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8.手作りサンドイッチ〜ファビアside

「あんな臭いオッサン助けて、何を企んでいる?」


 一週間ぶりに会った幼馴染は、時に私の使用人を装う。

名をヘリオス=ガルーダ。

ガルーダ侯爵家の三男だが、で騎士爵を賜っている。


 自ら望んでメルディ領近くの駐屯地に所属してきた。


 暇な休みがあると、こんな風に遊びに来る。


 今回は、たまたま二週間の休みをまとめて取っていた。


 ヘリオスの本来の外見は白金髪にアイスブルーの瞳。


 だけど平民を装う時には黒い鬘を被り、ハンチング帽と合わせて目を隠している。


「戻ってくるなり随分な言い方だね、ヘリオス」


 臭いオッサンとは、マルク=コニー男爵の事だろう。

投身自殺を図ろうとした場面に遭遇したから助けた。


 臭いオッサンとの道中を想像して、嫌がる使用人。

それを見かねたヘリオスが、コニー男爵を自宅まで送ってくれた。


 コニー男爵が有するバルハ領は、無駄に広い。

だけど土地が痩せていて、領収と土地に対して掛けられる税が見合わない。


 何十年もかけて貧困化が進行し、それが原因で領民も他所へ流れてしまった。

そのせいで、更に領収が減る。

そんな悪循環に陥っている。


 領地の場所も悪い。

交易拠点からも軍事拠点からも離れているし、金が足らないから道も舗装できずにいる。


 他領に何かを運搬しようにも運賃を高く取られ、逆に他領からの物資も届きにくい。


 領民達が自給自足する分には、どうとでもなる。

領地の広さも、ある意味魅力的と言えない事はない。


 なのにそうした諸事情のせいで、バルハ領を狙う者もいない。


 コニー男爵と領民からすれば、不幸中の幸いかもしれないのと同時に、不幸な事でもある。


「答えろよ、ファビア」


 ヘリオスが鬘とハンチング帽を脱ぎながら、ソファにドカリと座る。


 ヘリオスの表情から、私が本気でコニー男爵に対して何か企んでいるのを疑っているらしい。


「それよりコニー男爵の様子はどうだった?

彼が自殺して、バルハ領が無法地帯になるのも困るんだよね。

思い止まってくれそう?」


 何も企んでいないとは言い難い。

だがコニー男爵を送り届けようとしたのは、純粋に善意あっての事だ。


 なのにヘリオスときたら……。


 私の日頃の行いは、そんなに悪かっただろうか?


 コニー男爵は私に融資を乞いに、はるばる時間と金をかけてメルディ領へとやって来た。


 もちろん先ぶれは貰っている。

最低限の礼がなければ、会いはしない。


 だからと言って、回収の見込みがない人間に金を貸すつもりはない。

慈善事業で領地経営などできない。

だから断った。


 コニー男爵も、もっと身だしなみを整えるくらいすれば、もう少し将来性を予想できる姿に……いや、無理か。


 特にコニー男爵から漂う、あの強烈な刺激臭。

加齢臭か?

メルディ領に来るまで、まともに体を洗えなかったんだろう。

不可抗力だと、理解できないわけじゃない。


 けれどあんな臭いをさせて、見るからに長生きを危ぶみそうなでっぷりとした外見だ。

服も体型を少しでも隠そうとしたのか、体に似合っていない。


 貴族なら将来性が無いと判断して、絶対に手を貸さない。 


 とは言えバルハ領は馬で駆けたり、乗り合い馬車ではなく馬車で直行するなら、私の領まで一週間もかからない距離だ。


 バルハ領が野心ある貴族の手に渡りでもすれば、このメルディ領が狙われる可能性も出てくる。


 狙われるくらいには、メルディ領は発展している。


 だから逆にバルハ領が経済的に安定し、このメルディ領と提携できる何かを生み出すなら、むしろ都合が良い。


 そう考えた私は、コニー男爵へ助言した。


 何か一つでも特産品を自領で精算するように。

その上で国に減税を嘆願できるだけの材料を作れと。


 減収続きの領地には、国が救済処置を施した前例が幾つかある。


「別れ際のコニー男爵は、私が教えた減税対策を聞いて、顔を綻ばせて感謝の言葉も伝えてきた。

なのに翌朝には自殺しようとするなんて……」

「あー、それな。

コニー男爵は自殺じゃなくて、行水しようとしてただけだった」


 残念だ、と続けようとした言葉は、ヘリオスが語る新たな事実で霧散した。


「……は?

あんな真冬の冷たい川で?」


 普通に凍死してしまうだろうに、行水?

にわかには信じられない。


「それがな、ファビアと別れた後……」


 ヘリオスが教えてくれた真実を要約すると、この邸を出た後、持ち金どころか身ぐるみごと剥がされた。


 メルディ領の警ら隊宿舎に近い、軽犯罪者用の独房で一夜を明かした。


 服だけじゃなく体臭がキツすぎて、帰れないと判断。

川で服と自分を洗う。


 そうしたら私が自殺と勘違いして、川から引きずり出したと。


 私の領地で発生した、末端貴族と言えど、男爵を狙った追い剥ぎ。

そこについては気になれど……。


「ふっ……くっ、はは……あははははは!

何だ、それ!

可愛いな!

あははははは!」

「いや、可愛くはないだろう。」

「要約しても面白エピソードが、一日経たずして様々起こるなんて!

こんな喜劇的な体験をするコニー男爵は、ある意味、ある種の引きが強いのかな!

それにサンドイッチをそんなに感激するなんて、可愛いじゃないか!

もっと具材を挟んであげれば良かったね!」


 コニー男爵が食べたサンドイッチは、爆笑中の私が作った。


『……エンヤ嬢』


 あの時、コニー男爵はそう呟いて気絶した。

直後、コニー男爵の腹からギュルギュルと音がした。


 私は時折、赤毛の女性が出てくる夢を見る。


 夢に出てくるその女性が、サンドイッチという言葉でキュルルとお腹を鳴らした事があったのを思い出した。

音はコニー男爵より、ずっと可愛らしかったけれど。


 「エンヤ嬢」と口にする女性が出てくる度、胸が締めつけられるような、切ない想いに胸が疼く。

疼きは夢から覚めても、今みたく思い出しても感じている。


 きっと私は夢の中の女性に恋をした。


 夢の女性を想いながら、自らの手でサンドイッチを作った。

コニー男爵に食べさせるようにと、彼を送り届けるヘリオスに持たせる為に。

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