55.地獄のダイエット道場とマナー講師終了
「それではコニー先生。
三ヶ月間のマナーレッスン、ありがとうございました」
「あの……明日、予定通り……その、お別れパーティーを……」
「グロール伯爵もお呼びしていますので!」
「両親も会いたがっていました!」
「最後ですから、たくさんテクニシャンなお話をお願いします!」
「美丈夫とカレイカプ中推しなので、是非!」
春の麗らかな陽光の中、花束をくれた令嬢達が口々に別れとお誘いの言葉をかけてくれる。
最後の令嬢の言葉は、ちょっと意味がわからず微笑むに止めた。
「ふふふ、ありがとうですわ。
お花もありがとうですわ。
明日のパーティー、楽しみにしておりますわ」
最後にごきげんよう、と互いにしめて初春から始めた三ヶ月間のマナー講師は、無事に終了した。
「ふいぃぃぃ!」
令嬢達を見送り、花束を抱えたまま息を吐く。
腹に入れていた力を抜けば、ボンとズボンのベルトに乗る腹肉。
「この腹肉も、あと少しでなくなりますわね」
ペチペチと腹肉を叩く。
礼服の下から二つのボタンは、中から肉に押し上げられているものの、もう弾け飛ぶ事はないだろう。
雪のちらつく冬。
ダイエットの鬼婆達、いえ、バルハマダム三人衆に言われ、二度目に礼服を羽織った時とは大違いだ。
あの時は息を思い切り吐き、誤魔化す為に腹に力を入れ、無理矢理ボタンを閉じて見せた。
そうしたら、よりによってマダム達の目の前でボタンが弾け飛んでしまった。
ちなみに弾けたボタンは、タイミング悪く様子を見に部屋へ入ってきたバン爺のオデコにヒット。
しこたま怒られた。
理不尽だ。
マダム達は、普段顰め面のエリー婆すらも、そろってゲラゲラ笑ってましたのよ。
酷いですわ。
しかし怒るバン爺がこの日、筋トレ鬼爺に変化。
ダイエットの鬼婆と筋トレ鬼爺がタッグを組み、真冬に突入したバルハ領のコニー邸は、ダイエット道場と相成ったのである。
地獄でしたわ。
つらかったですわ。
でも筋骨隆々なゴリー教官が、途中から加わったお陰で、野菜ばかりだったマダム達の味気ない、んんっ。
あっさりした料理が、お肉とお豆を中心の、ハーブも取り入れたジューシー料理に仰天チェンジしましたわ。
たっぷり蜂蜜黒パンは禁止されて、甘味中毒症状がでた。
けれど緑茶を使用したデザート開発にかこつけて、何とか禁断症状をやり過ごしましたのよ。
ヘリー、良い言い訳、んんっ。
緑茶のスイーツ活用を提案してくれて、ありがとうですわ!
そんなダイエット道場でのつらい日々も、極寒の冬を乗り越える頃には、終わりを迎えた。
料理の腕どころか、料理そのものがからっきしだった私も、料理をマスターし、筋トレを習慣化!
腹に力を入れれば、ボタンが弾け飛ぶ脅威からも脱しましたのよ!
※この時点では、今よりちょっぴり腹肉がありましたの。
バルハ領内のスイーツ料理好きが集まり、スイーツ作りにも挑戦。
もちろん緑茶を使ったスイーツ限定だ。
お陰でお菓子も作れるようになった。
マナー講師始動までには、腹を凹ませればベルトに乗らない腹肉レベルになり、礼服をカッチリ着こなし、バルハ領の新特産品を携えて、メルディ領へ。
領主のファビア様に褒められ、私の服のサイズを測ったファビア様の執事、ガルム様にも見直された。
『ほ、ほ、ほ。
コニー様のサイズを礼服だけ、ついうっかりと、三回りほど小さく書いておりましてな』
『さ、三回りでしたのね。
ついうっかりしたなら仕方ありま……』
『もちろんこれくらい、ファビア様のお隣に立つ方ならば、乗り越えられると信じておりましたぞ』
『わ、わざとではありませんわよね』
『ついうっかりと、ですよ』
ファビア様が席を外した時、ガルム様とこんな話をしていた。
この好々爺なお顔のガルム様も、ダイエットの鬼爺だったのでは。
そう思ったのは秘密だ。
そうして契約した通り、初春にはファビア様の商会に赴き、子爵令嬢達にマナーを教えた。
中身は淑女とは言え、外身はオッサンだ。
令嬢達も警戒していたと思う。
忙しいファビア様が、初回から常に時間を作って顔を出してくれたから、令嬢達とも打ち解け合えた。
マナーを教えている間、常に私の真横に付き添い、私に微笑みかけ続け、仲良しアピールをしてくれたのだ。
更に令嬢達との休憩に、特訓して開発した緑茶スイーツを持参すれば……。
『マルクの手作り?
それはぜひ食べたいね』
『まあ、ファ、グロール伯爵!
ぜひ試食してみて下さいまし!』
『うん、マルクは料理もできるんだね。
凄く美味しい』
『ち、近い……名前呼び……いえ、お口に合って良かったですわ』
『君達も食べてみるといい。
緑茶を使ったスイーツがこんなに美味しいと思わなかった』
『嬉しいですわ!
ヘリーのアドバイスで、緑茶をスイーツにも取り入れてみましたの!』
『……そう、ヘリーの』
『ファビア様?
何だか雰囲気が暗く……お疲れでして?』
『いや、気にしないで。
緑茶を入浴剤にしてから、肌の質感が前より良くてね。
緑茶は元々食品だし、それをこんな風に体に取り入れたら、きっともっと肌が綺麗になるんじゃないかな。
実際、マルクの肌は同年代の男よりずっと綺麗だ。
マルクも食べて……ほら、あーん』
『あ、あの、自分で食べられ……あ、あーんですわ……』
令嬢達の生温かい目を気にしながらも、仲良しアピールするファビア様に、あーんと食べさせられたのはこの一度きりだった。
思えばこの日を境に、令嬢達と打ち解けられたと思う。
休憩の合間に、いわゆる恋バナというやつもするようになった。
これでも淑女時代、元婚約者から手酷い裏切りに合った。
気づけば令嬢達には、自分を大切にしながら婚約者や恋人と付き合うようにと、アドバイスをしていた。
令嬢達と時に笑い、時に涙しながらマナーレッスンと恋バナをして過ごした、講師の契約期間。
とても充実してましたわね。
そんな風に思いながら、明日のお別れ会に想いを馳せるのだった。




