38.今度こそ〜ファビアside
「なあ、ファビア。
どうして答えない?」
いつまでも答えない私に焦れたのか、ヘリオスが返答を促す。
「まさか……本当にあるのか?
コニー男爵へ特別な感情……恋心が、ある、のか?」
ヘリオスは私の表情から、返答を読み取ったらしい。
どこか愕然とした顔で、私を凝視した。
「そうだね。
認めざるを得ない。
コニー男爵に対して感じる、私の感情は恋……いや、それよりも酷いはずだよ」
あの日、一度別れて風呂から出たマルクと、邸の応接室でやり取りした。
その中で、ヘリオスの話がマルクの口から出た。
マルクからすれば、平民のヘリーを気遣っただけ。
わかっている。
なのに私は、それが気に入らなくて……つまりヘリオスに嫉妬した末に、マルクに意地悪く迫った。
慌てふためくマルクに、持てる限りの色気を醸して迫る。
もっともっと愛でて、マルクの反応を楽しみたい。
なんて、調子に乗りすぎたらしい。
まさかマルクが、私の胸に直接手をやってくるとは。
もちろんマルクは、迫る私を防ごうとしただけ。
なんなら私の体の特徴に気づいてすらいない。
挙げ句……。
『破廉恥ですわぁぁぁ!』
マルクは両手で顔を隠して叫ぶ。
まさに初心な少女の如き反応。
いじらしく、愛おしく、微笑ましい。
マルクの反応に、胸に触れられた驚きは掻き消え、トキメキだけが残った。
黒い嫉妬も掻き消す威力だ。
やり過ぎたという謝罪をこめたようにみせかけ、頭を撫でたのも、可愛くて仕方なかったから。
けれどマルクが私の手を、無造作に掴んだ。
これには、しまったとハッとした。
マルクにとって私は、年下の同性に過ぎない。
マルクの気に障ったかと後悔し、同時に寂しい気持ちになった。
なのに……。
「ふふ」
「ファビア?」
つい笑ってしまえば、ヘリオスが眉を顰める。
『違いますわぁぁぁ!
臭え脂がつきましたのよぉぉぉ!』
突然そう言って、私の手をおしぼりで拭うマルクを思い出してしまった。
ヘリーの反応なんて無視して、顔がニヤケてしまう。
一々マルクの反応が面白可愛いの、何とかならない?
『エンヤ……嬢……』
もちろんその後にマルクが、夢の中の私の名前を再び呟いた時、確信した事も忘れてなどいないけれど。
マルクは今となってはガルムも知る事となった、夢の中の彼女、フローネ=アンカスに親しい人物。
親しい、というより……。
不意の仕草や性格。
そして折れそうで折れない、我慢強さと領主としての強かさ。
夢で見てきた、フローネ=アンカス女伯爵そのものだ。
どうして現実に生きているマルクに、私の夢の中に登場する彼女が重なるのか。
同一人物だと確信してしまうような、不思議な現象が起こっているのか。
皆目見当もつかないな。
だから確信したと同時に、マルクから離れた。
正直、混乱た。
今だって、こんな事が起こるものなのかと懐疑的な気持ちを拭いきれない。
それでも……。
「私はマルク=コニーに執着しているよ、ヘリオス。
きっとこれから、もっと執着する」
私の出した答えに、ヘリオスが一瞬、息を飲んでから……どうしてヘリオスは私を睨むんだろう?
「ファビアより、ずっと年上のオッサンだ。
情けない、臭えだけの太ったオッサンだろう。
どうしてファビアが執着するんだよ。
せめてもっと、他にファビアに相応しい男だっている。
そっちにしろ……いや、してくれよ……」
「どうしてヘリオスが泣きそうな顔をしているのかな。
コニー男爵は臭いも体型も、少しずつ改善してきているよ。
第一、私に相応しい男かどうか決めるのは、私だよ。
けれどね、ヘリオス。
それよりもマルク=コニーを侮りすぎると、痛い目を見るんじゃないかな」
バルハ領で過ごした一週間。
その間にマルクとは互いに領主として、更に私は商団の商団主として、業務提携について話し合った。
正直、ますます惚れ直した。
「ふふ、そんな侮れないマルクの一面を、もっと見てみたいというのも本音かな。
マルクを愛でたいのに、虐めたいし、逆に噛みつかれてみたい気持ちもあるんだ」
「……ハッ、どんな心境なんだよ」
ヘリオスが、今度は歪んだ笑みを浮かべる。
「マルクを自由気ままに過ごさせてあげたいのに、閉じこめて私だけを見て欲しいっていう心境?」
そう言ってテーブルの向こうに座るヘリオスへと、体を寄せる。
誘われるようにヘリオスも、テーブルを挟んで私に体を寄せた。
「だからね、ヘリオス」
「!?」
無防備に近づいたヘリオスの胸倉を掴んで、顔を近づける。
「邪魔しないでね?」
ヘリオスが時折、私に見せる表情。
そしてヘリオスが今まで、私に痴情の類を胸に秘めて近づく人間を、隠れて排除してきた事。
本当は全て気づいていた。
放っておいたのも、気づかないようにしていたのも、自分がヘリオスの気持ちに応えられないとわかっていたから。
それに幼馴染としてのヘリオスが、頼りになっていたのも事実だ。
夢の中の私は、客観的に見て愚鈍な女だった。
そのせいで彼女を喪った。
彼女が私を陰ながら守ってくれたのだと気づいたのは、よりにもよって喪った後。
本当に、腹立たしい程の愚鈍さだ。
あれが夢の中だけの出来事なのか。
それとも私がファビアとして生まれる前の、いわゆる前世なんていう、真実味のない出来事なのか。
わかるはずもない。
ただ今度こそ、ようやく見つけたマルクを、再び喪うような愚行を犯すつもりは、毛頭なかった。




