57.推しとカメムシ
「美丈夫と中年男のカップリング?」
令嬢達とダイエットや靴下の話を終え、恋バナをした延長線で、最近流行っているらしい私小説が話題に上る。
初めて聞くようなカップリングでしてよ?
つまるところ令嬢達の年齢的には、オッサン同士の愛をテーマにしていると?
「はい!
今までも美少年や美丈夫が結ばれる、薔薇のお話はあったんです!」
「薔薇……」
つまりは殿方同士の恋愛。
古くから衆道や男色と呼ばれるのだけれど、私が処刑される何年か前から、薔薇という隠語が流行りだした。
この国にも流行ってますのね?
「去年、密かな人気を博していた薔薇界の福音書に、新たなジャンルが加えられて……」
「ふ、福音書……」
話の流れ的に、巷で流通している私小説ですわね。
令嬢達が、うっとりと私を見た!?
何でですの!?
「登場する方の内、一人は紛う事なき中年のくたびれたオッサン」
「く、くたびれ……ヒッ」
まるで私の事だと言わんばかりの、令嬢達の注目。
その隙間から、ファビア様の凍える視線が、冷たく私にぶっ刺さりましたわ!?
何でですの!?
「なのに……薔薇が降り注ぐかのような、芳しい文字の羅列」
「薔薇……芳しい……」
文字が芳しいなんて、初耳でしてよ!?
令嬢達の視線が熱を帯びていく。
引き換えにファビア様の視線が、どんどん凍てつく冷たさに。
って、どういう現象でして!?
そもそも文字に匂いなんて……あら?
文字が……芳しい?
何かが閃きましたわ?
でもまだハッキリ形にならず、ひとまず頭の片隅に追いやる。
「しかもその小説に登場する人物達が全員、純愛!」
「ジャンル不問!」
「薔薇もあり!」
「百合もあり!」
「それ以外もあり!」
お、おおう……女子達が大盛り上がりし始めましたわ。
それ以外って、普通の異性愛で合ってまして?
「書かれてある愛が……」
「「「「「全部純愛!」」」」」
「今度その私小説が、ガルーダ侯爵家の後援している歌劇団で舞台化するのよ!
「嘘!
いっぱい稼ぐわ!」
「推しに貢ぎましょう!」
「「「「「もちろんよ!」」」」」
初めはダイエット、商品、恋バナといった各話題が持ち上がると、各自興味のある話題に引き寄せられ、或いは散ってとしていましたのよ!?
なのに令嬢達が全員、このテーブルに集まりましたわ!?
昨今のブームは、貢ぐ事ですの!?
しかも推しに!?
中身はそこそこ年を取った淑女には、若い娘の貢ぎ方が理解できませんわよ!?
それにガルーダ侯爵とやらは、その演目で良しとしましたの!?
本当に!?
「私はずっと薔薇の幼馴染カプ中推しだったわ!」
「「私もよ!」」
「私は王道だけど、子爵令嬢と王子様の成り上がりカプ中推しだったの!」
「「わかる!
私達も子爵家ですもの!」」
「でもコニー先生とグロール伯爵を見ていたら……」
「「「「「応援したくなるのよ!」」」」
私とファビア様を見ていたら、何を応援したく……ああ!?
『美丈夫とカレイカプ中推しなので、是非!』と言っていた令嬢の言葉を思い出す。
つまり、美丈夫のファビア様と、加齢男の私とのカップル推しぃぃぃ!?
なんて事を……さすがにナイですわ。
ファビア様に申し訳なさすぎで、ぐうの音もでませんわ。
私小説の世界ならまだしも、私は元激臭臭えオッサン。
まだまだ気を抜いた瞬間に、臭えオッサンに後戻り可能なオッサン。
見た目も元は激太りの薄毛変態やべえオッサン。
人の手を借りまくってポコリンお腹の短髪薄毛のこましなオッサンになれただけ。
ついファビア様を見てしまえば、私の視線に気づいたファビア様が、柔らかく微笑む。
「「「「「…………はあ、素敵……高嶺の薔薇美丈夫の慈し笑み……推せる」」」」」
お止しになってぇぇぇ!
令嬢達!?
正気にお戻りなさいまし!
確かにファビア様の笑みは推せますけれど、これから雇用する令嬢達に向けた、ファンサービス的な……んん!?
何だか臭えですわ!?
私ですのね!?
何だかいつもと違う臭いですが、私に決まってますわ!
あのテカテカする、緑っぽい、三角形の虫!
名前忘れましたわ!
あの虫の臭いがしますわ!
私の頭が焦りからテカテカしてますのよ、きっと!
今は鋼の精神で触ってやりませんわ!
テカネチャしたら、臭いが拡散しますもの!
「わ、私ちょっとお花を摘み……」
「ねえ、何だか臭いが……」
ヒイィィィ!
誤魔化して席を立とうとしたのに失敗!
バレましたわ!
マナー講師終了で臭えオッサンは逃げ切れるかと思いましたのに!
終了してからの、講師生命がブチ終わり……。
「ティン、あなた……」
一人の令嬢がそっと席を立つと、私の方へ寄ってきた。
けれど顔は私でなく、隣に座っていたティンと呼ばれたキリア子爵令嬢に向けられて……え?
更にキリア嬢の隣の令嬢も、同じ席を立ち……。
まるで臭いの元がキリア嬢であるかのような……。
キリア嬢は脇をすぼめて身を屈め、真っ青な顔で震えている。
「ま、まあ、大変!
どこからか虫が飛んできたと思ったら!」
「「「む、虫?」」」
令嬢達が数名、ガタガタと席を立って見回す。
「そうですわ!
テカテカする、緑っぽい、三角形の虫!」
「カ、カメムシ?」
「そう、それ!
ありがとうですわ!
今捕まえてやますわね!」
名前を教えた令嬢にお礼を伝えてから、胸ポケットのハンカチをサッと広げて、キリア嬢の背後に立つ。
虫を掴んだようにハンカチを握った。
「ほら、これで捕まえましたわ。
シェル嬢、キリア嬢をどこか別室にご案内できまして?
この虫、たまに臭いを服に移してしまいますの」
「あ、はい!
キリア嬢、案内しますね!」
「あ……あり、がとう……先生……ありがとうございます」
「泣かなくてよろしくてよ。
びっくりしちゃいますわよね。
ちょっと外で虫を放してきますわ」
よし!
この機会に乗じて、私も忍ばせたおしぼりで……。
「私もコニー男爵についていくよ」
ファビア様ぁぁぁ!?
人知れずこっそりと拭かせて下さいましぃぃぃ!
「え、ええ……ありがとうですわ」
心で絶叫しながら、ファビア様と連れ立って外へ……。
「「「「「推せる……」」」」」
令嬢達の言葉に、むしろ冷静な気持ちを取り戻し、ファビア様と外へと出る私だった。




