『A組・美形論争、勃発』
切ノ札学園一年A組の教室。
昼休みのゆるんだ空気の中、いつものごとく五戸このしろの一言から、何かが始まった。
「ねぇ、すっごくどうでもいいんだけど、ふと思ったこと言っていい?」
スマホを操作しながら、五戸がぽつりと呟く。
クラスの面々は、またか……という顔をした。
次の瞬間――
「うちのクラス、男子の顔立ち良いのは夜騎士って決まってるじゃん? じゃあ女子はって思ったわけよ」
ピタリと、スマホを操作する手が止まる。
鳩絵かじかが、ガタッと椅子を引いて叫んだ。
「このしろちゃん! それセンシティブな問題だよ! ダメだよ!」
その隣で、夜騎士凶が顔を上げる。
「なんでオレの名が出るんだよ。」
無自覚な声。
教室の数人が一瞬で沸騰した。
「あたしは、あんたの無自覚ほんと嫌いだわ!」
妃愛主が勢いよく立ち上がる。
「マジどうでもいい」
四月レンは単語帳を見つめたまま、淡々と呟く。
「良いじゃん、勉強ばっかじゃ頭おかしくなるわ!」
五戸も負けじと立ち上がった。
教室の温度が上がる。
いつものA組、平常運転である。
「三井野さんか、黒八さんでしょうか。」
七乃朝夏が恐る恐る挙手する。
「私!? そんなことないよ!」
三井野燦が慌てて否定。
黒八空は「えへへ」と頬を掻き、少し照れて笑った。
「分かる、燦はあたしもお気に入りだし」
妃がさらっと援護射撃。
三井野は真っ赤になって俯いた。
「何さ、海王中! 身内贔屓!? さわらちゃんだって……!」
五戸が言いかけた瞬間、
一ノ瀬さわらの菌糸がにゅるりと伸び、彼女の口を塞いだ。
「……!」
沈黙の中、二階堂秋枷が苦笑しながら言う。
「みんな、いいと思うけど……?」
「そんなお行儀のいいこと、今は求めてない!!」
妃の叫びに、二階堂は「ええ……」と情けない声を漏らす。
「ねぇ、思ったんだけど……」
鳩絵が慎重に口を開く。
教室に“嫌な予感”という名の沈黙が走った。
「男子一番手が夜騎士君なら、二番手は誰?」
「だからなんでオレ……」
夜騎士が頭をかく。
本人にまるで自覚がないのが余計に腹立たしい。
「富だけはありえない」
妃が即答。
「うるさい」
王位富が淡々と返す。
「私は風悪君推しますよ〜」
黒八が朗らかな笑顔で、風悪の肩をぽんと叩いた。
「違うと思う!」
風悪は全力で否定。
その隣で辻颭が机に突っ伏していた。
寝ているのか呆れているのかは、誰にも分からない。
「秋枷君が一番ですわ!」
七乃が宣言するように言い放つ。
その横で二階堂は苦笑いを深めた。
その頃、菌糸から解放された五戸が、ついに反撃に出た。
「分かってないわね、あんた達」
ツカツカと歩き出し、六澄わかしのもとへ。
六澄は教科書のページを淡々とめくりながら、バカ騒ぎを静観していた。
次の瞬間――
五戸が六澄のメガネをひったくる。
「行ったれ! わかし!」
「このしろ、メガネ返してくれ」
六澄の無機質な声をよそに、五戸は高々とメガネを掲げた。
クラスの視線が一斉に集まる。
「おお、六澄! お前いいな!」
夜騎士が手を叩いて納得顔。
――そしてクラス全員が同時に思った。
(お前が言うな)
「正統派イケメンの夜騎士凶と、闇を抱えたミステリアスなイケメン六澄わかし……ね、うん! 滅べ」
妃が満面の笑みで言った。
その笑顔が一番怖いと、誰もが思った。
「このクラス、うるさすぎる」
四月は単語帳から一度も視線を上げず、ため息混じりに呟いた。
――今日もA組は平常運転。
騒がしくて、くだらなくて、どこか温かい午後だった。




