77.二年と少しして
「聞きまして?
メルディ領主が、ご結婚されたお話」
「ええ!?
結婚の話、本当でしたの!?」
「ショックでしたわ!
私達のグロール伯爵様が!
それもお仕事が忙しくて、ひとまず入籍だけを急がれたとか」
「ねえ、貴女達はグロール伯爵の隣を射止めたご令嬢を、見まして!?
噂が一人歩きしているだけで結局、噂だった、なんて事ではなくって!?
どなたか、そうと仰って〜!」
私がファビア様に結婚宣言をした日から、二年と少し経過した。
王家主催の夜会に参加したものの、マルクとしては初めてだ。
それにフローネだった頃に浴びた冷たい視線を思い出して、緊張している。
壁の花どころか、壁そのものになったかのように気配を消していれば、令嬢達の集団がファビア様の結婚について話し始めた。
ドキドキしながら、つい耳を傾けていれば、集団からご令嬢という言葉が飛び出して、更に心臓が跳ねる。
もちろん令嬢達は一斉に首を振る。
「もし噂通りなら、きっと奥様となられた夫人を、グロール伯爵が隠してらっしゃるのよ」
「「そんな!?」」
「私は噂でしかない方にかけますわ!
グロール伯爵は見目麗しいだけでなく、手掛ける事業は成功ばかりのやり手ですのよ!
グロール伯爵のハートを射止められる令嬢なんて、存在するはずありませんもの!」
「「「そうですわ!
グロール伯爵は未婚令嬢の希望よ!」」」
令嬢達が凄い勘違いですわ。
むしろそんな令嬢がいたら、貴女方が潰しにかかりそうな勢いで怖いですわよ。
「そうそう、グロール伯爵と言えば、バルハ領の領主と懇意にして差し上げていると……」
「ああ、私も聞いた事があります。
貧乏領主で、国への納税も国王陛下の計らいで免税を受けていたらしいですわ。
バルハ領主……お名前は何て言ったかしら?
まあ、バルハ領主でよろしいわね。
ここ数年で、やっとバルハ領は盛り返してきたらしいですけれど、グロール伯爵がかなり援助したとか」
ふぐっ。
本当のお話ながら、耳が痛いですわ。
でもファビア様に援助いただいたのは、特産品の取り引きに関わる事と、マナー講師の紹介ですのよ。
今はマナー講師も教え子の紹介や、口コミを聞きつけての申し込み制になってますわ。
特産品も、初めに手掛けていた品に関しては、どちらかと言えば原材料を卸す方へシフトして、その分、新たな特産品の生産に着手していますのよ。
もちろんファビア様が贔屓するような援助は受けてませんわ。
「まあ!
グロール伯爵は本当に、お優しいのね」
「バルハ領主はハゲ、んんっ。
薄毛でお腹が飛び出た、加齢臭が酷い中年男性らしいです。
きっとお優しいグロール伯爵が、気の毒に思われたのね」
今、ハゲって言いましたわね。
グサッと言葉が突き刺さりましてよ。
けれど彼女達は、話題に登るオッサンがすぐ近くにいるとは、思ってもいないらしい。
私の擬態能力が、上がっているのかしら?
いえ、そもそもオッサンに興味がないから、視界にすら入っていないんでしょうね。
「あら、バルハ領主……コニー男爵のお話?」
そこへやってきたのはスラリとした妙齢の女性。
後ろに数名の令嬢達を連れている。
令嬢達は皆、見覚えがありますわ。
「「「「ガルーダ侯爵夫人!」」」」
すると噂話に花を咲かせていた令嬢達が、色めき立つ。
それはそうだろう。
ガルーダ侯爵夫人とは、ヘリオスの母君だ。
ガルーダ侯爵は、今でこそあまり表に出なくなっているものの、社交界ではまだまだ名前を知らない者がいないくらい、トップに君臨している。
その上、ファビア様が幼い頃から懇意にしている仲なのは、周知の事実。
「お久しぶりです!
ガルーダ夫人が後援されている歌劇、素敵でしたわ!」
「私も観てます!
最近は男装令嬢ものにときめきましたの!」
「数年前から定期公演されている、美丈夫と中年男の薔薇の福音シリーズは、笑いと涙なくして語れません!」
ふ、福音……最後に喋った令嬢は、興奮しすぎてません?
性癖全開ですわよ?
「ふふふ、私はあくまで後援しているだけなのよ」
そんな令嬢達に、ガルーダ夫人は妖艶に微笑む。
すると私に向かって微笑みましたわ?
気の所為?
「それで、コニー男爵のお話だったかしら?」
「いえ、グロール伯爵のお話の延長で……」
「そうなの?
残念ね?
コニー男爵は今、ファッション発祥の根源よ?
それに……」
あらら?
やっぱり気の所為じゃありませんわ?
私を完全にロックオンしましたわ。
「見た目も、臭いも、振る舞いも、グロール伯爵の隣に立つのに相応しい紳士よ?
ね、マルク?」
「「「「え?」」」」
これには噂話令嬢達もぽかんとした顔で、気の抜けた声を漏らしましたわ。
対してガルーダ夫人の後ろにいた令嬢達……マナー講師として教えた教え子達が、私に向かって小さく頷いた。
「今日はバルハ領主として、陛下からお言葉を賜るのよね。
婚姻の祝辞も頂けるわ。
私もマルクを後見する身として、グロール伯爵の成長を見守る母親代わりとして、鼻が高いわ。
そろそろ陛下が入場されるから、お互いの伴侶のいる場までエスコートしてくれる?」
「……もちろん」
突然の身バレに戸惑うものの、すぐに表情を取り繕ってガルーダ夫人の差し出す手の甲を恭しく取る。
「ご機嫌よう」
「「「はい、夫人。
コニー先生も、ご機嫌よう」」」
「ええ」
ガルーダ夫人に挨拶を返した教え子に、軽く頷いてからその場を離れる。
「嘘……コニー男爵……噂と違って……」
「臭いなんて……むしろ爽やかな香りが……」
「確かに頭は薄いけれど、清潔感と潔さ感……」
最後の令嬢の言葉は聞かなかった事にした。




