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カンヅメ  作者: 鈍器ゴング
第一章
5/20

Episode4:灯

電気関係は独学なので、ある程度ファンタジーとして見ていただければ幸いです。

店内は静かだった。


 


それでも、朝は来る。


どれほど世界が変わっても、太陽は変わらず東から昇り、曇った天窓を通して淡い光を床に落とす。


 


優希は目を覚ますと、寝袋の中でしばらく動けずにいた。


 


昨日の記憶が、全身にまとわりついて離れない。目の奥にはまだ、鉄棒を振り下ろした瞬間の像が焼き付いていた。


 


「……」


 


身体を起こし、缶に残ったわずかな水で喉を湿らせる。空腹は、昨日の夜に食べたシチューの残りが少しだけ紛らわせてくれていた。



給水ポリタンクのチェックをして、缶詰の整理を終えたあと、優希は入り口近くの窓際に立った。


 


厚手の合板で封鎖された窓の隙間から、細く日が差し込んでいる。


 


その光をぼんやりと見つめていたとき、ふと、屋上のことを思い出した。


 


──そういえば、あの上に……。


 


ホームセンターの屋上。かつてバイト仲間と喫煙所の設置場所を巡って談笑したその場所に、何枚かのソーラーパネルがあったはずだ。防災グッズの実演展示か何かで、店長がやたら気に入っていた設備。


 


「……電気、引っ張れないかな」


 


呟いた瞬間、心臓が少しだけ脈を強く打った。


 


電気。今や「贅沢品」だ。


 


照明が点けば、夜の作業がしやすくなる。USBポートが使えれば、古いスマホだって役に立つかもしれない。何より、冷蔵設備が使えるなら、限られた食糧をもっと安全に保存できる。


 


優希は視線を天井にやった。配線は……まだ残っているかもしれない。店舗内の電気設備をすべて死んだものと諦めていたが、ソーラーパネルがまだ機能しているなら、話は別だ。


 


──屋上に上がって、確認する価値はある。


 


けれど同時に、もうひとつの現実が重くのしかかる。


 


店長の遺体。


 


このままでは、腐敗と臭気が広がっていく。衛生面でも、精神的にも、無視できるものではなかった。


 


「……やること、多すぎだろ」


 


苦笑いをこぼす。でも、どこかで気持ちが前を向いていることに、自分でも気づいていた。


 


それはきっと、まだ生きるつもりでいる証拠だった。


 


優希は棚から軍手とマスク、ブルーシートを引っ張り出した。簡易の工具セットと、荷運び用の台車も。遺体をそのままにしておくのは、もう限界だ。


 


まずは、弔いのために。


 


そして次に──この場所を、「生きる場所」として整えていくために。


 


背筋を伸ばして、息を吐く。


 


「……いくか」


 


静かに、再びバックヤードへと歩き出した。


 


その背には、確かに「次」があった。



---


バックヤードから台車を引き、ブルーシートに包んだ店長の遺体を慎重に運び終えるころには、日がだいぶ傾いていた。


 


遺体は、敷地裏の一角にある資材置き場に仮設の土葬スペースを作り、そこに安置した。シャベルを使い、浅いながらも穴を掘り、土をかぶせてから、手を合わせた。


 


「……ありがとう、店長」


 


そう呟いてから、優希はマスクを外した。汗と埃でぐしゃぐしゃになった顔を、袖で乱暴にぬぐう。罪悪感も、悲しみも、全部が胸の中にどろどろと残っていた。でも、やることは、やった。


 


次は、屋上。


 


階段を登って、優希は慎重に屋上へと出た。鉄の蓋のようなドアを開けると、まぶしい日差しと強い風が吹き込んだ。


 


景色が、広がっていた。


 


いつもは室内の暗がりばかりで過ごしていたせいで、青空がやけに眩しい。遠くには、ビルの合間に崩れた建物、炎の痕跡、動かない車。けれど空だけは、以前と何も変わらない。


 


その屋上の隅に──あった。


 


黒く光るパネルが、4枚。やや埃をかぶっていたが、割れはなさそうだ。ケーブルもまだ繋がっている。端子ボックスのカバーを外してみると、かすかに赤いLEDが点滅していた。


 


「生きてる……!」


 


優希は目を見開いた。


 


あとは、どうにかしてこの電力を店内に引っ張れればいい。インバーター(直流から交流へ変換する装置)がどこかにあるか探す必要があるが、この店なら可能性はある。しかも電設工具や配線用資材も豊富に揃っている。


 


優希の脳内に、点と点がつながっていく感覚があった。


 


バイトのとき、工具売場で何度か触った知識。インバーターやバッテリーの基礎。弱電設備の仕組み。説明書のあちこちを丸暗記させられたこと。


 


今なら、その知識が生きるための武器になる。


 


「……やれるかもしれない」


 


風が吹く。屋上の風は冷たく、埃と熱を運んでいった。


 


優希は一歩、ソーラーパネルに近づく。軽く手を置いて、ポン、と叩いた。まるで、仲間に合図を送るように。


 


「今日中は無理でも……一週間あれば、明かりぐらいは点けられるかもしれない」


 


言葉に出すと、目標が現実味を帯びる。


 


電気が通れば、夜が怖くなくなる。作業も捗る。何より、「文明の光」があるだけで、人は孤独に耐えやすくなる。そういうふうに、人間はできている。


 


優希はしゃがみ込み、ボックスの中の配線を丁寧に確認し始めた。


 


ここからが、本番だ。


 


使える資材の選別。パネルの清掃。バッテリーの確保。インバーターの場所の特定。そして、店内照明への再配線。


 


全部ひとりでやるには、骨が折れる。でも、やり遂げる価値はある。


 


