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【023/1000】 休日のホームセンターと、不必要な合鍵


【投稿記録:No.023】

┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓

 Photo Filter: “Weekend_DIY”

 Caption:

 休日のホームセンター。

 「もしもの時のために」って、

 二人で合鍵を作りにきました。

 ひとつずつ増えていく、

 お揃いのキーホルダー。

 二人の絆も、こうして

 形になっていくのかな。

 #ホームセンター #合鍵 #二人の暮らし

┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛


 巨大な格納庫を彷彿とさせる、剥き出しの鉄骨が走る高天井から、容赦なく降り注ぐ数千ワットの冷徹な水銀灯の光。ホームセンターという巨大な消費の神殿は、あらゆる「生の営み」を、規格化された部品や無機質な材料として残酷なまでに切り分け、バーコードを貼って陳列する、即物的なシステムに支配された空間だった。ここでは、人間が生活を営むための温もりさえも、「DIY用品」という棚の中に分類され、金銭で取引される記号に過ぎない。

 灰次と依織は、入り口近くの騒がしいサービスカウンター横にある、「合鍵作製」と書かれた古びた看板の前に立っていた。周囲には、庭に置くラティスの寸法を巡って微笑ましく言い争う若夫婦や、日曜大工のために大量の木材をカートに積んだ父親と、その背中を追う子供たちの賑やかな姿があった。しかし、灰次の網膜に映るそれらの光景は、すべてが「いつか確実に摩耗し、腐敗し、灰へと帰る有機物の集積」として、一様に等価値かつ無意味な動体群として処理されていた。彼の右手のひらの中には、自分たちの生活の拠点である「家」への唯一のアクセス権を持つマスターキーが、一本の冷たい金属の質量を伴って硬く握りしめられている。この鍵が、心中という名の最終シークエンスを終えた後、二度と誰の手によっても回されることのない永劫の未来を、彼は既に出口から差し込む午後の光よりも鮮明に、論理的確信を持って予見していた。

 「『もしもの時』……なんて。そんな不確定な未来、私たちにはもう、訪れる余地なんて一ピクセルも残っていないのにね。……灰次、何のために、この死んだ金属をさらに削らせるのかしら。無意味の複製に、何の意味があるの?」

 依織が、陳列棚にぶら下がっているキャラクターものや革製の、色とりどりのキーホルダーを、細く白い指先で意味もなく小刻みに揺らしながら、吐息のような声で言った。彼女の瞳は、頭上の蛍光灯の反射を吸い込み、光を一切返さない深海のような暗さを湛えている。「お揃いのキーホルダー」という甘美な記号を、彼女の高度に絶望した情緒回路は、既に「自らの首を絞めるための鎖」の、あるいは「家という名の牢獄への囚人証」の代替品として解釈していた。心中という終着駅を共有する契約を結んだ二人に、家への自由な再入場の権利を象徴する合鍵など、本来は論理的矛盾の極みでしかなかった。

 「目的は、鍵という物理的な開錠機能の複製ではない。『信頼の象徴』としての合鍵を、夫婦が協力して作るという『イベントの外部記録化』だ。不特定多数の匿名観測者に対して、我々が『将来にわたる持続的な相互扶助の意思』を強固に持っていることを、視覚的に、かつ疑いようのない形で提示する。この一枚の画像が、我々の構築している虚構の地盤を、さらに数センチだけ強固に固めるためのセメントになる。理解できるだろう」

 灰次は、カウンターの向こう側でグラインダーの高速回転するカッターが、真鍮製のブランクキーを削り取る、耳を劈くような甲高い摩擦音を無表情に聴いていた。金属が火花を散らし、削りカスを撒き散らしながら形を変えていくその瞬間、灰次は、自分たちの「個」としての、あるいは「人間」としての尊厳が、一ミリずつ、しかし取り返しのつかない速度で摩耗し、削り取られていくような、不快な共鳴を全身に覚えた。

 「お待たせいたしました。合鍵、二本とも完成しました。動作確認をお願いします」

 店員の、生活感の欠落した無機質な声と共に、削りたての、まだ熱を帯び、鋭利な断面が銀色に輝く二本の鍵がプラスチックのトレイに置かれた。

 灰次は、その死神の鎌の破片のような鍵を手に取り、依織に対して、一本を差し出した。

 「撮影シークエンスを開始する。鍵を受け取る、まさにその刹那を。もっと、自分たちの孤独な未来が一つに溶け合ったことを心から祝福するような……そんな、魂の底から湧き上がるような、偽りのない幸福を演出し、その手を受け取れ」

 灰次はスマートフォンを構え、レンズの焦点を、二人の手が重なり、その中央で二本の鍵が十字架のようにクロスする、計算され尽くした構図へと追い込んだ。

 依織は、灰次が差し出した冷酷な右手に、自分の、さらに凍てついた左手を、重力に従うように重ねた。

 彼女の指先は、削り出されたばかりの金属の断面のような鋭利な冷たさを持って、灰次の手のひらの皮膚を、警告のように微かに傷つけた。しかし、その微かな痛みと、金属がこすれ合う微小な音こそが、この空虚で壮大な舞台劇において、唯一の「剥き出しの感触」だった。

 

 パシャリ。

 

 乾いたシャッター音が、建材コーナーを走るフォークリフトの騒音や、木材を断裁する機械音の中に、一滴の雫のように吸い込まれていく。

 フィルター“Weekend_DIY”が適用された画面の中では、ホームセンターの殺風景で殺伐とした背景が、「これから二人で温かな家庭を築いていく、手作りの温もりに満ちた日常」へと、完璧なまでに偽装された。二人の手が重なり合っているのは、互いへの愛着ゆえではなく、ただ一本の合鍵を共有し、演出を完遂するための物理的な必要性に過ぎなかった。しかし、それがデジタルデータという不変の信号に変換された瞬間、それは世界に対して「永遠の絆を誓い合った夫婦の証明」へと、鮮やかに、かつ冷酷に翻訳された。

 「……二三枚目。これで、我々の最期の場所への入り口は、視覚的にも二つになった。脱出不可能な閉鎖空間としての純度が高まったわけだ」

 灰次が投稿ボタンを押し、承認という名の餌をネットワークの海に放り投げたのと同時に、依織はまるで汚物に触れた直後のように、即座にその手を離した。

 「入り口が二つに増えた……。でも、灰次。ここから出られる出口は、結局は一つだけ。……そうでしょう? たった一枚の、一〇〇〇枚目の写真だけが、私たちの出口」

 「ああ。その通りだ。他の一九九九本の鍵を折っても辿り着かなければならない、最後の、一〇〇〇枚という名の出口だ」

 灰次は、新しく作られたばかりの、まだ真鍮の微細な粉が指先に付着しているような合鍵を、ポケットの奥深くへと乱暴に放り込んだ。それは、開けるためのものではなく、閉じるために作られた、死んだ鍵だった。

 二人は、買い物客で賑わい、生の活気に溢れるホームセンターを後にした。

 重い自動ドアが左右に開くたびに、外の湿った、生命の重みを含んだ空気が流れ込み、二人の乾いた肌をなぞるように冷やす。

 「絆」や「暮らし」という、広告コピーのような軽い言葉の重圧によって、彼らの魂はまた一ミリ、地球の中心にある漆黒の重力源へと、音もなく沈み込んでいく。

 心の中の沈殿物は、削り出された真鍮の鋭い粉塵のように、二人の思考の微細な隙間にまで入り込み、二度と拭い去ることのできない、冷たい堆積物となって固定され始めていた。

 あと、九百七十七枚。


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