華恋エピソード〜素直になれないバレンタイン〜
バレンタインデー企画として急遽書いてみました
中学生時代の「奏•氷梶也•華恋」のエピソードです
非リア充の自分がバレンタインを題材にした話などよく書けたものだがな……
『バレンタインデー』
一般的には、恋する乙女が好意を寄せた男性に想いを込めたチョコレートを渡す、年に数回ある恋愛成就イベントの一つ。
その前日も学校はその話題で持ちきりだった。
「ねぇねぇ、咲希は誰かにチョコ渡さないの?」
「私はいいよ、そういうのは…別に好きな人なんていないし」
「ええ、うっそぉ〜? B組の岡田とか狙ってたんじゃないの〜?」
「なっ…⁉︎ 何で私があんなやつに!」
「はははっ照れてる〜!」
「もぉ〜///」
休み時間、私は次の授業の用意をしながら友達二人のガールズトークに何気無く耳を傾けていた。
「ははははっ。 ところでさ、華恋はチョコ渡さなくて良いの?」
「……へっ⁉︎」
唐突に、恋愛トークの矛先は全く蚊帳の外で話を聞いていたはずの私へと向けられた。
「いや、私は別に…そういう人は……」
あまりこの時期に恋とか恋愛について語るのは少し乗り気もしないので、私は咲希と同じように、はぐらかすことにした。
「何言ってるの? 華恋の好きな奴ってA組の御社でしょ?」
「………へ?」
はぐらかすつもりが聞き捨てならないことをド直球でズバッと言われた。
「ぇっ…ええ! いっいや、あの…その…えぇっ⁉︎」
「何…その反応? まさかバレてないとでも思ってたの?」
柚美は少し驚いた風にそう言ったが、事実その通りだった。
友達に冷やかされるのが嫌で、これまで誰にもそんなことを相談したことはないし、周りには悟られないよう細心の注意を払っていたはずなのに…
「べっ…別に私たちはそんなんじゃないし! それに、カーくんはただの幼馴染で!」
「カーくん、何て呼んでる時点で何かあると思われてもおかしくないって…」
「有名だよ、華恋が御社好きなこと」
「なっ…⁉︎」
まさか、ことは学校中に知れている⁉︎
「あんたモテるからねー。 男子共も色々調べ上げてるみたいだし」
「まっ…そのせいで御社も何度か絡まれてるって噂もあるし、色々苦労はしてるみたいだけど?」
「嘘…⁉︎ そんなの私、知らないわよ?」
そこらの不良にやられるような奴じゃないけど、絡まれてると聞くと少し心配になってくる。
「本人の耳には届きにくいってことなのかな? 三年になった今でも同級生からの妬みは半端ないみたいだよ」
「まったく、あんたも罪作りだね…」
「だから、知らないわよそんなの…!」
友達二人が私のことをジト目で見つめてくる。
「それにしても、何で御社かね〜? 顔は悪くないし、結構社交的でポイント高いけど…あの変人煉条と何時も一緒にいるし、あいつも実は変人なんだろうって噂が絶えないのにさ」
「ああ、あったね〜。 『御社 奏&煉条 氷梶也BL疑惑』でも結局、華恋との交流も深いから、華恋を取り合う三角関係ってことで収まったんだっけ?」
何……それ…?
