『ⅩⅢ〜thirteen〜 ハロウィン特別編 ― Trick and Chaos ―』
ⅩⅢ〜thirteen〜 現代異能戦線 の日常
◇『仮装禁止命令第十三号』
切ノ札学園。
校門には鋭い意匠の校章が掲げられ、風を切るように光を反射している。
ここは異能保有者特別育成校――通称〈異能学園〉。
その一年A組。
本日はいつもと違った空気に包まれていた。
なんといっても、今日は――ハロウィン当日。
教室の中は、さながら“異能者の見本市”。
吸血鬼にゾンビ、魔女に悪魔。
誰もが思い思いの仮装を披露していた。
「どう? このヴァンパイア衣装。血糊リアルでしょ?」
妃愛主が誇らしげに微笑む。
その足元には、さっきまで元気だった男子たちが床に転がっていた。
「……血、抜いたでしょ? 男子の」
唯一、立っていたのは王位富だった。
妃の異能は“異性限定の洗脳”。
リアルな血糊を求めた彼女は、男子を操って自ら採血させたのだ。
しかし王位だけは、彼女の異能が効かない唯一の男子。
結果、立っているのは彼一人だった。
「うっさい! 女子を傷つけるわけにはいかないからね!」
妃は胸を張る。
血糊は“倫理的”に男子由来らしい。
「まっ、これから女子と仲良くハロウィン堪能するんだけど!」
妃が上機嫌に言ったその瞬間――
ガラッ、と勢いよく教室の扉が開いた。
「ハロウィン期間中、仮装を理由とした異能の使用は禁止する。」
現れたのは、黒いマスクの教師・宮中潤。
淡々とした口調が、教室の熱を一瞬で冷ます。
「せんせー! それじゃハロウィンの存在意義が消えます!」
五戸このしろが机を叩いて抗議した。
「去年、校舎一棟をゾンビにした生徒がいたんだよ。」
宮中の言葉に、
教室がシン……と静まり返る。
沈黙を破ったのは風悪だった。
「じゃあ、“異能を使わず仮装した異能者”ってのはセーフ?」
「いやもう、それただのバカだろ。」
夜騎士凶が即座にツッコミを入れる。
「それ、もうただの仮装だし……」
王位も静かに突っ込んだ。
せっかく異能を持っているのに、それを封じて仮装とはもったいない。
そんな不満が教室中に渦巻く。
次の瞬間――
パチィン、と雷鳴が響いた。
「ⅩⅢのお仕置きを、受けたいって?」
教室の後方。
左腕を黒いアームカバーで覆った少女、四月レンが立っていた。
彼女は〈ⅩⅢ〉の一員。
学園内外で暴走する異能を取り締まる――雷神の異名を持つ少女。
雷光が窓を照らし、教室中が一瞬で静まり返る。
妃も五戸も口を閉ざした。
「……それじゃ、健全にハロウィン楽しもうか?」
静電気の混じる笑みを浮かべ、四月が言う。
生徒たちは一斉に姿勢を正した。
こうして――
異能学園の“仮装禁止令”は、
雷鳴と共に発令されたのだった。
◇『キャンディ・オア・カオス』
放課後の特別対策部室。
異能者による学内トラブルの対応を担う部署――通称〈十三部〉。
その机の上には、カラフルな飴玉が山のように積まれていた。
ただし、普通の飴ではない。
“異能強化キャンディ”と呼ばれる、危険な代物が混ざっている。
「……これ、どっちが普通の飴なんだ?」
風悪が首を傾げる。
見た目はどれも同じ透明な包み。
しかし中には、食べた者の異能を一時的に暴走させるものがあるという。
「四月、どうやって見分けるんだ?」
そう尋ねると、四月レンが淡々と答えた。
「食べればわかる。」
「おい、もうそれ見分けじゃなくて実験だろ!」
夜騎士が即ツッコミを入れる。
だが、すでに風悪は――
パクッ。
口に入れていた。
「お前っ……!」
次の瞬間、部室に突風が巻き起こった。
風悪の背中から暴風が噴き出し、天井が吹っ飛ぶ。
「風悪君、まさか──」
黒八空がおそるおそる言う。
風悪は虚ろな目で天井を見上げた。
「……オレ、なんか、飛べる気がする。」
その隣で、辻颭がぽつり。
「……オレも、さっきの飴、食べたかも。」
ゴゴゴゴ……ッ!
