9.バル爺
「ありましたわ!
ロッティー、向こうに見える木がそうですわ!」
今朝もコケッティーとの格闘に勝利した私は、昨日と同じ朝食を取ってから目当ての木を目指して歩いた。
愛馬、いえ、愛ロバのロッティーも一緒だ。
ロッティーは、ロバ年齢的にはこの体と同い年くらい。
途中までは私を乗せてくれた。
けれど途中から私を振り落としにかかるので、手綱を引きながら歩く羽目になった。
このでっぷりお腹を見れば、一目瞭然。
ロッティーは疲れて、ご機嫌斜めになったに違いない。
「ここで待っていてちょうだい」
「ブフン」
ロッティーの手綱を手頃な木に括って声をかける。
ロッティーは人語を理解するロバなのかしら?
鼻息を飛ばしてきたけれど、これはお返事ですわよね?
何だか馬鹿にしたような目をしてますけれど、気の所為てすわよね?
ロッティーを気にしながらも、奥に見える木に向かう。
ここは領地の中でも日当たりの良い方に当たる森。
昨日登った山の上と比べれば、冬とはいえまだ温かい。
「これですわ!」
木の周りに落ちている実を見つけて、手に取る。
水分が抜けた実は褐色で、シワシワだ。
思わず頬が緩む。
用意していた布袋に、目につくだけ入れていく。
「うぉい、マル坊!」
「へ?」
背後から嗄れた声が聞こえて振り向いた。
シワシワのお爺さんが、厳しい顔で立っている。
「どうかしまして?」
一歩近づく。
するとお爺さんは、一歩下がる。
「近づくでないわ!
臭いじゃろうが!」
「ひ、酷い……」
突然の暴言ですわ!
酷いですわ!
でも、まだまだ臭いから言い返せませんわ!
乙女心が傷つくけれど、涙は流しませんことよ!
「何じゃ、そんな顔しおって!
融資は受けられたんじゃろうな!
ここを出てから、もう十日以上経ったじゃろうが!
報告に来んか!」
そういえば、そうでしたわね。
このお爺さんの名前はバン。
この領地に幾つかある村の中でも、一番大きな村のまとめ役。
バン爺と呼ばれていて、生前のマルクを子供の頃から知っている。
いわゆる頑固爺ですけれど、若くして領主となったマルクを気にかけて、世話を焼いてくれたのもバン爺。
記憶から、マルクも頼りにしていた事がわかる。
マルクが頼ると、仕方ないなと手を差し伸べてくれてきた。
そう考えると転生前の私と違って、マルクは周囲に慕われる人物でしたのね。
マルクは一週間かけてメルディ領へ行き、帰りは乗り継ぎがなかったとは言え、私も四日かけて戻ってきた。
メルディ領では、死んで、生き返って、死にかけて時間を無駄にしたし、自宅に戻ってからは、既に二日が経過している。
融資を勧めてきたバン爺は、さぞヤキモキしていた事だろう。
「ご挨拶に伺わなくて、申し訳ありませんでしたわ。
残念だけれど、融資は断られてしまいましたの。
今、別の対策を考えて……」
「何じゃと!?
このままいけば、また若い者が領から出て行くじゃろうが!
だったらせめて領主権限で、領民をここから出ないようにしろと何度も言っておるじゃろう!」
確かにそうした方法を取る事はできる。
領主に認められた自治権の一つだ。
けれどマルクも含め、代々のバルハ領主達はそうしなかった。
領民が貧しさから領地を出るのは、領主が至らないからだと恥じていた。
領の経済を安定させるのが領主の責任。
なのに責任を果たせないまま、領民を縛りつけるのは更に恥じの上塗りになる。
そう考えて、マルクはバル爺の勧めはお断りしていた。
「ごめんなさいね、バル爺。
融資は受けられなかったけれど、別の案を教えていただけましたの」
「なんじゃ、気持ち悪い喋り方をしおって。
他領ではそんな言葉使いが流行っておるのか?」
ドン引きされてますわ!
酷いですけど、わからなくもありませんわ!
だって今の私は、オッサンですもの!
フローネ=アンカスとして生きた私は、教育係から長年、厳しく言葉使いを正されてきた。
ところが社交界へ入った際、他の貴族女性が、いかに洗練された言葉を使うのかを知リ、驚愕したものだ。
教育係が自分に対し些か、いや、随分と愚鈍な言葉使いを教えていた。
そう気づけたまでは良かったと思う。
けれど物心つく頃から教わっていたせいか、言葉使いを直せなかった。
マルクとして転生した今、使う言葉は全く馴染みのない殿方の言葉使いだ。
改まった場ならともかく、日常の場でまで、直せるとは思えない。
「そうですの。
こちらの方が丁寧だと教えて下さいましたわ」
なので適当に誤魔化しておく。
「それより融資の代わりに、有力な情報を頂きましてよ」
「有力な情報?」
バル爺、胡散臭そうな目を向けないで下さいませ。
臭い変態と思われていそうで、気になってしまいますわ。
「減税について、ですわ」
そうしてバル爺に、減税について説明する。
「なるほどのう。
ひとまず金を稼ぐ目処をつけて、国に取られる税を減らせる制度か。
じゃが、それには何かしら特産物を作らねばならんのだろう。
そんな物、この領には無かろう」
「とろがどっこい、ありますのよ!」
意気揚々と、話して聞かせる。
「これこそ脱臭領地改革ですわ!」
最後に格好良い名前を公表して締めくくる。
「外見どころか、言葉使いもネーミングセンスもダサ……しかもバルハ領が臭いみたいじゃ……臭いのはマルク坊じゃぞ」
「そんな!?」
バル爺、酷いですわ!
呆れを通り越して、諦めたような目を向けないで下さいまし!
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