『異能封印チャレンジウィーク』
皐月。
新緑が眩しく、春の名残がまだ校庭に残っていた。
だが、切ノ札学園の一年A組は今日も平常運転──つまり混沌だった。
「今日から“異能封印チャレンジウィーク”を始める」
朝のホームルーム。
黒いマスク姿の教師・宮中潤が宣言する。
その声に、教室内が一瞬ざわめいた。
「異能を使わずに、一週間生活してみろ。
異能に頼らず生きることも、異能者には必要な訓練だ」
教卓に置かれたのは、銀色のリング。
手首にはめると、一時的に異能の発動を抑制する装置だ。
「……まじかよ」
風悪が呆然と呟く。
彼にとって風は呼吸のようなもの。
封じられるのは、両手を縛られるも同然だ。
封印チャレンジ初日。
「髪、乾かない……」
風悪は朝から洗面台で格闘していた。
ドライヤーの風が弱すぎるので普段異能で補助していた。
封印チャレンジ中につき、まともに髪を乾かせない。
結果──寝癖がそのまま残った。
学校へ登校すると妃愛主に爆笑された。
「その髪型、戦闘態勢みたい」
「笑うなよ……」
風悪は恨めしげに言い返すが、妃にも余裕はない。
「やば、課題してなかった。ちょっと、そこの男子〜!」
彼女の異能は“異性限定の洗脳”。
男子生徒を操って課題を写させようとした──が。
「封印チャレンジ中なの忘れてた!」
異能は発動せず。
代わりに、担当教師の怒声が教室に響いた。
「課題ぐらい、自力でやりなよ」
王位富が呆れ顔で言うと、妃は机を叩いて反論した。
「別に良いじゃん! 持ってるもの使っても!」
──その“持ってるもの”が封じられているのだが、本人は納得していなかった。
二日目の昼休み。
日直の五戸このしろは、黒板を消し、窓際で黒板消しを叩いていた。
その時、手が滑って黒板消しが窓の外へと落下する。
「やっば……!」
反射的に異能を使おうとするが、もちろん封印中。
何も起きない。
「あーもう! 不便! なんでわざわざ取りに行かなきゃならんのよ!」
五戸の怒声が校庭に響いた。
近くで見ていた六澄わかしは、無表情のままそれを眺めている。
「わかし! 見てるなら取ってこいって!」
渋々動き出す六澄。
その顔には、面倒くさいという感情が、はっきりと浮かんでいた。
三日目の放課後。
「秋枷君は、何かお困りごとは?」
七乃朝夏が、穏やかに二階堂秋枷へ声をかける。
「オレは、異能ないからなあ……全く。」
二階堂は苦笑いしながら答えた。
「実は私も……」
黒八空が小さく頷く。
異能のない彼女たちは、むしろ普段通りの様子だった。
三井野も特に困っていないらしく、隣で鼻歌を歌っている。
「いいな……お前ら……」
机に突っ伏した風悪が、恨めしそうに呟いた。
夜騎士凶も困ったように眉を寄せる。
「あるのが当たり前だからな。急になくなると……落ち着かない。」
「つか、暴徒出たらどうすんだよ、これ。」
風悪が当然の疑問を口にする。
すると、教室の一番前の席から四月レンが立ち上がった。
「その時は、私が戦う。それだけだ。」
帰り支度をしながら放たれたその一言は、雷のように静かで強かった。
頼もしい――が。
「いや、俺らも戦わせろ!」
夜騎士が思わず抗議する。
結局、いつものように笑いが起きた。
一週間後のチャレンジ最終日。
A組の大半は机に突っ伏し、完全にぐったりしていた。
「異能って……便利だったんだな……」
風悪は虚空を見つめながら呟く。
「オレ、風使えないだけで三キロ痩せた。」
「男子操れなくて、滅茶苦茶先生に怒られた!」
「ストレスで課金が止まらなくなったんだけど!?」
各々が思い思いの不満をぶつける中、
教壇に立つ宮中は満足そうに頷いた。
「よく頑張ったな。異能を使わずに生活できるお前たちは、もう一人前だ。」
教室に拍手と歓声が広がる。
しかし――その直後。
「次は、“封印状態で模擬戦”な。」
空気が凍りついた。
椅子がきしみ、誰かが息を呑む音が響く。
「先生、それ……ただの地獄。」
王位富が冷静に呟いた。
一ノ瀬と辻は何も言わず、静かにリングを見つめていた。
こうして、封印チャレンジウィークは幕を閉じた。




