81.【最終話】カレイなる脱臭伯爵
「愛しの妻と寝室に籠もる生活も素敵ですわ」
「愛しの?
本当かな?」
言い直す私に、ファビア様が僅かに苦笑する。
けれど……ファビア様の本心だろう。
ファビア様には、未だにエンヤ嬢として、フローネだった私の死に対する負い目がある。
だからこそ心のどこかで、私が心からファビア様を愛する気持ちを疑っているのだ。
「ええ、愛しいですわ。
もしもファビア様が私を寝室に閉じ込めるなら、きっとファビア様の浮気を疑って、嫉妬に狂いそうなくらい。
だから寝室に籠もるのは御免でしてよ。
何より私、ファビア様といると、夫として頼られたくなりますのよ」
「夫として?」
「ええ。
きっとこれは、殿方であるマルク=コニーとして生まれ変わったからこそ、出てきた気持ちですわ」
フローネだった私が、再び女性として生まれ変わっていたら、きっと守られたい気持ちの方が強かったかもしれない。
もしくはファビア様と出会っていなければ、中身は女性のまま、誰も妻に迎えず生涯を終えた可能性すらある。
そんな風に思いつつも、曲は終わりを迎えた。
ファーストダンスを終えれば、違うパートナーと踊ってかまわない。
今か今かと、ファビア様と私が離れるのを待つ殿方の姿を視界の端に捉えた。
一部の淑女や貴婦人も、それとなくにじり寄ってきている。
さすが元男装の麗人。
もちろん今日は、私の妻を誰かに渡すつもりはない。
ファビア様からも、私と同じ気持ちを感じるけれど、妻に誘わせるような不粋な夫になる気はない。
軽く体を離し、そのまま細い両手を握って、膝立ちする。
「マルク?」
「私は何度でも、殿方としてファビア様にプロポーズしますわ。
マルク=コニーである私は、ファビア=グロールだからこそ、生涯を共に歩みたいんですの。
一緒に幸せになりましょう。
ファビア様に私への後ろめたい気持ちがあるなら、その分、私を幸せにして下さいまし。
私も、いつかファビア様が私への後ろめたさを手放せるよう、生涯かけて愛し抜きますわ。
もちろん私は妻であるファビア様を、誰にも渡したくありませんの。
私にも独占欲くらいありますのよ」
最後は、他の殿方への牽制だ。
周りがしんと静まり返り、私は少しずつ気恥ずかしさが増す。
そんな中、ファビア様は無言で私の手を引いて、立ち上がらせた。
と思ったら、飛びついてきましたわ!
もちろん受け止めましてよ!
「マルク、抱っこ!」
「へ?
え、えと、もちろんですわ!」
鍛えた体は、ファビア様の体を軽々と抱き上げられますわ。
言われた通りに、女性としては長身な方ながら、華奢でスレンダーなファビア様を横抱きにする。
けれど戸惑ってしまう。
良いのだろうか?
一応、国王主催のパーティーで、隣国の特使も……。
「あら、残念。
次はマルクと踊りたかったのよ?」
その時、王太子にエスコートされたスメルグ大公妃が、私の後ろから声をかけてきた。
「申し訳……」
「申し訳ありません、大公妃。
慣れない靴を履いたさいか、足を痛めてしまって。
婚姻後、初めて夫とダンスできた事が嬉しく、余韻に浸りながら夫に介抱されたいと望む、新妻の気持ち。
同じく夫を持つ大公妃ならば、新妻の夫に対する小さな我儘など、寛大な気持ちで受け止めて下さると信じております」
私の謝罪を遮ったファビア様が、大公妃に答えてしまう。
絶妙なお断り文句ですわ。
無礼と言えば、無礼。
けれどこう言われてしまえば、許すしかありませんもの。
「そうね。
公の場で新婚夫婦に水を差す方が、無粋ね。
コニー子爵。
息苦しくなったら、いつでもお相手するわ」
息苦しく?
どういう意味かしらと、思わず首を捻る。
「あー、コニー子爵。
深く考えない方が良いだろう。
足を痛めた妻を気遣うのは、夫として当然の事。
まずは妻を介抱せよ」
「? ? ?
はい、ありがとうございます」
王太子の発言の意図を全く掴めないながらも、指示された事をこれ幸いとして、ファビア様を抱えたまま、ドアに向かって歩く。
『はあ……包容力のある年上男性……』
『当然のように妻を気遣う夫……』
『『『萌えるわ……』』』
年若そうな令嬢達の、微かな声が耳に届く。
またヘリーかガルーダ侯爵夫人が、ヤベェ歌劇の台本でも書いたのだろう。
貴族社会の婚姻は、年上男性と年下女性の組み合わせが多いから。
「大公妃と言い、令嬢達と言い……マルクは無自覚な人誑しで困っちゃうね」
「え?」
いつの間にか賑やかさが戻ってきたせいか、ファビア様の囁きが聞き取れなかった。
聞き返しつつ会場を出て、案内役に声をかけてから、すぐ近くの控え室に向かう。
「何でもない。
ほら、早く控え室に入って」
案内役がいなくなった途端、急かすファビア様が何だか幼く感じて、微笑ましくなる。
「ふふふ、うちの妻はせっかちです……」
抱き抱えたまま、中に入った。
「んんっ!?」
途端、ファビア様に口づけられる。
「ちょっ、んんっ、あ、ぶなっ、んっ」
更に二度、三度と唇を重ねて、よろけてしまう。
背中をドアにトンと突き、落としてしまう前にファビア様の体を立たせる。
「マルク、他の女に目を付けられちゃって」
ファビア様は言うが早いか、私の胸元を掴んで引き寄せ、また唇を重ねてくる。
「んんっ、な、んっのこ、と、ふぅんっ」
私はと言うと、頭は真っ白。
柔らかな感触に、腰が抜けてしまう。
ファビア様と一緒に、ずるずると床に座り込んだ。
まだまだ、こういう攻めに慣れなくて、息が上がる。
臭え息になってない事を祈るばかりだ。
ファビア様は頬を上気させてはいるが、息は上がっていない。
手慣れている。
「ふふ、マルクは可愛いね。
生涯かけて、幸せにするよ。
だからマルクも、私を幸せにしてね」
「……はひぃ……はひぃ……も、もちろん……ですわ……」
「離さないし、離れないでね」
「は、はい、です……んん〜☆☆☆」
息も絶え絶えな所で、更に口を塞がれ、目の前を星が散った後、気がついたら王都の別荘に戻っていた。
……解せない。
王都から戻り、基本的には女神、時に鬼神が降臨する妻と暮らす内に、息子二人と娘一人が家族に加わった。
家族が増え、バルハ領も豊かにしていく私。
お陰で十年後、再び昇爵した。
もちろん生涯かけて、愛する妻に愛を証明していく日々。
とてもとても、幸せで充実した日々。
そんな私は、いつしか人々から【カレイなる脱臭伯爵】と呼ばれるようになる。
人々が何を掛けてカレイと称しているのかは、生涯、あえて聞かなかった。
――完結――
完結です!
当初はほぼギャグに走り、臭えオッサンが終始一貫して臭えと叫ぶだけの、恋愛詐欺作品モードをぶちかましていた本作。
予定より長くなりましたが、ここまで読んでいただき、本当に感謝しかありません!
ありがとうございました!
もしまだの方でよろしければ、ポイントを入れていただけますと、今後の励みになります!
よろしくお願いしますm(_ _)m




