第三話 隠しNPC:逃亡勇者
朝の学園は静かで、いつもより空気が落ち着いている。僕は通路の後方に立ち、周囲を観察する。建物の構造、警備用の結界、学生たちの歩調まで、自然に目が動く。
中庭を横切る四人組の学生に目が止まった。――あまり見ない顔立ち。少なくとも、ここでは珍しい。名前も、クラスも知らない。面識もない。
互いに軽口を叩き、仲間としてのリズムがある。普段からグループを組んでいるのだろう。
昼休み、中庭の噴水のそばで座っていた。ふと目を上げると、先ほどの四人組が同じ方向に歩いている。
目立つのは、明るく元気な少年と、ふわふわした雰囲気の少女。落ち着いた女性と、片目に特徴がある男性もいる。どれも名前はわからないし、面識もない。
彼らは僕に気付いていない。自然なタイミングで通り過ぎるのを待つ。観察対象としては、これ以上ない状況だ。
──会話や声はまだ把握できない。だが、表情や仕草、互いの距離感だけで、関係性は読める。
四人は噴水の周囲に座り、何やら小さな道具で遊んでいる。元気な少年が手早く操作し、ふわふわした少女が笑う。落ち着いた女性は微笑み、眼帯の男性は静かに見守っている。
僕は少し離れたベンチから眺める。話しかけず、助言もせず、影として存在するだけ。距離感から、普段から仲が良いことがわかる。安心して互いの行動を楽しんでいる。
観測者として、僕はただ記録する。僕からは干渉はしない。
「……あの人、確か……」
ふわふわした少女がにこにこと微笑む。
「こんにちは!隣に座ってもいい?」
僕は一瞬硬直する。なぜ自分に? 接触の理由はわからない。ただ、敵意はない。自然に歩み寄ってくるその様子は、何かを知っているような確信がある人たちの動きだと感じる。僕は軽くうなずき、ベンチの端に座る。自然に、距離を保ったまま。
元気な少年が最初に声をかけてきた。
「やあ!君、確か……ラフェル君だよね?」
ラフェルは目を細める。どうして名前を知っている?誰だろうか、初めて話す顔なのに、僕のことを知っている口ぶりだ。
落ち着いた女性は柔らかく微笑み、眼帯の男性は静かに観察している。視線だけで、何かを確認しているようだ。元気な少年はさらに口を開く。
「俺は青葉。やっぱり君だよね。同じ仲間だって聞いてたから、会えて嬉しいな」
僕一瞬、言葉を失う。仲間? ここで言う仲間とはなんのことだろうか。
青葉が笑顔で手を差し伸べる。僕は警戒しながらも、それを受け取る。
「……仲間……ですか?」
「私は菜乃花。よろしくね」
「茉莉よ。以前からあなたのことを知っていたの」
「紫水。片目だが、気にするな」
ふわふわした少女がにこにこしながら名を告げ、落ち着いた女性が柔らかく微笑む。眼帯の男性は静かに観察してから順に名を告げた。
僕は心の中で整理する。名前は初めて聞くが、間違いなくこの四人は何か特別な理由で自分に接触している。それが何かはわからない。
「俺たち、さっき言ったとおり、君のことを知ってるんだ。俺たちは、君と同じ、逃亡勇者だ」
「……なるほど、だから僕の名前を知ってたんだ。帝国から教えられてたの?」
「そういうことになるわね、私たち、ずっとあなたに会えるのを楽しみにしていたの」
茉莉の柔らかい声が、ぎこちない緊張を少し溶かす。青葉は元気に、「やっと会えたね! いろいろ話したいことがあるよ」と笑った。菜乃花もふわりと微笑み、「いっぱいおしゃべりしよ。ずっと気になってたんだ」と言う。
僕はまだ警戒を完全に解くわけにはいかない。だが、共通の立場があることを知った今、少しずつなら、心を開いていい気がする。
昼休みは四人と一緒に座り、軽い会話を交わす。青葉は冗談を言って笑わせ、菜乃花は無邪気に話しかける。茉莉は会話を整理しつつ、穏やかな声で意見を返す。紫水は片目で冷静に観察しながらも、時折柔らかい口調で問いかけてくる。
「君はどこから来たの?」
「……特に変わったところはないと思う」
「でも、日本人じゃないんでしょ?」
菜乃花がふわりと首をかしげる。
「え……?ああ、まあ……」
僕は咄嗟に言葉を濁す。正確にはそうだけれど、ここで説明する必要はない気がした。
「へえ、面白いなぁ。じゃあ、やっぱり向こうの国の勇者ってこと?」
「いや、国のことは……関係ない」
「ふーん。でも、同じ逃亡勇者なら、いろいろ話せるわね」
茉莉が静かに言った。その声に安堵を覚える。敵意はない。仲間として扱われていることが、心底ほっとする。
