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「天皇」号誕生秘話〜武則天(聖神皇帝)と持統天皇、二人の女帝の絆〜  作者: 如月妙美


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9/9

著者・如月妙美から読者の皆様へ

はじめに――なぜこの物語を書いたのか

 読者の皆様、この度は拙作「『天皇』号誕生秘話〜武則天と持統、二人の女帝の絆〜」をお読みいただき、心より感謝申し上げます。作家として、これほど重厚で複雑な題材に挑むことは、正直なところ大きな挑戦でした。しかし、この物語をどうしても書かずにはいられない強い衝動に駆られ、筆を執った次第です。

 まず最初に申し上げておきたいのは、本作品は史実に基づく歴史小説だということです。高宗による「天皇」号の採用(674年)、武則天(聖神皇帝)の女帝即位、持統天皇の即位、白村江の戦いなどは紛れもない史実です。しかし、武則天(聖神皇帝)と持統天皇の直接的交流、伊波源城という人物の存在、両者間の書簡のやりとりなどは、私の創作によるものです。

 ただし、これらの創作部分は、決して根拠のない空想ではありません。同じ時代を生きた二人の偉大な女帝が、互いの存在を意識し、何らかの想いを抱いていた可能性は十分にあります。正史には決して書かれることのない人間的な交流や心の結びつきこそが、時として歴史を動かす真の力となることもあるのです。私が描いた「ありえた史実」もまた、歴史の一つの真実として受け止めていただければと思います。

 なぜ私がこの物語を書こうと思ったのか。それは、歴史の教科書では決して語られることのない、二人の偉大な女性統治者の心の交流に深く魅せられたからです。武則天と持統天皇――この二人の女帝は、同じ時代を生き、それぞれが前例のない困難に直面しながらも、強い意志で自らの道を切り開いていきました。

 七世紀という時代は、まさに世界史の転換点でした。中国では唐王朝が最盛期を迎え、日本では律令国家への大転換が進んでいました。そのような激動の時代に、二人の女性が最高権力者として君臨したという事実そのものが、私には奇跡のように思えたのです。


武則天という存在への深い敬意

 武則天について語るとき、多くの人は彼女の「冷酷さ」や「権力欲」を真っ先に思い浮かべるかもしれません。確かに、史書に記された彼女の行動には、現代の価値観では到底受け入れ難いものも数多くあります。息子たちを幽閉し、政敵を容赦なく排除し、時には血縁者さえも手にかけたとされる彼女の姿は、まさに「鉄の女帝」そのものです。

 しかし、私は彼女の行動の背後にある深い孤独と、五千万人の民への責任感を見つめたいと思いました。武則天は単なる権力者ではありません。彼女は一介の宮女から身を起こし、男性社会の頂点に立った唯一無二の存在です。その過程で彼女が支払った代償の大きさを、私たちは想像することさえ困難です。

 特に印象的なのは、彼女が自らの墓碑を無字碑にしたという事実です。これは単なる謙遜ではありません。後世の評価に全てを委ね、自らは沈黙のうちに歴史の闇に消えていこうとする、究極の覚悟の表れだと私は考えています。権力を握り続けるためなら何でもする独裁者が、なぜ最後に沈黙を選んだのか。そこに、武則天という人間の真の姿があるのではないでしょうか。

 武周を創始したことについても、従来の「簒奪」という見方とは異なる解釈を試みました。隋・唐が異民族王朝であったという事実は、案外知られていません。武則天の「周」への改称は、漢民族としてのアイデンティティを取り戻そうとする試みであり、決して私利私欲に基づくものではなかったのではないか――そのような仮説のもとに、彼女の内面を描こうと努めました。


持統天皇への共感と畏敬

 一方の持統天皇もまた、極めて困難な状況に置かれた女性でした。白村江の戦いでの大敗は、倭国にとって存亡の危機そのものでした。国威は失墜し、国内では動揺が広がり、いつ唐軍が来襲してもおかしくない状況――そのような中で、彼女は毅然として国家の舵取りを担ったのです。

