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異世界の歩き方~生き残るための選択肢~  作者: にんじんしりしり
序幕:勇者召喚RTAin異世界 Any%
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第八話 勇者になった日


 side:Minato

 

 いつも通りの学校の帰り道だった。突如として足元が光る。アニメで見た魔法陣みたいなやつだ。思わず立ち止まった。


「な、なにこれ……?」


 近くにいたクラスメイトのあかねさんも同じように足を止め、目を丸くしている。


 その瞬間、空間が歪み、視界がぐるぐると回った。気づくと、急降下するような感覚――着地した先は、見たこともない様式の、広間のような場所だった。



 

「ここは……どこだ?」


 俺が呟くと、あかねさんも同じように視線を巡らせる。周囲には見慣れない広間が広がっていた。壁や床、天井……すべてが、見たこともない作りだ。どういうことだろう。隣を見るとあかねさんと目が合った。状況が全く飲み込めない。


「ようこそ、勇者様方。ここはサルコデローニャ聖王国でございます。あなた方には我が国を救っていただきたいのです。」


 重厚感のある声がホールに響いた。声の主は、俺たちを囲む神官のような人たちの中心にいる人物だ。


 俺は一瞬、耳を疑った。勇者……? 聖王国……? 本当にそんなことがあるのか、と。これはドッキリかなんかで、俺たちを騙そうとしているのではないかと。あかねさんも少し後ろに下がり、目を見開いている。


 神官の視線が二人を捉える。威圧的だ。けれど、その説明を聞くほどに、心のどこかで、本当に従わなければ危険なのでは、という恐怖が膨らむ。完全には信じられない。でも、反抗する余裕もない――それが現実だった。


「それなら……俺はあんたらに従う」

「わ、私も!」



 

「では、勇者様方に与えられた加護を確認いたしましょう」


 光が淡く俺たちを包む。あかねさんは目を細め、少し息を飲む。


 「……な、なんだか、すごい……」


 俺も同じく、体の奥がぞわっとした。感覚としてはっきりと。けれど、理屈では理解できない。どうして俺たちが勇者扱いされるのか、少しだけ分かった気がした。


「私たち……本当に勇者なんだ……」


 あかねさんの小さな声が耳に入る。 二人とも、半信半疑で光を受け入れるしかなかった。信じたい気持ちと、信じきれない不安が入り混じる。理屈では説明できない感覚に、俺たちは自分が勇者という存在だと認めるしか無かった。


 シリルさん、という神官に案内され、用意された部屋に入る。家具はシンプルだが、清潔に保たれていた。窓の外にはテレビで見るような造りの建物が建っている。


 コンコン、とノックの音が鳴った。扉を開くとあかねさんがいた。

 

「ねぇ、ちょっといい?」

「どうしたの?」

穂高(ほたか)くんはここの人たちの言ってることを信じる?私は、少し怖い。どうして私たちをここに?本当に聖王国の言う通りなのかなって」


 俺も同じ疑問を抱えていた。深呼吸して頭を整理する。従わないわけにはいかない。神官の威圧は、疑う余地すら与えてくれなかった。


「今はまだ、従うしかない。じっくり観察するんだ。何が本当で、何が嘘かを。もしかしたらここの人たちは本当に困ってて俺たちを呼んだのかもしれない。それなら、俺はここの人たちを助けたい」


 あかねさんもうなずく。信じるわけではない。ただ、ここで生き延びるには従うしかない。




 次の日、朝からこの世界について教えてもらう授業があった。あかねさん以外にも、召喚されたラフェルって子も一緒だ。


 神殿の一室に並べられた椅子に座る。前には神官たちが立ち、何やら巻物を広げている。


「……ここ、本当に私たちの世界とは全然違う……」

 

 あかねさんが小さく呟く。俺も同じ気持ちだ。文化も言葉も違う。そういえば文字も言葉も理解できる。ラフェル君も同じみたいだから、加護みたいなものじゃなくて召喚特典、みたいなものだろうか。


「勇者様方には、この世界の歴史と魔族の脅威を学んでいただきます」


 シリルさんに渡された本には、魔族の姿や過去の戦争の図が描かれていた。 ――本当に……こんなに魔族が悪なのか……?そう思った瞬間、胸の奥がひやりとした。その疑問を、口に出してはいけない。俺もあかねさんも顔を曇らせる。心のどこかで疑問を感じるが、声に出すことはできない。



 

「……戦争のために、私たちを呼んだんだね」

 

 授業の合間、神殿の中庭で休憩する。 あかねさんが不安そうに呟いた。俺も、口に出しはしなかったけど、同じことを考えていた


 廊下を静かに歩く人影、――ラフェル君が遠くからこちらをちらりと見た。目立たず控えめな彼の様子に、少しだけ安心する。でも、心のどこかで疑念も残る。何か分かっているのではないか……いや、考えすぎだろう。雑念をすぐに振り払った。