突如、部室の空気が裂けた。
辻の鎌鼬の異能が暴走し、机が次々と細切れになっていく。
風と風がぶつかり合い、室内はもはやハリケーン。
「おいおい! これ、どっちが強化キャンディだよ!!」
夜騎士の怒声も風にかき消される。
バチィン!
雷鳴が落ちた。
四月が左腕を掲げ、電撃で一瞬にして空気を制圧する。
「……勝手は許さん」
バリバリと残る静電気の中、四月の冷たい視線。
暴走していた風もぴたりと止まった。
その直後、扉が開き――
宮中が静かに顔を出す。
「……何があった?」
部室の中は廃墟。
風悪と辻が吹き飛ばされて天井からぶら下がっていた。
夜騎士は溜息をついて一言。
「十三部、解散。」
その日、すべての“異能キャンディ”はⅩⅢによって回収された。
──だが、未だに誰かが隠し持っているという噂も、残っている。
◇『お化け屋敷のバイト代、命懸け。』
学園近くの商店街では、ハロウィンイベントの真っ最中だった。
その目玉企画――「リアルすぎるお化け屋敷」。
監修を頼まれたのは、よりによって一年A組だった。
「オレ、風でドアをギィーッて鳴らす係か」
風悪が意気込み、両手をぐっと握る。
彼の背後では、同じく参加メンバーの姿も。
「オレも頑張る」
「秋枷君が頑張るなら、わたくしも!」
二階堂秋枷と七乃朝夏が続いた。
やる気は満々だ。
「わたし、絵からお化け出すね!」
鳩絵かじかが無邪気に筆を走らせた瞬間――
──出てきたのは、絵の中から抜け出した“本物の幽霊”だった。
「ぎゃああああ!!」
商店街に響く悲鳴。
お客もスタッフもパニックに陥り、
なぜか妃が「ちょっと!順番守って逃げなさい!」と怒鳴っている。
三井野燦はお化けを見た瞬間、震え上がって隅に隠れた。
会場は一瞬でカオスと化した。
結局、事態を収拾したのは一ノ瀬さわらだった。
菌糸を操り、暴走した幽霊たちをまとめて封印する。
静まり返った後、現場を見回して夜騎士が低く呟く。
「次からは、“リアル演出”って言葉を辞書で引け。」
その言葉に、鳩絵は肩を落とした。
手に持った筆が、しゅんと下を向く。
だが――
その様子を、無表情のまま観察している者がひとりいた。
六澄わかし。
淡々と立ち尽くすその瞳の奥には、微かな愉悦が宿っていた。
(これだから、人間は面白い)
その心のつぶやきは、誰にも知られることはなかった。
◇『辻と風悪、初の仮装チャレンジ』
今年のハロウィンは、学園全体で「異能使用禁止の仮装」を楽しむこととなった。
つまり――純粋なコスプレ大会である。
「……オレも、仮装すればいいの?」
辻が小さく呟いた。
彼はこれまで人との交流を避け、静かに過ごしてきたタイプだ。
そんな辻が、今回は“せっかくなので”というクラスの流れに巻き込まれ、仮装させられることになった。
「うん。ハロウィンってそういうイベントらしいじゃん? オレも初めてだし」
風悪が明るく笑う。
外の世界出身の彼にとっても、これが初めてのハロウィンだった。
異能バトルよりも、こういう平和な行事はまだ慣れていない。
「似合いそうなのいっぱいありますよ! 魔法使いとかドラキュラとか!」
黒八が楽しそうに言う。
いつもの天真爛漫な笑顔。
そのテンションに、辻も少しだけ口元を緩めた。
「よし、オレも着替えるか」