「あははっそうだったね〜。 まっ、煉条に勝ち目はないかな…? お姫様は奏王子にゾッコンだし」
「なっ…⁉︎ だから別に私たちはそんなんじゃ!」
「ん〜〜…華恋は可愛いね〜! そんな否定しなくてもいいって〜」
「そうだよ、人を好きになるのは恥ずかしいことかもしれないけど、別に悪いことじゃないんだから。 それに…あんまり野放しにしておくと、誰かに取られちゃうかもよ?」
「まぁ、あいつもあいつで…すっごい鈍感っぽいけどさ。 以外とああいう奴に限って、小悪魔っ娘に言い寄られるとコロッと行ったりするから、安心してちゃダメだよ華恋」
二人は興奮する私を宥めるようにすごく優しくそう言った。
「で…でも……」
「もう卒業も近いんだしさ、後悔しない様にしなよ」
「そうそう、会えなくなる訳じゃないだろうけど。 会う機会が減っちゃうのには変わりないんだから」
「……う…うん」
二人の言う通りだった。
高校まで同じところに行ける保証などないことは、ずっと前から理解していた。
だからこそ、ほんの少しでも勇気を振り絞ってみるべきなのかもしれない。
小さい頃から胸にしまい込んだこの想いを…少しでも届かせるために…
「よし! じゃあ、頑張りなよ華恋」
「うん、応援してるよ」
二人は笑顔で私のことを心の底から応援してくれているようだった。
できることなら、その応援に応えてあげたいとすら思う。
しかし、そこにはまだ一つだけ障害が残されていた…
「……うん…でも……さ…」
「なにぃー! この後に及んでまだ決心が鈍りますかね?」
「やっぱり、まだ勇気でない…?」
咲希が心配そうに訊いた。
「ううん…そうじゃないの……」
「じゃあ、何?」
二人は浮かない表情で話す私に耳を傾けた。
そして、私は乙女として致命的なある事実を彼女達に告げた。
「私……お菓子…作れないから……」
「…………」
容姿も頭も運動神経もそこそこ悪くない私だが、これだけは…全く才能が皆無だった……
バレンタイン当日
結局昨日は友達二人に手伝ってもらい、何とか食べられる物を完成させることができた……多分…
まぁ、二人とも女子力は低かったが一人で作るよりは全然マシだ。
「はぁ……」
現在、二人にアドバイスされて何時も通る通学路の曲がり角で待ち伏せ作戦を行っている最中なのだが、今日に限りここまでの足取りはかなり重く感じていた。
「何で私がこんなこと……」
段々馬鹿らしくなってきて、もう終わりにして学校に行ってしまおうかと思ったその時。
「っ……きっ…来た……!」
向こうの方からこちらへと向かってくる奏の姿を確認した。
「ど…どうしよぅ……って…ここまで来て行かないわけには…」
小声で呟きながら鈍る決心を必死に固めようとする。
その間にも奏は呑気に欠伸をしながら徐々にこちらへと近づいて来る。
「ん〜〜…もぅ! こうなればヤケよ…‼︎」
私はタイミングを見計らって待ち伏せていた曲がり角から一歩足を踏み出して奏に声をかけた。
「かっ…! カー…く」
「よぅ! おはよう、華恋‼︎ おっ、奏も一緒か」
「………」
私の言葉が奏に届きかけたその時、唐突に私の背後から飛んできた能天気な挨拶が、勇気を振り絞って発した私の言葉を掻き消した。
「ん…? ああ、おはよ…朝から元気いいな〜…氷梶也は……」
「そういうお前は何か凄く眠そうだな。 何だ? 徹夜でゲームでもしてたか?」
「お前…俺がゲーム持ってねぇこと知ってるだろ…? まぁ、ちょっとな…それよりも」
奏は固まったままの私を横目で見た。
「……華恋、どうかしたか?」
「ううん…何でも……」
「何だ何だ? 二人とも元気ないな〜…。 こんな清々しい朝はもっとテンション上げてこうぜ〜!」
清々しいのはお前の頭の中ではないのかとツッコミを入れたくなった。
私に男を絞め落とす力があれば、今ここでこいつの息を止めてやりたいとすら思う…
