3.死ぬな!?
『今、君の魂と波長の合う体が死んでね。
君の最期の願いを叶えて、転生させてあげる』
突然降って湧いた、私にだけ都合が良い話を、自分は神だと言った男性が告げた。
『……怪しいですわね?』
けれど私はつい先ほど、裏切られた最期を迎えたばかり。
どうしても懐疑的になってしまう。
『チャンスは一度。
嫌なら、このまま昇天すれば良い』
神と名乗る男が、じゃあね、と手を振ろうとした。
『お、お待ちになって!
しますわ、転生!
させて下さいまし!』
慌ててガバッと起き上がり、振りかけた手を握る。
あらやだ、殿方の手を自分から握るなんて、はしたない。
頬を染めて手を離した、その時。
『わかった!
オマケして、そっちでちょっぴり役立つギフトを授けてあげる。
植物なんかがほんのり早く成長するくらいだけど、これから置かれる環境を考えると便利だと思うよ。
じゃあ、良きセカンドライフを~!』
自称神は、言うが早いか私を突き飛ばす。
淑女を突き飛ばすなど、紳士のする事ではありませんわ!
植物がほんのり早く成長するギフトって何ですの!?
などと口にする間もなく足下の霧が消え、地面もなくなる。
『きゃあぁぁぁ~!』
真っ逆さまに落下した私は、ただ悲鳴を上げるだけ。
次に気づいた時、そこは極寒。
凍える地面に突っ伏した状態。
『さ、寒いですわぁぁぁ~!
ヘアックショイ!
ヘアックショイ!』
寒さに丸まり叫んだ私は、空気を震わせる大音量のクシャミと共に、鼻水を撒き散らした。
それが昨日までに起こった、私の不思議体験だ。
「昨晩は、転生した直後に、このまま凍死してしまうかと絶望したんですのよね。
タイミング良く警邏が通りかかって、本当に幸運でしたわ。
けれどもしかすると、神の采配だったのかしら?
いえ、そんな事はともかく……おえっ、服を脱ぐのは、うっぷ、今さら難しいですわ……」
吐き気を催す悪臭が漂うのは、服だけではない。
自分からも漂っている。
驚愕で強烈な事実に、知らず涙目になってしまう。
けれど服を脱げば、待っているのは凍死。
「もしくは変態扱いですわね」
湿気のこもるため息を吐く。
唯一の救いは、神様が私に与えたのが試練だけではなかった事。
今のところ、神が与えたギフトとやらは役に立ちそうにない。
むしろこの体が四十何年間かを生きてきた、元の持ち主の記憶が残っている事こそギフトではないだろうか。
記憶を漁る。
マルク=コニー。
これがこの体の名前。
寂れた領地の男爵。
父親の死と共に子爵から、一代きりの男爵へと降爵となった。
そんなマルクは自領から一週間かけ、ここ、メルディ領を訪れた。
やり手と言われるメルディ領主、ファビア=グロール伯爵に融資を乞う為に。
記憶ではこの服、旅の為にあつらえている。
革靴まで買うのは躊躇って、持っている物の中で良い物を選んでいた。
「そんな服と靴が、どうしてこんなに臭いんですのぉぉぉ!」
絶叫し、とうとう涙腺が崩壊。
「母さん、あのおじさん……」
「見ちゃいけません!」
すると遠くから親子の会話が……。
「おい、アンタ大丈……っくさ!
あー、頑張れよ!」
見知らぬ男性が私に声をかけようとして……逃げ出す。
「そんなに臭いんですの!?
でも、くっせえですわぁぁぁ!」
転生する前。
裏切られ、牢に入れられて過ごした時に味わった絶望。
あれとは種類が違う絶望感に、涙が止まらない。
「絶望にも色々と種類がありますのね。
ふふ……笑ってしまいますわ」
それでも言葉を口に出すと、少し落ち着いてくる。
この悪臭では帰りの馬車の手配……いえ、無理ね。
コニーの記憶から、辻馬車に乗らねば帰れない事を知り……ハッ、そういえば……。
「お金がありませんわ!」
思わず叫ぶ。
この体が死んだ時の記憶は、何故か曖昧。
本人は死んでしまったのだから、仕方ないのかもしれないけれど。
状況的には凍死かしら?
私が目覚めた時点で衣服はもちろん、手元に残る物はありませんでしたわ!
お金を持っていたはずでしたのに!
伯爵家までなら、家の信用で馬車を手配できる。
けれどコニーは男爵。
しかも独身で、天涯孤独。
「家族も信用もないだなんて!
どうやって帰ればよろしいの!?」
記憶を掘り下げる程、増しに増していく絶望感!
「神様、酷すぎますわぁぁぁ!
植物をほんのり成長させるより、好きな場所に移動するギフトが欲しかったですわぁぁぁ!
わぁぁぁん!」
再び、ひとしきり泣く。
オイオイ泣く。
誰も慰めてくれなくても、遠巻きに畏怖の視線を投げかけられても泣く。
すると幾らか落ち着いてくる。
凍えた体が、臭い衣服と陽光で温まったのも良かった。
「そうですわね。
まず臭いをどうにか……そう!
川がありましたわ!」
体の記憶も良い働きをしていますわね!
意気揚々と、記憶にある川へと向かった。
「ううっ、手が冷た痛い!
でも我慢ですわ!」
まずは上着とズボン、ついでに靴もザブザブと洗って川べりに干す。
「今はオッサンでも、中身は女!
成り行き継承でも、生前の私は女伯爵!
えい!」
自らに発破をかけ、意を決して川の中へと歩を進める。
それから、エイヤッ、と頭までザブンと浸かった。
息を止めて、まずは高速で体を擦る。
そうして頭もしっかり洗って……嫌ですわ!
髪が薄すぎでしてよ!
思っていた以上のショックに見舞われながらも、頭皮を擦り……。
――ガシッ!
「ガボァ!?」
乙女の腕が、何かに掴まれましたわ!?
突然の事態に驚きすぎて、口から空気を出して水を吸いこんでしまいましてよ!
「こんな朝っぱらから、取り引きを断られたくらいで、死のうとするな!」
「ゲハァッ!
だ、誰、ガバァッ!」
誰ですの、と叫ぼうとして再度、うっかり水を吸いこんでしまう。
「うっぷ、臭っ、いや、とにかく死ぬな!
お、重っ!」
ハスキーなお声の何者かは、そう言って私を岸に引き上げようと引っ張る。
「ヒハァ~、ヒハァ~……」
呼吸困難になりながらも掴まれた感覚から、この体よりずっと華奢な人物が、岸へ引き上げようとしていると推察した。
確かにタプタプお腹の体は重いだろうと、私も抵抗を止めて大人しく岸へと連行された。
ご覧いただき、ありがとうございます。
カクヨムに新作投稿していましたが、10万文字が見えてきたのでこちらにも。
よろしければブックマークやポイントを頂けると嬉しいです!