64.シャルルの願い〜ファビアside
「ねえ、マルク。
フローネは、シャルルを恨んで死んだ?
全てを知ったマルクは、シャルルが憎いと思わない?」
フローネが処刑された理由は、禁止された薬草を国内に密輸した事にある。
その劇薬で王太子が毒殺されかけ、生死の境を彷徨いさえしなければ、処刑とまではいかない罪だった。
もちろんフローネが関与していない事は、王家も周囲の貴族達も気づいていた。
ただ偽証された証拠を、すぐに覆すのが難しかった。
アンカス家の事業を主体的に運営していた、フローネの婚約者が巧妙に作り出した証拠。
更に証拠が裏付けされるように、真実味を持たせるように、何重もの偽証を被せた上で、細やかな捜査を妨害するリドアを含める、高位貴族達。
卑怯で狡猾な人間達の誤算は、フローネその人だっただろう。
フローネは牢に入れられても、シャルルの名前を決して口にしなかった。
ただしフローネが拷問まで受けなかったのは、王家の采配だ。
拷問させ、もしフローネから犯人の名前を引き出そうものなら、リドアも含む公爵家を筆頭に、高位貴族達の思うツボになる。
そのせいでフローネ一人だけに反逆の罪を問わせ、牢に収監された僅か一月後には、王家によって速やかな処刑が決定された。
王家は自分達の保身の為に、シャルルを生かしてフローネを殺したのだ。
シャルルからすれば、自分のせいでフローネが死んだ。
つまりフローネを殺したのは、自分自身。
そんな風にフローネの処刑後から生涯、自分を責め続けた。
そしてその憎しみが王家にも、ひいてはエストバン国にも向くと、この時は誰も思わなかっただろう。
フローネが牢にいる間、何度も何度も牢に通った。
お願いだからリドアの言う通り、シャルルの名前を上げろと言う為に。
けれどフローネは、一度もシャルルに会ってくれなかった。
両親にも、何度も何度も頼んだ。
自分を見捨てて、フローネを助けて欲しいと。
しかし両親は王家の忠臣。
最後にはシャルルを邸に閉じこめた。
結局、フローネの処刑を知ったシャルルは、持ち前の運動神経で邸から出たけれど、間に合っていない。
あの事件の真相はリドアに唆されたフローネの婚約者が、フローネの名前で密輸して書類を偽装した上で、劇薬と解毒薬をリドアに譲った事に端を発した。
リドアは、まず劇薬を王太子に飲ませて昏睡状態にした後、公爵家が解毒薬を探し出したとして、解毒薬を王家に差し出している。
この解毒薬を手配したのも、フローネの婚約者だった。
国外の、それも殆ど出回っていない劇薬で、王家の主治医もお手上げだった。
後は王家に恩を売り、シャルルを実行犯に仕立て上げ、リドアに王太子の婚約者の座を、ゆくゆくは王太子妃の座に座らせる計画だったようだ。
シャルルはフローネの処刑後、僅か二年で王太子妃となった。
夫となった王太子と協力し、何年にも渡り地道に調査と裏付けを行った。
更に王家と敵対する高位貴族達が働いた、不正の証拠も掻き集め、リドアとフローネの婚約者を処断する際、まとめて搦め捕り、一網打尽にした。
リドアの生家を筆頭に、フローネの冤罪に紐づく偽証に関わった家々は、あらゆる手を使って取り潰している。
「フローネがシャルルを憎んだ事など、一度もありませんわ。
もちろんマルクとして生まれ変わっ……あわわ、いえ、その……マルク、いえ、私も憎んでません」
マルクは慌てて言い直したけれど、今更だよ?
マルクがフローネだって、もうわかっている。
「フローネはエンヤ嬢を庇いましたが、そもそもフローネを冤罪にかけたのは、婚約者ですわ。
リドア嬢もでしたわね。
フローネも私も、冤罪にかけるような卑劣な人間に屈しなかった事は、むしろ誇らしいんですのよ。
だってこれこそ、神様すら認める程の善行でしたもの」
エヘンと胸を張るマルクに、具体的な私の所業は言えないなと思ってしまう。
それくらいシャルルは、憎しみを糧にした半生を生き抜いてしまった。
「神様か……私はもう……信じられないよ」
「ファビア様?」
「シャルルはフローネに生きて欲しかったんだ。
フローネの代わりに、自分を殺してくれ。
自分の身代わりに、連れていかないでくれ。
フローネを優しい世界で生かしてくれ。
フローネを大事にしてくれる人と、添い遂げさせてくれ。
フローネと愛し合える人を出逢わせてあげてくれ。
何度も何度も、神に祈りを捧げた。
なのに結局、フローネは処刑された」
シャルルの悔恨が胸に広がり、ほろりと涙が溢れる。
「ファビア様……」
「マルク……フローネだった貴女は、いつからマルクだったの?
マルクに生まれかわっても、少なくともファビアである私と会った時の貴女は、優しい世界で生きているようには見えなかった。
しかも天涯孤独で、誰かを愛する余裕すらなさげだったじゃないか……シャルルが死ぬまで望んだ事は、何も叶っていない」
一度壊れた涙腺は、溢れて止まらなくなる。
フローネに死を与えた元凶が、マルクの前で涙を見せるのは卑怯だと思って、両手で顔を隠す。
「ずっと……死ぬまでフローネに謝りたかった。
助けてあげられなくて申し訳ないと。
なのに私は、シャルルからファビアになった私は、フローネとの綺麗な思い出だけしか覚えてなかった。
全てを思い出したのも、歌劇を見てからだ。
フローネ……マルク……ごめん……ごめんなさい……」
フローネに関する事は何一つ叶わなかったのに、シャルルが最期の瞬間まで願った事だけは叶っている。
フローネに逢いたい。
逢って謝りたい。
今度こそ……私がフローネを愛し、守りたい。




