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第十四話 イベント開始:ダンスパーティー


 午後の光は、中庭を淡く染めていた。石畳に落ちる影が長く、柔らかい。僕は肩の力を抜き、周囲を見渡す。夕暮れ前の学園中庭。所々に植えられた低木が、淡い光の中で影を揺らす。中央に敷かれた緋色のカーペット、その脇に並べられた金縁の椅子が、夜の宴を静かに予告していた。


 袖口に触れる。薄紫の差し色が映えるライトグレーの礼装。柔らかな生地は光を受けて、少しだけ銀色に輝く。隣に立つフローレンスの若葉色のドレスが、風に揺れて光を反射するたびに、小さな金糸の刺繍がきらりと瞬いた。


 リューヌは少し離れた場所に立っていた。黒の礼装は夜そのものを映したかのようで、光をほとんど吸い込む。差し色の赤と瞳だけが、まるで血の色の灯火のように煌めく。銀の装飾が点在し、時折、月明かりを受けてかすかに光った。


 その隣に静かに立つセシルは、チャコールグレーの礼装に深緑を添え、まるで霧に溶け込むように落ち着いている。目立たずとも存在は確かで、動かずとも空気を締める。

 

 僕が視線を落とすと、彼は僕の袖口の薄紫を一瞬だけ見やり、何事もなかったかのように顔を背けた。その距離感の取り方が、いつもと少し違う。見守るだけで、守る意志を示しているかのようだった。


 遠く、赤い髪と赤い瞳の来賓。名前は覚えていないが確か……彼は皇室魔術師の代表だったか。その堂々とした出で立ちはひときわ目を引く存在だった。




 視界の端に、見覚えのある四人が歩み寄ってくるのを捉える。青葉たちだ。軽やかな足取りで笑顔を振りまく青葉の様子は、視界にぱっと光が差し込むようだ。


 「ラフェル! 合同授業ぶりだな!」


 菜乃花(なのか)は青葉の後ろからそっとついてきた。ふわりとした髪の流れと、柔らかな笑い声。まるで風がそよぐように軽い存在感。


 紫水(しみず)は静かに、しかし確かな威厳をもって歩いてくる。片目だけの視線が知性を帯び、動きは無駄がない。見ているだけで空気が少し引き締まる。


 茉莉(まつり)はその後方から、落ち着いた微笑みを浮かべて一歩ずつ近づく。大人びた柔らかさが、辺りの緊張を穏やかにほぐす。


「こんばんは、ラフェルくん」


 茉莉の声が静かに響く。言葉は少なくとも、視線には確かな温度があった。青葉が腕を振り、僕の前に立つ。


「今日のパーティー、思いっきり楽しもうぜ!」


 その声に、つい肩の力が抜けるそうになる。菜乃花がふわりと笑いかけ、軽い会釈をしてくる。


「皆、随分きちんとしてるね」


 僕の言葉に、茉莉はふっと微笑む。


「ラフェルくんも、似合ってるわよ」


 僕は袖口を軽く整え、視線を巡らせる。リューヌとセシルは相変わらず静かだ。青葉たちの歓談に目をやりつつも、微かな警戒は緩めない。その距離感が、僕には心地よい。


 緋色のカーペットを踏みながら、四人は自然と僕の周りに集まる。光が揺れる中庭で、短い会話と笑い声が、淡い夕暮れに溶けていく。夜の宴の始まりを告げる鐘はまだ鳴らない。けれど、確かに、今日の時間はここから動き出していた。


 青葉は相変わらず落ち着きがない。きょろきょろと周囲を見渡しながら、豪奢な装飾や来賓の顔ぶれに感嘆の声を漏らしている。


「相変わらずすげぇな……本当に全校行事なんだよな、これ」


 その無邪気な感想に、菜乃花が小さく笑う。


「青葉くん、声が大きいよぉ」


 ふわりとした注意だが、青葉は悪びれもせず肩をすくめた。その仕草があまりにも自然で、逆に僕は周囲の反応を探ってしまう。視線が集まっていないか。妙な気配はないか。紫水が静かに口を挟む。


