67.本気ですのね!?
「同情、では……」
今は男女の愛情が絡む類で傷つきたくない。
臭えオッサンに生まれ変わっても、中身は乙女なのだ。
そんな感情が胸に渦巻いた末に、出た言葉。
「え?」
「フローネへの同情から、ファビア様はマルクとなった私への気持ちを勘違いなさったのではありませんの?」
「……そう。
わかったよ」
ファビア様が頷く。
ああ、やはり。
ファビア様は同情と恋慕を勘違い……。
「私の気持ちが、そもそもマルクに伝わっていないのは、よくわかったよ」
「へ?
うぎゃっ」
言うが早いか、ファビア様が私をソファに転がしましたわ!?
オッサンらしい野太い声が口から出ましてよ!?
というか、女性ではありませんでしたの!?
力が強い……。
「ねえ、マルク?
どうしたら私の気持ちが伝わるかな?」
「ファファファビア様!?」
「受け入れられないのは、もちろん嫌だよ。
けれど私の愛情を同情だって疑われて、信じて貰えないのは、もっと嫌だな」
やべえ目ですわ!?
私の下腹に移動したファビア様。
とんでもない色気を振りまく魔王様に、仰天チェンジ!?
「同情?
もちろんシャルルなんかの為に、あんな惨い処刑のされ方をしたからね。
今となっては同情してる。
でも、私の話をちゃんと聞いていたかな?
私がフローネの事を完全に思い出したのは、昨日の歌劇を見てからだ。
フローネが処刑された場面を夢で見たのは……確かマルクが山で遭難したあたりかな。
それよりも前に、マルクの事を好ましいと感じていたんだけれど?」
早口気味のファビア様。
ご尊顔が刺々しいのに、美麗ですわ!
「あわわわわわわ……ふぉももももも」
対して私は、己の口臭などすっかり忘れ……いえ、思い出して、途中から口元を両手で多いながら、間抜けな何かが口を突く。
押し倒されるだなんて、生まれて初めての経験ですわ!
婚約者にすらされた事、ありませんのよ!
しかもファビア様は、美紳士!
いえ、女性でしたものね!
魔王ならぬ、魔女王様ですわ!
さっきまで少女のような可憐可愛いファビア様はどこに放蕩しやがりまして!?
そう思っていると、ファビア様がくすりと笑って……今度は色気が抜けた!?
優しく微笑む女神が降臨しましたわ!?
シャルルは転生して、七変化機能でも備えてまして!?
「ほら、手を退けて?」
「は、はい……」
私の両手に手をやったファビア様に言われるがまま、うっかり誘導されて、口元から手を外す。
「ねえ、マルク?
私はマルクの、そういう純粋な所が好きだよ。
でも……」
手部から、手首に移動したファビア様の手が誘導するまま、ソファの背と椅子にそれぞれ縫い止められる。
私はバンザイをした格好。
そこに加齢からくる関節の硬さ。
更に肩肉もプラス。
つまり、女性のファビアであっても、男の私が腕を自由に動かせない……わけ……で?
あ、あららら?
ファビア様にいつの間にか色気が復活?
女神から魔女王様に、またまたチェンジ?
「愛でたくなるのと同時に……」
「め、愛でたく?」
「心配になる。
私以外に、そんな純粋な所を見せるんじゃないかってね」
「し、心配?
純粋?」
「うん、だから閉じこめて、囲って……」
「か、囲って?」
どういう事ですの!?
ファビア様が発する言葉も、声音も、雲行きがどんどん怪しくなってますわ!?
淑女の危機感センサーが、ビリビリと背筋を刺激してきやがりますわ!?
あ、あららら?
魔女王様の色気溢れるご尊顔が、少しずつ近づいてきてますわ?
頬が薄っすら色付いていて、魔女王様の色気にぽうっと殺られそうでしてよ?
「私しかマルクの純粋さに触れられないように、私だけがマルクを愛でられるように……」
あ、あららら?
このままでは、私の顔とご尊顔がコツンと衝突……。
「既成事実を作って、初心なマルクの身も心も縛りたくなる」
「き、既成事実っ!?
いけませっ……んひぃぃぃ」
このままでは口と口が正面衝突する!
本能的に察した私は、顔を背け……ようとするも、我が腕肉が、顔肉に当たってしまう。
大して逸らせませんわ!?
我ながら汚え悲鳴だと頭の片隅では思いながらも、勝手に悲鳴が口を突く。
その時だ。
魔女王様のご尊顔が方向を変え、柔らかな感触が頬に当たる。
「私の気持ちを、もう疑わない?」
「は、ははは、はい、ですわ」
頬にキスされましたわ。
手首を止める力が弛み、私の肩を気遣うように、ゆっくりとバンザイを解除させていく。
「私のコレは、もう恋じゃないんだ。
でもマルクが純粋だからこそ、独りよがりの愛情をぶつけたくもない。
だからマルク?
お願いだから、もう疑わないで?」
途端、魔女王様が傷ついたような、人間味のある可愛らしい顔にチェンジする。
確かに、ずっと男装していたファビア様が、他人に正体を明かすのは勇気がいっただろう。
「……はい、ですわ。
ありがとう、ですわ」
そう考えた途端、ファビア様がいじらしく感じられる。
口づけられた頬へと、半ば無意識に手をやって、お礼を伝えていた。
だって、もしも自分が殿方に惚れたなら……惚れ……ファビア様が……私に惚れ……。
ボンッ、と顔が一気に熱くなった。
本気ですのね!?
マルクな私に惚れてるんですのね!?
し、信じられないけれど、信じてしまいましたわよ!?
「ふふ、こちらこそ、信じてくれてありがとう」
嬉しそうに、はにかんで微笑むファビア様。
や、やだ!
何かしら、この可愛らしい生き物は!?
ど、どうしましょう!?
ついさっき、自分の慕情云々と言って蓋をした感情が、飛び出して……ちょ、ちょろいですわ!?
我ながらちょろすぎません!?
ま、まさか臭えオッサンに転生したら、こんな可愛らしい紳士令嬢に告白されましたの!?
しかも相手はやり手領主で、私小説ではスパダリとか言うやつ……つまり、未婚の女性だからスパダリ嬢ですの!?
あ、あららら?
スパダリ嬢が頬に添えた私の手を取って……手の甲に恭しくキッス!?
キスされまして!?
「マルク、赤くなって可愛い。
どうしたの?
マルクはもしかして私の顔……好き?」
上目遣い!
上から見下ろす体勢なのに、上目遣い!
ああ……淑女の乙女心は、確実に殺られて……気が遠くなり……。
__バン!
「何してんだ!
このオッサンが!
って、ファビア!?
逆に襲ってんのかよ!?」
「ふぉふぉふぉ。
遅咲きの青春ですなあ」
「チッ」
ドアをけたたましく開ける音と、敵意と驚きの声を上げる殿方の声。
微笑ましげなガルム様の声。
魔女王様の盛大な舌打ち。
それらを聞きながら、私は気絶した。
目は、開けたままだったと思う。
お待たせしました!
そろそろこの話も終わりを迎えつつあるところで、話を詰めていたら更新が遅くなってしまいました(^_^;)




