51.互いの夢と惚れた弱み〜ヘリオスside
ヘリオス視点にしています。
「だからきっかけは夢。でもマルクが赤髪の女性……私の初恋の女性なのは間違いない。確信している」
決定的な失恋の痛手と、長年付かず離れずで過ごした日々への喪失感に襲われ、激情に駆られた。
けどファビアの言葉で、少なくともファビアと育んだ友愛を失うわけではないのだと気づかされ、冷静になれば……自分の仕出かした事に血の気が引く。
最低な行為に及んだものの、あそこで踏み止まれた事だけは、救いだったな。
幸いにも、今のところファビアからは俺への嫌悪や恐怖は感じられない。
「どうして今まで秘密に?」
「私だけの彼女にしていたかったのが大きい。
けれど夢の中の女性に恋をして、彼女に相応しい人間になりたいからと、性別を無視して男として振る舞うなんて滑稽でしょう?
言っても信じて貰えないと思っていたし、ヘリオスにはそんな風に思われたくなかったんだ」
「俺はファビアを滑稽に思った事はない。
それに両親を早くに亡くしたお前が、どれだけ大変だったかも、男になりきっていた方が貴族社会ではどれだけ動きやすいかも知っている。
もし最初から夢の事を話してくれてても、俺はそんな風にお前を思う事はなかった。
これだけは断言できるんだ」
そう、何故なら俺もファビアに伝えていない事があるから。
まさか今日この日、俺の長らくの夢とファビアの夢がリンクするなんて、考えもしなかった。
もっと早く知っていれば、ファビアのマルクに対する想いも受け入れて……いや、無理だ。
よりによって初対面があの激臭。
加えて、今よりでっぷりした外見……無理だ。
臭え、汚え、薄毛のオッサンっぷりが酷すぎる。
本心を告白して、ファビア自身に僅かな希望すらぶった切られた。
そんな今だからこそ、長年のファビアへの恋心と、俺が見る夢の出来事がリンクして、ファビアを諦められる可能性が出た。
もちろん完全に恋心を消す事は、まだ無理だけどな。
「…………ファビア、あの……」
互いに沈黙し、次は俺が伝える番だと、意を決して口を開きかけた時だ。
ファビアが……。
「でもマルクの中に、彼女の存在を確かに感じて、なりふり構っていられなくなった。
今度こそ幸せになって欲しいし、幸せにするのが私でないと嫌だ。
夢と違って異性なら、こんなに喜ばしい事もない。
障害になる物が格段に減る」
「お、おう?」
弾丸トークを始めた。
思わず口を噤む。
「エンヤ嬢と口にしたり、こないだ崖の上で泣き叫んでいたのを聞いた限り、マルクは夢の通りに死んだ記憶も、ハッキリと持っているんじゃないかな。
いつ如何なる時でも慰めたいし、何より愛でたい。
マルク=コニー男爵として成功させて、自信を取り戻させてもあげたいんだ」
一度話し始めると、止まれなくなったのか?
ファビアが延々とマルク愛を語り出す。
この後もまだまだ続く、ファビアのマルク愛。
俺、ファビアへを長年想い続けた男。
恋心が砕けるどころか、砕けた恋心が木っ端に砕けて砂塵と化してってる……ツライ……。
「だからね、今はマルクの治めるバルハ領の発展に一役買いつつ、マルクの良さを引き出したいんだ」
「あ、ああ……俺もマルクと接して、戦意喪失したくらいには、人が良い……」
「コニー男爵」
ひとまず相槌を打ちつつ、自分がマルクに感じた良さを伝えようとすれば、ファビアに話を遮られた。
「え?」
「コニー男爵だよ、ヘリオス。
いつから名前なんて呼び合う仲になってるのかな?」
仄暗く嫉妬を見せるファビア。
恐いな。
そういや少し前も、ファビアの黒い悋気に恐れたマルクと身を寄せ合った。
失恋したばっかで、惚れてる女から嫉妬を、それも臭いオッサンと絡んだ方で嫉妬を向けられる……地獄かよ。
「……えーと、コニー男爵の人の良さとか、人好きとか、結局何とかしてやろうと思わせる人誑し的なところは……」
「そっちの個人的な良さは、私だけが知ってれば良いんだよ、ヘリオス」
た、確かに個人的な良さではあるが、ファビアの独占欲がハンパねえ……。
「えーっと……人の本質を見抜きつつ、自分の信念を貫くのって、貴族社会に活かせそうだな。
それに臭いが落ち着くヒントも得たし、領主としてマルクを成功させたいなら、いずれはファビアがメルディ領主として社交の場でフォロー……いや、エスコートするのも良いんだろうな」
「ふふふ、そう思うよね。
私も思っているんだ」
柔らかく微笑むファビアに、ほっとする。
正解を口にできたらしい。
「災い転じて福となす、だったかな。
東方の国の言葉だけれど、臭いが落ち着くヒントを得たなら、ヘリオスが私の使用人ヘリーとして、マルクの所に行ったのも許せるかな。
でもこれ以上、マルクと個人的に仲良くするのは、二度としないでね」
「あ、ああ……」
「それよりマルクって、特に貴族女性のマナーには精通してそうだよね。
中身が赤髪の女性だからかな。
物腰が柔らかい。
ある意味マルクのあの口調も、やり方次第で受け入れられる。
一番ネックだった臭いも落ち着いて、後は外見を整えてあげれば……私のもう一つの事業に合う人材になる。
バルハ領の販路も伸ばせると思わない?」
「ファビアのもう一つの事業って……まさか……」
ファビアの狙いに気づいた俺は、血の気が引く。
むしろマルクが傷つくんじゃねえ?
と言いたかったが、是と言う事を期待したような、キラキラした目で俺を見るファビアが……可愛かった。
「い、いいんじゃね?」
惚れた弱みで、是と答えていた。
マルク、幸運を祈る。