それから私達三人は何時もの様に登校し、何時もの様に学校へとたどり着いた。
ホームルーム後(朝)
「はぁ? 失敗したぁ⁉︎」
「何してんの華恋! 学校で渡すのは難易度高いから、朝のうちに済ませるって言ってたじゃない⁉︎」
「だって…だって、氷梶也がぁ〜……」
「ああ…もぅ泣かない、泣かない…ほ〜ら、よーしよしよしよ〜し」
柚美が子供を綾すように私の頭をなでた。
「はぁ…こうなったら授業が終わるごとにアタックかけるしかないわね…」
「えっ…? いいよ…別に、放課後で……」
「ダメ! 華恋は先延ばしにすると絶対決心が鈍るから」
「まぁ…そうかもしれないけど……」
正直、既に心は折れかけていた…
「じゃあ、次の時間から頑張れ! ファイト華恋!」
柚美がなでていた手をガッツポーズに変えて応援してくれた。
「う…うん」
一時限目終了後
「あの…カー……奏いますか?」
「ああ、志操さん。 御社君ならさっき煉条君と出てったわよ。 多分トイレだと思うけど。 何か用だったの?」
「ああ、いえ。 何でも…別に大したことじゃないから」
チョコの箱を後ろに隠し、愛想笑いでその場を誤魔化した。
「そう、でも残念ね。 志操さんだけ別のクラスだもんね…私、応援してるから頑張って」
「え? う…うん、ありがとう?」
何も言っていないはずなのに…やはり、私の知らないところで噂はかなり広がっているのかもしれない。
これは、予想以上に渡しにくい……
二時限目終了後
「ごめんなさい…またどっか行っちゃったみたいなの…」
A組の女の子が申し訳なさそうに言った。
「いいのよ、別に気にしないで…」
「全く…御社君も、志操さんが折角来てくれてるって言うのに……今度はちゃんと伝えておこうか?」
できるだけ他人に知られたくはないが、その方が良いのかも知れない。
「……お願いできる?」
「うん。 じゃあ、ちゃんと伝えておくね」
三時限目終了後
「……移動…教室………」
奏どころか、さっきの女の子すらいなかった…
昼休み
「ごめんなさい…」
「いいのいいの、気にしないで。 移動教室じゃあ仕方ないし」
「今はちゃんと居るから。 呼んでくるね」
「うん、お願い」
段々この子との仲が良くなってきた…
暫く廊下で待っていると教室の中から奏が出てきた。
「話って何だ?」
「あっ…えっ、えっとね…その…今日…は、奏に…その……チョ、チョっ……チョ…チョ…」
奏は目の前で不思議そうな顔をして黙って待ってくれている。
自分の鼓動が段々早くなってくのが分かる。
黙って見つめる奏の顔を私は直視することができず、緊張からか頭がぼーとしてきた。
「おい、どうした⁉︎ 顔赤いぞ、熱でもあるのか?」
暫く言い渋っていると、奏が私のことを心配して声をかけた。
「いっ…いや違くて…そんなんじゃなくて…私はただ…その…チョ……チョっ…ん〜〜! ちょっ!……と…用事思い出したから………それじゃね!」
私は羞恥に耐え切れず、後ろに隠したチョコを握りしめて、全速力で廊下を駆け出して、逃げてしまった。
私の意気地なし…
「……? 何だ、あいつ…?」
「おぅ、奏。 華恋、何だって?」
華恋に一人置き去りにされた奏に氷梶也が話しかけてきた。
「ん? さぁな? 用事があるって呼び出されたのに、用事があるって去ってったよ…」
「ふ〜ん…っあ! そうそう、さっきの話の続きなんだけど。 酒嫌いの鬼とニンニク好きの吸血鬼っていると思う?」
「………知らん」
五時限目終了後
「私が移動教室……」
そして六時限目が終了し、何だかんだで放課後になってしまった。
「はぁ…何で渡せないかな〜……」
自分の意思の弱さに呆れを通り越して虚しさを感じた…
柚美と咲希にヘタレ扱いされたが、それでも一応私は諦めず…最後のチャンスを物にするために校門で待ち伏せろという二人のアドバイスを聞き入れ、ホームルーム終了後直ぐに下駄箱へと向かった。
