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カンヅメ  作者: 鈍器ゴング
第一章
3/20

Episode2:静寂の中の歩み

---


鉄の扉を閉めてから、どれくらい経っただろう。


 


倉庫の隅に身を寄せた優希は、リュックを背中から下ろして、埃っぽい床にそっと座った。緊張が解けたのか、全身から一気に力が抜けていく。

リュックに残っていた小さなチョコレートを口に放り込み、硬い甘さを噛みしめながら天井を見上げた。


 


「……落ち着け。まず、何をするべきか……」


 


目を閉じ、深く息を吸う。 考えろ。優希。今、自分が置かれている状況を。


 


──ここは、真暗だし電気は止まっている。 きっと水もだろう。

──今のところ安全そうだが、確証はない。

──備蓄はある。だが、どこに何があるのか、正確には分からない。


 


自分は今、生き延びるための一歩を踏み出したにすぎない。これから先、何をどう使い、どう守っていくかはすべて自分次第だ。


 


優希は立ち上がり、リュックからメモ帳とペン、懐中電灯を取り出す。バイト中に使っていた、館内地図の簡略コピーがまだ挟んであった。薄れて読みにくくなった線をなぞるように目で追いながら、今いる倉庫と、そこからつながる店舗エリアの構造を思い出す。


 


「工具コーナー、ガーデニング、キャンプ用品、日用品……医薬品はレジ横だったっけ」


 


記憶を頼りに、おおよその位置をメモに書き出していく。バイトの経験が、少なくとも今の自分を多少なりとも助けてくれている。少しだけ、心が落ち着いた。


 


まず、建物内の安全確認だ。


 


可能な限り音を立てず、慎重に倉庫内を歩く。商品のダンボールが積まれた高い棚の間を通り抜け、店舗側のスイングドアに手をかけた。


 


キィ……という鈍い音が、沈黙を裂いた。


 


中は暗い。天井の照明は当然点かない。持っていた小さなLED懐中電灯を前に向けて、薄明かりで床をなぞるようにして歩く。


 


──無人の店舗。だが、その沈黙には、どこか異様な「重さ」があった。


 


什器の影、レジ台の奥、商品の棚。

そのすべてが静かで、何も起きていない。

それなのに、優希の背筋には微かに冷たい汗が流れ続けていた。


 


まるで、どこかに「何か」が潜んでいるかのように。


 


「……やめろよ、ビビってるだけだ」


 


そう言い聞かせながらも、足音はどんどん小さくなっていく。明かりを遮るようにして、商品棚が交差する通路を通るとき、優希はふと立ち止まった。


 


耳を澄ます。 ──何か……聞こえたか?


 


かすかに、棚の向こう側で「カサッ」と物音がした気がした。

風ではない。ネズミか? 

いや、それとも──。


 


背中に悪寒が走る。 優希は反射的に呼吸を止め、音のした方向を見つめた。


 


「……誰か、いるのか……?」


 


声をかけてしまった自分を、直後に後悔する。けれど、何の反応もなかった。


 


気のせい。きっとそうだ。ただの空耳。 優希は再び歩き出す。キャンプコーナーに向かう途中、床に小さな缶詰が転がっていた。


 


「……誰かが触った?」


 


バイト中には、未陳列の商品が店内に出てくることはまずなかった。陳列ミスか、それとも……。


 


ゾクリとした思考を、優希は無理やり打ち消す。今はとにかく安全確認が先だ。


 


まず、出入り口の封鎖。裏口以外に、客用の正面入口と、搬入用シャッターがある。

すでに正面はシャッターが降りていたが、万が一がある。近づいて鍵を確認し、異常がないことを確かめる。


 


次に、窓という窓に板を打ちつける必要がある。店舗側のガラスは大きく、割れた場合には防御どころか侵入路になる。

優希は一度倉庫に戻り、そこに積まれていた木材パネルや段ボール板の位置を記録し、必要な資材を手近にまとめておく。


 


「まずは工具だ……ハンマー、釘……バールもあれば便利か」


 


再び店舗に戻り、工具コーナーに向かう。懐中電灯の明かりで棚を照らすと、そこにはハンマー、ドライバー、折りたたみノコギリなどが陳列されたままになっていた。金属の光沢がかすかに反射する。


 


「……よかった。まだ、揃ってる」


 


とりあえず、使い勝手のよさそうなハンマーとバールを手に取り、腰のベルトに差し込む。DIY用の手袋と、簡易な防塵マスクも装着。滑り止め付きの軍手や、作業用ゴーグル、膝当てパッドも棚に並んでいたので、念のためそれらもリュックに詰める。


 


「……どうせ、長期戦になる。少しでも体を守れるものは拾っておくべきだ」


 


さらに奥の棚には、作業着の在庫も残っていた。防炎仕様の上下と、安全靴を見つけて試しに足を入れる。少し大きいが、厚手の靴下で調整すれば履ける。優希は心の中で「ラッキー」とつぶやきながら、それを着込み、今後の作業に備える。


 


探索は続く。売り場を移動しながら、優希は備蓄品の位置を頭の中で整理していく。非常食、飲料水、バーナー、簡易トイレ……。


 


アウトドアコーナーでは、寝袋の他に固形燃料、小型ガスバーナー、ポータブルランタンを発見。ランタンには交換用の電池もついていた。水筒と折りたたみ式の鍋セット、サバイバルブランケット、耐水マッチなどもまとめて確保する。中には開封済みの品も混ざっていたが、使えそうなものは迷わず袋に詰めた。


 


「下手な遠慮は命取りだ……使えるもんは全部使おう」


 


そして、棚の奥に小さな段ボールがひとつ。見覚えのあるラベルが貼られていた。


 


《避難セット(簡易)》──地震や火災対策のための、試供品用セットだ。


 


「これも……使えるか」


 


セットの中には、エマージェンシーシート、乾電池ラジオ、ホイッスル、簡易トイレ、簡易食、簡易ライト。必要最低限だが、あるだけでも違う。優希はその場で内容を確認し、使えないものを取り除いてリュックに再整理する。


 


手に取った瞬間、遠くのほうで「ギィィ……」という、軋むような金属音が聞こえた。


 


振り返る。誰もいない。 けれど──確かに、聞こえた。


 


緊張が全身に走る。 何かが、いる。


 


棚の間を静かに抜け、物音のした方向を避けるようにレジ方面へと向かう。その先には、バックヤードへと続く従業員通路がある──そしてその奥には、従業員用の休憩室、事務所、そしてバックヤード……。


 


行かない。まだ、行かない。


 


本能がそう告げていた。


 


優希は探索を途中で切り上げ、倉庫に戻る決断をする。すべてを確認し終えるには、まだ準備が足りない。もっと灯りが要る、もっと武器が要る。なにより──もっと、心の準備が。


 


倉庫に戻ったとき、彼は再び扉に鍵をかけ、内側から重ねて荷物を積んで塞いだ。入り口のそばには木材と釘をまとめ、明日以降に封鎖作業を始められるように並べておく。手元の地図には、今確認できた物資の位置と種類をざっとメモしておいた。


 


その夜。倉庫の隅で寝袋を広げた優希は、懐中電灯を消す直前、ふと誰かに見られているような感覚に襲われた。


 


暗闇の奥、バックヤードの向こうに。


 


何かが、いる。


 


だが、今はまだ確かめに行くべきではない。


 


──そう、優希の理性は告げていた。



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