33.全方位完璧王子様
「お待たせ……え、絵になりますわ」
断りを入れながら、応接間のドアを開ける。
するとナーシャの用意した緑茶を優雅に飲む、王子様がいた。
テーブルの上には、軽食が出されている。
幾つかつまんだ形跡があるから、ひとまずホッとする。
王子様が私を見て、微笑みましたわ。
エレガントカッコイイ。
この言葉がピッタリでしてよ。
伯爵位ともなれば、貧しい領民が用意した軽食など、手をつけない人も多いはず。
なのに手をつけてますし、エリー婆への態度も見るに、ファビア=グロール伯爵は、身分関係なく気さくな人柄のようだ。
「落ち着いたみたいだね。
自分の邸なんだから、座ったら?」
「え、ええ!
もちろんですわ!
ありがとうございますわ!」
確かに家主は私なのに、部屋を支配する主はファビア様だ。
家主の私は上ずった声で返事とお礼を伝え、主に言われるがまま、対面のソファに腰かけて座る為、持っていた盆を置く。
邸に残ってくれていた領民達は、一旦帰るように伝えてある。
私に小言を言いながらも、傷だらけの両手を手当てしてくれたエリー婆は、後でちゃんとしたご飯を持ってきてくれるらしい。
先に軽食を食べておけと言ってから、帰って行った。
ファビア様の要件を聞きながら、目の前にある軽食を一緒に食べても良いかしら?
かなり強行軍で山から帰ってきた。
当然、昨日から何も食べていなくて、お腹が減ってしまった。
思案しながら、ソファに座る。
ダンを初めて応接間に通した時のように、ソファから空気がバフンと漏れ出ないよう、細心の注意を払って座る。
ゆっくりと、王子様に負けないエレガントさを心がけながら…………ああ、駄目ですわ。
結局ソファから、ゆっくり空気が漏れましてよ。
しかもファビア様より、ソファに体が沈むのが深くありません!?
せっかくお風呂にはいったのに、臭え空気が出ていないかと緊張して、変な汗が出てしまいますわ!?
だ、大丈夫ですわよね!?
臭え部屋になってませんわよね!?
ダンが来たあの日、ダンが帰ってから、また掃除しましたのよ!
内心ではアワアワと慌てふためきつつも、キリッとした外面を何とか維持する。
しれっと盆の上のおしぼりを取って、臭くなりそうな首筋と耳裏を拭く。
「それで、どうしてファビ、んんっ、グロール伯爵が……」
誤魔化すように話題を振ろうとして、思わず名前呼びしそうになったのを言い直そうとすれば……。
「ファビア」
ファビア様が遮った。
「え?」
「ファビアだよ。
二人きりの時は、名前で呼び合う約束だろう、マルク?」
クスリと蠱惑の表情で笑って、私を見つめる王子様。
「……ふぁっ、がっ……」
絵面の破壊力がハンパないですわ!
やべえオッサンの、やべえ悲鳴を上げるところでしたわ!
「ファビア。
ほら、今言いかけたでしょう?
続けて?」
違いますわ。
言い間違ってすらいない、オッサンのやべえ悲鳴ですわ。
「ふー、すー……ファビア様」
息がファビア様にかからないよう、そっぽを向いて深呼吸してから、名前を呼ぶ。
「うん。
何かな、マルク?」
くっ、殺せ……いや、もう乙女心は瞬殺されてますわ!
何ですの、この甘いマスク王子様は!?
私、オッサンですわよね!?
フローネ=アンカスの時ですら、こんな甘いマスクを殿方に向けられた事ありませんわ!
恐るべし、全方位完璧王子様!
「えええっと、あの、バルハ領には私に会いに来られたんですのよね?
邸に戻って落ち着いたら、お話しいただけると仰ってましたわ」
そう、崖上で過ごしていた時、崖下にいるファビア様に尋ねたのだ。
何か用があるのは間違いない。
それもメルディ領主としての用件だと思う。
「ああ、忘れてた」
んん!?
忘れてた?
大事な用件だから、ほっとけば良いような臭えオッサンを、わざわざ山中にまで助けに来たんじゃありませんの?
「だって……ねえ?」
頭の中は疑問だらけ。
そんな私にファビア様が、再び蠱惑の表情を浮かべる。
「マルクから贈られた麦藁素材の品。
あれを見て、業務提携できないかと考えた」
「まあ!」
思わず歓喜の声を上げる。
業務提携。
それは小麦以外の販路を持たないバルハ領には、とってもありがたい申し出だ。
するとファビア様は、ふふ、と優しく笑う。
「私がアドバイスしてから、随分と頑張ってたみたいだね」
「はい!
あの時のアドバイスは、とても助かりましたわ!
改めて、あの時はありがとうございましたわ!
それにメルディ領で助けていただいたお陰で、無事にバルハ領へ戻れましたもの!」
アドバイスに関しては、私がマルクの体に転生する前。
マルクの記憶だ。
もちろんそれは伏せ、全て合わせて感謝を伝える。
「私は大した事はしていないよ」
「そんな事ありませんわ!
ヘリーにもお礼を伝えたいですわ!
あ、覚えてらっしゃるかしら?
ファビア様が道中に付けて下さった、使用人のヘリーですわ!」
「……そう、ヘリーに。
もちろん覚えているよ?
うちの使用人の、ヘリーだよね」
んん?
どうしてかしら?
ファビア様の顔が陰ったような?
声も一段、低くなりましてよ?




