第4章:亡霊のレシピ ——「忘れられた戦友」
深夜、店の扉が音もなく開いた。
入ってきたのは、甲冑を纏った一人の男だった。
しかし、その足音は砂を踏む音さえ立てない。鎧は錆びつき、顔には戦場の泥と乾いた血がこびりついている。
彼は店主であるサトオの姿を認めると、直立不動の姿勢で敬礼をした。
「……第7遊撃隊、斥候のガルト。……夕食の配膳に参りました、隊長」
彼は死んだことに気づいていない。
自分の隊が全滅したことも、戦場に取り残されたまま、誰にも看取られず息を引き取ったことも。
彼はただ、数十年前にサトオに命じられた「隊長の夕食を用意する」という任務を、今も遂行し続けているだけだった。
サトオは、カウンターに置かれた「真っ黒に焦げた何か」を見つめた。
それが、彼が死の直前に持っていた、当時のレーションの残骸だ。彼にとっては、それが何十年もの間、隊長へ届ける唯一の食事だったのだ。
「……遅かったな、ガルト」
サトオは無表情を崩さず、静かに言った。
ガルトの顔に、安堵の笑みが広がる。
「申し訳ありません、隊長。道中の魔族の追撃が激しく……ですが、なんとか届けに」
サトオはガルトからレーションを受け取ると、それを鍋に投入した。
焦げた硬いパンと、泥の味が染み付いた保存肉。
サトオはそこに、荒野に咲くわずかな草花と、自分がかつて大切に隠し持っていた「保存の魔力」を注ぎ込んだ。
コトコトと煮込まれるうちに、鍋からは戦場のものではなく、かつて遠い故郷で食べたはずの「温かい焼きたてパンとスープ」の香りが立ち上った。
「食え。これが今日の配給だ」
サトオはスープを注いだ器を、ガルトの前に置いた。
ガルトは震える手でそれを一口啜る。
「……ああ……温かい……。隊長、これは……故郷の味がします」
一口、また一口と進むたびに、ガルトの鎧が少しずつ剥がれ落ちていく。
戦場の泥、血の匂い、そして終わることのなかった任務の重圧が、温かなスープと共に溶けて消えていく。
ガルトの表情は、兵士の厳めしさから、故郷に帰ることを夢見ていた少年のものへと変わっていった。
「……腹一杯です、隊長。……あぁ、もう眠ってもいいんですか」
「ああ、ゆっくり休め。……任務は、完了だ」
ガルトがそう呟くと、彼の姿は淡い光となって霧散した。
店内に残ったのは、空になった器と、荒野を吹き抜ける風の音だけ。
サトオは空の器を手に取り、シンクへ向かった。
彼の目には、かつて管理していた何万という兵士の姿が、一瞬だけ重なって見える。
「……一人も、救えなかったわけじゃないな」
サトオは、誰にも聞こえない声で呟いた。
英雄が救い損ねた小さな命が、今こうして店を訪れ、温かい食事と共に静かな眠りについていく。
『追憶の厨房』。
ここでは、生者も死者も、かつて背負った重荷を降ろし、明日のない旅路へと出発していくのだ。
悲しすぎ…書くの辛すぎる。