今度は奏を逃すことなく下校中に蹴りを付けてみせる。
「……よしっ…今度こそ」
気を引き締めて、下駄箱の角を曲がるとそこには既に奏が靴を履いて下校しようとしている姿があった。
「って、もぅ居るっ⁉︎」
予想外のことに思わず声が出てしまった。
「ん? よぉ、華恋。 早い下校だな。 用事はもう済んだのか?」
「え…? ああっ…うん、まぁね。 それより、カーくんこそ何でこんなに早いのよ?」
三年は部活も引退し、今は殆どの生徒が放課後は暇で仕方ないはずだ。
特に最近の奏は実家での修行もサボり、忙しいという言葉とは無縁の筈なのに…
「華恋…もぅ、あんまり学校でカーくんって呼ぶなよ…。 まぁ、俺も今日はちょっと…用事があってな」
「用事って…玄司さんの修行?」
「はっ? 違ぇよ。 誰がそんなもんするかっての…」
「じゃあ…何で?」
私は、奏を問い詰めるように訊いた。
「……まぁ、誤解のないように言っておくけど…。 俺、昨日からバイト始めたんだよ」
「……バイト…?」
「ああ、中華料理屋でな。 店長が凄く良い人だから結構気に入ってんだ」
「でも…中学でバイトなんて……」
今まで部活に熱心に打ち込んで、学校での生活が一番楽しそうにしていた奏が、バイトを始めたと聞いて私は思ったように言葉を口にすることができなかった。
「うぉっ、ヤベ…! じゃあ、遅れるといけないから、俺もう行くわ。 そうそう、爺さんには言わないでくれな」
壁に掛けられた時計を見て、奏は慌てて玄関を出て行く。
「ちょっ…待ってよ……カーくん!」
私は奏を追いかけて呼び止めようとしたが、上履きのまま外に出るわけにもいかず、振り返りもしない奏の後ろ姿を、ただ黙って見送った。
「……はぁ…二人に何て言えば良いのかなぁ…?」
待ち伏せ作戦が失敗に終わり、奏に渡すはずだったチョコレートの箱を見つめながら、教室へと続く廊下を静かに歩く。
「よっ、華恋! なぁ、奏見てない?」
すると、常に頭の中が春の陽気に満たされた馬鹿が前から私に声をかけてきた。
「カーくんならもう帰ったわよ…バイトがあるんだってさ…」
奏から爺さんにはバラすなと言われたことを、私はすんなり氷梶也に話した。
「へぇ〜。 そっか、あいつバイト始めたのか。 ああ、だから朝あんなに眠そうにしてたんだな」
そう言えば、確かに眠そうにしてたっけ…?
氷梶也は思ったより敏感で、ちょっとしたことにはよく気が付くようだ。
「それで、華恋はこんなとこで何してんだよ? というか、それ何?」
氷梶也は私が手に持っていたチョコレートの箱を見て訊いてきた。
「別に…なんでもないわよ…」
私は氷梶也と話しているだけ無駄だと思い、無愛想な返事をして氷梶也の横を通り過ぎた。
「何だ…? やけに機嫌悪いな…奏にでも逃げられたか?」
「っ……うるさい‼︎」
氷梶也の言葉が頭にきて私は周りに人が居るのも忘れ、振り向きざまに氷梶也を怒鳴りつけた。
「………」
周りにいた生徒たちの目が一斉にこちらへ向けられ、氷梶也は凄く驚いたような顔で何も言わず立ち尽くしていた。
私はそんな氷梶也を無視して教室へと続く廊下を歩き始めた。
八つ当たりなんて、本当に情けない…
「………ふ〜ん…そっか……」
一人残された氷梶也は小さく頷きながらそう呟いていた。
それから数時間後
柚美と咲希に作戦失敗を告げ、こっ酷く叱られた私は、一人寂しく通学路を下校し、途中何気無く立ち寄った公園のベンチで一人黄昏ていた。
「はぁ〜…何でこうなっちゃうんだろ……?」
気持ちはずっと前から固まっている筈なのに…それを言葉にしようとすると、いつもどこか空回りしてしまう…
帰りのチャイムが公園に鳴り響き、辺りの遊具で遊んでいた子供達は友達に手を振りながら皆それぞれの帰路につく。
「………」
私達も昔はあんな風に遊んでいた。
