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第二話 観客席:未登録キャラクター


 学園の正門をくぐった瞬間、空気が変わった。外から見ていた時よりも、内側はずっと静かだ。人は多いはずなのに、音が抑えられている。歩調、声量、視線の動き――すべてが「型」に収まっている。規律というより、習慣に近い。


 案内役の教師に連れられて廊下を進む。途中入学者は珍しいらしく、何度か視線を向けられた。だが、すぐに逸らされる。貴族社会の距離感だ。詮索はするが、露骨には出さない。


「教室へ着く前にある程度説明しておきましょう。貴方は魔術の試験を満点で合格したと聞きます。他にも、筆記試験でもいくつか優秀な成績を修めています。それにより、貴方には魔術の授業と選択科目の錬金術、薬学、一般科目の数学を免除します。怠けるもよし、他の科目に打ち込むもよし、課題に打ち込むもよしです。他の科目の課題や試験の結果が良ければそちらも免除されます。……貴方の場合は授業の3分の1ほどが免除されていますね。そして、貴方は"17歳"、2年生からのスタートです。……長々と語ってしまいましたね。それでは……こちらが、貴方のクラスです」


 扉が開く。教室の空気が、一瞬だけ揺れた。視線が集まる。興味、警戒、値踏み。入り混じり合った感情が、波のように広がる。その中心に立ちながら、僕は一礼した。深すぎず、浅すぎず。用意してきた角度。


「途中入学しました。ラフェル・リーベラと申します。本日より、お世話になります」


 それだけで十分だった。担任が簡単な説明をし、席を示す。前方、窓際。逃げ道と視界を確保しやすい位置だ。腰を下ろした瞬間、また一つ、視線の質が変わるのを感じた。――この学園は、見られる場所だ。それは覚悟していたことだった。


 教室の扉が閉まっても、空気はすぐには戻らなかった。僕は用意された席に座りながら、その違和感をはっきりと感じていた。視線が残っている。露骨ではない。けれど、完全に無関心でもない。


 ――途中入学だから、というだけではない。教師が去ったあとも、教室のざわめきはどこか抑えられていた。小さな声が、わざわざ小さくされている。


「……聞いてた?」

「名簿、前からあったかしら」

「貴族名鑑には……」


 断片的な言葉が、耳に届く。手続きは正規だ。僕の名前も、席も、最初から用意されていた。それなのに、彼らは僕を「処理しきれていない」。


 この学園には、すでに完成した秩序がある。その中に、あとから差し込まれた存在。――それが、僕だ。


 姿勢を正す。視線を落としすぎず、上げすぎず。目立たず、埋もれすぎない。準備してきた通りの振る舞いをなぞる。


 最初に異変を感じたのは、ローゼルディア・ランティーユだった。公爵令嬢。教室の中心に自然と立つ人物。彼女の周囲には人が集まるが、それは取り巻きというより、引力に近い。


 彼女は、僕の前で立ち止まった。――声を、かけない。それが不思議だった。ふつう、ここまで目が合ったなら、形式的な挨拶くらいはある。途中入学者に対して、ましてや公爵令嬢が無言というのは、かえって目立つ。


 ローゼルディアは、ほんの数秒、僕を見た。視線が揺れる。何かを探すように、確かめるように。それから、何事もなかったかのように踵を返した。――今のは。胸の奥に、小さな引っかかりが残る。


 彼女は僕を警戒したわけでも、見下したわけでもない。ただ、「判断できなかった」顔をしていた。その後も、何度か視線を感じた。短く、確認するような目線。――まるで、記憶と照合しているみたいだ。そんな考えが、頭をよぎる。


 昼休み、中庭。人の流れは、自然と一箇所に集まっていた。その中心にいるのが、ステラ・メイプルだった。


 男爵令嬢。身分は高くない。それでも、彼女の周囲には常に人がいる。笑顔で名前を呼び、軽く相槌を打つだけで、それだけで、相手が少しだけ前のめりになる。――加護持ち、だろう。


