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過労死して転生したので絶対に働かないと決めたのに、何をしても才能がバレる件

掲載日:2026/03/05

今世こそは絶対に働かない、と転生した瞬間に決めた。


 農村の赤ん坊として目覚めた日の朝に。前世で死ぬほど働いた記憶を携えたまま、土の香りがする揺り籠の中で。


 転生したと理解するのに一分かかった。体が小さい、声が出ない、でも思考だけは前世のまま。窓の外に石造りの家と畑と、遠くの山が見える。現代日本ではない。魔力があれば異世界だ。


 確認した。魔力があった。


 確認した。家族が農民だった。


 確認した。このまま普通に農民として生きれば、税を払って畑を耕して、それだけで一生が終わる。


 最高だ。


 前世で私が望んでいたのは、まさにそういう生活だった。早起きして畑を耕し、日が暮れたら家に帰り、飯を食って寝る。残業も報告書も上司のご機嫌伺いも一切ない。


 計画は完璧だった。


---


 前世では三十四歳で過労死した。睡眠不足と長時間労働の複合が原因だと、走馬灯の断片から後に知った。会社のために身を削って、最後は自分の会社の名前を呟きながら死んだ。


 馬鹿らしい話だ。


 今世ではそんな死に方は絶対にしない。


 方針はシンプルだった。農民として自然に成長する。魔力はひた隠しにする——才能があると知られると面倒なことになる。十六歳になったら一人立ちして、小さな土地で自給自足の生活を始める。死ぬまで、のんびりする。


 完璧だ。


---


 最初の誤算は、六歳のときだった。


 父親が体を壊した。母親が一人で畑仕事をすることになった。私は見ていられなくて——ちょっとだけ手伝うことにした。


「ちょっとだけ」は本気だった。


 土を少し耕しただけだ。魔力は使っていない。前世の記憶を参考に、土の状態を見ながら効率のいい順序で耕しただけだ。


 翌月、作物が三倍になった。


「アランが耕した区画だけ、なぜか育ちがいい」


 母親が不思議そうに言っていた。


 私は「さあ」と曖昧に笑った。


---


 八歳のとき、村で魔法測定の行事があった。


 旅の魔法師が年に一度、子どもたちの魔力を確認しに来る慣例だ。


 私は魔力を隠すつもりだった。


 魔法師が測定用の石を取り出した。触ると反応する石で、魔力が強いほど強く光る。


 私が触ると、石が壊れた。粉になった。


「……こんなことは、初めてだ」


 魔法師が言った。村人たちが私を見た。


「すみません」とだけ言った。


---


 十歳のとき、村の農家の牛が一頭、食欲をなくした。


 獣医もいない村で、農家の主人が困っていた。夏の農繁期に牛が使えなくなるのは痛手だ。


 私は関係ない、と思っていた。


 牛小屋の前を通りかかったとき、牛と目が合った。


 ……三十分後、私は牛を診ていた。


 胃の調子が悪いだけだった。前世の知識で原因を特定し、適切な草を配合した飼料を作った。魔力を少しだけ使って、回復を助けた。


 翌日から、牛は普通に食べるようになった。


「アランが何かしたんじゃないか」と農家の主人が言った。


「たまたまです」と答えた。


 農家の主人は首をかしげたまま、礼を言った。


 私は礼を受け取りながら、このくらいなら誰も変に思わないだろうと思っていた。


 甘かった。


---


 十歳のとき、魔法師が戻ってきた。


「今度は前回より頑丈なものを用意した」と言った。


 私が触ると、やはり壊れた。今度は爆発した。


---


 十二歳のとき、私は村の魔法担当に任命されていた。


 拒否した。


「報酬は出す」


「いりません」


「村のためだ」


「私はのんびりしたいんです」


「のんびりしながらでいい」


 最終的に折れた。月に一回だけ、と条件をつけて。


 実際にやってみると、月に四回になっていた。気づいたら週に三回になっていた。


 仕事の中身は、作物への水やり(大量)、病人の回復補助(前世の知識が役立ちすぎた)、建物の修繕補助、野生の魔物の撃退(月に一回くらい出る)、隣村からの依頼対応——それと、あの牛の件が広まって獣医の代役まで回ってきた。


 思ったより多かった。


---


 十三歳のとき、王立魔法師が一人、村に来た。


 職業は「魔法事故調査官」。八歳の測定石爆発を、六年越しで調べているらしい。


「強化版の測定石を用意してきた。三十倍の耐久度だ」


「やめておいたほうがいい」


「何故ですか」


「また壊れると思います」


 男は笑った。


 三十倍強化版の石は、爆発した。煙が出た。


「……これは論文になる」


「のんびりしたいんですが」


「王都に来てください」


「のんびりしたいんです」


 男は三日間滞在し、大量のメモを持って帰った。半年後、「魔力測定限界超過事例研究」という論文が学者の間で話題になったと聞いた。私の名前は出ていなかったが、「農村の若者」と書かれていた。


