43.マルクの愛とやり直し
「私、領民を……マルク=コニーが愛する領民を、信じておりますの」
ヘリーの目をしっかり見据えて、素直な気持ちを伝える。
臭えオッサンの体に転生して、絶望感しかなかった。
いや、今も、もっとマシな体は無かったのかと、神様に問い質したい気持ちは強いのだけれど……。
それでもマルクとして生きよう、この体と付き合う勇気を持とうと思えた。
それはマルクの記憶に残る愛が、とても綺麗に見えて、私が欲しかった愛の形の一つだと、素直に共感できたから。
私はマルクの愛を大事にしながら、マルク=コニーとして人生をやり直したいんですの。
「…………だからか。
アイツがアンタに惚れ……」
「え?
聞こえませんでしたわ。
加齢でそろそろ難聴がきたのかしら?
ごめんなさい、もう少し大きな声で話してくれまして?」
ヘリーが何かを呟いたけれど、あまりに小さくて聞き取れませんでしたわ。
すると慌て始めるヘリー。
「ハッ、いや、俺は、そんな事言うつもりなんか……ああ、クソ!
認めたくねえ!」
ど、どうしましたの!?
まるで自己嫌悪に陥ったかのように、うつむいて、帽子の上から両手で頭を押さえて……ガリガリ搔いてますわ!?
「はあぁぁぁ……何でもない。
悪かったな、領民を疑わせるような事を言った」
物っ凄く長いため息でしたわよ?
バツが悪そうですわ?
本当に何でもありませんの?
けれど確かに、先程のヘリーの発言は、領民達と共に、これからバルハ領盛り上げようとしている私に、言うべきではありませんでしたわね。
領民と仲違いするような発言でしたもの。
とは言え……。
「ふふふ、ヘリーは優しいんですのね」
思わず笑みが溢れる。
きっとヘリーは、メルディ領と取り引きを開始する他領の領主に、不安を感じていたのだろう。
と同時に、メルディ領からバルハ領までの道すがらという、ほんの僅かな時間ながらも一緒に過ごした事で、臭くて頼りないオッサンを不憫に感じ、なおかつ心配もしてくれたに違いない。
「は?
何でそう取るんだよ?
毒気抜かれるような事を、オッサンが年甲斐もなく、照れもせずに言うな」
どことなく悪口が混ざってませんこと?
けれどプイッとそっぽを向いた、ヘリーの耳。
赤いですわよ。
さては照れ反省してますのね。
何だか可愛いですわ。
ニヤニヤしてしまいますわ。
可愛い年下の恋人と戯れる、愛の詩を思い出してしまいましたわ。
「だってほんの一時しか接しなかった私を、心配してくれたのでしょう?」
なんて思いながら、とは言え殿方に可愛いは失礼かと、表情を律しながら伝える。
「いや、ちょっとは痛い目見て、アイツから愛想を尽かされ……」
「ごめんなさい、加齢な難聴が……」
「何でもない。
自己嫌悪に陥りそうだから、それ以上は何も言うな」
ブスッとしながら、出していた緑茶をクイッと飲み干すヘリー。
すると驚いた顔つきになる。
「……美味い……甘い……何でだ?」
「ふふふ、緑茶の淹れ方は何度も研究しましたのよ。
それにこれは一番茶。
苦味も抑えられて、緑茶本来の甘味を感じやすいんですのよ」
「へえ……これならスイーツなんかにも使える……いや、何でもねえ」
また赤くなりましたわ。
殿方のヘリーがスイーツを好むと知られて、少し恥ずかしくなったのかしら?
やっぱり可愛いですわ。
からかいたくなりますわ。
「まあまあ、照れ屋なのね」
「う、うるさい。
オッサンの慈しむような笑みは止めろ」
クッ、ヘリーがドン引き顔ですわ!?
年下男子を虐める、酸いも甘いも噛み分ける貴婦人気分でしたのに!
オッサンでソレは引かれると、わかっていても……わかっていてもぉ……。
「け、けれどスイーツ……良い案ですわね!
また研究してみますわ!
そう言えば、今日はどうしてバルハ領に?
グロール伯爵のお使いかしら?」
心では蛇蝎のごとく涙を流しながら、慌てて話題を方向転換する。
「あー、そういや、俺はアイツの使用人扱いだったな」
「え?」
「アンタがどんな奴か、見に来たんだよ。
本当にアイツ……旦那様のお眼鏡に適う人間かをな」
「そうでしたのね。
やっぱり主人を心配して……そうですわ!
差し上げたい物がありますわ!」
そう言って、次に贈ろうと思っていた物を取ってくる。
ファビア様用の物は、用意していた小箱に収めた。
「これ……靴下?
指が分かれてる?」
「五本指靴下ですわ!」
「こっちの二股も?」
「ええ!
足袋式靴下ですわ!
今、私も履いてますのよ!」
そう言って少し前、三人の少女達にしたように、再び靴を脱いでヘリーに見せようとして……。
「いや、見せなくていい。
足に悶絶してたの、忘れたのか」
ヘリーに止められる。
本気で嫌そうな顔を向けられる。
「そう、でしたわね……臭え足でしたわ」
あの時の臭いを思い出して、シュンとする。
「あー、でも初めて会った時とは比べ物にならねえくらい、臭いは改善したんじゃねえか?
邸から漂う臭いは、もう感じないしな」
私が落ち込んだのを感じ取ったのか、ヘリーがすかさずフォローしてくれる。
やっぱり優しいですわね。
「そ、そうですのよ!
その渋茶色の靴下と、ファビ、んんっ。
グロール伯爵用に作ったその箱!」
なので全力で乗っかる事にした。
「靴下と、箱?」
「ええ!
靴下と箱に使用した塗料は、自然派防虫作用の他に、消臭作用もありますの!
木材や紙を強化する作用もあるので、邸内の家具を磨きがてら、塗って脱臭しましたわ!」
エヘンと胸を張ると、ポヨ、と腹肉が揺れる。
以前のポヨヨンとした腹肉揺れより、少し振り幅が小さくなった。
なんてこっそり嬉しくなりながら、ヘリーと会ってから約一年の間に取り組んだ集大成的な話を、とくと聞かせ始めたのだった。




