表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/81

3.死ぬな!?

『今、君の魂と波長の合う体が死んでね。

君の最期の願いを叶えて、転生させてあげる』


 突然降って湧いた、私にだけ都合が良い話を、自分は神だと言った男性が告げた。


『……怪しいですわね?』


 けれど私はつい先ほど、裏切られた最期を迎えたばかり。

どうしても懐疑的になってしまう。


『チャンスは一度。

嫌なら、このまま昇天すれば良い』


 神と名乗る男が、じゃあね、と手を振ろうとした。


『お、お待ちになって!

しますわ、転生!

させて下さいまし!』


 慌ててガバッと起き上がり、振りかけた手を握る。


 あらやだ、殿方の手を自分から握るなんて、はしたない。


 頬を染めて手を離した、その時。


『わかった!

オマケして、そっちでちょっぴり役立つギフトを授けてあげる。

植物なんかがほんのり早く成長するくらいだけど、これから置かれる環境を考えると便利だと思うよ。

じゃあ、良きセカンドライフを~!』


 自称神は、言うが早いか私を突き飛ばす。


 淑女を突き飛ばすなど、紳士のする事ではありませんわ!

植物がほんのり早く成長するギフトって何ですの!?


 などと口にする間もなく足下の霧が消え、地面もなくなる。


『きゃあぁぁぁ~!』


 真っ逆さまに落下した私は、ただ悲鳴を上げるだけ。


 次に気づいた時、そこは極寒。

凍える地面に突っ伏した状態。


『さ、寒いですわぁぁぁ~!

ヘアックショイ!

ヘアックショイ!』


 寒さに丸まり叫んだ私は、空気を震わせる大音量のクシャミと共に、鼻水を撒き散らした。


 それが昨日までに起こった、私の不思議体験だ。


「昨晩は、転生した直後に、このまま凍死してしまうかと絶望したんですのよね。

タイミング良く警邏が通りかかって、本当に幸運でしたわ。

けれどもしかすると、神の采配だったのかしら?

いえ、そんな事はともかく……おえっ、服を脱ぐのは、うっぷ、今さら難しいですわ……」


 吐き気を催す悪臭が漂うのは、服だけではない。

自分からも漂っている。


 驚愕で強烈な事実に、知らず涙目になってしまう。


 けれど服を脱げば、待っているのは凍死。


「もしくは変態扱いですわね」


 湿気のこもるため息を吐く。


 唯一の救いは、神様が私に与えたのが試練だけではなかった事。


 今のところ、神が与えたギフトとやらは役に立ちそうにない。


 むしろこの体が四十何年間かを生きてきた、元の持ち主の記憶が残っている事こそギフトではないだろうか。


 記憶を漁る。


 マルク=コニー。

これがこの体の名前。

寂れた領地の男爵。

父親の死と共に子爵から、一代きりの男爵へと降爵となった。


 そんなマルクは自領から一週間かけ、ここ、メルディ領を訪れた。

やり手と言われるメルディ領主、ファビア=グロール伯爵に融資を乞う為に。


 記憶ではこの服、旅の為にあつらえている。

革靴まで買うのは躊躇って、持っている物の中で良い物を選んでいた。


「そんな服と靴が、どうしてこんなに臭いんですのぉぉぉ!」


 絶叫し、とうとう涙腺が崩壊。


「母さん、あのおじさん……」

「見ちゃいけません!」


 すると遠くから親子の会話が……。


「おい、アンタ大丈……っくさ!

あー、頑張れよ!」


 見知らぬ男性が私に声をかけようとして……逃げ出す。


「そんなに臭いんですの!?

でも、くっせえですわぁぁぁ!」


 転生する前。

裏切られ、牢に入れられて過ごした時に味わった絶望。


 あれとは種類が違う絶望感に、涙が止まらない。


「絶望にも色々と種類がありますのね。

ふふ……笑ってしまいますわ」


 それでも言葉を口に出すと、少し落ち着いてくる。


 この悪臭では帰りの馬車の手配……いえ、無理ね。

コニーの記憶から、辻馬車に乗らねば帰れない事を知り……ハッ、そういえば……。


「お金がありませんわ!」


 思わず叫ぶ。


 この体が死んだ時の記憶は、何故か曖昧。

本人は死んでしまったのだから、仕方ないのかもしれないけれど。


 状況的には凍死かしら?


 私が目覚めた時点で衣服はもちろん、手元に残る物はありませんでしたわ!

お金を持っていたはずでしたのに!


 伯爵家までなら、家の信用で馬車を手配できる。


 けれどコニーは男爵。

しかも独身で、天涯孤独。


「家族も信用もないだなんて!

どうやって帰ればよろしいの!?」


 記憶を掘り下げる程、増しに増していく絶望感!


「神様、酷すぎますわぁぁぁ!

植物をほんのり成長させるより、好きな場所に移動するギフトが欲しかったですわぁぁぁ!

わぁぁぁん!」


 再び、ひとしきり泣く。

オイオイ泣く。

誰も慰めてくれなくても、遠巻きに畏怖の視線を投げかけられても泣く。


 すると幾らか落ち着いてくる。

凍えた体が、臭い衣服と陽光で温まったのも良かった。


「そうですわね。

まず臭いをどうにか……そう!

川がありましたわ!」


 体の記憶も良い働きをしていますわね!


 意気揚々と、記憶にある川へと向かった。


「ううっ、手が冷た痛い!

でも我慢ですわ!」


 まずは上着とズボン、ついでに靴もザブザブと洗って川べりに干す。


「今はオッサンでも、中身は女!

成り行き継承でも、生前の私は女伯爵!

えい!」


 自らに発破をかけ、意を決して川の中へと歩を進める。

それから、エイヤッ、と頭までザブンと浸かった。


 息を止めて、まずは高速で体を擦る。

そうして頭もしっかり洗って……嫌ですわ!

髪が薄すぎでしてよ!


 思っていた以上のショックに見舞われながらも、頭皮を擦り……。


――ガシッ!

「ガボァ!?」


 乙女の腕が、何かに掴まれましたわ!?

突然の事態に驚きすぎて、口から空気を出して水を吸いこんでしまいましてよ!


「こんな朝っぱらから、取り引きを断られたくらいで、死のうとするな!」

「ゲハァッ!

だ、誰、ガバァッ!」


 誰ですの、と叫ぼうとして再度、うっかり水を吸いこんでしまう。


「うっぷ、臭っ、いや、とにかく死ぬな!

お、重っ!」


 ハスキーなお声の何者かは、そう言って私を岸に引き上げようと引っ張る。


「ヒハァ~、ヒハァ~……」


 呼吸困難になりながらも掴まれた感覚から、この体よりずっと華奢な人物が、岸へ引き上げようとしていると推察した。


 確かにタプタプお腹の体は重いだろうと、私も抵抗を止めて大人しく岸へと連行された。

ご覧いただき、ありがとうございます。

カクヨムに新作投稿していましたが、10万文字が見えてきたのでこちらにも。

よろしければブックマークやポイントを頂けると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