「浮き足立つ気持ちは理解できるが、今日は“見られる側”でもある。立ち居振る舞いには気を配るべきだ」


 穏やかな声音だが、内容は鋭い。彼の視線はすでに会場全体を測っている。出入口、警備、貴族席の配置。僕と同じものを見ている。


(あきら)、怖いって」


 青葉が笑い飛ばすが、紫水はわずかに口元を緩めるだけだ。茉莉が青葉の肩を軽く叩いた。


「でも、本当に気をつけてね。今日はいつもと違う空気だもの」


 その一言で、場がわずかに静まる。菜乃花も頷く。


「なんだか、胸がざわざわするの」


 偶然だろうか、それとも――僕は四人を順に見た。無防備に見えて、実力は確かだ。だが狙う側にとっては、その油断こそが隙になる。


「青葉」

「ん?」

「今日は前に出すぎない方がいい。何かあれば、合図する」


 自分でも驚くほど低い声が出た。青葉は一瞬きょとんとしたあと、にやりと笑う。


「了解、隊長」


 軽い調子だが、目は真面目だった。紫水が僕を見る。


「何か察しているのか?」

「……念のため」


 それ以上は言わない。ここで疑念を広げる必要はない。菜乃花が小さく首を傾げる。


「ラフェルくん、今日はいつも以上に静かだね」

「そう見える?」

「うん。でも、それもかっこいいよ」


 柔らかい言葉に、場がまた緩む。この四人の空気は不思議だ。緊張を溶かし、同時に芯を失わない。だからこそ――守らなければならない。遠くで、鐘を鳴らす準備の音がした。僕は無意識に視線を巡らせる。貴族席、警備の配置。魔力の流れは、まだ表立って乱れてはいない。


 だが、波はある。静かな、見えない波が。

 


 

 歓談がひと段落した。青葉たちは僕の周囲に集まり、笑顔を向ける。軽い冗談や小さな笑い声が石畳に響く。ふわりとした空気の中、僕は衣装を軽く整える。薄紫の差し色が光を受けて、わずかに輝いた。


 視界の端で、フローレンスがこちらを見ている。緑のドレスの裾が風に揺れる。金糸の刺繍が小さく光を反射した。――完璧な身のこなし。だが、この場で気を抜くわけにはいかない。青葉たちの動き、来賓の視線、すべてに警戒を張る。


「ミスターラフェル、せっかくのダンスパーティーですの。(わたくし)たちも一曲踊るのだわ。中央に立つことで見えてくるものもあるんですの」


 小さな声が耳に届く。フローレンスの目は冷静で、誘いというより確認のようにも感じられる。僕は頷き、手を差し出した。彼女は指先で触れるだけで軽やかに受け取る。


 周囲の空気がわずかに揺れる。目立つ赤髪の来賓や、華やかな貴族たちがざわつく。その隙間を、僕は警戒の目で追う。青葉たちの無邪気さは魅力的だが、今は危険が潜んでいる。無意識に、彼らの魔力の流れや視線の変化を探った。


 緋色のカーペットに足を踏み入れる。周囲の視線が自然と僕たちへと集まる。フローレンスの若葉色のドレスが光を受けて揺れ、風に合わせて刺繍がきらりと瞬く。彼女の手を取ると、柔らかさと同時に確かな意志を感じた。軽く背筋を伸ばす。完璧な立ち居振る舞いだが、僕は少しだけ違和感を覚える――空気が歪んでいる。


 視界の端で、赤髪の来賓が会場を見渡している。距離はあるが、存在感があるせいか、自然と目に入る。青葉たち四人も、少し離れて談笑しているが、僕の警戒は緩めない。今夜、何かが起こる。魔力の流れ、空気の微妙な変化が示している。


 フローレンスが軽く体を傾ける。リズムに合わせて動くたび、衣装の裾が光を反射し、周囲の歓声が小さく響いた。僕は手のひらに伝わる彼女の感触に集中しながらも、会場全体を見渡す。視線、立ち位置、魔力の流れ。すべてを把握する。


「ミスターラフェル、息を合わせるのだわ」


 静かな声。微かな指示が、舞の精度をさらに高める。視界には観客の笑顔、来賓の期待、そして青葉たちの動き。すべてが舞台装置の一部のように見える。


 ダンスは完璧だ。完璧な絵のようだが、空気の歪みは隠せない。加護や策略、誰も自覚していない危険。僕の胸がわずかにざわつく。手を握るフローレンスは穏やかに見えるが、その背後の空気は微妙に緊張していた。

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