見送った。

さて、後半をどんな風にしていけば良いのやら…未だ案なし。

零からの出発ですが、何とかやってみます。

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