お互いが感情を剥き出しにして、無邪気なままにしたいことをして、何でも気安く言い合うことが出来た。
しかし、年を重ねるごとに余計な自意識までもが形成されて行き、それが距離感として現れ、私達の心は自然と離れて行ってしまった気がする。
あの頃の素直な自分を少し羨ましく思った……
気付くと私はあの木の下に立っていた。
「こんなに小さかったっけ…?」
私達三人が始めて会ったこの場所。
暖かい思い出が詰まったこの場所で、私たちは色んな遊びをして、色んなことを話し合って…色んなことを沢山してきた。
何時も三人一緒だったのに……
「はぁ……カーくんの…バカ……」
額を木にコツっとぶつけて、奏への不満を小さく呟いた。
そして、そのまま暫く木に額を当てて気持ちの整理をしていると、何だか急に帰りたくなってきた。
「……うん…帰ろ」
額を離し、地面から鞄を持ち上げて、振り返ろうとしたその時。
「華恋!」
「…えっ⁉︎」
遠くの方から唐突に名前を呼ばれて振り返ってみると、息を切らした奏がこちらに向かって走って来た。
「華恋、大丈夫か! どこも怪我してないか⁉︎」
「えっ? なっ…何⁉︎ ちょっと…どこ触ってっ…!」
奏は私の元まで走り寄ると、私の両肩を掴んで何故か必死になって私の身を心配していた。
「怪我は…ないみたいだな。 何にもされなかったか?」
「はっ? 何が…?」
「何がって…お前……氷梶也が俺に『華恋が緊急事態だっ』て電話してきたから急いで来たんだって…それで、緊急ってのは何だ? 誰かに絡まれたのか?」
「カーくん…携帯持ってたの?」
「んっ? ああ、まぁな」
私はまだ持っていないのに…ヨソウガイデス……
「何だ…? 緊急事態…じゃ…ないのか?」
「うん、全然」
私は真顔でそう答えた。
「………」
奏は暫く無言で私を見つめると、急に全てを悟ったように顔を青ざめた。
「あぁぁ…! くっそ〜…はめられたー…! 店長に黙ってわざわざ出てきたってのに…! どうしてくれんだ…あの野郎ぉ……‼︎」
奏は私から手を離すと、その手で頭を抱えて仰け反りながら大声で叫んだ。
「ふふ…ふははははっ。 全く…氷梶也には困ったものね…」
そんな奏を見ていると、さっきまで胸にあったモヤモヤが晴れ、急におかしくなってきた。
「あいつ…どういうつもりだ……? 今度会ったらただじゃおかねぇ…」
「さぁね…なら、今直接本人に訊いてみたら?」
「えっ? あいつここに居るのか?」
確信を持っていたわけではないが、氷梶也のことだ…
あいつがこんなことをするくらいなんだから、きっと心配してここに来ているに違いない。
「どうせどこかで見てるんでしょ? 隠れてないでさっさと出てきなさい!」
私が静まり返った公園全体に呼びかけると、しばらくして草むらの影から氷梶也が顔を出し、苦笑しながらこちらへと歩み寄ってきた。
「ははは……よぉっ、二人とも」
「お前〜…どうしてくれる⁉︎ 責任とれよな!」
「いや〜…わりぃわりい……二人とも喧嘩してるのかと思ってさ…。 でも、俺の思い違いだったみたいだな」
氷梶也は私達を見て安心したように微笑んだ。
「全く…氷梶也もたまにはらしくないことするのね…」
「何言ってんだよ…らしくないのはお前だろ華恋。 最近たまに思いつめた様にぼーっとしてさ」
「ああ、確かに…。 何か…あったのか?」
奏が私を心配して訊ねる。
あんたが聞くか……
「ふふふ…別に〜。 まっ、あえて言うなら、カーくんの所為かな?」
「えっ? 俺か…?」
「何だよ…やっぱ奏が悪いんじゃないか。 ほら、さっさと謝っとけ」
「なっ…⁉︎ 何で俺が…別に身に覚えは……」
「良いから、ほら早く謝れって」
「……くそっ…。 華恋…何か……ごめん」
何も悪くないのに奏は釈然としない様子で私に謝った。
「ふっははは…全く……。 二人とも昔と全然変わらないわね…」
