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第十七話 あの日、俺たちは勇者だった


 ダンスパーティーは中止となった。華やかな音楽は止み、生徒も来賓たちも整然と退場していく。混乱は最小限に抑えられていた。さすが帝国、としか言いようがない。その中で、俺は一人、医務室へと運ばれた。


「魔力の過剰放出ですね。命に別状はありません。安静にしていれば直に(じきに)回復するでしょう」


 淡々と告げられ、ベッドへ横になる。静かだ。天井の白を見つめていると、別の白が浮かび上がる。――聖王国の神殿。


 


 眩い魔法陣の中心に、四人は固まって立っていた。青葉と菜乃花(なのか)は、自然と隣同士。それは偶然ではない。あの二人は幼なじみだ。家も近く、保育園も、小学校も一緒だったと聞いている。喧嘩もするが、結局最後は並んで帰る関係。青葉が前に出れば、菜乃花は半歩後ろから支える。そういう距離感が、当たり前に出来上がっていた。


 俺と茉莉(まつり)は同級生だ。クラスメイト。席が前後になったことがきっかけで話すようになった。成績は俺の方が上。茉莉はどちらかと言えば平均的。放課後に図書室で課題をやる仲だった。大学も、学部は違えどそれなりに仲良くやった。


 恋人でも、幼なじみでもない。だが、妙に呼吸が合う。だからこそ、あの瞬間も――


「ようこそ、勇者様方。ここはサルコデローニャ聖王国でございます。あなた方には我が国を救っていただきたいのです」


 拍手と歓声。高い天井に反響する祈りの声。救う? 誰を。何から。具体的な状況説明もないまま、期待だけが押し付けられる。


「では、早速ですがお名前を伺ってもよろしいでしょうか? 」


 茉莉が、ごく小さく囁いた。


「こういうとき、本名は名乗らない方がいいわ」


 冷静だった。俺は一瞬だけ横目で彼女を見る。青葉と菜乃花も、わずかに視線を交わした。四人で、同時に理解する。ここは安全とは限らない。俺たちはそれぞれ、名を告げた。


白茅(ちがや)、青葉です」

織坂(おりさか)菜乃花です」

「藤沢茉莉」

紫水晶(しみずあきら)だ」


 名乗った瞬間、神官の目が細められる。記録係が素早く筆を走らせた。


 ――もちろん、偽名だ。青葉と菜乃花の本名を、結局俺は知らない。俺の本名は清水明、茉莉は藤沢茉莉花(まりか)


 だがその名を、この場で差し出す気にはなれなかった。理由は茉莉が言ったからでもあるがそれ以上に、胸の奥が警鐘を鳴らしていた。ここは祈りの場であって、同時に交渉の場でもある。ならば、切り札は伏せるべきだと、俺たちは感じていた。


 神官は一瞬だけ沈黙した。


 偽名を疑ったのか、それともただ確認のためか。だがすぐに穏やかな微笑を浮かべる。


「承知いたしました、勇者様方。それでは――加護の確認を」


 空気が張り詰める。


 神官の持つ水晶が光を帯びる。神官たちが詠唱を重ねる。水晶に刻まれた紋様が光を強め、俺たちへと絡みつくように広がっていく。


 温かい、ような。重い、ような。ぞわそわとした、身体の奥を探られている感覚。


「加護は勇者の証。神の選別の結果でございます」


 選別。その言葉が妙に引っかかった。光が、ゆっくりと立ち上る。まずは菜乃花。柔らかな光が彼女を包む。神官の一人が息を呑む。次に茉莉。細く鋭い光が瞬いた。俺の番。周囲が、わずかに光る。


 そして、最後に青葉。爆ぜるような閃光が神殿を満たした。白を通り越し、金に近い光。天井近くまで立ち昇り、壁の聖印を照らし出す。ざわめきが歓声へ変わる。


「素晴らしい! 」

「これほどの加護とは……! 」


 期待が、一斉に集まる。青葉は目を見開き、困惑していた。だがその隣で、菜乃花がほっとしたように息を吐く。俺は、眩しさに目を細めながら思った。ああ、前に立つのはこいつなんだな、と。そして俺は、たぶん――後ろだ。神官が高らかに宣言する。


「勇者様方の加護、確かに確認いたしました! 」


 

 

 通された部屋は広く、静かで、妙に整っていた。用意されたような部屋だった。当たり前か、と思う。実際、用意されたのだ。扉が閉まる音がやけに重く響いた。俺たちは青葉の部屋に集まる。


