41.マスターとビギナーの交錯
「ここをこうして〜、こうして〜…………」
そう言いながら、せっせと手元を動かす。
「「「……ねえ、マルクさん……」」」
未来のバルハマダム三人衆、いえ、少女三人が私の手元を覗き込みながら、困惑した様子で声を揃える。
「どうしましたの?」
どこか引かれてますわね?
ハッ、まさか私、臭いんですの!?
季節的に、外で作業するのは体に悪い。
冬の訪れを告げる木枯らしが、そろそろ吹き始める頃だ。
いつ吹くかわからない屋外よりは良いだろう。
そう考え、使っていなかった邸の一室を掃除して解放した。
もしや、やべえ臭いが充満しまして!?
女子に混ざる薄毛のオッサンは、やべえ奴に見えるかもしれない。
何せマルクに転生した当初から、変質者扱いだった。
異性と同じ部屋にいる際は、物理的に距離を取るようにしている。
けれど今は手元を見てもらう必要があって、物理的距離が近いのだ。
念の為、部屋のドアは開けているし、外からは誰でも、いつでも見られるようにカーテンも開けてある。
「ご、ごめんなさいですわ!」
スクッと立ち上がり、慌てて窓を開けようとして……。
「違うって」
「マルクさん、最近はそこまで臭わないから」
猫っ毛がチャームポイントのモナが否定すれば、いつもモナと意気投合している、快活娘のクララが補足する。
「そこまでという事は……少しは臭えんですのね!?」
「「窓開けて寒いよりは、マシな臭いだから」」
女子二人の悪意なき現実を突きつける言葉に、ガーンとショックを受ける。
体臭が改善したと、喜ぶべきですの?
それとも、まだまだ臭えオッサンだという現実に、悲しむべきですの?
「マルクさん、あの、そうじゃなくて……」
その時サリーが遠慮がちに口を開いた。
相変わらずの清楚系美少女ですわ。
厳つい父親のゴリーではなく、美女と噂される母親に似て良かったですわね。
「「「難しすぎる」」」
「へ?」
今度は女子三人で仲良く声が揃った。
予想外の言葉に、呆けた声を出してしまいましたわ。
「五本指って、手と違って足の指に合わせるでしょ」
猫っ毛モナの言葉に、ふんふんと頷く。
「足の指って小さいし、短いじゃない」
快活クララの言葉にも、ふんふんと頷く。
「かぎ針も、使う糸も細くて、編み物を初めてそんなに経っていないから……」
清楚系美少女サリーの言葉で、首を傾げた。
「「「五本指靴下は、編めない」」」
「な、なるほど!?」
再び揃った声には、納得するしかありませんわ。
「マルクさんが配ってくれた五本指靴下は、いつもの靴下と違って、履きにくいの」
「ふぐっ。
そ、そうですわね」
「でも足が蒸れないって、私より父ちゃんが喜んでたんだよね」
「まあ、それは良かったですわ」
「うちも、お父さんの水虫……んんっ、えっと、蒸れて痒くならないって、喜んでたの」
「ゴ、ゴリー……水虫……んんっ、足が痒くなりやすいんですのね。
改善して、良かったですわ」
モナの指摘に言葉を詰まらせたものの、クララの発言にホッとし、サリーの暴露に気づかない振りをする。
「「「だから作り方を習いたかったんだけど……」」」
「ま、まあまあ」
最後に三人のうら若き乙女達がシュンと項垂れてしまいましたわ。
彼女達が言うように靴下と言えど、五本指を編むとなると藁で編むサンダルや帽子と違って難易度が格段に上がる。
使うかぎ針と糸がそもそも細いし、足指に合わせるのだから、手袋のようにふんわりと編まず、目を硬めに編む必要がある。
私は淑女時代から編み慣れている。
だから手慣れているし、比較早く編める。
とは言えマルクの体には、老眼という加齢な難関があったりもする。
五本指靴下を思いついてから、ピートモス・ハプニングでお世話になった領民達の中で、足トラブルを持つ人に限定して作るだけでも、実はかなり疲れたのだ。
それも柿渋、墨、緑茶で染めた三種の五本指靴下を人数分用意した。
最後は編み目をそこまで見なくても、手癖で編めるレベルになったけれど。
しかーし!
この元淑女にして元女伯爵は、編み物ビギナーな少女達には難しいだろう事は、お見通し!
「それでは、タイプBはどうかしら」
という事で、編み物マスターな私は、考えていた別案をご提案でしてよ!
「「「タイプ……B?」」」
「そう!
実はこうなる事を見越して、別タイプの靴下を作っておりましたの!
ふっふっふっ、既に履いてますのよ!
さあ!
ご覧あそばせ!」
目を丸くしながらも、期待に満ちた顔で私を見つめる少女達の反応に、気を良くする私。
サッと履いていた、使い古したヨレヨレの革靴を脱いで、足部を……くっ、足が高く上がりませんわ!
おかしいですわ!
ダンはちゃんと足が上がってましたのに、マルクの足は上がりませんことよ!?
「ふん!」
太ももあたりのズボンを掴んで、気合いを入れて履いてある靴下を上に掲げる。
ちょっぴり足がプルプルしますわ。
攣りそうですわ。
けれど私は編み物マスター。
威厳を見せつけてやりま……。
「「「くっさ!!」」」
「!?」
編み物ビギナー達が、三人揃って仰け反りましてよ!?
ああ、地面に倒れ伏しましたわ!?
何だか、初めてマルクの靴の臭いを嗅いだ時の、自分の反応を見るかのような事態ですわ!?
「そ、そんな……足を毎日洗って……靴もちゃんと洗ってましたのに……」
思わず足の臭いを嗅ごうと、足と膝の関節をひねり曲げてみたものの、腹肉ブロックで嗅げません……。
――ビギッ!
「ンガッ!?
足が攣った!?
あ……」
体の中から攣った音が盛大に聞こえた直後、痛みで硬直した弾みで椅子から転げ落ちる。
脱いでいた革靴に、鼻を突っ込んで……。
「くっせえですわぁぁぁ!」
臭えの最上級言葉、【くっせえですわぁぁぁ!】を久々に放つマスターな私。
「「「マルクさん!?」」」
激臭に喘ぎながらもマスターを気遣う、ビギナーな少女達の声。
野太い声と瑞々しい声が交錯して、邸の中が人知れず騒然としたのは……不可抗力ですわよ、ね?




