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6.掃除と煮沸

「領地の経営不振対策は、気になりますわ!

けれどまず取り組むべきは、己の臭い対策でしてよ!」


 布団と服に悶絶しながらも、疲れから一晩ぐっすりと眠れた。


 英気を養おうと、早朝から鶏小屋の卵を取りに行く。


「コケコケーッコココ!」

「いだだだ!

つ、突かないで下さいまし!

いた!

痛いですわ!

凶暴ですわよ、コケッティー!」


 雌鶏のコケッティーと、記憶の通りに攻防戦を繰り広げながら卵を奪取。


「ふっ、今朝は私の勝ちでしてよ」


 ニンマリと笑って勝利宣言。


 するとコケッティーは、ニワトリキックの体制に。


「きょ、今日のところはここまでにしてやりますわ!」


 捨て台詞を吐いて、そそくさと小屋から脱出する。


 ほんのり温かい卵を大事に持って、そのままキッチンへと向かった。


 卵とカチコチのライ麦パン(黒パン)を、記憶とは違って少ないラード()で焼く。


 出来上がった卵には塩。

そしてパンには、領民から譲ってもらう蜂蜜を軽くかける。


 生前のコニーは、たっぷりの油で焼いた卵とパンに、これでもかと蜂蜜をかけていた。


 さらに蜂蜜は間食と称して、日に何度も口にしている。


「だからこんなお腹になるんですのよ。

それにしても、初めてお料理を作りましたけれど……淑女時代の朝食とも、昨日のサンドイッチとも比べ物にならない味ですわ。

素材の味を活かしすぎたかしら」


 物足りなさは感じてしまう。


 だから生前のマルクも蜂蜜を手放せなかったのかもしれない。


「とは言え、お腹は満たされましたわね」


 食器を片づけてから、今度は布団と服を洗う。

服はともかく、布団を洗う時は男の肉体の力強さに感謝した。


「冬晴れが心地良いですわ」


 干し終わる頃には、すっかり太陽が昇っていた。


 今度は休憩する事なく邸中を掃いて、窓も含めて拭いていく。


 小さな邸とはいえ、一日では終わらない。

まずはよく使う部屋と、書斎。

そして応接間を重点的に掃除する。


 領地経営をするなら最低限、掃除をしておくべき部屋ですもの。


「もう、こんな時間ですのね」


 そんなこんなで、気づけば夕方になっていた。


 慌てて納屋に行く。

溜めこんでいた藁に虫がついていないか、良く確認してから、寝室の隅にバサバサと置く。

今夜はここへ潜って眠るつもりだ。


 昨日、藁を敷いた荷台に乗っていた経験から思いついた。


「冬場に綿の入った布団は、一日で乾かなかったんですのね」


 この体の知識から、少なくとも布団が三日は乾かないと知った。


 淑女時代、私のベッドメイキングをしていた侍女達。

改めて彼女達へ感謝の気持ちが生まれる。


 もちろんお風呂の支度をしていた下女にも、食事を作ってくれていた料理人にも。


 お父様が亡くなり、伯爵位を継いでからというもの、慌ただしく過ごしていた。


 処刑された日、私が死ぬまで冷たい目を向けていた婚約者と、使用人達。


 許せないという気持ちは、まだある。

消化するのに時間はかかりそう。


 それでも……。


「嫌われるのには、理由がありましたのね」


 しんみりした気持ちに手が止まる。

少なくとも使用人達には、キツく当たっていた自覚がある。


 婚約者に対しても、もしかすると私が何か至らない事を仕出かしていたのかもしれない。


「ハッ、いけませんわ!

これからが私のセカンドライフ!」


 パン、と頬を叩く。


「前世の出来事で落ちこんだところで、私はもう処刑されてしまいましたもの!

今更、前の人生に戻る事なんてできませんわ!

それに良い事もありましたわ!

こんな臭いオッサンにも、優しくしてくれる人はいたではありませんか!

藁が意外に温かいと知れたのも、助かりましたわ!

藁を使って、何か特産物ができるかもしれませんわね!」


 ここの領収は麦栽培に頼っている。

麦の収穫量が年々落ち、領民の暮らしが貧しくなってしまっている。


 そのせいで領民が他領へ流出。

それが更に麦の収穫量の減少をもたらすという悪循環を生んでいた。


「改善点はたくさんありますわ!

さあさあ洗濯物を取りこんで、今日も体を磨き上げますわ!」


 いそいそと洗濯物を取りこみ……。


「あら?

また私の体から?」


 モワンとした臭いに、体をクンクン。


「おかしいわ?」


 体だけでなく……ま、まさか……。


 バッ、と手元の洗濯物に顔を押し当てて臭いを嗅ぐ。


「どうして取りこんだ服から、加齢臭が!?

服のどこが……襟がくっせーですわ!

脇からは、地獄の酸っぱドブ臭!?

おのれ加齢臭!

もう一度、洗ってやりますわ!

確か下女が昔、ナマガワキとやらの臭いは煮沸消毒と言ってましたわね!

煮こんでやりますわぁぁぁ!」


 グツグツと鍋で服を煮こむ。


 その日は仕方なく昨日と同じ服で寝て……。


「どうしてですのぉぉぉ!

加齢臭が脇と襟に残ってますわぁぁぁ!」


 一夜明け、お昼には乾いた洗濯物に向かって吠える。


「かくなる上は、新しい服を購入してやりますわ!

いっそ脇には脇パッド!

襟は替え襟を作ってやりますわ!

洗剤も石鹸も、加齢臭に効く物を開発してやりますわぁぁぁ!

新興貴族の成り上がり女伯爵を、舐めんじゃねえですわー!」


 前世の女伯爵時代、商売でおハーブを取り扱っていた。


 そのせいで、密輸や薬がどうのと濡れ衣を着せられたけれども。


「前世の知識を炸裂させてやりますわ!

加齢臭にギャフンと言わせてやりますのよ!」

――モワ。

「ん?

いま、鼻の奥から嫌な臭い……」

――モワ。

「これ……まさか……」


 口元を両手で覆う。

はぁ、と息を吐いて……。


「くっせーですわぁぁぁ!」


 よくよく思い出してみれば、ずっと歯磨きをしておりませんでしたわ!

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