56.コツと伝統と伝説
「グロール伯爵、いつも娘がお世話になっております」
「ああ、久しぶりだね。
シェル子爵令嬢のマナー習得は、こちらのコニー男爵から順調だったと聞いているよ」
私とファビア様が、予定通りパーティー会場に入る。
するとシェル子爵が夫人と娘を伴い、まずはファビア様に挨拶をする。
ここはシェル子爵の別荘の一つであり、パーティー会場でもある。
つまり、マナーレッスン終了の打ち上げ兼、講師を務めた私のお別れ会の主催者なのだ。
会場はこじんまりした大きさだ。
両親や片親だけの令嬢もいるし、一人で参加した令嬢もいる。
二十人にも満たないが、全員子爵家だ。
裕福なら娘を働きに出す事もないが、そうではない。
それでもささやかながら令嬢達が要望して、パーティーを開いてくれた。
そう思うと有り難くて、こみ上げるものがある。
もちろん集まった親の中には、ファビア様の肩書きと交流を持ちたい、野心あっての親もいる。
ただ、このシェル子爵は……。
「コニー男爵!
いや、コニー講師とお呼びすべきかな!」
「お久しぶりですわ!
いつぞやは貝殻をたくさんいただいて、ありがとうございますわ!」
そう、シェル子爵とは、実は前々から面識があった。
海沿いにあるスヒェル領領主である、シェル子爵。
マルクとは何かの機会があれば話す程度の、薄々な交流があった。
私がマルクの体に転生して、程なくした頃。
小麦畑の土壌改良に使う貝殻を求めて、シェル子爵との薄々な交流を、薄い交流に変えている。
と言っても廃棄するだけの貝殻を、譲ってもらう程度の交流でしたわ。
もちろん私が海沿いまで取りに行った。
「いやあ、うちは捨てる物を譲ったにすぎませんよ!
それより去年、そのお礼にと贈ってもらったウォッシュナッツ!
妻と娘がとても気に入りましてね!」
「そうなんですよ!」
シェル子爵の言葉に、夫人は一歩後ろから、娘は私の前に出て同意する。
「まさかコニー先生が、ウォッシュナッツの販売元の領主だと知りませんでした!
去年、父が先生からいただいたウォッシュナッツは、私と母で独占してしまって……」
「ふふふ、去年は特に販売期間も限定して、個数も限りがありましたものね。
貝殼をいただいた、ささやかなお礼でしたわ」
「今年こそはと、バルハ領に問い合わせおいて良かったですよ!
妻と娘も喜んでいたが、私も一年越しで使ってみたら、髪の毛がサラサラになって!」
興奮気味の娘が恥ずかしげに口を噤めば、シェル子爵もおなじく興奮気味に話し始める。
年が開けてすぐ、領民達とウォッシュナッツを収穫した。
神様が与えてくれた、ちょっぴり役に立つギフト――植物なんかが、ほんのり早く成長するくらい――のお陰で、苗木も早く成長した。
それだけでなく、実をつけるのに数年かかるところを、まさかの年明けに実をつけてくれたのだ。
当然、前年より収穫量が増えた。
ファビア様の販売ルートも幾つか使わせてもらい、ウォッシュナッツ販売は、現在良い収益をもたらしている。
「それにウォッシュナッツと一緒に添えられた、良い臭いがするハーブ!
今年は臭いを気にせず、使えています!」
「まあ、やはり大事に使ってらしたのね!
ウォッシュナッツは乾燥が進むと、臭いが気になる方も出てきますの!
けれどおハーブを添えておいて、良かったですわ!」
今回、ウォッシュナッツを収穫してから販売まで、時間が短くて済んだ。
けれど、もったいないからと使い惜しみをする人間も出てくるはず。
そもそも前年度は、長く効果的に使用する方法として、マダム達にお願いして出張液体洗浄剤として売っていたから、臭いの苦情はなかった。
今回も王都では同じような手法て販売したが、実としても各地へ販売している。
乾燥が進むと、乾物臭くなり、敬遠される可能性もある。
そこで考えたのが私の邸で栽培していた、おハーブの活用だ。
ローズマリーを筆頭に、国内で手軽に手に入るおハーブを厳選して、サンプルとして添えるようにした。
まさかここで成果を耳にするとは思わなかったが、喜んでもらえているなら嬉しい。
年頃の令嬢は、臭えのは特に嫌ですものね。
ハッ。
どこかで一度、こっそり持参している緑茶おしぼりで、顔と首筋と脇を拭きたいですわ。
そう思って、手頃な場所を見つけておこうと見回した時、会場の奥で固まる数名の令嬢と目が合う。
「コニー先生!
こちらへいらして下さい!」
「先生!
父から聞きました!
ダイエットのコツを教えて下さい!」
「まあ、ダイエット!?
そんなのあるなら、私も知りたい!」
誰ですの!?
ダイエットって事は、腹肉タプタプ時代を知っている父親ですわね!
「今日は来ていないんですが、伝統の足袋式靴下という商品について、騎士をしてる父が聞いておけって!」
「私は騎士の兄から、伝説の五本指靴下を探れって!」
更に少し離れて談笑していた令嬢達も、奥に合流しながら、私へ向かって意欲的に手招きした。
いつから伝統と伝説がついた靴下に!?
この二つは今年の秋口から本格販売する事で、ファビア様の商会と話を進めている。
恐らくサンプルを渡したヘリーかファビア様が、商品について広めてくれたに違いない。
しかし今日はファビア様も一緒だ。
令嬢達の雇用主であるファビア様にお伺いを立てねば、と見やる。
「せっかくのお別れ会だ。
しっかり令嬢達と色々と話してくるといいよ」
にっこり微笑むポーカーフェイスのファビア様。
「でも、節度はマナー講師として守るんだよ?」
ひいぃぃぃ!
冷たい声ですわ!
釘を刺されましたわ!
「もちろんですわ!
オッサンが変態認定されないよう、令嬢達との距離も守りますわ!」
「…………そういう意味じゃないんだけど」
「へ?」
「ほら、楽しんできて」
どういう意味かわからずにいる私の肩を、ぽんと叩いたファビア様は、令嬢達の方へと押す。
「グロール伯爵、よろしければ是非、お話を」
「おお、私も……」
そうして踵を返したファビアは令嬢達の親御様達と、私は令嬢達と話をすべく、離れて過ごすのだった。