 授業の後半、シリルさんの指示で、魔法や戦い方に関する実習が始まる。俺もあかねさんも、与えられた指示を必死にこなす。俺たちは勇者だけど、最初から魔法が使えるわけじゃないようだった。

 

「勇者だからって、すぐに戦えるわけじゃないんだ……」


 ラフェル君は、淡々と動く。手際が良く、観察者の神官たちも微かに目を細める。

 

「……ラフェルくんって、すごく落ち着いてるね」

「うん……でも、まだ魔法は使えないみたい。俺たちとは違う理由で選ばれたのかもしれない」


 あかねさんが小声で呟く。俺も思わず考えてしまった。ラフェル君の動きから目が離せない。少しだけの信頼感と、少しだけの警戒心が混ざる。


 ラフェル君がこちらを見た。俺たちは観察されているようで、少し緊張する。この世界のルールや秩序を学ぶこと、周りを知ること――彼の様子を見て、それがまず第一の課題なのだと悟った。


 夕食の時間、食堂に並ぶテーブルに座る。隣にはあかねさん。向かいには、遠慮がちに座るラフェル君がいた。


「……ここの料理、ちょっと不思議だね」

「そうだな。俺たちの世界の味とは全然違う」


 あかねさんがスプーンを握りながら呟く。返事をしながら、ラフェル君の方をちらりと見る。彼は静かにサラダを口に運び、何も言わない。


 その控えめな様子に、少しだけ安心する。魔法を使えそうな雰囲気もない。でも、何かを知っているのでは――という疑念も消えない。




 夜、部屋に戻る。窓の外には静かな街の明かり。


「今日の授業……なんか怖かった」

「俺もだ。でも、観察するしかない。シリルさんの言うことも正しいかもしれないし、そうでないかもしれない」


 あかねさんが窓際に座り込み、膝を抱える。ラフェル君のことも頭をよぎる。彼は冷静で、俺たちとは違う余裕を持っている。


「……ラフェル君、何か知ってそうだよね」

 

 あかねさんが視線を窓の外に向けながら言った。


「そうかもしれない。でも、今はまだわからない。焦って手を出すと、こっちが危険になる」


 俺は静かに答える。信頼というよりは、観察者としての距離感。俺たちは、彼の行動をただ見ているしかできない。




 その日の朝は珍しくラフェル君がいなかった。いつもは俺たちより早く朝食の席に着いているはずなのに。


「ラフェル君がいない……寝坊かな?」


 あかねさんの声は、軽い。けれど、その言葉に引っかかりを覚えた。確かに、ラフェル君はいつも早かった。朝食の時間より前には、もう席に座っていることが多い。


「……呼びに行くか」


 俺が立ち上がるより先に、食堂の扉が開いた。入ってきたのは、シリルさんだった。いつもより表情が硬い。周囲の神官たちも、どこか落ち着かない。食堂が静まり返る。


「お二方に、お伝えしなければならないことがあります」


 嫌な予感が、背中を這い上がった。


「ラフェル・リュノイア様が……本日未明、お亡くなりになりました」


 一瞬、意味が理解できなかった。


「……え?」


 あかねさんの声が、震える。


「ど、どういう……ことですか?」


 シリルさんは、わずかに視線を伏せてから、続けた。


「自室にて……自ら命を絶たれました」

「……っ」


 頭が、真っ白になった。


 昨日の夜。同じ食卓で、同じ料理を食べて。静かに、何も言わずに座っていた、あのラフェル君が?


「魔力への適応が、彼には大きな負担だったのでしょう。勇者としての責任、異世界への不安……若い方には、重すぎたのです」


 淡々と語られる言葉。まるで、そう結論づけることが最初から決まっていたみたいだった。


「……そんな……」


 あかねさんが、口元を押さえる。俺は、何も言えなかった。確かに、ラフェル君は落ち着いていた。落ち着きすぎているくらいだった。でも――死を選ぶようには、見えなかった。


「ご遺体は、既に神殿にて弔い(とむらい)の準備を進めております。お二方には、後ほど祈りの場を設けましょう」


 そう言って、シリルさんは一礼した。これで、この話はおしまい。これ以上聞くな、という空気だった。食堂に、重苦しい沈黙が落ちる。


「……穂高くん、ラフェルくんは……本当に、自殺だったのかな……」


 あかねさんが、小さく俺の袖を掴んだ。その問いに、俺はすぐ答えられなかった。わからない。俺たちは、彼のことをほとんど知らない。


 でも――最初の加護確認の時。彼だけ、何も起きなかった。あの時、シリルさんたちは――どういう顔をしていただろうか。


「……今は、そう聞かされてる。それ以上は、考えない方がいい」


 自分に言い聞かせるように、そう答えた。考えたところで、どうにもならない。ここでは、俺たちはただの“勇者”だ。


 それでも、胸の奥に残る違和感は消えなかった。静かで、落ち着いていて、何かを察しているようだった、あの少年が、誰にも何も告げず、一人で死を選ぶなんて。


 その日の朝食は、ほとんど味がしなかった。

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