【008/1000】 磨耗する銀食器
【投稿記録:No.008】
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Photo Filter: “Rainy_Evening”
Caption:
雨の夜。
二人で同じ傘の下を歩く。
濡れた街灯が、
道を優しく照らしてくれる。
雨音に包まれた、静かな帰り道。
#雨の日 #相合傘 #二人の時間
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雨は、三日目も降り続けていた。
玄関に、二本の傘が立てかけてあった。一本は灰次のもの。黒い、長傘。もう一本は依織のもの。紺色の、折り畳み傘。二本とも、濡れていた。濡れたまま、玄関に置かれている。水滴が、床に落ちる。落ちた水滴は、小さな水溜まりを作っていた。
灰次は、その水溜まりを見ていた。見ているだけで、拭かなかった。拭く理由がなかった。水は、やがて蒸発する。蒸発すれば、水溜まりは消える。消えるまで待てばいい。待つことに、コストはかからない。コストをかけなければ、エネルギーが節約できる。節約されたエネルギーは、一〇〇〇枚の達成に使われる。
依織が、階段を降りてきた。コートを着ている。外出の準備が整っている。
「行く」
依織が言った。声は、いつもと同じ温度だった。
「ああ」
灰次は頷いた。頷く動作も、最小限だった。
二人は、玄関で靴を履いた。灰次が先に履き終える。依織が、その後に続く。灰次は、自分の傘を手に取った。依織も、自分の傘を手に取った。二人は、それぞれの傘を持って、扉を開けた。
外は、雨だった。雨は、強くも弱くもなかった。ただ、降り続けているだけだった。灰次が、傘を開いた。黒い傘が、雨を遮る。依織も、傘を開いた。紺色の傘が、雨を遮る。
二人は、並んで歩き始めた。距離は、一メートル。触れない距離。触れなかった距離。それぞれの傘が、それぞれの頭上にある。二つの傘は、重ならない。重ならないように、距離を保っている。保たれた距離が、二人の関係を示していた。
道は、濡れている。アスファルトが、雨を吸収せず、表面に水を溜めている。溜まった水が、街灯の光を反射する。反射した光が、揺れる。揺れる光を、灰次は見ていた。見ながら、何も考えていなかった。考える必要がなかった。光は、ただ揺れているだけだった。揺れることに、意味はない。意味がないことを、観測する必要はない。観測しなければ、意識が消費されない。消費されなければ、エネルギーが節約できる。
依織は、足元を見ていた。自分の靴が、水溜まりを踏む。水が、跳ねる。跳ねた水は、靴に付着する。付着した水は、やがて乾く。乾くまで、そのまま歩き続ける。歩き続けることが、目的だった。目的を果たすために、歩く。歩くことで、目的地に近づく。近づくことで、時間が進む。進んだ時間は、戻らない。戻らない時間の中で、一〇〇〇枚に近づく。近づくことが、唯一の意味だった。
灰次が、立ち止まった。信号が、赤だった。依織も、立ち止まった。二人は、並んで信号を待つ。距離は、一メートル。変わらない距離。変わらないことが、正常だった。信号が、青に変わった。灰次が、歩き始める。依織が、その後に続く。
二人は、横断歩道を渡った。渡りながら、灰次は依織の傘を見た。紺色の傘が、雨に濡れている。濡れた傘は、光を反射していた。反射した光が、微かに揺れる。揺れる光を、灰次は観測した。観測しただけで、何も思わなかった。思う必要がなかった。
横断歩道を渡り終えた。灰次が、再び歩き始める。依織が、その後に続く。二人は、同じ速度で歩いた。速度が同じであれば、距離は保たれる。保たれた距離が、二人の関係を維持する。維持された関係が、システムを安定させる。安定したシステムが、一〇〇〇枚への到達を可能にする。到達が可能であれば、心中が成立する。成立する心中が、二人の終点だった。終点まで、あと九百九十二枚。
道の先に、コンビニエンスストアがあった。灰次が、その前で立ち止まった。依織も、立ち止まった。
「入る」と灰次が言った。「ああ」と依織が答えた。
二人は、傘を閉じた。閉じられた傘から、水滴が落ちる。落ちた水滴は、地面に吸収される。吸収された水滴は、二度と戻らない。戻らない水滴で、地面は少しずつ湿る。湿った地面は、やがて乾く。乾くまで、そのまま放置される。放置されることが、地面の役割だった。
