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第十九話 イベント終了:ダンスパーティー


 side:Stella

 

 音楽は柔らかく波打ち、灯りは金色に揺れていた。


 私は中央に立ち、軽く旋回する。視線が自然と集まる感覚がある。ざわめきの角が削がれ、衝突は起きない。笑い声は大きすぎず、小さすぎず、均一に広がっていく。胸元のブローチが、ほのかに熱を持っていた。――整っている。そう感じた。


 誰かが強く主張することも、誰かが孤立することもない。視線は穏やかに流れ、会話は滑らかに続く。空気は澄み、均されている。いま、私はこの場に必要とされている。その確信が胸の奥に静かに根を張る。


 アルベルンが優しく話しかける。少し照れたような顔。周囲の令嬢たちは穏やかに談笑している。ローゼルディア様は少し離れた位置でアレクシス様と踊っていた。相変わらず表情は淡い。けれど、その立ち位置は自然で、無理がない。


 冷たい人だと思っていた。誰とも混じらず、誰にも寄らない人だと。けれど今は、その距離感すらもこの場に溶けている。均しているのは、私だ。そのはずだった。――違和感。ほんのわずかに、空気の層がずれる。音楽が半拍遅れる。弦の響きが、細く掠れる。視線が中央に集まる。


 気づいた瞬間、柱の影が揺れた。魔力の刃が、青白く閃く。すぐに悲鳴は上がらなかった。それが、何よりも異様に感じた。狙いは青葉さんたち。談笑の輪へ、さっきが走った。

 

「下がれ!」


 アルベルンの声。いつもより大きい、焦ったような声。視界の隅でローゼルディア様の赤いドレスが翻る。危ない、と思った。ローゼルディア様は私と違って芯からのご令嬢で、戦う(すべ)なんて知らないだろう。


 考えるより先に、体が動いた。好きだとか、嫌いだとかは関係ない。ただ、誰かが傷つく姿を見たくないと思っただけ。目の前で魔術を使おうとするローゼルディア様の腕を掴む。そのまま背に腕を回し、強く抱き寄せ地に落ちる。今度は私が庇う番だった。


「怖いの? 大丈夫よ。私が守るから」


 ローゼルディア様がやさしくそう言った。どうやら私が怖くて抱きついたと思ったらしい。怖くなんてない。自分の身を守る術を私は知っているから。


 ローゼルディア様の腕が震えている。本当はローゼルディア様の方が怖がっている。それなのに、私を守ろうとしている。――私は、どうしてこの人を嫌っていたのだろう。どうして、怖いと感じていたのだろう。こんなに、優しい人なのに。


 私は知っていた。私の加護のせいでローゼルディア様が孤立していたことを。なんてことをしていたのだろう。今更ながら強く後悔した。


 魔術理論の先生が言っていた。


 「あなたのような存在が中央にいれば、場は荒れません」


 違う。感情の波を丸め、尖りを削り、注意を一点に集める。それは調和に見える。けれど同時に、警鐘も弱める。――利用された。そう理解する。けれど同時に、別の事実も浮かぶ。私は、それを望んだ。中央に立つことを。必要とされることを。だから疑わなかった。


 背後でローゼルディアが静かに身を起こす。アルベルンを確認し、青葉さんたちへ視線を走らせる。怒りも責めもない。少しの恐怖を滲ませ、ただ状況を見ている目。冷たい人だと思っていた。違う。あの人は、自分の意志で前に出る人だ。私は、加護に背中を押されて前に出た。



 

 私が呆けている間に喧騒は鎮まり、戦闘も終わっていたらしい。アルベルンが駆け寄る。遅れてアレクシス様もやってきた。でも、どんな言葉をかけられても、今の私にはどこか遠くの出来事のように感じた。




 side:Raphael


 空気が、戻っていく。ほんの数分前まで張り詰めていた魔力の波が、ゆっくりと沈静化していた。悲鳴は上がらなかった。衝突音も、爆ぜるような魔術の炸裂もない。ただ、過剰なまでに整えられた会場の均衡が、一度ひび割れ、そして強引に縫い合わされたような静寂。


 中央ではアルベルンが青葉たちを背に立ち、剣を下ろしている。刃に血はない。紫水は片目で周囲を測り、茉莉は菜乃花の手を握ったままだ。菜乃花は蒼白だが、怪我はない。侵入者は――いない。


 柱の影、バルコニー、天幕の上。すべて確認したが、気配はすでに遠い。撤退が早すぎる。目的は殺害ではない。攪乱と確認。あるいは――反応を見るため。耳元の深紅が、ようやく冷えた。