 持統天皇の偉大さは、単に女性として初めて天皇の位に就いたことにあるのではありません。むしろ、絶望的な状況の中で希望を見出し、国家の基盤を築き直したその手腕にあります。藤原京の建設、律令制度の整備、そして本作で描いた古事記編纂の構想――これらすべてが、彼女の先見性と実行力の証です。

 特に私が感動するのは、彼女が武則天からの「天皇」称号の提案を受け入れたとき(これは創作ですが)の決断力です。プライドや過去の恨みを超えて、国家の未来のために最適な選択をする――これこそが真の政治家の姿勢ではないでしょうか。

 古事記編纂についても、単なる歴史改竄として批判するのは簡単です。しかし、当時の国際情勢を考えれば、倭国の正統性と独自性を示すためには、このような大胆な構想が必要だったのかもしれません。西方の物語を取り入れながらも、それを日本独自の神話体系として昇華させる発想は、むしろ創造的な文化政策として評価されるべきかもしれません。


歴史と創作の境界で

 この作品を執筆するにあたって、最も苦心したのは史実と創作のバランスでした。武則天と持統天皇が実際に直接的な交流を持ったという記録は存在しません。伊波源城という人物も、私の創作です。では、なぜこのような「虚構」を書いたのか。

 それは、歴史の「真実」は必ずしも史料に記されたことだけではないと考えるからです。二人の女帝が同時代を生き、似たような困難に直面していたことは紛れもない事実です。そして、人間である以上、彼女たちがお互いの存在を意識し、何らかの感情を抱いていた可能性は十分にあります。

 私が描いたのは、そのような「あり得たかもしれない真実」です。歴史小説の使命は、冷たい史実に命を吹き込み、過去の人々の心情に寄り添うことにあると信じています。そのために、時として創作という手法を用いることは、許されるのではないでしょうか。

 ただし、読者の皆様には、何が史実で何が創作なのかを明確にお示しするよう心がけました。この作品を通じて歴史に興味を持っていただき、さらに史実について学んでいただければ、作家としてこれ以上の喜びはありません。


現代への教訓――女性リーダーシップの意義

 この物語を現代に生きる私たちが読む意義は、どこにあるのでしょうか。私は、まず女性リーダーシップについて考える機会を提供できればと思っています。

 武則天と持統天皇が活躍した七世紀から千三百年以上が経過した現在でも、女性が最高権力者となることは決して当たり前ではありません。世界を見渡しても、女性の国家元首や政府首脳はまだまだ少数派です。そのような現状を考えるとき、千三百年前に二人の女性が同時に最高権力者として君臨していたという事実は、極めて示唆に富んでいます。

 彼女たちの統治スタイルには、男性統治者とは異なる特徴が見られます。武則天の人材登用の巧みさ、持統天皇の合意形成を重視する姿勢――これらは現代の組織運営においても学ぶべき点が多いのではないでしょうか。

 また、両者とも「前例のない困難」に直面しながらも、それを乗り越えていったという点も重要です。現代社会もまた、気候変動、技術革新、グローバル化といった前例のない課題に直面しています。そのような時代だからこそ、既存の枠組みにとらわれない柔軟な発想と強い実行力を持った武則天や持統天皇の姿勢に学ぶべきことが多いと思うのです。


日中友好への願い

 この物語には、私の日中友好への強い願いも込められています。現在の日中関係は、残念ながら様々な課題を抱えています。歴史認識、領土問題、経済摩擦――これらの問題が両国民の感情に深い溝を作っていることは否定できません。

 しかし、私は信じています。武則天と持統天皇が示したように、たとえ一時的に対立することがあっても、互いを理解し尊重し合うことは可能なのだと。両国は古来より文化的に深いつながりを持ち、学び合い、影響し合ってきました。「天皇」という称号そのものが、その象徴的な例と言えるでしょう。