二人は、店に入った。店内は、明るかった。蛍光灯が、天井から白い光を放っている。白い光が、商品を照らす。照らされた商品が、棚に並んでいる。灰次は、棚の前に立った。何を買うのか、決めていなかった。決める必要がなかった。ただ、棚を見る。見ることで、時間が過ぎる。過ぎた時間は、戻らない。戻らない時間の中で、何かを選ぶ。選ばれたものが、買われる。
依織は、別の棚を見ていた。飲料の棚だった。ペットボトルが、並んでいる。水、お茶、コーヒー。依織は、その中から一本を取った。お茶だった。取った理由は、なかった。ただ、手が伸びた。伸びた手が、ボトルに触れた。触れた手が、ボトルを掴んだ。掴んだ手が、ボトルを持ち上げた。持ち上げられたボトルが、選ばれた。選ばれたことに、意味はない。
灰次も、何かを手に取った。サンドイッチだった。取った理由は、なかった。ただ、手が伸びた。伸びた手が、パッケージに触れた。触れた手が、パッケージを掴んだ。掴んだ手が、パッケージを持ち上げた。持ち上げられたパッケージが、選ばれた。選ばれたことに、意味はない。
二人は、レジに向かった。灰次が先に並ぶ。依織が、その後に続く。距離は、五十センチ。いつもより近かった。近くなった理由は、列だった。列に並ぶためには、前の人との距離を詰める必要がある。詰められた距離が、システムの例外を作る。例外が作られても、システムは維持される。
灰次が、会計を済ませた。袋を受け取る。依織が、会計を済ませた。袋を受け取る。二人は、店を出た。外は、まだ雨だった。雨は、止まる気配がなかった。降り続ける雨が、街を濡らす。濡れた街が、光を反射する。
二人は、再び傘を開いた。黒い傘と、紺色の傘。二つの傘が、雨を遮る。遮られた雨は、傘の表面を流れる。流れた雨は、地面に落ちる。二人は、歩き始めた。距離は、一メートル。元の距離に戻った。戻った距離が、システムを安定させる。安定したシステムが、一〇〇〇枚への到達を可能にする。
家に戻る道は、同じだった。同じ道を、同じ速度で歩く。歩きながら、灰次は傘を見ていた。自分の傘ではなく、依織の傘を見ていた。紺色の傘が、雨に濡れている。濡れた傘は、光を反射していた。反射した光が、微かに揺れる。揺れる光を、灰次は観測した。何も思わなかった。
依織も、傘を見ていた。自分の傘ではなく、灰次の傘を見ていた。黒い傘が、雨に濡れている。濡れた傘は、光を吸収していた。吸収した光が、微かに沈む。沈む光を、依織は観測した。何も思わなかった。
二人は、家に着いた。玄関の前で、傘を閉じた。閉じられた傘から、水滴が落ちる。二人は、家に入った。靴を脱ぐ。傘を、玄関に立てかける。立てかけられた傘から、水滴が落ちる。落ちた水滴は、床に水溜まりを作る。作られた水溜まりを、誰も拭かない。拭く理由がなかった。
二人は、それぞれの部屋に向かった。廊下で、すれ違うことはなかった。灰次は左の部屋へ。依織は右の部屋へ。扉が、閉まった。
灰次は、買ってきたサンドイッチを食べた。味は、感じなかった。感じる必要がなかった。栄養を摂取するという行為が、目的だった。依織は、買ってきたお茶を飲んだ。味は、感じなかった。感じる必要がなかった。水分を補給するという行為が、目的だった。
夜が来た。雨は、まだ降っていた。降り続ける雨が、窓を叩く。叩かれた窓は、何も応えない。応えないまま、ただ雨を受け続ける。受け続けることが、窓の役割だった。灰次は、眠りについた。依織も、眠りについた。
二人の部屋の間には、壁がある。壁の厚さは、十二センチ。音は、通らない。呼吸音も、通らない。ただ、二人とも、呼吸をしていた。同じリズムではなかった。同期することもなかった。
玄関では、二本の傘が立てかけてあった。濡れたまま、そこにある。水滴が、床に落ち続ける。落ち続けた水滴は、水溜まりを広げる。広がった水溜まりは、誰にも拭かれない。拭かれないまま、時間が過ぎる。
過ぎた時間の中で、水は少しずつ蒸発する。蒸発した水は、空気に混ざる。混ざった空気は、部屋を満たす。満たされた部屋は、湿度が上がる。上がった湿度は、やがて下がる。下がるまで、そのまま放置される。放置されることが、部屋の役割だった。
役割を果たすことで、部屋は存在する。存在することで、二人を収容する。収容された二人は、それぞれの時間を過ごす。過ごした時間は、戻らない。戻らない時間の中で、一〇〇〇枚に近づく。近づくことが、唯一の意味だった。
あと、九百九十二枚。