始めて会ったときのことを思い出した。
あの時も、奏は氷梶也に諭されて理不尽に謝罪させられていた。
「ああ、そう言えばそんなこともあったっけ…?」
「確かに、奏はいつまで経っても成長しねぇな〜」
「{あんた•お前}が言うな!」
調子の良い氷梶也の発言に、二人で同時にツッコミを入れる。
「……はははっ、やっと何時もの二人に戻ったな」
「別に大して何にも変わってないだろ……? なぁ、華恋」
「っ……ええ、そうね」
私は『変わっていない』という奏の言葉に、何だか少し心が晴れた気がした。
最近は話す機会も徐々に減って、仲の良かった昔の三人にはもう戻れないのだと諦めかけていたのに…
やっぱり二人はいつまで経っても変わらない。
これまでも仲の良い三人は、これからも仲の良い三人で居続けられそうな…そんな気がした。
「はははっ。 そう言えば、ここで三人揃ったってことは…オカルティクス再結成だな! なぁなぁ、久しぶりにあれやろうぜ! レッド! イエロー!」
「恥ずかしいから止めろ…」
「えぇ〜…」
まぁ…全然変わらないのも問題だけど……
「ふふふ……全く…あんたらは、いつまで経っても子供なんだから…」
「お前も同類だろ…?」
「うるさい!」
「そう言えば、華恋。 さっきの箱って結局何だったんだ?」
氷梶也が学校で聞いてきたことを唐突に尋ねた。
「箱?」
当然、奏も私に注目する。
「ああ……これのこと…?」
私は、鞄の中からチョコの入った箱を取り出して二人に見せる。
「そうそう、それそれ」
「これは……その…ね…」
私は、奏を見つめた。
今なら…氷梶也もいるけど、渡せるのかもしれない…
でも…私は……
「これは……。 チョコレート…作ってきたのよ。 三人で食べましょ」
「へぇ〜。 華恋の手作りか、それ?」
「おいおい、どういう風の吹きまわしだよ…?」
「何よ、その言い草は…別にいいでしょ! 私だって、たまにはお菓子くらい作るわよ。 だから…これは……ただの気まぐれよ」
長い間胸に秘めてきた思いを、私はまた気まぐれと言って心の内にしまい込んだ。
「まぁ、理由なんていいじゃん。 折角作ってきてくれたんだし。 早く食おうぜ」
「……ああ、そうだな」
「じゃあ、ちょっと待ってて」
私は綺麗にラッピングした箱の紐を自分で解いた。
柚美と咲希と三人で知恵を出し合い、ほろ苦い大人の味に仕上げた生チョコレート。
ハート型だったチョコレートを二人に気づかれないよう三枚に割って、二人に手渡した。
「形悪……!」
渡されたチョコを見て氷梶也が苦笑しながら呟く。
「うるさいわね…上手く割れなかったのよ…! 文句あるなら返しなさい」
「そんなこと言うなよ氷梶也。 問題は食えるかどうかだろ…?」
「失礼ねっ! ちゃんと食べられるわよ!」
「まっ、何でもいいや。 いただきまーす!」
「じゃあ、もらうぞ華恋」
「……うん!」
これでいい。
今の関係から進展しないのはちょっと寂しいけど…この関係が壊れてしまうかもしれないよりは全然良い。
私が居て、この氷梶也がいて、その中心に奏が居て…
いつまでもこんな風に、三人一緒で笑っていられたら…今はそれだけで十分だと私は思う。
私は心の中で、叶うかどうか分からない恋よりも、目の前の幼馴染達との何気無くて楽しい日常を選んだのだ。
そして、心を込めて作った私のチョコレートが二人の口へと運ばれた。
「苦……」
「これは…大人の味を超越したな…」
「………」
『こいつら……いつかぶっ飛ばす…!』
思い出の公園、失礼な幼馴染共、中学時代の黄昏時。
私は心に、そう誓ったのだった。
そして数年後
「やっぱりお前、かれ……ガハッ!」
目標は達成された。
ぶっちゃけ…本作品のプロローグ読んでないと何書いてるのか全然分かりませんね…これ……
まぁ、少しは笑っていただけたでしょうかね…?