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【024/1000】 夕暮れの屋上と、届かない叫び


【投稿記録:No.024】

┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓

 Photo Filter: “Sunset_Dream”

 Caption:

 夕暮れの屋上で。

 沈んでいく太陽を見つめて、

 二人で未来の話をしました。

 「ずっと一緒にいようね」

 そんな当たり前の約束が、

 オレンジ色の空に溶けていく。

 明日も、その先も、ずっと。

 #夕陽 #屋上 #約束 #永遠

┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛


 世界の境界線が音もなく融解し、視界のすべてが鮮血のような、あるいは年月を経て腐食した鉄のような、どろりとしたオレンジ色に塗り潰されていく黄昏時。

 灰次と依織は、街外れの小高い丘に、時代から取り残されたように鎮座する洋館の、平坦な屋上部分に立っていた。石造りの重厚な欄干が四方を囲むこの場所は、かつてこの館の主たちが星を眺めるために作らせた聖域だった。石材の隙間には、幾層にも重なった時間が苔や地衣類となってへばりつき、そこから放たれる特有の黴臭さが、死を待つ二人の鼻腔を微かに刺激する。しかし、いまこの数分間、この場所は「永遠の愛」という名の残酷な舞台劇を演じるための、この上なく完璧な舞台装置へと変貌を遂げていた。水平線の向こう側からじわじわと世界を侵食してくる夜の予兆が、二人の足元に伸びる影を不自然に長く、そしてナイフのように鋭く石床の上に引き伸ばしている。その影の先端は、遥か彼方の崖の下へと、彼らが背負い込んだ絶望の深さを測る指針のように伸びていた。

 「未来、なんて。……灰次、私たちの未来は、あの地平線に沈んでいく火の玉の先には、もう一ミリも存在していないのにね。地質学的な時間スケールで見れば、この洋館さえも一瞬の火花に過ぎない。そんな確信を抱きながら、どうして私たちは、これほどまでに滑稽で、軽薄で、空疎な言葉を指先から紡ぎ出さなくてはいけないのかしら。まるで、存在しない宝石の輝きを、盲いた人々に売り歩く詐欺師のようではない」

 依織が、長い年月風雨に晒され、病的なまでに黒ずんだ石の欄干に指先を添えながら、沈みゆく太陽の最後の、断末魔のような残滓を凝視して言った。彼女の瞳は、燃え盛る夕陽を反射して、まるで激しい情熱に燃え、未来を渇望しているかのように見えた。だが、その網膜の裏側に広がっているのは、すべてを焼き尽くし、絶対零度まで熱を失った後の、どこまでも広がる冷たい灰の平原だけだった。彼女にとって「明日」という言葉は、希望や可能性、あるいは新しい命を指し示す光の単語ではない。心中という名の絶対的な締切時刻に向けて、砂時計の砂が一粒だけ落ちる音を聞くための、無機質な減算処理の記号に過ぎなかった。

 「『ずっと一緒にいよう』というキャプションの文字列は、時間軸における無際限の永続性を保証するための宣言ではない。一〇〇〇枚目という特異点において、二人の存在を物理的、かつ不可逆的に同時に静止させるという、最終的な固定フリーズの宣言だ。ネットの向こう側に蠢く無数の観測者たちは、この言葉を『生涯を添い遂げる夫婦の誓い』という安直で、使い古された物語として勝手に解釈し、自らの乾いた生活を潤すための安価な養分として消費する。その誤認、誤読、そして一方的な投影の集積こそが、我々が、そしてこの愚かな社会が必死に求めている『永遠』という名の、精巧な虚構の正体だ。我々はただ、彼らが自分たちの不安を埋めるために欲しがっている、美しく歪んだ鏡を差し出しているに過ぎない。そこに実体など必要ない」

 灰次の言葉は、洋館の尖塔の陰を吹き抜ける、湿り気を帯びた夕暮れの風に乗って、誰一人としていない虚空へと放たれた。彼は隣に立つ依織の顔を一度も見ることなく、ただ刻一刻と変化し、深い藍色へと移行していく空の彩度と明度、そして色彩のグラデーションを、光学センサーのような冷徹さで測定し続けていた。最高の「映え」を記録し、大衆の承認という名の劇薬を抽出するための、計算され尽くした静止。

 「ねえ、灰次。ここから思い切り、肺が破れて、喉から血が噴き出すくらい叫んだら、下の街を歩く誰か一人にでも届くかしら。私たちのこの『幸福』が、一から百まで、一ピクセルから一テラバイトまで、全部が計算された嘘だって。本当は一秒だって生きていたくなくて、心臓の鼓動一つさえも呪わしくて、すべてをこの手でバラバラに壊してしまいたくて、この目に突き刺さる光が、世界の美しさが、たまらなく眩しくて吐き気がするんだって……。そう叫んだら、この冷たい石の壁に囲まれた世界から、何かが変わる? どこかへ逃げられる?」

