31.トキメキとやべえドキドキ感
「あら」
お馬にパカパカ揺られ、邸へと戻れば、邸の中からぞろぞろと見知った顔ぶれが駆けてくる。
疲労困憊の体に鞭打って、馬の背からもたもたと降り始める。
このお馬。
立派な体格をしていて、愛ロバのロッティーよりもずっと背が高いんてすのよ。
足が短いから、物語に出てくる王子様のようにさっと降りれませんわ。
「まったく、心配させおってからに!」
何とか地面に着地した途端、まずバン爺に叱りつけられる。
「「「本当だよ!
これ以上、私らの寿命縮めんじゃないよ!
このバカマル坊!」」」
するとバルハマダム三人衆が声を揃えてバル爺に賛同する。
平均寿命以上に長生きしそうな婆達が、目を潤ませて詰め寄ってくる。
「この時期の山は風が強えんだ!
予定通りに下山しろっつっといただろうが!」
「「ポヨンなぜい肉が足を引っ張るって、言ったよね!」」
ダンからも叱られ、妻子も声を揃えてダンに賛同する。
半分は悪口のような言葉を、悪意なく吐くナーシャとキーナは、涙を流して詰め寄ってきた。
「もう、臭いオッサンすぎ!」
「頭に脂浮いてるし!」
初めて編み物を教えた女子二人が、交互にまくし立てる。
それ、もう悪口ですわ。
「「お風呂用意してあげたよ!
とりあえず入ったら!」」
けれど最後の言葉に、労りを感じますわ。
あの時は顔見知り程度だった女子二人。
今や立派な仲良しさんだ。
仲良くディスってきても、二人共が涙を流すまいと、やや上を見上げているのだから、可愛らしく感じないはずがない。
「あの、マルクさんも……グスッ……疲れてるはずだから……グスッ……臭いも……」
そんな仲良し女子二人の後ろから、グズグズと鼻を鳴らすのは、サリー。
遠慮がちに、臭いを指摘してくる。
ちなみに背後には、父親のゴリー。
俺の愛娘を泣かすんじゃねえよ的な顔は止めて下さいまし。
怖いですわ。
それにしてもグズグズと鼻を鳴らす清楚系美少女。
絵になりますわね。
ここにいる少女達三人に編み物を教えた当初。
先に打ち解けたらしき他の二人から、おいてきぼり状態だった。
「「サニーも一緒に、三人でお風呂の用意したんだからね!」」
今は三人共、仲良くなったんですのね。
編み物で結ばれた縁ですわ。
少女達の友情、尊いですわ。
「「「あー、もう!
能天気な顔して!」」」
けれどと、お小言モードに突入したらしきバルハマダム三人衆へと視線を戻す。
まさか未来のバルハマダム候補じゃ、ありませんわよね?
マルクの記憶を垣間見るに、若かりし頃の婆達も可愛らしかった。
まだまだうら若い少女三人の行く末を、こっそり案じてしまいますわ。
「そうだね。
他の領民達は、どうしてるの?」
賑やかになった私の後ろから、爽やかで中性的な声がした。
振り向けば、爽やかな中性的美麗な青年が、まるで物語の王子様のようにお馬から降りる。
「伯爵様の梟で、バルハ領主様の無事を先に知らせていただきました。
知らせに書かれていた通り、ここにいる者達以外は帰宅させております」
バル爺、そんな恭しい返答なんて、できましたのね。
驚愕の事実ですわ。
その上バル爺は、自然な流れでお馬の手綱を受け取りましたわ。
青年の方も貴族全とした、いえ、彼は貴族ですから当然な流れですけれども、普通にバン爺に手綱を渡しましたわ。
「コニー男爵。
他領の領主なのに、男爵の領民に指示を出して悪かったね」
なんと!
爽やかに謝りましたわ!
謝る姿も麗しいですわ!
仲良し三人の少女達が、めちゃくちゃにガン見してますわ。
ちょっぴり頬を染めてますわ。
そんな青年はなんと、メルディ領主のファビア=グロール伯爵!
この逞しい肉体美を誇るお馬の御主人様で、私を崖から引き上げてくれた恩人ですのよ!
『おーい!
コニー男爵!
無事かーい!』
絶望に打ちひしがれていた私の耳に届いた声は、ファビア様だったのだ。
赤々と燃える松明を手にし、肩に梟を乗せてお馬にまたがる美麗な青年。
思わず二度見した。
目と頭が恐怖で混乱して、幻覚でも見せたのかと思った。
崖上から、眼下に見えていた山道。
そんな場所に、まさか他領の領主がいるなんて、誰が信じるというのか。
『は、はいですわ!
あの、どうしてグロール伯爵が?』
『ファビアでいいよ!
やっぱり遭難してたんだね!
君の領の領民達も心配してる!
今からこの場所と、男爵が無事な知らせを書くから、ちょっと待ってて!』
返事をしながらも、困惑する私を察したのだろう。
ファビア様は断りを入れてから紙に何かを書き、梟の足にくくって飛ばした。
その後、ファビア様のいる場所から、私のいる場所までの道筋を教えた。
真っ暗な中で移動するのは、逆に危ない。
そう判断したファビア様は、その場で火を焚き、お喋りをしながら夜を過ごしてくれた。
間違いなく、私に配慮してくれたに違いない。
焚き火の明るさと、微かに聞こえるパチパチと火が爆ぜる音。
そして人とのお喋り。
私が恐怖から再び混乱する事は、なかった。
私と違って野宿に慣れていたらしいファビア様は、日が登り始めてすぐに私を崖から救い出してくれた。
ロープを私の腰と頑丈な木に括り、小さな滑車を使って引き上げる様は、正に王子様。
滑車効果だとはわかっている。
私自身も、斜面を歩くように動いた。
それでもファビア様が事も無げな様子で、横と幅に大きな図体を引き上げる様にはときめかずにはいられない。
あれには臭えオッサンに埋没していた、淑女な乙女心がドキンと高鳴り、キュンキュンと胸が締めつけられましたわ!
けれどその後、乙女心の胸の高鳴りは、犯罪を犯して逃亡中の犯人かのような、やべえドキドキ感へと変わる。




