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第一章:長安の深奥、揺れる天子の座
※本作品は史実を織込んだ架空の歴史小説です。高宗による「天皇」号の採用(674年)は史実ですが、武則天(聖神皇帝)と持統天皇の直接的交流は創作です。
七世紀後半、世界を圧する大帝国である唐の首都・長安は、かつてない繁栄と緊張を内包していた。その奥深い皇城、漆黒の夜を照らす燭台の光を微かに反射する豊麗な玉座。その傍らには、皇帝・高宗李治と、その后である武照、後に武則天の名で知られることになる女傑がいた。
高宗は病弱で、先帝と比べると凡庸であった。そして、その政治実権は次第に武照に移りつつあった。中華の正統王朝において、皇后が政治を掌握するなど考えられぬ事態である。しかし、武照は並外れた政治的才幹と人心掌握術を駆使し、執政において欠かせぬ存在となりつつあった。
高宗は、すでにこの状態を内心半ば受け入れていた。愛情と畏怖が入り混じる感情を抱きつつ、彼は玉座に座す。




