50.縮んだ後〜ファビアside
「ヘリオスはそれを悟っていたから、今まで私に想いを告げる事もなかった。
幼馴染という立場に甘んじていた。
それで良しとしていた」
「違う!」
「違わない」
努めて冷静に、ヘリオスとしっかり目を合わせて否定すれば、胸や体を弄る手が、やっと止まる。
傷つけられそうになっているのは私の方。
なのに私より傷ついた顔をする幼馴染に、思わず苦笑してしまった。
「だって君だけじゃないから」
「何が……」
ヘリオスは、苦笑とは言え笑ってしまった私を、訝しむように見つめ、掠れた声を出す。
「私もそうだよ。
私も君という幼馴染を、失いたくなかった。
私が女だと知っていても、私に合わせてくれる幼馴染。
情が湧かないはずがない。
そんな幼馴染、ヘリオスしかいないだろう」
「………………そんな言い方、卑怯だろう」
ヘリオスは長い沈黙の後、絞り出すような声で批難する。
「だから言えなかった」
「言えたのは、マルク=コニーと出会ったからか?
あのオッサンの、どこが良かったんだよ」
「君だって、もうわかっているはずだよ?」
ヘリオスの性格なら、マルクに直接的な暴挙を加え、排除に動いても不思議ではなかった。
ヘリオスは騎士であり、侯爵令息だ。
辺境に住む、力のない男爵くらい、簡単に消せる。
元来、貴族とは利己主義な一面を持つのだから。
なのにそうしなかったのは、きっとマルクの温かで健気な、ともすれば女性的な包容力に触れ、思う所ができたからに違いない。
何より、今日見たマルクのヘリオスに向けた目には、畏怖の感情など欠片もなく、むしろ……。
ああ、また苛立ちが復活しそうだ。
マルクは平民のヘリーに、信頼と親愛の眼差しを向けていたよね。
最後なんて、マッチョな男とヘリーに挟まれて身を寄せ合っていたし。
そんな私の中の、未熟な心情の移り変わりに気づかないヘリオスは、何か反論しようとして、けれど口を閉ざす。
葛藤するかのような表情で、天を仰ぎ見た。
やがてサラシ越しに胸を掴んだままの手を見て、そろそろと離した。
「…………………………あー、くそ!」
ヘリオスはわなわなと震える自分の手を、苦悶の表情で見つめたかと思えば、私の頭の両側の地面にそれぞれを打ちつけた。
ほんの少し顔を近づければ、口づけられる。
そんな距離となったまま、ヘリオスは静かに尋ねる。
「マルクがいいんだな」
「マルクでないと駄目だよ。
マルクが男でも、女でも関係ない。
私が女だと知っても、知らなくても、関係ない。
私はマルクそのものに執着している。
愛や恋なんて言葉が陳腐に思えるほど、私はマルクの中身に執着している。
だからね、ヘリオス。
ヘリオスを嫌うわけでもないし、これからもヘリオスが側にいてくれる方が、私は嬉しい。
もちろん色々な意味で、ヘリオスがマルクに手を出すなら……潰そうか」
そうだね、それがいいかもしれないと、目線を下にやる。
「どこを見て……何を潰すって言ってんだよ……はあ……ったく……」
「ふふ、縮めば冷静になれたでしょう。
ほら、退いて。
私に体重を掛けない程度には、ヘリオスが冷静だったのもわかってるよ。
今回ヘリオスがマルクに個人的な接触をして、マルクの為人に触れて、私がマルクに惹かれた部分を自分なりに察した事もね」
「お見通し、かよ」
ヘリオスが私の手を掴み、自分の体を退かす反動で手を引いて体を起こす。
サラシが僅かにずれて、胸に谷間が見えている。
ヘリオスが地面に置いてある鞄から、掛布を出して私の体に掛けた。
「悪かった」
「ボタンを拾って、縫いつけ直しておいてね」
「ハイハイ。
人使いが荒いご主人様だ」
軽口を叩く幼馴染。
いつもの調子が戻ってきた。
「で?
そもそも何で突然、執着したんだ?
いきなり男装始めた時も、きっかけがあったんだろう?
興味の無かったマルク=コニーに突然、執着し始めたのも、何のきっかけがあったんだよ」
「うーん……そうだね……運命って、ヘリオスは信じる?」
絶対に信じないだろうなと思いつつ、口にする。
するとヘリオスが、視線を左右に揺らした?
「…………まあ、信じてる」
「……そう」
正直、意外だ。
ヘリオスは運命なんて信じないような、現実主義だと思っていたから。
とは言え、夢で見た話や、マルクが呟く「エンヤ嬢」の言葉をどこまで信じてくれるだろうか。
そんな風に考えながら、ヘリオスの言葉をまだ少し疑いながら、ポツポツと話し始めた。
話の途中、ヘリオスは顔色を悪くしたかと思ったけれど、一体どうしたんだろう?
理由を聞いても、教えてもらえなかった。