 依織が、眼下に点在する現世の街並み、あるいは帰路を急ぐ車たちの弱々しいヘッドライトに向かって、掠れた声で言った。その声は、この高く聳え立つ洋館の、重厚な石壁に遮られ、街の喧騒の中に届く前に、夕闇の濃度に溶けて一瞬で埋没していく。

 「叫んだとしても、それは夕騒の環境ノイズの一部としてデジタル処理され、誰の心にもノッチフィルターをかけたように留まらない。人々の耳に届き、脳の報酬系に定着するのは、我々がネットの深海に投下する、不要な感情という名のノイズを排し、美しく、彩度を極限まで調整されたテキストと画像だけだ。肉声は物理的な距離と空気抵抗によって減衰し、デジタルデータは情報の伝播ネットワークによって幾何級数的に増幅される。どちらがより強力な『真実』としての影響力を持つかは、論理的に明白だ。君の喉を裂く叫びよりも、今これから撮る、この一枚の静止画の方が、世界にとっては、そして歴史にとっては遥かにリアルなんだ。感情ではなく、現象を撮れ」

 灰次は、依織の細い肩にそっと手を置いた。それは震える彼女を慈しみ、抱き寄せるための温かな血の通った接触ではなく、被写体の位置をミリ単位で固定し、手振れを防ぎ、構図を幾何学的に安定させるための、冷たい文鎮のような命令の重みだった。

 パシャリ。

 スマートフォンのレンズが、最期の光を背に、彫刻のように美しく寄り添う二人のシルエットを、一〇〇万分の一秒の精度で電子的に捉えた。

 フィルター“Sunset_Dream”が適用されると、古びた石造りの、死臭の漂う屋上は「時代を超えた愛が息づく、選ばれた者だけが立てる特別な場所」へと変貌した。そして、二人の間にある絶対的な、言葉の通じない沈黙は「語る必要のない深い絆の沈黙」へと、絶望的なまでに美しく浄化された。画面の中の二人は、黄金色の慈愛に満ちた光に包まれ、輝かしい未来の計画について、愛おしそうに、そして誇らしげに語り合っているようにしか見えなかった。そこには、依織の喉の奥にへばりついて離れない、膿のような慟哭も、灰次の指先に宿る、感情という機能を完全に放棄した人間の凍てついた感覚も、一ピクセル分さえ記録されることはなかった。記録されたのは、ネットワークを循環するのに最適化された、完璧に調律された「幸福」の周波数だけだ。

 「二四枚目。……一〇〇〇枚までの四十分の一という里程標を、この夕闇の底に、誰にも暴かれないように埋葬した。極めて順調な進捗だ。エラーはない」

 灰次が投稿ボタンを無機質にタップすると、スマートフォンの画面が一瞬だけ白く、そして網膜を焼くほどに強く発光し、それから周囲に訪れた圧倒的な暗転を嘲笑うかのように静かに、冷たく消えた。

 「四十分の一。……まだ、そんなものなのね。太陽が西へ沈み、街の輪郭が失われるたびに、私は自分の魂の一部が、あの暗くなっていく街のどこかに剥がれ落ち、下水道の中へ流され、二度と戻ってこないような気がするわ。いつか、一〇〇〇枚目に辿り着くとき、この肉体の殻の中には、果たして何が残っているのかしら。空っぽの、ただの石ころかしら」

 依織は、欄干からゆっくりと手を離し、自分の体温を逃さないように、あるいはバラバラになりそうな肉体を繋ぎ止めるように、自らの肩を強く抱きしめながら、夜の支配が完了し始めた屋上に、たった一人の幽霊のように立ち尽くした。

 二人の背後で、館の迷宮のような内部へと続く重い鉄の扉が、冷たい北風に煽られて、巨大な鳥の羽撃きのような不吉な音を立てて鳴った。

 空からは急速に鮮やかさが失われ、すべてを拒絶し、すべてを無効化するような無機質な藍色が、圧倒的な質量を持って世界を支配し始めた。

 「約束」という名の、二度と引き返すことのできない、逃げ場のない呪縛によって、彼らの魂はまた確実に一歩、誰もいない、何も聞こえない、静止した終点へと引き寄せられていく。

 心の中の沈殿物は、遠くの街で点灯し始めた、冷たいLEDの灯火のように、鋭利な光を放ちながら、二人の足元に深く、静かに、そして逃れようのない重力を持って溜まり続けていた。その重みが、彼らの膝を、昨日よりも数ミリだけ大地の方へと沈み込ませていた。

 あと、九百七十六枚。


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