昼休みはそのまま四人と一緒に過ごすことになった。軽く手にした道具で小さな遊びを始める。青葉が手早く魔力の流れを操作し、噴水の水面で簡単な光の模様を描く。菜乃花がそれを見て笑い声を上げ、茉莉が手順を整え、紫水は片目で僕の反応を確かめながら静かに微笑む。
こうしてみると、やっぱり仲間って感覚はわかるものだな、と僕は心の中で思う。まだ完全に心を許したわけではないけれど、距離は少し縮まった気がする。
青葉がにやりと笑って言う。
「ねえラフェル、君の魔術、すごいんだろ? 見せてよ」
「無理に見せる必要はないと思うけど?」
僕はそう答える。だが、興味深そうに見つめる彼の視線に、少しだけ心が揺れた。
「じゃあ、軽くでいいんだ。でも、同じ勇者同士なんだから、少しくらい分け合ってもいいじゃん」
「ねえ、何でもいいから見せて」
「……わかった」
僕は小さく頷き、ほんのわずかに魔力を流して、青葉の前に小さな氷の蝶を作る。青葉は目を輝かせて歓声を上げ、菜乃花は手を叩いて喜ぶ。茉莉は静かに微笑み、紫水は片目で冷静ながらも、目の端で僕を見守る。
「すごい……」
青葉が呟いた。
「……ありがとう」
僕は照れくさく、でも少し嬉しい気持ちで答える。それは、久しぶりの暖かい感情だった。
昼休みが終わる頃には、自然と四人と僕の間には柔らかい距離感が生まれていた。まだ知り合って間もないけど、共通の立場があるだけで信頼は芽生えつつある。
「また一緒に遊ぼうね!」
「うん、ぜひ」
菜乃花が笑顔で大きく手を振る。心の中で少しずつ、ここで過ごす日常も悪くない、と思い始めていた。
午後の授業はそれぞれ違う教室だった。それでも、廊下ですれ違ったとき、青葉が大きく手を振ってきた。
「ラフェルー!」
周囲の視線が一斉に集まる。僕は反射的に肩をすくめた。
「……声が大きい」
「ごめんごめん。でもさ、おんなじ学園に仲間がいるって思ったらテンション上がらない?」
屈託なく笑うそのその姿、その無邪気さはある意味で、強い。菜乃花と紫水がその隣で小さく手を振る。
「さっきの氷の蝶、きれいだったよ。溶けちゃうの、少し寂しかったなぁ」
「氷だからな」
「でもああいうの、また見てみたい」
無邪気な願いだ。計算も、駆け引きもない。そのまっすぐさに、少し戸惑う。
「青葉がうるさくしてごめんなさいね。でも本当に、会えて嬉しかったの」
「……どうしてそこまで?」
「同じ立場の人間は、貴重だ。」
僕の問いに、紫水が静かに口を開いた。片目の奥にある視線は、鋭くもあり、どこか疲労を滲ませていた。
「召喚され、利用されかけ、逃げた。……事情は違えど、共通点は多い」
「片目は、その時に?」
淡々としているが言葉は重い。青葉と菜乃花が一瞬息を止める。紫水は小さく笑った。
「……ああ。代償みたいなものだ。命があっただけ、運がいい」
その言い方は、軽いようで、軽くない。僕はわずかに視線を伏せた。――仲間。その言葉が、胸の奥で反芻される。
「……次の演習、どんな内容か知ってる?」
気づけば、僕から話題を振っていた。青葉の目が輝く。
「えっ、なに、情報共有タイム!?」
「重力制御の応用だ。結界との複合型になる」
「うわ、それ絶対暴走するやつじゃん」
「暴走前提で言うな」
紫水が言った。菜乃花がくすくすと笑い、茉莉が続ける。自然と、笑いが零れた。
「なら放課後、少し集まるか?」
「賛成!」
「……時間が合えば」
紫水の提案に青葉が即答する。僕は一瞬だけ迷い、それから頷いた。
「やった!」
青葉が拳を握る。その反応が少しおかしくて、口元が緩んだ。観測者でいるはずだった。干渉しない、はずだった。――それなのに。放課後、四人と並んで歩く自分がいる。青葉が前を歩き、菜乃花がその横で何かを話し、聴いている。紫水がそれを少し後ろから見る。――バランスがいい。無意識に、そう分析した自分に気づく。だけど今日は、それを観察とは思わなかった。ただ、居心地がいいと感じてる。
「ラフェル君、どうかした?」
「いや……」
茉莉が静かに尋ねた。言葉を選ぶ。
「悪くないと、思っただけ」
「何が?」
「……こういうのも」
一瞬、4人が目を見開く。そして、破顔した。
「よっしゃ!仲間ポイント上がった!」
「ポイント制なのか」
「もちろん!」
くだらないやり取りに、また笑いが起こる。胸の奥が、ほんの少しだけ温かい。それは、警戒とは違う感情だった。