「……逃げた」


 小さく呟くと、背後で低い声が返る。


「いや、逃がした」


 振り向くと、黒の礼装が夜に溶けるように立っていた。リューヌの瞳は、すでに会場の外を見ている。


「追う」


 短い一言。止める理由はない。セシルがすでに動線を確保している。


「ラフェル様は会場を」

「うん」


 役割は明確だった。壇上では学園長が事態の鎮静を呼びかけている。来賓席はざわめいているが、混乱は広がらない。ステラの加護の余波だろうか、それとも単なる偶然か。


 視線を巡らせる。ローゼルディアが立ち上がり、アルベルンに何かを告げている。強い人だ。怯えながらも前に出る。その姿を、ステラが遠くから見ている。自分の手が引き起こした波紋を、ようやく理解し始めた顔だった。僕は息を吐き、青葉たちへ歩み寄る。


「怪我は?」

「ねぇよ。……でも、今のは」


 青葉が珍しく真顔だった。


「聖王国、だよな」


 紫水が低く言う。茉莉が静かに付け加える。


「狙いは私たち、だったわよね」

「目的は撹乱、もしくは確認だろうね」


 嘘だ。本当は暗殺だろう。帝国の戦力となり、聖王国の情報を持つものを排除しようとした。でも、それを言うのを躊躇った(ためらった)


 視線が自然とステラへ向く。彼女は立ち尽くしたまま、自分の両手を見ている。加護の余韻がまだ薄く場に残っていた。感情の尖りを丸める力。調和に見せかけて、警鐘を鈍らせる力。


 利用されたのだろう。だが、同時に彼女自身も望んでいたはずだ。中央に立つことを。必要とされることを。僕はそれを責めるつもりはなかった。


「リューヌが追ってる」


 青葉が頷く。


「なら捕まるな」

「うん、リューヌなら逃がさない」


 短い言葉の中に、信頼が篭もる。会場外の気配がわずかに揺れ、そして収束した。魔力の圧が一瞬だけ強まる。――終わった。



 

 ほどなくして、黒の礼装を翻しながらリューヌが戻ってきた。その手には、拘束された二人の侵入者。口を封じられ、魔力も縛られている。


「三人いた。一人は自害した」


 淡々と告げられる事実。聖王国のやり口だ。


「残りは確保した。生きている」


 目が合う。ほんの一瞬だけ、彼の視線が柔らぐ。壇上では、学園長が静かに宣言した。


「本日のダンスパーティーは、ここで中止とする」


 ざわめきは起きたが、混乱はなかった。整いすぎた空気が、逆に現実味を奪っている。誰も大声を出さない。誰も泣き叫ばない。それが、余計に異様だった。




 数日後、尋問の結果は予想通りだった。聖王国。


 捕らえられた二人は、最後まで多くを語らなかったが、所持していた符号付きの通信具と紋章、そして自害した一人の体内から検出された拘束呪式の系統が決定打となった。間違いなく、聖王国の正規の工作員。


「狙いは四人の逃亡勇者――青葉たちの排除、もしくは戦力確認」


 会議室の空気は重い。学園長の声は冷静だったが、その奥に怒りが滲んでいる。そしてもうひとつ。


「内部協力者も特定された」


 その言葉に、僕は静かに目を伏せた。魔術理論の教師。ステラに「中央に立て」と繰り返し助言し、加護の応用範囲を拡張する理論を与えていた人物。彼は尋問にかけられ、聖王国から資金提供を受けていたことを認めた。


 目的は明白だ。ステラの加護を利用し、警戒を鈍らせる場を作ること。完璧に整えられた空間は、異物の侵入に気づきにくい。――あの夜の静けさは、偶然ではなかった。


 教師は拘束され、王都へ送致された。学園側の監督責任も問われるだろう。けれど、最も静かに衝撃を受けていたのは、ステラ本人だった。


 彼女は取り調べには立ち会わなかった。ただ結果だけを伝えられ、深く一度だけ頷いた。泣かなかった。言い訳もしなかった。ただ、「そうですか」とだけ。それが、彼女の変化だった。


 以前の彼女なら、自分を正当化したかもしれない。中央に立つことの必要性を語ったかもしれない。けれど今は違う。


 あの夜、ローゼルディアに抱きしめられた瞬間から、何かが変わっていた。加護ではなく、自分の意志で動いたという事実。それは、静かだが確かな軸になる。そして――。


「本件を受け、学園は冬季休暇を前倒しとする」


 決定は早かった。外部からの襲撃があった以上、安全確保は最優先。寮生は帰省、あるいは各後援者の保護下へ移動することとなった。


 教師陣にざわめきが広がる。例年より早い休暇。華やかな行事の余韻もないまま、強制的に閉じられる学期。僕は窓の外を見た。冷たい風が、中庭の木々を揺らしている。

これで一章はおしまいです。

このあとは少し番外編が続きます。

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