48.不愉快と憤り〜ファビアside
「ヘリオス、それで?」
「……悪かった。
暴走してたんだ」
平民のヘリーに扮していたヘリオスは、どこがバツが悪そうに謝る。
しかしここまで戻る間に、バルハ領での私の言動も含めて思う事があるのだろう。
素直な謝罪とも感じられない。
そんなヘリオスと私は、マルクの治めるバルハ領で再会したその数時間後には引き上げて、今は二人きりで焚火を囲んでいる。
終始、私に気を遣いながら状況を説明してくれたマルクには、本当に申し訳ない事をしたと反省している。
私がヘリオスを追いかける形で、バルハ領へ向かったのには理由がある。
数名の商会関係者達と訪れていた、メルディ領から少し離れた場所。
そこから馬車で帰る最中、私の邸で細々と動いているガルムから伝令鳥が舞い降りた。
ガルムの愛鳥は隼で、以前にバルハ領で活躍した梟よりも速い。
急ぎの用がある時に、伝令として使う。
隼が運んだ手紙には、私の留守中、ヘリオスの騎士仲間が訪ねて来たと書かれてあった。
騎士仲間からの連絡と用件は、幾つかあった。
ヘリオスは半ば無理矢理、一週間程の休暇を取ってバルハ領へ向かった事。
ヘリオスには、サンダルとウオッシュナッツ、入浴剤用の緑茶を、バルハ領主から融通して貰い、可能なだけ持ち帰って欲しい事。
要点を絞れば、そんな事を伝えて来たらしい。
騎士仲間がうちの邸を訪ねて来たのは、ヘリオスと私が幼馴染で、交流も頻繁にしているから、というのもあっただろう。
しかし、そもそもバルハ領を行き来するには、交通の便が悪い。
更に他領との交流にも乏しい領で、領主のマルクとコンタクトを取るのには、時間がかかる。
その二点の問題が今回、騎士の来訪に大きく関係していた。
数が少なく市場にあまり出回らないバルハ領の品々。
つまりウオッシュナッツ、サンダル、入浴剤用の緑茶の事だが、マルクはヘリオス扮するヘリーに対し、試作品と称して贈っている。
その試作品を、ヘリオスは騎士団の仲間に見せ、軽く使わせていた。
もちろんマルクに対しての好意から、宣伝も兼ねていただろう。
お陰で騎士仲間は貴族のヘリオスを通し、メルディ領主の私が仲介した上で、バルハ領から購入するルートを取っている。
しかし購入できた騎士は、極々少人数分だけ。
元々、量産体制が整っていなかったのだから仕方ない。
そして今回、ヘリオスは正規の手続き――行き先、日程を出し、一週間分の休暇申請を提出――で休暇を得て、バルハ領へ向かった。
当然、同じ場所で働く騎士達の知るところとなるも、いち早くコンタクトを取れるのは、メルディ領主の私だけ。
ヘリオスの仲間達はそう結論づけ、一人の騎士が仲間を代表して邸に訪れたのだった。
ガルムはそう綴り、私へと隼を飛ばしたのだ。
正直この時は、ガルムが良い働きをしたとしか思っていなかった。
マルクに会いに行く理由ができたな、と浮かれた。
意気揚々と乗っていた馬に跨り、いつも用意してある放浪セットを持ち、商会に同行していた部下達と別れた。
そうして辿り着いたバルハ領。
まさか自分の想い人であるマルクが、見た目の厳つい、逞しい野郎と抱き合っている光景を見せつけられるとは……。
近くにいたヘリオスが、ヘリーに扮しているのは衣服ですぐにわかった。
一応、今夏にヘリオスは貴族として、バルハ領に発注をかけている。
なのに平民のヘリーとして、マルクと会っていた。
ならばヘリオスはマルクに何かしらの魂胆を持ち、バルハ領に滞在したと、瞬時に悟る。
あれ程、マルクに何もするなと釘を刺したのに。
ヘリオスへの失望が胸に広がる。
同時に長年、幼馴染として付き合ってきたからこそ察する。
ヘリオスはマルクに、悪意をぶつけに来ているのだと。
ヘリオスを幼馴染として信用していた。
はっきり意志を示せば、わかってくれると思っていた。
マルクは、夢の中でしか会えなかった女性だ。
今度こそ、私が守るのだと決めた男性でもある。
マルクを見つけた喜び。
早くマルクに全て曝して、記憶と気持ちを分かち合いたいもどかしさ。
エンヤという名の自分が、過去のマルクを守ってやれなかった悔恨。
それらの感情が入り混じり、膨れて、マルクの前で微笑むのか精一杯だった。
マルクが恍惚の表情で男と抱き合うのが、不愉快。
自分の幼馴染が想い人に、何らかの魂胆を持つのも、不愉快。
なのに当のマルクが呑気に男二人に挟まれ、怯えた表情で私を見るのも、不愉快。
マルクからすれば、私は取引先の青二才。
久々に会ったのに、そんな表情を向けるマルクにも、憤りが生まれる。
勿論、私の自分勝手な感情だ。
だからマルクには終始、笑顔を向けていたのに上手くいかない。
マルクは私の使用人を名乗るヘリーが、私の怒りを買ったと勘違いをしたように思う。
ヘリーを庇う発言が多かった。
そこにも腹が立って仕方ない。
夢に出てくる女性とマルクが、恐らく同一人物だと気づいた時から……もしかするとそれより前から、私はマルクに愛情を感じている。
同時に、夢の女性の最期と、夢の中の自分への不甲斐なさや嫌悪する感情からか、独占欲が強くなっている。
マルクの体は男で、口調から中身は女性だと思うと、私の嫉妬は女性にも男性にも向いてしまうらしい。
そんな訳でマルクから、ゴリーという男と抱き合うに至った経緯と、ヘリーが訪れてからの出来事の説明を受けた後、すぐにバルハ領を出た。
もちろんヘリオスの騎士仲間が頼んだ品々は、出せるだけ出してもらって買い取っている。
一応マルクから、一晩泊まらないかと提案は受けた。
後ろ髪を引かれる思いで断った。
これ以上感情的になって、マルクに嫌われたくなかったのだ。
しかしヘリオスに対しても、どうにも怒りが治まらず終い。
ここまでの道のりでは、ほぼ無言でヘリオスと一緒に馬に乗っていた。
ヘリオスの前に乗り、馬の操作も黙って任せきりだ。
とは言え辺りも暗くなり、このままではいけないと思って、口を開いたのだった。




