62.失恋の痛み〜ファビアside
「歌劇の通り……まさかフローネの冤罪の裏に、そんな陰謀が渦巻いていだなんて……」
ショックを受けたマルクは、顔色を悪くしている。
「どうして……私だったのでしょう?」
「それは……」
思わず、シャルルが関心を向けていたのが、フローネだったからだと言いそうになって、口を噤む。
これは後にすべきだと考えて、まずは一番大きな理由から教える事に決めた。
「フローネは富を得ている新興貴族の中でも、伯爵位を継いでいた事で、悪目立ちしていた事が大きい。
あの国は爵位を継ぐ際、男性優位の伝統があった。
高位貴族ともなれば、より一層その伝統が重んじられていた。
もちろん国法上では問題ないよ。
だからフローネは爵位を継げた。
けれど伝統を重視する事で、高位貴族は自分達の優位性を確認する者が大半だったんだ。
継承者が女性しかいない場合、血族から男子を養子に迎える高位貴族も多かったはずだよ」
「確かに。
私が女伯爵となった事で、疎遠になったご令嬢達も多かったですもの」
マルクは寂しげな顔で、更に落ち込む。
心当たりが多いのだろう。
「爵位を継ぎたいのに継げない令嬢も多かったからね。
フローネを嵌めた公爵令嬢リドアも、そんな一人だった」
「……ええ、そうでしたわね。
だからフローネの婚約者と共謀して、嵌めたんですの?」
「それもある。
リドアが公爵令嬢と同等以上の権力を手にし続けるには、王太子妃になる道しか残されていなかった。
そしてもう一つの理由が、シャルルだ。
ねえ、マルク。
フローネはリドアから、シャルルに劇薬の入手を頼まれたと証言すれば、命だけは助けると言われていかったかい?
シャルルは公爵家もろともリドアを断罪する時に、そう聞かされたんだ」
「歌劇にも、フローネがシャルルを庇うシーンがありましたわね」
マルクが苦笑いをする。
淡く、本当に淡くだけれど、フローネがシャルルを好いてくれていたからではと期待した気持ちは、絶対に思い過ごしの勘違いだと確信して、霧散する。
「歌劇のように、フローネがシャルルへ抱いた恋情から、庇い立てしたわけではありませんのよ。
百合と呼ばれる小説のような、そんな感情は少しもシャルルに持っていませんでしたわ。
安心なさって下さい……あら?
ファビア様、顔色が優れないようですわ?
はっ、ごめんなさいですわ!
お仕事の邪魔に!?」
「マルク、気にしないで。
仕事とは全く関係ない事で……ちょっと色々思う事が……」
「ぶっほっ」
見当違いなマルクの心配に答えていれば、私達の後ろに控えていたガルムが吹き出す。
「ガルム」
そんなガルムを、抗議の意味で名前を呼ぶ。
告白して失恋したわけでもないのに、失恋したみたいに胸が痛むんだから、そっとしておいて欲しい。
「一応、どうしてシャルルを庇ったか教えてくれる」
せめて友情からと言って欲しくて、悪あがきをしてみる。
「意地ですわ」
「意地……」
駄目だ、一縷の望みも潰えて……。
「ぶっふぅ〜……すぅ〜」
ガルム、しれっと深呼吸して笑いを逃がしているな。
もっと静かに、私の目の届かない所でやってくれない?
「フローネは死ぬまで、婚約者にだけ嵌められたと勘違いしてましたわ。
リドア嬢は便乗しただけだろうと思ってましたの。
とは言えエンヤ嬢の名前を出せば、確かに私は命が助かるかもしれないけれど、代わりに罪のないエンヤ嬢も、国に長年貢献してきたエンヤ子爵家も処刑か、死んだ方がましだと思えるような仕打ちを受けると思いましたの。
自分が助かる為に、無関係の人間の命を差し出すような、卑怯者にはなりたくありませんでしたわ。
それこそ私を嵌めた婚約者と同類になるなんて、死んでも御免だと意地になってましたのよ」
マルクの言葉に、そういうところだと内心、舌を巻く。
シャルルだった私がフローネを意識したのは、そういう情に厚い性格だった。
フローネは社交の場で、新興貴族として肩身の狭い思いをさせられても、決して他者を貶めてまで高位貴族に取り入ろうとはしなかった。
婚約者に蔑ろにされる事があった時ですら、決して婚約者を悪しざまにせず、むしろ自分を下げて婚約者に寄り添おうとしていた。
「けれど婚約者の行動が解せませんわ」
「え?」
「私を嵌めるより、私と籍を入れた後、私を病死にでも見せかけて殺害する方が、アンカス家を無傷で夫婦間の爵位継承ができたはず。
謀反扱いになどしてしまえば、アンカス家の事業にも支障が出て、婚約者のメリットが限りなく少なくなりますわ」
ああ、それはフローネの婚約者が、フローネを差し置いてシャルルに懸想して……」
「え?」
マルクが私の言葉を遮るように、戸惑いの声を上げる。
物凄くマルクが驚愕している?
「え?」
そんなマルクの反応に、今度は私が戸惑う。
墓穴を掘った気がする。
けれど……まさか、あんなにあからさまにシャルルにアタックしていたのに、フローネは……え、まさか気づいていなかったなんて事は……。