「……ほんとに、異世界なんだよね」

「召喚とか言ってたしな。夢じゃなかったらしい」


 菜乃花がぽつりと呟いた。青葉はベッドに倒れ込む。夢だったらどれだけ楽だったか。俺は椅子に腰を下ろし、天井を見上げた。知らない装飾。知らない文字。知らない空気。――帰れない、と言われた。あまりにもあっさりと。


「ねえ」


 菜乃花が声を落とす。


「加護って、何なんだろ」


 今日、何度も聞いた言葉だ。神官が詠唱し、光が広がった。一人ずつ、前に立たされた。青葉の番になったときだけ、空気が変わった。光が強くなったのは確かだ。それだけでなく、周囲の視線が一斉に集まった。


「すごかったよね、青葉」


 菜乃花が言う。


「なんか……まぶしくて」

「自覚ねーけどな」


 青葉は苦笑した。


「でもあれだろ? 強いってことなんだろ? 」


 茉莉が静かに口を開く。


「少なくとも、彼らはそう判断したみたい」

「彼らって? 」

「神官たちよ。あの一瞬、明らかに空気が変わったわ」


 俺も、それは感じていた。青葉のとき、ざわめきが起きた。書記官らしき男が慌てて何かを書き留めていた。対して――自分のとき。光は出た。出た、はずだ。だが、歓声はなかった。沈黙が一拍あった。すぐに笑顔に戻ったが。


「……俺のとき、ちょっと静かだったよな」


 思わず漏れた。青葉が首を傾げる。


「そうか? 」

「気のせいかも」


 俺は肩をすくめた。本当に気のせいかもしれない。だが、あの一瞬。“期待が外れた”ような顔を、誰かがした気がした。


「個人差って言ってたよ」


 菜乃花が言う。


「これから分かるって」

「うん」


 茉莉が頷く。


「現時点では判断はできない。情報不足よ」


 冷静だ。だがその冷静さの奥に、警戒があるのを俺は知っている。


「……帰れないってさ」


 青葉が天井を見たまま言った。


「本当なのかな」


 部屋が静まる。神官、シリルさんの言葉がよみがえる。“二度も世界を渡る余力はない”。断言ではなかった。だが、選択肢も提示されなかった。


「力を使い切ったって言ってたしな」


 青葉が続ける。


「だったらさ、俺たちがやるしかないだろ」


 迷いのない声。それは覚悟というより、自分に言い聞かせる声に近かった。菜乃花が小さく笑う。


「青葉らしい」

「四人で来たんだ。四人で何とかする」


 俺はその言葉を胸の奥で反芻する。四人で。そうだ。今は四人だ。神官の視線がどうであれ。光の強さがどうであれ。俺たちは四人で呼ばれた。


「……まあ、とりあえず明日だな。今日は寝よう。頭が追いついてない」

「賛成」

「右に同じく」


 青葉が笑う。


「大丈夫だろ。俺たち、ずっと一緒だったし」


 幼なじみの二人は迷いがない。紫水と茉莉は視線を交わす。同じクラスで、同じ教室で、同じ時間を過ごしてきた。だから分かる。茉莉も、違和感に気づいている。だが今は、言わない。確証がないから。それでも、あの沈黙だけは、胸に残った。――期待の量が、違った。


 青葉に向けられたものと。自分に向けられたものは。ほんのわずかに、重さが違った。気のせいであればいい。そう思いながら、目を閉じた。


 この時はまだ。あの違和感が、半年後の答えに繋がるとは思っていなかった。



 

 三ヶ月は、あっという間だった。訓練場の砂は乾いている。朝霧の中、号令が響く。


「青葉様、前へ」


 呼ばれたのは、やはり青葉だった。剣を握る姿は様になってきている。加護の影響か、身体能力の伸びが異常に早い。魔力操作も安定していた。教官たちの声色が違う。


「素晴らしい」

「さすがです」


 自然と、隊形は青葉を中心に組まれる。菜乃花は支援術式。茉莉は索敵と分析。俺は――補助。


「紫水、結界の維持を」

「紫水、魔力供給を止めるな」


 前線には立たない。立てないわけじゃない。ただ、“最適ではない”と判断されただけだ。清々しいくらいに合理的だ。間違っていない。青葉が前に出る。俺は後ろで支える。最初から、そういう構図だったかのように。

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