夜騎士が立ち上がる。
珍しく乗り気だ。
「きょ、凶君の!」
三井野が顔を赤くして興奮していた。
彼女の脳内ではすでに“理想の仮装姿”が構築されていたのだろう。
──数時間後。
更衣室の扉が開き、夜騎士が戻ってきた。
「……どうだ?」
全身、鯱<しゃちほこ>スーツ。
静寂。
部屋の空気が一瞬止まる。
「……。」
「……。」
「……夜騎士、それ、仮装じゃなくて変態スーツだろ。」
王位が思わずツッコむ。
が、夜騎士は真顔のままだ。
「鯱は俺の魂だ。」
真剣な表情。
誰も笑えないレベルで本気だった。
「凶君、どんな姿でも素敵……」
三井野は頬を染めて見惚れていた。
(※誰よりも寛容)
一方その頃、二階堂と七乃の方でも、
なぜか似たような光景が繰り広げられていた。
七乃が二階堂の仮装姿に見惚れている。
「なんか、オレ達、入りづらくない?」
「そうだね……」
扉の前で、辻と風悪は立ちすくむ。
教室の中では愛の嵐、外は気まずい沈黙。
――異能学園のハロウィンは、やっぱり一筋縄ではいかないのだった。
◇『一年A組、パンプキン作戦』
「異能を使って一番すごい“かぼちゃランタン”作ったやつが勝ち!」
放課後の特別対策部室に響く五戸の声。
唐突に始まったその提案に、メンバーたちは顔を見合わせた。
「……それ、もう祭りだよな」
王位富が冷静に突っ込む。
「いいじゃん、ハロウィンだし!」
五戸は拳を握り、勝手にテンションを上げていた。
こうして始まった――〈一年A組パンプキン対決〉。
◆風悪:風圧で削る
→「細かい模様を……!」と頑張った結果、粉々。
◆王位:剣で彫る
→精密すぎて芸術作品化。もはやランタンではなく彫刻。
◆鳩絵:絵からカボチャを召喚
→出てきた化け物カボチャが生きて襲ってくる。
「芸術は爆発です!」と叫びながら逃げる始末。
◆辻:鎌鼬の力で削る
→「精度には自信ある」
→結果、風悪と同じく粉々。
◆夜騎士:影で削る
→漆黒の造形美。
芸術と恐怖の境界線に挑む。
「……これ、飾っていいの?」と誰もが引いた。
◆妃:男子(王位以外)を操り作らせる
→結果、全員暴走→粉々。
「これだから男子は!ダメなのよ!」と言い訳。
◆三井野:歌を込めて作る
→ランタンたちが合唱を始める。
奇跡のハーモニー(うるさい)。
◆一ノ瀬:菌糸で作る
→なぜかかぼちゃではなくキノコグラタンが完成。
『秋の味覚』と本人は満足げ。
◆六澄&四月:不参加。
→六澄「興味ない」
→四月「後始末が無理」
◆黒八:普通に作るはずが
→焦げ焦げ。
「太陽の加護が……強すぎたかもです。」
◆七乃:精霊の力を借りて作る
→神々しく光り輝く謎のグラタン誕生。
「これ……食べていいの?」と全員が後ずさり。
最終審査。
机の上には、粉々の破片と光るグラタン、そして謎の合唱隊。
静寂の中、王位がぼそり。
「……で、誰が優勝?」
五戸が審査用のボードを見つめ、震える声で発表した。
「優勝……二階堂秋枷。」
「は?」
全員が声を揃える。
二階堂は端で静かに座っていた。
特別何もしていない。
ただ、参加していたが、異能無しで作っていたのである。
「異能使ってないのが一番安全ってどういうことよ!!」
五戸の叫びが、粉々の部室に虚しく響いた。
大体誰かの存在を忘れます。




