第七話 強制イベント:他プレイヤー参戦
「全員、配置は確認したか」
部下たちの視線を確認しながら、僕は戦闘方針を整理する。結界によって魔法は使えない。物理戦と異能のみで突破するしかない。静かに戦場への道を歩く。夜の首都は依然として眠ったままだが、今宵は嵐の前の静けさだった。
路地に立つ。空気が重く、魔力の反応はゼロ。
「魔力が封じられている。魔術は使えない、物理戦に切り替えろ。動きは物理戦と異能だけだ。怪我人のフォローも忘れるなよ。チッ……甘い匂いだ。嫌な予感がする」
「甘い匂いですか……?」
「いや、こっちの話だ、気にするな」
短く息をつき、部下とセシルの視線をひとつずつ確認する。互いの位置、距離、角度、そして人質の位置も頭に叩き込む。動きは予測通りに。揺らぐ余地はない。戦場に集中する。目の前の影はすでに待ち構えていた。結界の中では、斬撃と異能だけが武器だ。合図を出すとともに、僕は両手の剣を握り締め、戦闘位置に進む。
「行くぞ、突撃だ」
セシルは微かに頷き、槍を構える。部下たちは静かに呼吸を整えた。僕は剣を握り直し、血液を刃に変える。剣を振るい、夜の路地に潜む影に斬りかかる。セシルの薙刀が地面を切り裂き、敵の足元を崩す。戦場は音もなく、静かな殺意に満ちていた。
路地の奥、結界の輪郭が視界にわずかに歪む。魔力は完全に封じられ、身体感覚だけが頼りだ。
盾として使われる人質が現れた。敵は人質二名を囲むように立ち、動きを制限している。瞬間、全身の血が沸騰した。
「どいて!」
いくら剣を振るおうが、敵は一歩も引かない。セシルは薙刀で周囲を切り裂き、僕が斬り込む隙を作る。剣と薙刀、斬撃と斬撃が連携し、敵の間合いを徐々に削る。
それでも、人質が盾にされている以上、躊躇せざるを得ない。戦術の冷徹さと感情が交錯する。
side:Raphael
「うぐっ……」
傷はかけらたりとも治っていないのに強制的に起き上がらされる。朦朧としていた意識が鮮明になる頃には既に盾として前に出されたあとだった。――何の役にも立たない。ただ捕まっているだけならいいのに、足手まといになるなんて。
「大丈夫、絶対に大丈夫だから」
鎖に縛られ、思うように動けない身体。握りしめる手が痛みで震える。周囲の敵がウタシロを盾に取った瞬間、心臓が跳ね上がった。
「やめろ……っ!」
無力な自分に苛立ち、体が硬直する。だが、目の前でウタシロが身を翻し、僕を庇った。剣が彼に向かって突き出され、衝撃が地面を揺らす。
「ウタシロ……!」
彼の身体が衝撃に押し潰される。痛みに目が潤むが、鎖が邪魔をし、どうすることもできない。最初に感じたのは僕の服にまで流れ込んできた温度だった。次に手、そして足。ウタシロの血がべっとりと張り付いて離れない。
「ラフェル、大丈夫、君は大丈夫だ……」
彼の声だけが、辛うじて僕の意識を繋ぎ止める。目の前が暗くなり、血の匂いと痛みが意識を侵食する。守るために立った彼の瞳の色が脳裏に焼き付いて離れなかった。
side:Lune
路地に残る気配を確認しながら、僕は剣を握り直す。血液を刃に変え、短い斬撃で敵の間合いを削る。セシルが薙刀で周囲を切り裂き、刃先で突き刺すように敵を押す。斬撃と突き、二つの動きが連動し、敵は徐々に後退した。
だが、人質二名を盾に取る相手の動きは巧妙で、間合いを詰めすぎると即座に人質が危険に晒される。背筋が冷たくなる。戦術的には有利でも、感情がそれを許さない。
短い呼吸の間に、敵の視線が僕に向く。異能を操る感覚が、いつもより鈍く、重い。――慎重に、だ。行きすぎれば、取り返しがつかなくなる。
敵の一人が、わずかに体勢を変えた。人質の位置が、ほんの一歩、前に出る。――来る。
そう判断した瞬間には、すでに遅かった。敵の刃が、盾にしていた人質ごと前に突き出される。狙いは明確だった。人質を守ろうとする側の動きを縛り、隙を作るための一撃。
「――っ!」
声を上げるより早く、ひとつの影が動いた。鎖に繋がれていたはずのウタシロが、身体を捻り、半歩前に出る。無理な動きだった。歌えず、魔術も使えない状態で、あれは――防御ですらない。
剣が、彼の身体を貫いた。鈍い音が路地に響き、血が弾ける。一瞬、時間が止まったように感じた。
庇ったのだ、と理解するまでに、わずかな遅れが生じた。判断が遅れたことを、即座に自覚する。致命的な遅れだ。
「セシル、今だ、押し込んで!」
声が低く、鋭くなる。感情を挟む余地はない。今は、制圧が最優先だ。
