80.気の迷い的な錯覚
「曲を」
スメルグ大公妃と共に、国王は私とファビア様の婚姻に祝いの言葉を贈ってくれた後、そう言って王妃を伴い、会場の中央へと進んで行った。
スメルグ大公妃は、軽く私に目配せした後、王太子が差し出した手を特使として取り、同じく進んで行く。
「ファビア様、私達も……」
「うん」
私も新妻であるファビア様に手を差し出してから、場所を移動した。
ファーストダンスは身分が一番高い国王夫妻、そして王太子とスメルグ大公妃。
王太子の婚約者は他国の王女の為、今日この場にはいない。
そして何故か私と、麗しの女神という形容がピッタリな神々しいファビア様も、ファーストダンスの仲間入りだ。
意味がわからない。
とにかく末端男爵、いえ、子爵夫妻が仲間入りするのは異例中の異例。
ファビア様の爵位が伯爵であっても異例。
スメルグ大公妃の計略としか思えないけれど、そこは黙っておく。
私にエスコートされるファビア様は、この状況に……。
「やっとマルクが私の物だと見せつけられるね」
仄暗い目で何を言ってやがりますの!?
どうしてノリノリでいられますのよ!?
女装――いえ、こちらが本来の正装姿なのだけれど、そういう姿を初披露する事すら、何も感じてらっしゃいませんわね!?
国王夫妻を真ん中に、私達夫婦は王太子ペアから最も離れた位置に立つ。
曲が流れ始めて、自然な流れで互いの手を取り、体を寄せ合って密着する。
『ああ……グロール伯爵が、男装の麗人だったなんて』
『いつか遊びの恋人から、私に夢中になってくれると信じてましたのに……』
『『『ショック……』』』
ふぐっ。
何だか乙女達の夢を奪ったようで、申し訳ありませんわ。
きっと私との事が無ければ、ファビア様は今も殿方の出で立ちで、令嬢達と軽いスキンシップを楽しんでいたかもしれ……それはそれでムカッとしますわね?
「ふふふ、マルク。
嫉妬してくれるの、嬉しいな」
どうしてバレましたの!?
「んんっ。
私の前世を……フローネを、求めてましたのよね?」
「今はマルクの体に溺れてるから、昔の事は許してね」
思わず咳払いして誤魔化そうとした私を見たファビア様。
余裕の笑みを、いえ、何だか艶のある微笑を浮かべましたわ。
周囲がファビア様の笑みに、息を飲んで魅せられるのが伝わる。
「ね、マルク?」
するとファビア様は気を良くしたのか、更に笑みを深めて……ほんの数秒だけ下腹をぐっと押しつけてきましてよ!?
「……ヒャイッ」
思わず情けない声で返事をしてしまった。
このままではマズイと瞬時に判断した私は、曲に合わせてファビア様の体をターンへとリードする。
互いの体に隙間を作ったのだ。
フローネの頃に、社交を頑張ろうとダンスを猛練習した甲斐がありましたわ。
ほっとしたのも束の間……。
『グロール伯爵……いや、夫人になるのか?
あの艶のある微笑み……』
『前々から、男装姿の夫人を見る度、けしからん気持ちになるのは当然だったのか……』
『『『田舎子爵より、王都に住む我々の方がよっぽど似合う……』』』
何ですって!?
許しませんわ!
ファビア様は私の妻でしてよ!
何がけしからん気持ちですの!?
妄想でも私の妻に不埒な妄想など、許しませんわー!
心中で、けしからん殿方にドカンと怒りが噴火する。
しかしファビア様が自然な流れで、曲に合わせて私の首元に片手をかけてきた。
もう片方の手で私の頬に手をやると……。
「マルク?
あっちは彼女達に任せて?
ほら、私に集中してくれないと……拗ねちゃうからね?」
「か、かわわわわ……」
下から見上げつつ、わざとらしく頬を膨らませる、あざと可愛いファビア様。
私の語彙力を木っ端にしてくれやがりましたわ!
ん?
彼女達に任せて?
ふとファビア様の言葉が気になって、ファビア様の細い腰に手を添えつつ、周囲に目配せする。
あらら?
私のマナーレッスンを受けた令嬢達が、けしからん殿方の後方に、すっと現れて……。
『まあ。
王都にいたのに、コニー先生の神コーチングを知らないなんて』
『女心を知り尽くしたコニー先生だからこそ、グロール伯爵も安心して女神に戻られましたのに』
『『『そんなだから、女神が降臨しませんのよ』』』
突然の褒めそやし!?
その上、女神降臨ですと!?
確かにファビア様は、女神のように美しいですけれども!
『『『くっ、元はデブ臭いオッサンだったのに!』』』
何の捨て台詞ですの!?
それ、もう普通に悪口ですわよ!?
悪口を吐き捨てつつも、けしからん殿方達は人垣の向こうへ去っていく。
「マルクは変わったよ。
凄く格好いいし、良い匂いしかしない。
外見も引き締まったし、中身もずっとずっと、頼りがいが出た。
自分の力量も、相手の力量も見極める目があるから、頼るべき時には、プライドを取らずに周りを頼るだけの懐の広さもある」
ファビア様の言う通りだ。
今の私は、もう臭くない。
お腹も含めて全身を引き締めたし、薄い髪は潔く短髪にしてしまった。
フローネの頃みたく、自分一人で頑張らず、味方を増やしつつ、頼り、頼られる関係を心がけている。
「それにバルハ領は今、知る人はちゃんと知っている、豊かな領に変わった。
正直、私との約束はギリギリ守れるかどうかだと思っていたんだ。
ふふふ、そんなに私と寝室に籠もる生活は嫌だった?」
ファビア様の言葉で、二年程前にプロポーズの予告のようなやり取りを思い出す。
『わわわわかりましたわ!
二年で領収を安定させて、ファビア様を迎えに……』
『ああ、大丈夫だよ。
式の準備も全部私がやるし、マルクが二年後の今日、どこにいても直接迎えに行くから』
『えっと……どこに居を構え……』
『バルハ領か、メルディ領のどちらかだけれど、バルハ領の領収が安定していないなら、暫くはバルハ領かな。
もちろんマルクは、邸の寝室から出なくていいからね』
ファビア様、実質的監禁宣言でしたわね。
「確かに嫌……ヒゥ……いえ、言葉のあやですわ」
思わず本音がポロリとした瞬間、女神が東方の国で有名な鬼神に見えましたわ。
気の所為……気の迷い的な錯覚でしてよ……そう、きっと。
いつもご覧いただき、ありがとうございます。
最近ゆっくりペースでしたが、明日のお昼投稿で最終回を迎えます(〃∇〃)
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