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60.ぱっつぱつと世論操作〜ファビアside

「あ、あのっ……うっ……なん、でも……」


 約束していたマルクとの観劇が終わり、ホールに人が捌けた後。


 ぼろぼろと涙を溢すマルクに、何と声をかけていいのか、見当もつかない。


 マルクはハンカチで顔を覆い、涙を抑えようとしているのに、上手くいかないようだ。


 正直、自分自身も混乱している。


「マルク……帰ろう。

こんな物で悪いけど……」


 羽織っていた上着を脱いで、頭から被せる。


「……っ、ありがとう……ですわ……」


 こんな時なのに、聞き漏らしそうなくらい、小さな声でも礼を言えるマルクが可愛らしかった。

そして背を丸めて、少しでも目立たないよう装う姿が、どうにもいじらしい。


 そんな風にマルクへ向ける愛情とは裏腹に、無力だった昔の自分を完全に思い出し、殺してやりたい程、呪わしく感じる自分もいる。


 まずは明日、マルクがバルハ領に向けて帰路についたら、こうなった元凶を訪ねる事にしよう。


 そう思っていたのに……翌日。


「ファビア様、お願いがありますの」


 ガルムの案内で私の執務室を訪れたマルクは、真剣な顔でそう言った。


「ぶふぉっ」

「ガルム」

「も、もう、し……ぶふぉっ……」


 吹き出すガルム。

一応、注意してみたけれど、ガルム自身も止められないらしい。


「あ、あの……」


 戸惑うマルク……うん、この状態のマルクも、私の目には可愛く映るね。


「ガルムが申し訳ないね。

ところでマルク?」

「え、えっと……はい?」


 椅子から立ち上がって、マルクの手を引いてエスコートする。


 淑女の気質が消えていないんだろうね。

マルクは、こんな風に今の自分の性別から気が逸れている時、自然に私の手を取ってエスコートさせてくれる。


 マルクが私の邸に滞在して、顔を合わせる頻度も増えた。

そのお陰で打ち解けられた事も、影響しているんだろう。


 先にソファに座らせたマルクの頬に、自分の両手を添わせる。


「昨夜は一晩中、泣いたの?」

「!?」


 驚くマルクの目が、僅かに開いた……のかな?


 顔全体が浮腫んでいるせいか、ぷにぷにした手触りだ。

これはこれで、触り心地が良い。


「あ、あの……ファビア様……」


 戸惑うマルクの顔が赤くなっていく。


 少女のような反応に、赤髪の女性が重なる。


「コニー、ぶふぉっ、様。

お顔、がっ、ぱっつぱつ……で……熱めの、おおおお湯と、ふぶっ、おおおおしぼりを……用意、んっふ……してまいりますぅっ」


 ガルムって、笑い上戸だったかな?

逃げるように退出してしまった。


「ええっ、そんな……はっ、今日は顔を洗っただけで、鏡を見忘れましたわっ」

「ふふ、よっぽど切羽詰まってた?

髭も剃ってないね」


 顎下と口元に、ジョリリとした感触を感じる。


「ご、ごめんなさいですわっ。

出直し……」

「出直さなくていいよ。

今のマルクを一人にしたくないから。

ねえ、今日はマルクの身支度を私にさせて」

「ええっ!?

い、いけませんわ!

こ、こんなオッサンの身支度など……」


 真っ赤になったマルクは、私の手から逃れようと身をよじる。


 今は目の前の私の事以外、きっと考えられなくなっているはず。


「逃げちゃ駄目だよ、マルク」


 逃すまいと、マルクの頬を挟む両手に少し力を入れて、更に私に注意を向けさせる。


 このままマルクを泣かせた原因など、マルクの頭から消えてしまえばいいのに……。


「ひゃい……」

「マルクのほっぺた、気持ちいいね。

マルクのお願いを聞いてあげる」

「い、いえ、まだお願いが何か、言ってませんし」

「何をお願いしたいのか、何となくわかるよ」

「え?」


 昨日の今日での、マルクのお願いだ。

わからないはずがない。


「だから交換に、私のお願いも聞いてね」


 マルクに顔を近づけて、にっこり微笑んだ。


「……ふぁい」


 マルク、私の顔が好きでしょう?


 頬を赤らめて、あまり開いていない目が、うっとりと私の顔に釘付けになる。

初々しい反応に、気分が高揚してしまう。


 少しは意識してくれるようになったのかな?

期待してしまうね。


 実は自分とマルクの貴族としての立場と、マルクのような中年男性への世間一般的な評価を踏まえて、外堀を埋めにかかっている。


 幼馴染のヘリオスの生家、というよりもヘリオスの母親であるガルーダ夫人が後援する歌劇団が、最近、いわゆる薔薇と呼ばれる私小説を元にした歌劇を公演するようになった。


 これは私が適当な理由をつけて、ガルーダ侯爵夫人に提案したからだ。


 私の本来の性別はともかく、世間的には私への認知は男。


 今さら女の格好をしたところで、下手をすると女装と取られかねない。


 何より私は事業で成功している伯爵位の貴族だ。

隙あらば、上げ足を取ろうとする敵もいる。


 私がマルクと結ばれるなら、先んじて世論操作をしておいて損はない。


 そもそも私と関わる事がなくとも、今後マルクは好奇の目に曝される。

バルハ領を発展させたいなら、社交の場に出る必要があるからだ。


 マルクのような、世のオジサンと呼ばれる人達に、もっと好意的なイメージを広く抱いてもらう意味でも、世論操作は必要だと結論付けた。


 マルクの扱う商品も、女性向けが含まれているから余計だ。


 本音を言えば、私としてはバルハ領の事も含めて、全てを私が(にな)いたい。

マルクは私の邸で、のんびり暮らしてくれて一向に構わない。


 先日のキリア嬢のように、マルクの魅力に気づいた()が、枯れ専などとのたまい、横からマルクを掻っ攫う心配もしなくていいし。


 私には、バルハ領ごとマルクを引き受けるだけの財力も、ファビア=グロールとして培った商才もある。


 何よりマルクには、優しい世界でだけ生きて欲しい。

マルクの前世と思しき、フローネ=アンカスの最期を思えば、余計にそう願う。


 でも……それじゃ駄目なんだろうね。

マルクの意志を尊重しようと思う。


「失礼します。

ご用意しましたので、こちらを……」

「ガルム。

マルクの身支度を私がしたいから、一通り用意して」

「ファビア様、やっぱり自分で……わふっ」


 ガルムが持ってきたおしぼりは、私が受け取る。

固辞しようとした、往生際の悪いマルクの顔に、問答無用で載せる。


「ほら、じっとして?」


 耳元で囁けば、マルクはコクコクと首を縦に振った。

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