セシルの薙刀が大きく弧を描き、敵の足元を薙ぎ払う。僕は踏み込み、血の刃で敵の腕を切り落とした。盾を失った敵が体勢を崩し、その隙を逃さず部下たちが拘束に入る。
戦闘は、数呼吸で終わった。だが、視線は自然と一点に引き寄せられる。地面に崩れ落ちたウタシロと、その背後に庇われる形になったラフェル。結界の中、歌も魔術も使えないこの状況で――彼は、身ひとつで庇った。
理解した瞬間、胸の奥が静かに沈む。遅れた判断、読めたはずの行動、止められたはずの一撃。――間に合わなかった。それだけが、事実だった。
side:Raphael
目の前で倒れたウタシロの姿に、言葉も呼吸も止まる。鎖の重さと痛みが、身体を引き裂くように襲う。血の匂い、鉄の熱、そして――胸の奥で甘く、確かに漂うウタシロの気配。
意識が途切れそうになる。戦場の音も、敵も味方の動きも、遠く霞んでいく。必死に自分を繋ぎ止めようとするけれど、身体は思うように動かない。
最後に浮かんだのは、庇ってくれたウタシロの瞳と、あの瞬間の決意だった。暗闇がゆっくりと全身を覆い、すべての感覚が溶けていく。
薄明かりが差し込む部屋。瞼を開けると、見慣れない部屋の内装がぼんやりと目に入った。体に包帯が巻かれている。痛みはあるけれど、確かに生きている。
ベッドサイドには静かに座る一人の人物。――リューヌ。黒髪が静かに肩へ落ち、その奥で深紅の瞳がこちらを見ていた。夜の底のように深い色なのに、どこか血のように鮮やかで、視線を逸らせない。名前だけは分かる。槍を持っていた人と話していたことを覚えてる。
医師のような人が僕の傷を診る。
「……このようだともう右手で剣は使えないでしょう。日常生活に支障はありませんが、戦闘にはもう……」
言葉は淡々としているが、胸の奥が重く沈む。両利きではあるけれど、剣は右手で使っていた。――もう、右手で剣を握ることはできない。視線を上げると、リューヌが静かに口を開いた。
「まず、事件の概要を話そう」
事件のことは断片的にしか覚えていない。ウタシロが庇ってくれたこと、血の熱さ、痛み……それだけだ。
「夜の首都で、君とウタシロが敵に捕らえられた。結界によって魔法も魔術も封じられ、ほとんど無力な状態だった」
「無力……」
思わず小さく呟いた。
「そうだ。君は鎖に繋がれ、ほとんど動けなかった。だが、ウタシロが君を庇い、敵の攻撃を受けて命を落とした」
胸の奥が凍る。理解するのに時間はかからなかった。あの瞬間、僕を守ってくれたのは――ウタシロだったのだ。
「救出部隊は結界を突破し、敵を制圧した。君とウタシロを人質にした相手は倒された。戦闘は短時間で終わったが、代償は大きかった。そして君は、3日間眠っていた。……ラフェル、君の傷は深い。だけど今は、命があるだけ十分だと、言わせてもらう。――僕はリューヌ、吸血鬼の帝国貴族で外交官。今は、君の保護者としてここにいる」
僕は息を呑んだ。帝国貴族が関わっていた。今回の襲撃は十中八九聖王国側によるものだろうが、帝国側も僕の正体を知っていたのだ。
「……これから君は、ここでしばらく生活することになる。帝国には学園があるが、この屋敷から通えることができる。君と同じように逃亡してきた勇者たちもいる。君の待遇を保証すると誓う。今ここで契約を交わしてもいい。……理解、してほしい」
沈黙が流れる。耳の奥でいまだ戦闘の余韻が残っている気がする。目の前の彼は、感情を表には出そうとはしなかった。
まだ状況を飲み込めない。事件は収束し、敵は完全に封じられた。ウタシロは――僕を庇って命を落とした。胸の奥の痛みが、ゆっくりと、しかし確実に押し寄せる。
包帯に覆われた右手を握りしめる。剣はもう握れないけれど、弓や他の方法で戦うことはできる。生活には支障はない。それでも、生きていく形は変わった。
リューヌはさらに柔らかい口調で続ける。
「まずは体を癒して欲しい。屋敷には必要なものが揃っている。何をするにも、話はそれからだ」
小さく頷く。まだ心の整理はつかない。それでも、ここで生き延びられたこと、そして自分を導いてくれる存在がいることを実感する。
数日後、ウタシロの葬儀が静かに行われた。墓前で、両手を握りしめながら、僕は胸の中で彼に祈りを捧げた。
序章、終わりです。次話からは少し番外編になります。
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