45.「彼女って、誰の事ですの?
「まあ、ヘリー。
どうしましたの?」
どこかバツが悪そうなヘリーに、そう声をかける。
「話がちょっと聞こえた。
アンタ、こないだコニー男爵の邸にいた子達の親か?」
「ああ」
「俺のせいで不愉快な思いをさせたんだと思う。
悪かった」
ヘリーが頭を下げる。
「……いや、もういい。
けどマルクさんはこんなナリしてても、俺達の領を治めてる領主なんだ」
こ、こんなナリ……ゴリー、ちょっぴり酷いですわ。
少しはお腹もへっこんで、見れる男になりましたの……多分、なりましたわ……なってると思いたいですわ……。
「それに今、バルハ領として色々取り組んでる中で、俺達領民だけじゃなく、マルクさんにも嫌な気分を与えようとしてんなら、帰ってくれ」
まあ、ゴリーったら!
つまるところゴリーは、私を庇ってくれてますのね!
感動ですわ!
一つ前のゴリーの言葉で落ち込んだ乙女心が、今のゴリーの言葉で浮上しましたわ!
「わかってる。
俺が先走ったのが、そもそも悪いんだ。
でもグロール伯爵には成功して欲しいし、バルハ領が発展すれば、彼女が運営する商会の発展にも繋がる。
だから俺も、バルハ領には発展してもらいたい」
真摯な眼差しをゴリーへと向ける、顔の整ったヘリー。
そしてヘリーの眼差しを正面から堂々と受け取る、厳つい顔立ちのゴリー。
これは……これは、いつぞやの淑女時代に観劇で観た、顔の種属を越えた男達の友情では!?
「もちろんですわ!
けれどヘリー、心配無用ですわ!
グロール伯爵は、やり手!
バルハ領が損を与えた場合には、しっかり将来を見据えた判断の下、手を切られるに決まっていますの!」
「いや……アイツ、んんっ。
旦那様はアンタに関しては……」
ヘリーが口ごもりながらも、フォローしようとしたのを察する。
「ふふふ、ね、ゴリー?
ヘリーはこうやって、ほぼ見ず知らずのへっぽこ領主に気を遣って、フォローしようとするくらい優しいんですのよ」
「いや、そうとは……まあ、マルクさんがそう思うんなら、もういいけどな」
「ゴリーも優しい事は、わかってましてよ!」
「…………そ、そうか」
ゴリー、顔が赤くなりましたわ。
美人な奥様がゴリーを選んだのは、こういう乙女心をくすぐる反応を見せるからかしら?
なんて思いながら、ヘリーに改めて向き直る。
「大丈夫。
勘違いなどせず、私はグロール伯爵の事もわかってますのよ、ヘリー。
だからこそ、私は安心してますの」
「安心?
なんで?」
「私情に挟まれないのが、グロール伯爵ですわ。
だからこそ、お互いにガッポリ儲けられるよう、私も頑張りますわ。
ゴリー、逆を言えば、グロール伯爵的にも、バルハ領は発展させられる可能性が高いと判断されているという事ですわね!」
そう、グロール伯爵はマックス臭いオッサンにすぎなかった私を助けるくらいには、義理堅い。
そして儲ける可能性が高いなら、山中に臭いオッサンを助けに向かうだけの行動力もある。
けれど若くしてメルディ領主となっただけあるのだ。
彼がコニー邸で滞在した一週間。
決して時間を無駄にせず、バルハ領内を共に視察しては改善点と疑問点を私に投げかけ、バルハ領との取り引き内容を緻密に決めていった。
もちろん私も、予め作っていた事業計画の一部を見せ、足下をすくわれない商談でまとめられたと思う。
だからこそ、互いに領主という立場で友情を結べた……と、思いたいですわ。
正直、彼は淑女時代に貴族令嬢がこぞって結婚相手に望むような、いわゆるスパダリという属性ですわね。
マルクと対極的な殿方ですわ。
いつかこの体も、バルハ領主的にも私自身をスパダリに導いて……やはり今度こそ結婚もしてみたい。
その前に、未だ中身が淑女な私が問題ですわ。
将来の伴侶……果たして女性を選べるかと言えば……絶望感がハンパないような……。
ズン、と落ち込みそうになるのを、ハッと自覚して、プルプルと頭を振る。
「ところでヘリー……」
話題を変えようと、気になっていたヘリーの言葉を口にした。
「彼女って、誰の事ですの?
グロール伯爵は殿方ですから……ハッ、まさか……」
「え、彼女!?
あ、俺、そんな事を!?」
ヘリーがギクリと顔を強張らせ、どことなく目を泳がせ始めた。
けれど見逃しませんわよ!
「ヘリーの女性の知り合いで、バルハ領と何か取り引きしていただけそうな方が、いらっしゃるのかしら!?
でしたら是非、紹介して欲しいですわ!」
「んん!?
そ、そうか、そっちに!」
するとヘリーが驚き、からのホッとして、からの破顔した!?
爽やか青年ですわ!
前髪で整った顔立ちを隠していると思ってましたけれど、やっぱり顔面偏差値高い系男子!
眩しくてよ!?
「そうだな、一応、同僚に女性もいるんだった!
今回の詫びに後日、連絡する!」
「まあまあ、催促したようで申し訳ないですわ!
ありがとうですわ!」
盛り上がる私とヘリーを横目に、ゴリーはやっぱり何か言いたそうな顔はしたものの……。
「まあ、とりあえず積んで来た瓶を運ぼう。
ヘリー、手伝ってくれないか?」
「ああ!
もちろん!」
ゴリーの申し出に、どこかほっとした様子で息を吐いたヘリーだった。