 また、「天皇」の称号が、仮に「唐」の皇帝の一時的称号の模倣であったとしても、それは、現在の「中国」への卑下にはならないことは明確に申しあげておきます。「唐」は異民族王朝であり、中華王朝ではありません。また、当時の「唐」は世界最大最強の国家であり、属国を含む人口は約1億人、対する倭国の人口は400万人~500万人である状況で、同等の称号を名乗ったことは、歴史的な矜持であり、その称号が千三百年以上も存続していることは、「世界史の奇蹟」です。

 したがいまして、このことで「日中両国の歴史的な鼎の軽重」を論じることなく、歴史のありえた仮想真実として受け止めていただければ幸いです。

 私がこの物語で描きたかったのは、政治的な対立を超えた人間同士の理解と友情です。武則天が持統天皇を「女帝としての同志」として認め、持統天皇がその申し出を受け入れる場面は、現代の日中関係にとっても一つのモデルになり得るのではないでしょうか。

 もちろん、現実の外交は小説ほど単純ではありません。しかし、まずは両国民が相手国の歴史と文化を理解し、敬意を払うことから始まるのではないかと思います。この物語が、そのための小さな架け橋となれば幸いです。


歴史を学ぶということ

 最後に、歴史を学ぶということについて、私の考えをお話ししたいと思います。

 歴史は単なる過去の出来事の羅列ではありません。それは人間の営みの記録であり、現在を理解し未来を展望するための貴重な財産です。しかし、往々にして歴史は勝者の視点で語られ、敗者の声は封殺されがちです。女性の声も、長い間歴史の表舞台からは排除されてきました。

 武則天と持統天皇の物語も、従来は男性中心の歴史観の中で語られることが多く、彼女たちの内面や真の動機について深く掘り下げられることは稀でした。私は、この作品を通じて、彼女たちを単なる権力者としてではなく、一人の人間として理解していただきたいと願っています。

 歴史を学ぶとき、私たちは過去の人々を現代の価値観で裁くべきではありません。むしろ、彼らが生きた時代の制約の中で、どのような選択をし、何を成し遂げようとしたのかを理解することが大切です。そのような視点を持つことで、歴史はより豊かで立体的なものとなり、私たちの人生にとって真に有益な知恵を与えてくれるはずです。


読者の皆様への感謝と期待

 この長い物語を最後までお読みいただいた読者の皆様に、心からの感謝を申し上げます。作家にとって、自分の作品を読んでくださる読者の存在ほど貴重なものはありません。皆様の貴重な時間を私の物語に費やしていただいたことを、深く光栄に思います。

 この作品が皆様にとって、何らかの気づきや学びの機会となったでしょうか。歴史への興味を深めるきっかけとなったでしょうか。あるいは、現代社会の課題について考える材料となったでしょうか。そうであれば、作家として何にも代えがたい喜びです。

 最後に、私は今後も歴史の中に埋もれた人々の声、特に女性たちの声を掘り起こし、現代に蘇らせる作品を書き続けていきたいと思っています。歴史は男性だけで作られたものではありません。女性たちもまた、それぞれの時代に重要な役割を果たし、社会の発展に貢献してきました。そのような女性たちの物語を通じて、現代を生きる私たちが勇気と知恵を得られるような作品を創造していくことが、私の使命だと考えています。

 武則天と持統天皇が遠い天空で見守る中、私たちもまた各々の時代に最善を尽くし、未来への道筋を築いていきましょう。歴史は過去のものではありません。今この瞬間も、私たちの手によって新たな歴史が紡がれ続けているのですから。

 皆様の人生に幸多からんことを心よりお祈り申し上げ、筆を置かせていただきます。ありがとうございました。


 令和八年早春 著者 如月妙美


 ※この物語は、歴史的事実をベースにしたフィクションです。

 ※コメントやレビューは、みなさまに平等にお返しができないため、OFFといたします(ご了承ください)。

【動画】 YouTubeにて公開しています。



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