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79.狂気(狂喜)後、新妻

「コニー子爵、立ちなさい」

「はい」


 国王に言われるがまま、かしずいた姿勢を崩して立ち上がる。


「ケナシー国特使、スメルグ大公妃」


 すると国王が後ろを振り返り、私のよく知る夫人を呼んだ。


 軽く頷いて国王の隣に立つ夫人は、ケナシー国からバルハ領へ逃亡していたケナシー国民の一人だった。


 けれど夫人の風貌は、ケナシー国民とも少し違う。

光の加減で薄青く輝く黒髪に金緑の瞳をした妙齢の女性は、ケナシー国を挟んだ向こう側に位置する国の元王女だ。

ケナシー国の、今では元王弟となった大公に嫁いでいる。


 そんな夫人とバルハ領で顔を合わせた時には、数ヶ月前に十八歳で国王となった甥と、十五歳の娘を傍らに伴っていた。


 三人とも、高貴な身分とは思えない程にやつれていて、かなり垢や汚れに塗れた状態。

他のケナシー国からの逃亡者と遜色ない出で立ちに、疲労困憊感。


 年若い他の二人も含めて、皆一様に死んだ魚のような目をしている中、夫人だけは目をギラつかせてましたのよね。

今にして思えば、外敵から子供達を守ろうとする親狼のようでしたわ。


 フローネだった頃の直感が働き、やんごとなき身分の一団だと判断した。


 面倒事に巻き込まれる。

何せ国王からの注意喚起の書簡には、ケナシー国の雑兵が紛れ込む可能性と、見つけたら国軍に連絡しろと書かれてあった。


 ケナシー国民なら受け入れるな、とも。


 下手をするとフローネの時のように、またギロチン台へ送られる。

そう思うと恐怖に震え上がりそうになった。


 それでも……数十名全員を、自分の邸に迎え入れた。

小さな子供までいるし、明らかに飢えている人達を追い出すのは難しかった。


 邸についてすぐ、夫人だけでも言葉が通じる事が判明し、そこからは風呂焚き地獄。


 だって……皆が皆、激臭でしたのよ!

しかも数十名が、一箇所()に集まりましたの!

その上、季節は真夏だったせいで、酸っぱ臭え激臭が、蒸されて発酵した殺人臭に激変!

とにかく、くっせぇんでしたのよ!


 幸いなのはバルハ領民達が、風呂焚きと食事の準備を手伝ってくれた事だ。

もちろん、国から罰せられる時は、領主である私が命じた事にするつもりだったけれど。


 垢と汚れ塗れの数十名全員を、一般家庭サイズの風呂に交代で入ってもらう作業はキツかった。

交代する度、お湯も入れ換えるから、何度も何度も湯を沸かす。

真夏に長時間、焚き場で火を焚くのは地獄の荒行。

一人でやっていたら、発狂していたかもしれない。


 替えの服も、領民達が少しずつ持ち寄ってくれた事が功を奏した。


 夫人がケナシー国内の情勢を教えてくれ、ケナシー王家と軍部、政務部に所属すれ高官達の間で、内部分裂している事が判明した。


 そこからはファビア様に相談した。

私の手には余り過ぎる話だ。


 正解だった。

ケナシー国の方々は、数ヶ月程でバルハ領からお帰りいただけた。


 さすが王妃にして、建国の聖女となったエンヤ嬢の生まれ変わりだけの事はある。


 目の前にいる初老のユカルナ国王を動かし、当時のケナシー国王や、ナンチャラ将軍率いる武闘派を排除。


 いつの間にやら目の前にいるスメルグ大公妃と手に手を取り合い、スメルグ大公も焚き付け、国王をすげ替えていた。


 更にスコッチウイスキーの販路を、ケナシー国だけでなく、夫人の母国にまで拡大。


 ファビア様から発注書を見せられた時には、心底驚いた。


『マルクが二年という期日を守れるか心配だったけれど、これで来月には私達も結婚できるね。

間に合って良かったよ』


 そう言って、目の下に隈を作りながらも、清々しい笑顔を向けてきたのは、もちろんファビア様。


 もし結婚から逃げたら、絞め殺し、飼い殺しにされるかもしれない。

そんな狂気(狂喜)に満ちた仄暗い眼差しだったのは、見なかった事にした。


「コニー子爵。

いえ、親愛なる友、マルクと呼ばせてちょうだい」


 親愛の微笑みを浮かべ、流暢なユカルナ国語で語りかけてきたのは、夫人__スメルグ大公妃。


 その時、ふと囁きが耳に入る。


『コニー男、んんっ、子爵と言えば、グロール伯爵と……』

『そうですわ!

数年前、薔薇歌劇の先駆け……』

『以前は私小説【野獣と蒼き煌めきの美丈夫】の野獣役……』


 やめて下さいまし!

黒歴史ですわ!


 でもこの【薔薇】のお陰で、ガルーダ夫人が私の後見人になってくれた。


 薔薇=殿方にしか興味のないオッサンのイメージからか、はたまた畏まった場以外では、未だにフローネの頃の話し方が抜けないせいか。

もちろん両方かもしれない。


 まだまだお腹が引っ込みきれていなかった頃から始まり、私にマナー講師をお願いしてくれるご令嬢達が、第一期生以降も続いている。


『ハッ、まさかグロール伯爵とご結婚されたご令嬢って……』

『……え?

え……まさか令嬢ではなく?』


 ふぉぐぁ!?

こちらこそまさかですわ!

まさか気づかれ……。


「マルク。

子爵への昇爵おめでとう。

そしてもう一つの慶事……」


 周りの言葉に気を取られ過ぎて、大公妃の言葉が入ってきませんわ!


 慶事……ん?

慶び事って……。


 はぅわぁ!?

確かガルーダ夫人が、陛下から婚姻の祝辞も頂けると言ってましたわ!

国王じゃなくて、大公妃からではありませんの!?


 周囲のざわつきと大公妃の発言の、絶妙なタイミングに焦りだす。


「グロール伯爵、こちらへいらして」

「はい」


 大公妃に言われるがまま、一人の女性が歩を進めて私の隣に立つ。

自然な流れで私の腕に、軽く手を添える。


 目線の高さが私より少しだけ低い女性は、青く煌めく白金の髪を一つに束ねている。

美麗な顔立ちに相応しく、洗練された美を美しく纏う、どこから見ても女性。


 ファビア=グロール。

私の麗しの新妻だ。

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