だって──この光は、「生きている証明」になるから。


 


夕暮れの風が屋上を吹き抜けるなか、優希は立ち上がった。


 


そして、今日もまた歩き出す。

かつて店員だったこの場所を、“生きる拠点”に変えるために。



---


 


屋上から戻った優希は、まず工具売り場へと向かった。


 


ソーラーパネルを使うには、インバーターが必要だ。直流を交流に変えなければ、店舗の配線には通せない。その知識はあった。バイト時代、何度か展示品の配線を手伝った記憶もある。


 


──でも、それだけだ。


 


いざ手に取ってみると、型番もスペックも意味不明だった。


 


「えーっと、こっちは最大出力300ワット……? で、パネルがたしか200ワットが4枚……だから、最大で800ワット。うん、それは分かる。でもバッテリーの充電は……え?」


 


手にしたカタログを睨みつける。


 


「Ah…アンペアアワー……って、なんだっけ……?」


 


頭が痛くなってきた。


 


しかも配線用のケーブルがいくつも種類があり、どれがどれに対応しているのかさっぱり分からない。太さ、導線、被覆の種類。接続端子。安全ブレーカー。感電防止措置。


 


「……俺、文系だったしな……」


 


優希はその場に座り込み、天を仰いだ。


 


知っていると思っていた。でも、知っている「気になっていただけ」だった。


 


***


 


その日は道具と資料だけ持って倉庫に戻り、工具の整備と軽い掃除だけして終わった。悔しさがじわじわとこみ上げる。


 


夜、眠れずに寝袋の中で丸まりながら、思い出すのは防災フェアのとき、展示パネルの裏で真面目にケーブルをつないでいた電設業者のおじさんの姿だった。言葉の端々が蘇る。


 


「電気はな、甘く見ると死ぬぞ。火も出る。ショートはマジで洒落にならん」


 


優希は毛布をかぶって、小さく呻いた。


 


***


 


翌日。優希は作業ノートを作ることにした。


 


ノートの表紙には「復旧計画」と書き、次のように分類した。


1. 屋上ソーラーパネルの出力調査



2. インバーターの確保と接続方法



3. バッテリーの充電と保管方法



4. 室内照明との再接続




 


ひとつずつ、順番に分解していく。


 


最初はパネルの出力チェックだ。パネルに繋がるケーブルにテスターを噛ませる。これは、工具売り場の簡易マニュアルを参考にした。電圧は18Vほど出ている。


 


「おお……! 生きてる、確実に生きてる!」


 


嬉しさで飛び上がりそうになる。でも、その電気をどう貯め、どう使うかが本題だ。


 


そこで彼は、売り場の片隅にあったDIY向け防災キットの「組立見本」を思い出した。説明用に作られた小型システムには、バッテリーとインバーターが接続されていた。


 


──あれを、そのまま参考にすればいいのでは?


 


バッテリーを倉庫から引っ張り出し、インバーターを繋げ、パネルからの配線を直結してみる。


 


「よし、これで──」


 


ブチッ!


 


音がして、インバーターのランプが消えた。


 


「えっ、なに? なに?」


 


慌てて外す。焦げた匂いがした。繋ぎ方を間違えたのだ。どうやら極性を逆にしていたらしい。


 


「っぶねぇ……!!」


 


そのまま繋いでいたら、火花が飛んでいたかもしれない。


 


優希は膝から崩れ落ちるように座った。心臓がバクバクしていた。


 


「……バイトで覚えた知識でどうにかなると思ってた。甘かったな……」


 


地面に座り込みながら、彼は初めて「学ばなければならない」と思った。


 


***


 


次の日からの優希は変わった。


 


単語を調べ、カタログを読み漁り、倉庫の片隅に作ったノートに配線図を書き写していく。防災展示の資料、電設工具の使い方、売り場で配布されていた「自宅太陽光発電セット」の説明書まで、全てが教科書だった。


 


バイト中に斜め読みしていた情報を、今は真剣に読み込んでいく。読んだ内容を声に出して確認し、頭に叩き込んだ。


 


「直列……並列……直列は電圧が加算、並列は電流が加算、だから……」


 


床に広げたノートに、パネルとバッテリー、インバーターの配線図を書いていく。


 


一週間が経ったころ、優希は再び屋上に立った。


 


慎重にパネルの清掃を終え、配線を固定し直す。端子に接触不良がないよう、導通をテスターで何度も確認。防水処理も施す。インバーターは小型のものから試し、バッテリーもテスト用にひとつだけ使った。


 


最初に点けるのは、照明一灯だけ。


 


USBライトを繋ぎ、スイッチを押した。


 


──ポツッ。


 


小さなLEDの灯りが点いた。


 


「……点いた……!」


 


喉の奥が熱くなった。優希は思わず、その場にしゃがみ込んで手で顔を覆った。


 


電気がついただけだ。たったそれだけのこと。けれど、この光は、文明の灯火だった。世界が終わっても、まだ、人間はここにいると証明するものだった。


 


それからさらに数日かけ、優希は照明を店内の天井配線に一部だけ再接続する。冷蔵設備の一部も使えるよう、電力を配分した。


 


もちろん限界はある。パネルの発電量には制約があり、冷蔵庫の稼働時間も短い。曇りの日はまったくダメな日もある。


 


それでも──


 


夜、照明の下で日記をつけるとき。冷えた缶飲料を飲めたとき。照らされた天井を見上げたとき。


 


優希は、確かに感じていた。


 


「生きてる。俺は、ここで……生きてる」


 


光があるだけで、心はこんなにも強くなれる。


 


そして──


 


この光のそばで、きっと誰かと生きていける。


 


希望は、灯った。

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