66.告白
「ねえ、マルク。
誰に想われて、幸せなの?」
「お、起きてましたの!?」
和やか名微睡みムードが霧散しましたわ!?
むくりと起き上がって、目元を少し擦ってから私を射抜く瞳……危機感を煽るくらい、ゾクッとして、寝起きだからか、壮絶な色気も放って……。
「教えて、マルク?」
「ンヒッ」
おかしな悲鳴は許して欲しい。
だってファビア様が、私の首に腕を回して、膝の上に横乗りしてきたのだ。
どこか苦しげなファビア様の表情!
色気がだだ漏れて、やべえですわ!
「ねねね寝惚けてますの!?
ちかちかちか近いですわ!?」
まるで口づけられそうな距離に、顔を逸らす。
今の私の口臭に、ファビア様が殺られてしまいますわよ!?
そんな私の頬を両手で包んで、自分の方へ向けるファビア様。
「好きだよ、マルク?」
「???」
「ふふ、意味がわからないって顔だね」
トロンとした顔をしたファビア様は、そのまま私の首に腕を回して、抱きついた。
「抱き締めて、マルク?
私、落ちてしまうよ?」
「へ?
あ、あああの、え、ええ」
パニック状態で、言われた通りに抱き締める。
思っていと以上に、何だか女性のように感じる華奢な体から、甘い香りがふわりと漂った。
「マルクがフローネで、私がシャルルだったからじゃないんだ。
もちろんきっかけは、そうだけれどね。
ファビアとして、今のマルク=コニーが好きになった」
「えっ、えっと……ありがとう、ですわ?」
「まだ通じてないね。
私はマルクにずっと恋をしていたんだよ。
そしてこの邸でマルクと過ごす内に、この数ヶ月の間に、私の中の恋は完全に愛へと変わった。
愛しているよ、マルク」
ん?
ファビア様は何を言っているのかしら?
恋?
臭えオッサンに?
愛?
臭えオッサンに?
「あの、私達は……」
「ああ、言い忘れていたけれど……」
ファビア様が密着した体を離そうとするのを感じ取って、ハッと腕に力を籠める。
「あのっ、今はこのままでいて下さいまし!
息が臭えんですの!」
「息?
ああ、だからさっき私の方を見なかった?
無言だったのも?」
ハンカチを差し出した時の事を言っているのだと察して、コクコクと頷く。
「そっか。
全部知って、私を憎らしく感じてたんじゃなかったんだ。
良かった」
「ち、違いますわ!
ファビア様を、あの、シャルルだって、憎らしく感じた事は少しもありませんのよ!」
「そっか。
焦って告白してしまったよ」
「こ、告っ白っ……あ、の、でも私達は……」
「女だよ」
「え?」
「私の性別は、女。
幼い頃から夢でフローネを見るようになって、ファビアである私はフローネに恋をした。
でも私は女として生まれた。
だから凛々しくあろうとして、男装するようになった。
両親を早くに亡くした私は、男装でいる方が何かと便利だった事もあって、ずっと服装を変えなかった。
まだ社交界に顔を出すより前の、幼い頃からだ。
だから大半の人間は、私を男だと認識している。
私の性別を知っていた者でも、実は男だったのかと勘違いしている者も多いよ」
「え?
女……え?」
「ふふ、マルク、可愛いね」
ファビア様は軽く笑うと、伸び上がって私の顔を抱きかかえた。
顔に感じるのは……二つのまろやかな双丘で……。
「下も触る?」
下?
下って……ソコですの!?
「けけけ結構ですわ!
破廉恥がすぎましてよ!」
「うわ!」
思わず叫んで、細い腰……くっ、こっちも女性らしい、まろやかさですわ!
とにかく細い腰を掴んで引き下ろして、顔から双丘を遠ざけてから、抱き締め直す。
少しだって、破廉恥は許しませんわ!
「ふふふ、役得かな」
火が吹きそうな顔を細い首元に押しつけて、余裕なく口を噤む私と違い、ファビア様は随分と余裕だ。
私の背中に両手を回して、ファビア様が抱きつく。
何ですの、この可愛い、小さい生き物は!?
胸がキュンキュンしてしまうではありません……あら?
小さい生き物が、ちょっと震えてまして?
「ねえ、マルク。
すぐじゃなくていいんだ。
私を男だと思っていただろうし、男にしか見えない私に好かれて、気持ち悪いかもしれない。
もしかしたら、マルクはフローネの感覚が大きくて、女としての私を受け入れられないかもしれない。
やっぱり……気持ち悪く感じてしまうかも……」
私の胸に顔を埋めるファビア様の震えを、今度こそしっかりと感じ取る。
完璧紳士だと思っていたファビア様は、もしかすると恐れているの?
それも臭くて丸い、私なんかの心の機微を?
そう思ってしまうと……駄目だ。
やっぱりファビア様に感じていた、愛おしさが増していく。
「少しだけ、私との関係……男女のような愛し合う関係を……考えてくれないかな?
マルクが男として、この先の伴侶を考えたいなら、私は女らしく振る舞う。
マルクが女として誰かを求めるなら、このまま男らしく振る舞うよ。
だから私との関係を……考えて欲しいんだ。
もちろん考えた末に、マルクがやっぱり私を受け入れられなくても、バルハ領とメルディ領の領主としての立場は変わらない。
だから……少しだけ……」
言葉を続けられなくなったのか、ファビア様は私の体に回した腕に、更にギュッと力を入れた。
ファビア様の気持ちが、痛いくらい伝わってくる。
絆される……いや、ついさっき自分の中で伏せた感情が、はっきりと主張しそうになる。
けれど……シャルルがフローネに抱いた想いを知ったからこそ……。