 これ以上有名になってどうするんだ、と思った。


---


 十五歳のとき、村が豊作を迎えた。


 私の水管理と土壌改良と害虫対策が、五年かけて功を奏した結果だった。


 村長が涙を流して喜んでいた。村人たちも喜んでいた。


 私は喜びながら、心の中で思っていた。


 ——そろそろここを出て、別の土地に移ろう。


 知られすぎた。このまま村にいると、きっとどんどん仕事が増える。そうなる前に移動して、今度こそのんびりできる土地を見つけるべきだ。


 移動先を検討し始めたそのとき。


「アラン! 役人が来た!」


 村の入口から、子どもが走ってきた。


---


 役人は二人だった。王国の紋章をつけた、真面目そうな男たちだった。


「この村で、特異な農業技術と魔法運用を実践している人物がいると聞いた」


 村長が私を指さした。


 役人が私を見た。


 私は笑顔で「ただの農村の若者です」と言った。


「この三年間の収穫記録を見せてもらった。近隣の村の平均の四倍だ」


「土が良かったんです」


「病人の治療記録も確認した。複合的な回復魔法を同時行使している。通常の魔法師が習得に五年かかる技術だ」


「見よう見まねです」


「土壌改良の手法が、王立農業学院の最新研究と一致している。あなたはその研究を読んだことがあるか」


「……ありません」


「では、独自に同じ結論に達したということか」


 役人の目が、真剣になっていた。


 私は答えなかった。


 ——まずい。


「あなたの能力について、詳しく話を聞かせてもらえないか。王都まで来ていただければ——」


「のんびりしたいんです」


「は?」


「今世は、のんびり生きると決めているんです」


 役人が顔を見合わせた。


「……国のためになる能力をお持ちの方に、そういうわけにも——」


「のんびりしたいんです」


 沈黙が落ちた。


 役人のうちの一人が、懐から書類を取り出した。


「では、検討していただきたい。これは——」


 書類には「農業省特別顧問(週一回・非常勤)」と書いてあった。


 私は書類を見た。週一回なら、のんびりできる。できる、はずだ。


「……週一回だけですか」


「交渉の余地はあります」


「週一回で、仕事内容は」


 役人が嬉しそうな顔をした。


 ——またやってしまった、と思ったときは遅かった。


---


 翌月、王都から調査団が来た。


 農業省から三人、魔法省から二人、あと謎の肩書きの人が一人。


 私は畑を耕しながら、遠くから彼らを見ていた。


 絶対に、のんびりするつもりだった。


 どこで間違えたのか、まだよく分からない。


「アランさん、少しよろしいですか」


 調査団の代表が話しかけてきた。


「……のんびりしたいんですが」


「ええ、もちろんです。お時間は取らせません」


 彼らは実際には三時間いた。


 その間に私の農業技術と魔法と治癒能力と土壌分析能力と魔物対策プランが全部記録された。


 帰り際、代表が言った。


「実は、農業大臣がぜひお会いしたいと」


「のんびりしたいんです」


「ええ、大臣も穏やかなお人柄で——」


 私は空を見上げた。


 雲が、のんびり流れていた。


 うらやましかった。


 その夜、村長が嬉しそうに言った。


「アラン。なんでも来月、国から人が来るらしいぞ。大臣が直接訪問するんだと」


 私は飯を食べながら、一切表情を動かさなかった。


「どうして農業をしているだけで、大臣が来るんですか」


 内心では叫んでいた。


---


 それから三年が経った今、私の立場はこうなっていた。


 農業省特別顧問(週三回に増えていた)。魔法省登録術師(非公式)。王立農業学院外部講師(月一回・なぜか)。近隣七ヵ村の魔物対策顧問(気づいたら頼まれていた)。獣医の代役(あの牛の件が広まった)。


 のんびりしたかった。


 今でもそう思っている。


 今日も朝から畑を耕して、水を調整して、病人を少し診て、道を歩いていたら魔物に遭遇して撃退して、帰りに村長から「また王都から使者が来たぞ」と言われた。


 私は村はずれの木の下に座り、空を見上げた。


 雲が、流れていた。


 のんびりしていた。


 羨ましかった。


「アランさん、お客さんですよ」


 使用人が呼びに来た。


 私はため息をついて、立ち上がった。


 絶対に、のんびりするつもりだったのに。

投稿日:2026年3月5日

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