 事前にリューヌの方でもある程度は調査していたらしい。その調査結果の中に、彼女の名前があった。曰く、最近男爵家に引き取られたのだと。それにしては打ち解けるのが早い。ふつう、平民出身だと言えば多かれ少なかれ距離を置かれるはずだ。――これは要調査だな。


 意図せず周囲の感情を動かす力は、使う側よりも、使われる側に歪みを残す。彼女自身は、その影響をどこまで理解しているのだろうか。




 放課後、人気の少ない廊下で、姿を変える。メル・ローネア。灰色の髪、印象に残らない顔立ち。野暮ったいおさげ髪に眼鏡。――目立たない、というより、意識に引っかからない。


 中庭に出ると、数人とすれ違った。


「あ……」


 一瞬、誰かがこちらを見た。だが、声はかからない。視線もすぐに逸れる。しばらくしてから、同じ相手が、何事もなかったように話しかけてきた。


「……あれ、君、同じクラスだった?」

「うん」

「そっか。よろしく」


 それで終わりだ。名を尋ねられることもない。不自然ではない。ただ、重要ではない存在として処理されている。


 幻覚魔法。その本質は、相手の「どう見えるか」ではなく「どう認識したか」を書き換える点にある。そこさえ理解していれば、自分の見た目を変えることも、存在感を薄くすることも、最初からそこにいると認識を変えることさえ、いとも容易く(たやすく)可能なのだ。


 ステラ・メイプルも、同じだった。


「あ……えっと、一緒に帰る?」


 一瞬だけ視線が止まる。眉が僅かに動く。言葉は自然だ。けれど、そこに「思い出した」という手応えがない。ローゼルディアも、メルを見て足を止めた。


「……」


 数秒、考えるような沈黙。


「……いえ、失礼」


 それ以上、何も言わない。誰も、僕を「知らない」とは言わない。だが、誰も「知っている」とも言わない。気づいたら、そこにいる。そして、気づかないうちに意識から外れる。――それが、メル・ローネアという存在だった。




 屋敷に戻ると、空気がまた変わった。学園のそれとは違う。静かだが、張りつめてはいない。人の気配が、あるべき場所に収まっている。


「お帰りなさいませ」


 使用人の声に、軽く頷く。それ以上の言葉はいらない。ここでは、僕は“ラフェル・リーベラ”として正しく認識されている。


 自室に入る。扉を閉め、結界を張る。外界との遮断。わずかに肩の力が抜けた。ここでは、僕を測る視線はない。だが同時に、油断もできない。安全な場所ほど、思考は甘くなりやすい。だからこそ、慎重に。――ようやく、思考を整理できる。今日一日で得た情報を、頭の中で並べていく。


 まず、学園。秩序は完成している。途中入学者は例外だが、排除されることはない。ただし、完全にも受け入れられない。つまり――異物は異物として保存される。


 次に、ローゼルディア・ランティーユ。彼女は、僕を見ていた。正確には、「僕が既知の存在かどうか」を判断しようとしていた。あの視線は、敵意ではない。なんなら、恐怖に近い。“知っているはずの世界に、知らないピースがある”と気づいた人間の顔だ。


 僕が学園の異変について調べてると気づかれると厄介だ。しかし、異変自体に関わりは無いだろう。


 そして、ステラ・メイプル。加護は確実に存在する。だが、万能ではない。少なくとも、メル・ローネアには完全には作用していない。つまり、あれは存在そのものではなく、「好意」や「関心」を誘導するタイプの効果だ。


 最後に、メル・ローネア。……存在感は、想定以上に薄い。いや、薄いのではない。“処理を後回しにされる”のだ。思った以上に、周囲が僕を、優先度の低い人間として扱っている。――これは、使えるな。


 僕は静かに息を吐いた。この学園は、舞台だ。そして僕は、まだ役を与えられていない存在。――なら、好きに動ける。誰にも期待されず、誰にも想定されていない。それは、衆目の外にいるということ、あるいは、舞台の裏側に立っているということでもある。


 役がないなら、自分で選べばいい。表に立つ必要はない。目立つ必要もない。僕は、舞台裏を歩く。

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